第21話 氷の騎士姫、再び
【ちょこっと焼豚ミニ劇場 前編】
ジュージュー仙人
「さて、アイリス編も無事に終わったことじゃし……」
アイリス
「次は誰の話になるのでしょうか?」
仙人
「ふっふっふ……待望の新章じゃ!」
リシェル
「新章って言っても、もう登場している人ですよね?」
仙人
「そうじゃ!」
アイリス
「誰ですか?」
仙人
「氷のように美しく! 剣の腕は超一流! そして――」
仙人
「ワシの肩車係じゃ!」
リシェル
「そこが一番重要なんですか!?」
アイリス
「……まさか、私の幼馴染の?」
仙人
「そう! ノエル編、開幕じゃ!」
リシェル
「……ノエルさん、大丈夫かな」
仙人
「何がじゃ?」
リシェル
「……たぶん、本人だけが大変です」
――氷の騎士姫。
その胸の内に秘められた想いとは――。
それでは、第21話。
『氷の騎士姫、再び』
お楽しみください!
――王立アルカディア魔導学院。
アイリスが仲間に加わってから、数日が過ぎた。
以前と比べれば、学院でのリシェルの日常は少しだけ賑やかになっていた。
「リシェル様! 次の授業、移動教室ですよ」
「あ、本当だ。ありがとう、アイリス」
「いえ……!」
その少し後ろを、ジュージュー仙人がのそのそと歩いている。
「ほほう……仲間が一人増えるだけで、ずいぶんと騒がしくなったものじゃのう」
「仙人様が一番うるさいと思いますけど」
「何を言う。ワシは静寂を愛する仙人じゃぞ?」
「昨日、食堂で『肉を持ってこーい!』って叫んでましたよね?」
「……あれは静寂を求めるための儀式じゃ」
「絶対違うと思います」
そんな他愛のない会話を交わしながら、三人は廊下を歩いていた。
その時だった。
ふと、アイリスの足が止まった。
「…………」
リシェルが振り返る。
「アイリス?」
アイリスは答えない。
ただ、廊下の向こうを見つめている。
そこには、一人の少女が歩いていた。
銀灰色の髪。
腰まで届く長いストレートヘアは、歩くたびに静かに揺れている。
蒼い瞳。
整った顔立ち。
無駄のない姿勢。
そして、学院指定のマントは乱れ一つなく綺麗に畳まれている。
周囲の生徒たちは、彼女の姿を見ると自然と道を空けていった。
「……フェンリス伯爵令嬢だ」
「学年三位の……」
「氷の騎士姫……」
噂が小さく飛び交う。
少女はそれらを気にする様子もなく、淡々と歩いてくる。
その姿はまさしく――
【氷の騎士姫】
近寄りがたい。
美しい。
そして、どこか冷たい。
だが。
「――ノエル!」
その瞬間。
アイリスが声を上げた。
普段の控えめな彼女からは想像できないほど、嬉しそうな声だった。
そして、そのまま駆け出す。
「…………!」
少女――ノエルの足が止まった。
蒼い瞳が、アイリスへ向く。
「……アイリス」
その表情は変わらない。
声も淡々としている。
けれど。
(……アイリスだ)
(元気そう)
(よかった……)
(……久しぶりに会えた)
心の中だけは、ほんの少しだけ春だった。
アイリスがノエルの前で足を止める。
「お久しぶりです、ノエルさん!」
「……久しぶり」
「元気でしたか?」
「……うん」
「よかった……」
アイリスが微笑む。
ノエルは、そんなアイリスを静かに見つめる。
(……笑ってる)
(よかった)
(本当に……よかった)
ほんの少しだけ、蒼い瞳が柔らかくなった。
その様子を見ていたリシェルが、ゆっくりと近づいていく。
「ノエルさん……ですよね?」
ノエルが顔を向ける。
「…………」
一瞬だけ、目が合う。
そして――
「……リシェル・フォン・アストレア」
「覚えていてくれたんですね」
「……当然」
リシェルは少し驚いた。
以前会ったのは、アイリスのお見舞いの時。
