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第18話 「私も、助けてもらっていいんですか?」

【ちょこっと焼豚ミニ劇場 前編】


――王立アルカディア魔導学院・医務室。


アイリスが眠るベッドの横で、リシェルは静かに見守っていた。


ジュージュー仙人はというと――。


「すやぁ……」


ベッドの下で爆睡していた。


「……仙人様?」


「すやぁ……」


「なぜベッドの下で寝ているんですか?」


「見守っておる」


「寝てますよね?」


「目を閉じて見守っておる」


「それを世間では寝ていると言うんです!」


そこへ――


コン、コン。


「……誰でしょう?」


さらに――


コン、コン、コン!


「今度は誰ですか!?」


アイリスが目を覚ます。


「……ここ、病室ですよね?」


リシェルが静かに扉を見る。


ジュージュー仙人は布団の中から顔だけ出した。


「……客が多いのう」


そして、この日――。


アイリスは知ることになる。


自分が誰かを助けなくても、


誰かが自分を助けてくれるということを。


……なお、このあと病室が少しだけ騒がしくなる。


「お邪魔しまーす!」


「……失礼する」


「勘違いしないでちょうだい!」


「…………」


「なぜ全員、医務室に集合するんですか!?」


――第18話。


『私も、助けてもらっていいんですか?』


始まります。


夜が明ける。


学院の医務室。


窓から差し込む朝日。


アイリスはゆっくりと目を覚ます。


最初に感じたのは、


――温かい。


だった。


毛布。


柔らかな枕。


そして、ベッド脇の椅子に座ったまま眠っている少女。


リシェルだった。


銀白色の長い髪が肩から流れ、普段の凛とした表情はない。


机には開いたままの教科書。


その隣には冷めた紅茶。


どうやら、ずっと付き添っていたらしい。


アイリスは驚く。


「……リシェルさん?」


小さな声。


リシェルが目を覚ます。


「……アイリスさん?」


「はい……」


リシェルは一瞬、眠そうな顔をしたあと――


ほっと息を吐く。


「よかった……」


その一言に、アイリスは戸惑う。


「……ずっと、ここに?」


「ええ」


「どうして……?」


リシェルは少しだけ眉を寄せる。


「どうしてって……」


そして当たり前のように言う。


「心配だったからです」


アイリスの胸が、わずかに揺れる。


――心配。


その言葉を、自分に向けられることに慣れていない。


「……すみません」


反射的に謝る。


リシェルが固まる。


「……どうして謝るんですか?」


「だって……私のせいで、リシェルさんまで……」


「アイリス」


「……はい」


「それ、昨日も言いましたよね?」


「……」


「謝らなくていいです」


アイリスは小さく頷く。


「……はい」


けれど。


少し間を置いて――


「……もう、大丈夫ですから」


言ってしまう。


その瞬間。


アイリス自身が、はっとする。


昨日、ジュージュー仙人に言われた。


――「大丈夫」と言う前に、自分のことを考えろ。


けれど、口癖は簡単には消えない。


「……」


リシェルは何も言わない。


ただ、少しだけ優しく笑う。


「では」


そして毛布を掛け直す。


「大丈夫だということにしておきます」


「え……?」


「でも、今日は私が決めます」


「……何をですか?」


「アイリスさんが休むことを」


「…………」


アイリスは目を丸くする。


そして――


「……はい」


ほんの少しだけ。


昨日より素直に返事をした。



◇



医務室の隅。


丸椅子に座っていた小さな焼豚――ジュージュー仙人。


実は最初から起きている。


ただし、目を閉じている。


リシェルが振り返る。


「……仙人様」


「ん?」


「起きていたんですか?」


「うむ」


「ずっと?」


「うむ」


「では、なぜ何も言わないんですか?」


「女(おなご)同士の会話に、仙人(ワシ)が首を突っ込むものではない」


「……」


リシェルが感心する。


「珍しく空気が読めるんですね」


「ただし――」


ジュージュー仙人が懐から何かを取り出す。


「朝飯は食うぞい」


「……」


「病人には栄養じゃ」


「仙人様、それ……」


「肉まんじゃ」


「病人の朝食としてどうなんですか!?」


「薬膳じゃ」


「絶対に違います!」


ここでアイリスが思わず――


「ふふっ……」


と笑う。


ジュージュー仙人はニヤリ。


「ほれ、笑えたではないか」


アイリスは少し驚く。


――笑った。


昨日倒れて。


迷惑をかけて。


助けられて。


謝ってばかりだった自分が。


今、笑った。


その小さな変化を、ジュージュー仙人は何も言わず見ている。


リシェルがアイリスの食事を手伝う。


ジュージュー仙人が水を用意する。


ルミナもベッドの横で、


「ぴぃ……」


と心配そうに鳴く。


アイリスは違和感を覚え始める。


なぜなら――


自分が何もしていないから。


誰かを治しているわけでもない。


誰かを慰めているわけでもない。


誰かの荷物を持っているわけでもない。


誰かのために魔力を使っているわけでもない。


ただ、


「食べてください」


「休んでください」


「無理しないでください」


と言われている。


アイリスにとって、それはほとんど未知の体験です。





リシェルがアイリスの枕元を整えていた、その時だった。


――コン、コン。


病室の扉が、静かに二度叩かれた。


「……?」


アイリスが顔を上げる。


リシェルも扉を見る。


「どうぞ」


返事をすると――


ゆっくりと扉が開いた。


「……失礼する」


短い言葉とともに、一人の少女が入ってくる。


黒髪を肩のあたりで整え、無駄のない姿勢で立つ少女。


その腰には、学院指定の訓練用剣。


歩き方にも、立ち方にも一切の無駄がない。


凛とした瞳。


静かな表情。


けれど、その視線がベッドの上の少女を捉えた瞬間――


ほんのわずかに表情が緩んだ。


「……アイリス」


「……ノエル?」


アイリスの顔に、驚きと安堵が浮かぶ。


「どうして……?」


少女はベッドのそばまで歩いてくると、小さな包みを置いた。


「薬草茶だ」


「……私に?」


「ああ」


「わざわざ持ってきてくれたんですか?」


「……当然だろう」


短い。


けれど、その言葉には心配していたことがはっきりと滲んでいた。


リシェルは少女を見る。


「あなたは……?」


少女はリシェルへ視線を向ける。


「ノエル・フェンリス」


それだけ名乗る。


そして少し間を置いて――


「アイリスの幼馴染だ」


「幼馴染……」


リシェルがアイリスを見る。


「はい」


アイリスは小さく頷いた。


「昔から……ずっと一緒なんです」


ノエル・フェンリス。


リシェルとは別のクラスに所属する、剣術を得意とする少女。


口数は少なく、感情を表に出すことも少ない。


けれど、冷たいわけではない。


むしろ逆だった。


大切な人のためなら、言葉より先に行動する。


それがノエルという少女だった。


「……早く治せ」


ノエルはアイリスを見る。


「みんな、心配している」


「……うん」


アイリスは薬草茶を両手で包む。


「ありがとう、ノエル」


「礼はいらない」


「でも……」


「……幼馴染なんだから」


その一言に――


アイリスの目が、少しだけ潤んだ。


そしてノエルが帰った後。


病室に、ようやく静けさが戻った。


アイリスはベッドの上で薬草茶を見つめている。


「……みんな、優しいですね」


「そうですね」


リシェルが微笑む。


その時――


――コン、コン、コン!