それほど長く話したわけではない。
それなのに、ノエルは自分の名前を正確に覚えていた。
「久しぶりですね」
「……うん」
ノエルは小さく頷く。
そして、その隣へ視線を移す。
そこにいたのは――
小さな焼豚。
長い髭。
頭には仙人らしい帽子。
そして、なぜか偉そうな顔。
ジュージュー仙人だった。
「…………」
ノエルは無言で見つめる。
仙人も見つめ返す。
数秒。
沈黙。
「…………」
「…………」
アイリスが少し困ったように二人を見る。
やがてノエルが口を開いた。
「……焼豚?」
「誰が焼豚じゃ!」
仙人が即座に反応する。
「ワシは由緒正しき焼豚なる異界の仙人じゃぞ!」
「……焼豚仙人??」
「縮めおった!?」
リシェルが思わず吹き出す。
「ふふっ……」
「笑うでない、リシェル嬢!」
ノエルは変わらない表情で仙人を見る。
けれど、その目にはほんの少しだけ――
興味が浮かんでいた。
(……やっぱり変)
(でも……少し面白い)
(……嫌いじゃない)
もちろん、それを表情に出すことはない。
「……久しぶり」
「おお、ノエル嬢よ。元気そうじゃのう」
「……うん」
「また剣の稽古か?」
「……そう」
「相変わらず真面目じゃのう」
「…………」
(……褒められた)
ほんの少し。
ほんの少しだけ、嬉しい。
だが、ノエルの顔には何も浮かばない。
そんな彼女を見ながら、リシェルはふと思った。
――以前会った時もそうだった。
綺麗で。
静かで。
どこか近寄りがたい。
けれど。
アイリスが彼女を見つけた瞬間の表情。
そして今、仙人を見つめる瞳。
そこには、噂されているような「氷」だけではない何かがある。
「……ノエルさん」
「……何?」
「私たちと一緒に――」
リシェルが言いかけた、その時。
遠くから鐘の音が響いた。
――ゴォォォォォン。
次の授業を知らせる鐘。
「……授業」
ノエルが短く呟く。
「そうですね」
アイリスが頷く。
「では、また後で」
「……うん」
ノエルはアイリスたちと別れ、廊下を歩き始める。
三人から離れていく。
銀灰色の髪が揺れる。
その背中は、どこまでも凛としていた。
――誰もがそう思った。
けれど。
角を曲がり、三人の姿が見えなくなった瞬間。
ノエルは小さく息を吐いた。
「…………」
そして、誰にも聞こえない声で呟く。
「……よかった」
その表情は相変わらず無表情。
しかし心の中では――
(アイリス、元気そうだった)
(リシェルもいた)
(……仙人もいた)
(……また、みんなと話せるかな)
少しだけ胸が温かくなる。
だが次の瞬間。
(…………)
(……私、ちゃんと喋れてた?)
(……変じゃなかった?)
(……嫌われてない?)
そして。
(…………( ˘•ω•˘ )ショボン)
銀灰色の少女は、何事もなかったかのように歩いていく。
――その背中だけを見れば、まるで氷の騎士。
けれど、その心の中は。
思っていたよりずっと、不器用で。
思っていたよりずっと、優しくて。
そして――
思っていたよりずっと、寂しがり屋だった。
◇
「――それでは、次の授業に移る」
教師の声が教室に響いた。
ノエルは静かに席へ座る。
背筋はまっすぐ。
教科書は机の中央。
筆記具も綺麗に並べられている。
周囲の生徒たちから見れば、非の打ち所がない。
「…………」
ノエルは黒板を見る。
しかし。
(……さっきのリシェル)
(……もう少し話せばよかった)
(『久しぶり』しか言ってない)
(……何を話せばよかったんだろう)
教師が黒板に文字を書く。
カッ、カッ、カッ。
(……『元気でしたか』?)
(いや、それはアイリスが聞いた)
(……『最近どうですか』?)
(……変じゃない?)
(…………)
(( ˘•ω•˘ )ショボン)
「フェンリス」
「……はい」
突然、教師から呼ばれる。
ノエルは即座に顔を上げた。
「この魔法式の意味を答えろ」
「――魔力循環を安定させるための第三式です」
「正解だ」
「……はい」
完璧。
何の問題もない。
しかし本人の頭の中は、
(危なかった……)
でいっぱいだった。
◇
そして昼休み。
中庭。
ノエルは一人、木陰で昼食を取っていた。
静かな場所。
風が心地よい。
彼女の好きな場所だった。
「…………」
紅茶を一口。
――静かだ。
(……落ち着く)
そう思った瞬間。
「ノエル!」
「…………!」
聞き覚えのある声。
顔を上げる。
そこにはアイリス。
そしてリシェル。
その肩には――
「ノエルよー!」
「…………」
焼豚仙人。
(……来た)
ノエルは無表情のまま、三人を見る。
アイリスが微笑む。
「ここにいたんですね」
「……うん」
「一緒にお昼を食べてもいいですか?」
「…………」
一瞬の沈黙。
(……一緒に?)
(……三人?あ、三人と一匹??)
(……私も?)
「……いい」
小さく頷く。
アイリスが嬉しそうに隣へ座る。
リシェルも反対側へ。
そして仙人は――
「では、ワシはノエルの肩に」
「……待って」
ノエルが仙人の襟首をつまむ。
「お主、ワシを何だと思っておる」
「……焼豚?」
「まだ言うか!」
ノエルは無表情。
けれど、
(……ちょっと楽しい)
そんな気持ちが胸の奥に灯っていた。
◇
食事をしながら、リシェルが尋ねる。
「ノエルさんは、午後から何の授業ですか?」
「……実技」
「剣術?」
「……うん」
アイリスが少し嬉しそうに言う。
「ノエルさんの剣、とても綺麗なんですよ」
「そうなんだ」
リシェルが興味を示す。
ノエルは少しだけ視線を逸らした。
(……見られる)
(……ちょっと緊張する)
すると仙人が言った。
「ならば、見せてもらうとするかのう」
「……仙人も?」
「当然じゃ」
「…………」
(……嫌じゃない)
むしろ。
(……見てほしい)
だが、当然口には出せない。
「……分かった」
そう言って、ノエルは紅茶を飲んだ。
◇
午後。
学院訓練場。
数十名の生徒が集まっている。
今日は実技演習。
剣術と身体強化魔法を組み合わせた模擬戦だった。
「それでは――開始!」
開始の合図と同時に、一人の男子生徒がノエルへ突っ込んだ。
速い。
だが――
「…………」
ノエルは一歩だけ横へ移動した。
剣先が空を切る。
その瞬間。
ノエルの剣が、相手の首元で止まった。
「…………」
静寂。
「……参った」
周囲がざわめく。
「速すぎる……」
「今、何をした?」
「フェンリス伯爵令嬢……やっぱり化け物だ」
ノエルは剣を鞘へ収める。
表情は変わらない。
だが。
(……見てたかな)
視線が観客席へ向く。
そこにはリシェルとアイリス。
そして仙人。
アイリスが小さく拍手している。
「すごいです、ノエル!」
ノエル、
「…………」
(……嬉しい)
ほんの少しだけ、口元が緩みかける。
――しかし。
その直後。
「フェンリス!」
別の男子生徒が声を上げた。
「……何?」
「相変わらず一人で戦ってるな」
ノエルの表情が僅かに固まる。
「……それが?」
「別に。ただ――」
男子生徒は笑った。
「そんなに強いなら、卒業試験も一人で全部やればいいんじゃないか?」
周囲から小さな笑い。
ノエルは何も言わない。
「…………」
その言葉が、妙に胸へ残った。
そして。
ほんの一瞬だけ。
彼女の蒼い瞳から光が消える。
――けれど。
「ノエル」
アイリスの声。
ノエルが振り返る。
そこには、心配そうな顔をしたアイリスがいた。
「……大丈夫ですか?」
「…………」
「はい」
ノエルは短く答えた。
「……大丈夫」
けれど。
その言葉を聞いたジュージュー仙人だけは、何も言わなかった。
ただ。
ノエルの横顔をじっと見つめていた。
「…………」
そして、小さく目を細める。
――この少女もまた。
何かを一人で抱えている。
そんな予感を、仙人だけが感じ取っていた。
◇
放課後。
ノエルは一人、訓練場に残っていた。
剣を振る。
一回。
二回。
三回。
「…………」
さらに振る。
汗が頬を伝う。
それでも止めない。
(もっと……)
一閃。
(もっと速く)
二閃。
(もっと強く)
三閃。
「…………」
そして最後に、剣を振り切った。
静かな訓練場。
ノエルは荒い息を整える。
その時――
「そんなに鍛えて、何を倒すつもりじゃ?」
「…………!」
振り返る。
そこには、ジュージュー仙人がいた。
「……焼豚仙人」
「うむ」
「……どうしてここに?」
「腹が減ったからじゃ」
「…………」
(……台無し)
仙人は笑う。
「冗談じゃ」
「……冗談に聞こえなかった」
「ほほう。では、本当に腹が減っておる」
「…………」
ノエルは小さく息を吐いた。
そして剣を鞘に収める。
仙人が彼女を見上げる。
「ノエルよ」
「……何?」
「強くなるのは、良いことじゃ」
「…………」
「じゃが――」
仙人は、いつもの飄々とした笑顔を消した。
「一人で強くならねばならぬ理由まで、抱え込む必要はないぞ」
「…………!?」
ノエルの瞳が揺れる。
「……何の話?」
「さあてのう」
仙人はいつもの調子に戻る。
「ワシは焼豚じゃから、難しいことは分からん」
「……焼豚仙人」
「ただの――」
仙人はノエルの剣を指差した。
「その剣。誰かを守るための剣ならば、時には誰かに守ってもらうのも悪くないぞ」
「…………」
ノエルは答えなかった。
ただ、静かに空を見上げる。
夕暮れの空。
薄い雲が流れていた。
そして。
(……守ってもらう)
その言葉だけが、なぜか胸に残った。
その頃。
学院の別の場所では。
リシェルとアイリスが話していた。
「ノエルさん、すごく強かったですね」
「うん」
アイリスは嬉しそうに笑う。
「昔から、ずっと強かったんです」
「昔から?」
「はい」
アイリスは少しだけ遠くを見る。
「ノエルは……昔から、私のことを気にかけてくれていました」
「……そうなんだ」
「でも……」
アイリスの笑顔が、ほんの少し曇る。
「ノエル自身のことは……あまり話してくれないんです」
リシェルは黙る。
「……もしかすると」
アイリスが呟く。
「私たちが思っているより、ノエルは……」
――その先の言葉を、アイリスは飲み込んだ。
そして。
遠くの訓練場から、剣を振る音が聞こえた。
――シュッ。
――シュッ。
――シュッ。
リシェルは、その音を聞きながら思う。
氷の騎士姫。
学年三位。
剣術の天才。
完璧な令嬢。
だけど――。
彼女が本当に戦っている相手は、魔物でも、他の生徒でもないのかもしれない。
そんな予感がした。
そして。
その翌日。
学院から、一つの発表が告げられる。
――次週より、学外区域における課外実習を開始する。
そしてそこから。
リシェルたちの前に、
新たな冒険への扉が開かれることになる。
――第二章。
ノエル編。
氷の騎士姫の物語が、静かに動き始めた。
【ちょこっと焼豚ミニ劇場 後編】
アイリス
「ノエル、登場しましたね」
仙人
「うむ。実に凛々しい娘じゃったのう」
リシェル
「無表情で、すごく綺麗でしたね」
アイリス
「でも……」
仙人
「うむ……」
リシェル
「…………?」
アイリス
「心の中、めちゃくちゃ忙しい感じでした」
仙人
「『ちゃんと喋れてたかな……』」
アイリス
「『変じゃなかったかな……』」
リシェル
「『嫌われてないかな……』」
三人
「…………」
仙人
「氷の騎士姫、まさかの豆腐メンタルじゃな」
リシェル
「言い方!」
アイリス
「でもそこがノエルの可愛いところです♪」
仙人
「うむ。これはワシの肩車係として有望じゃ」
リシェル
「そこはもう決定なんですね……」
――こうして始まった、ノエル編。
氷のような少女の心が、どんな物語を紡いでいくのか。
次回もどうぞ、お楽しみに!