「……?」


今度は先ほどより少し勢いのあるノック。


しかも三回。


リシェルが首を傾げる。


「どうぞ?」


すると――


「失礼しまーす!」


扉が勢いよく開いた。


「アイリス、大丈夫――って、あれ?」


入ってきた少女が、ぴたりと止まる。


明るい笑顔。


長い髪を揺らしながら、両手には大量の紙袋。


そして――


「人、多い?」


リシェルと目が合う。


「……初めまして?」


「……初めまして」


二人とも少し戸惑う。


すると少女は、にこっと笑った。


「私、ミレーヌ・セレスティア!」


とても元気よく名乗る。


「アイリスとは――」


「初対面です!」


アイリスが先に答える。


「そう! 初対面!」


ミレーヌは笑う。


「でも、これから仲良くなる予定!」


「予定なんですか?」


リシェルが思わず尋ねる。


「もちろん!」


即答だった。


ミレーヌ・セレスティア。


アイリスやリシェルとは別のクラスに所属する、精霊魔法を得意とする少女。


明るく活発で、人との距離を縮めるのがとにかく早い。


考えるより先に動くタイプで、学院内でもその快活さは有名だった。


そして――


「あと、私!」


ミレーヌが胸を張る。


「虚子先生のいとこ!」


「……え?」


リシェルが固まった。


アイリスも苦笑する。


「そうなんです」


「本当ですか?」


「本当、本当!」


ミレーヌは大きく頷く。


「今日は虚子先生に頼まれて、クラスのプリントを届けに来たの!」


そう言って、手に持っていた紙束を掲げる。


「はい、これ!」


「ありがとうございます」


リシェルが受け取る。


「……ところで」


ミレーヌが大量の紙袋を見る。


「こっちは私から!」


どさっ。


ベッド脇の机に袋が置かれる。


「お菓子!」


どさっ。


「果物!」


どさっ。


「暇つぶし用の本!」


どさっ。


「それから――」


「まだあるんですか!?」


リシェルが思わず突っ込む。


「もちろん!」


ミレーヌは満面の笑み。


「病人って暇でしょ?」


アイリスは目を丸くする。


「……私のために?」


「うん!」


ミレーヌは当然のように答えた。


「昨日、大変だったんでしょ?」


「でも……私たち、初対面なのに」


「だから?」


「え?」


「初対面でも、心配するのって普通じゃない?」


ミレーヌは不思議そうに首を傾げる。


「それに――」


そして笑う。


「困ってる人がいたら、助ける!」


その言葉に。


アイリスの表情が、ほんの少しだけ止まった。


――困っている人がいたら、助ける。


いつも自分がしていた言葉。


いつも自分がしていたこと。


それを今――


自分がされている。


「……」


アイリスは、言葉を失った。


そんな彼女に、ミレーヌは笑顔のまま言う。


「じゃあ私、また明日来るね!」


「えっ?」


「お大事に!」


「ちょ、ちょっと待ってください――」


バタン。


嵐のように去っていった。


病室に静寂が戻る。


リシェルが呟く。


「……すごい人でしたね」


ノエルがいない今、誰も返事をしない。


代わりにジュージュー仙人が一言。


「うむ」


「仙人様?」


「あれは――」


ジュージュー仙人は大量のお菓子を見る。


そして、


「食いしん坊の才能がある」


「そこですか!?」




最後に――


コンコン。


控えめなノック。


扉が開く。


クラリス・フォン・ローゼン。


王立アルカディア魔導学院で、常に首席リシェルを追い続ける「万年二位」。


誇り高いローゼン公爵家令嬢。


そして――素直じゃない。


手には大量の教材。


「……これ」


アイリスが驚く。


「クラリスさん?」


「勘違いしないでちょうだい」


開口一番。


「あなたが休んで授業についていけなくなると、あとで面倒でしょう」


リシェルが微笑む。


「つまり心配してくれたんですね」


「違うわ!」


即答。


「これは単なる……その……」


言葉に詰まる。


「……借りを返しに来ただけよ」


アイリスは少し笑う。


「ありがとうございます」


「……っ」


クラリスが顔を背ける。


「礼なんていらないわ」


そして、小さな声で。


「……早く元気になりなさい」




◇



三人が帰ったあと。


医務室が静かになる。


アイリスはベッドの上で、置かれたものを見る。


薬草茶。


教材。


プリント。


お菓子。


果物。


そして、リシェルが用意してくれた食事。


ジュージュー仙人が置いた肉まん。


ルミナが心配そうに寄り添っている。


アイリスは呟く。


「……どうして」


リシェルが振り返る。


「何がですか?」


「どうして、みんな……」


アイリスの指が震える。


「私のために……」


ここで、


「私、何もしていないのに」


を入れたいです。


これがアイリスの根っこの部分に刺さります。


アイリスの核心


「私は……」


アイリスは俯く。


「誰かに何かをしてあげることしか……考えていませんでした」


「……」


「怪我をした人がいたら治す」


「……」


「泣いている人がいたら、そばにいる」


「……」


「困っている人がいたら、助ける」


そして。


「それが……普通だと思っていました」


アイリスは自分の胸に手を当てる。


「でも……」


声が震える。


「自分が何もしていないのに……」


「……」


「みんなが、自分のために動いてくれるのが……」


一度、言葉を止める。


「……怖いんです」


リシェルは何も言わない。


急かさない。


否定しない。


ただ隣にいる。




「でも、それ以上に嬉しいんです」


涙が一粒落ちる。


「本当は……嬉しい」


「……」


「でも……」


震える声。


「こんなにしてもらったら……」


「私も……何か返さないと……」


そこでジュージュー仙人が口を開く。


「返さんでよい」


アイリスが顔を上げる。


「……え?」


「飯を食ったら飯代を返し、薬を飲んだら薬代を返し、世話をされたら世話を返す――」


仙人は少し笑う。


「そんな勘定ばかりしておったら、人は誰にも甘えられん」


そして静かに続ける。


「助ける者だけが、人ではない」


アイリスが息を呑む。


「助けられる者もまた、人じゃ」


そして――


「お主は、人を助けることばかり覚えすぎたんじゃ」


少し間。


「じゃが――助けてもらうことを、まだ知らんだけじゃ」


「私も、助けてもらっていいんですか?」


アイリスは涙を拭う。


けれど止まらない。


そしてリシェルを見る。


昨日、自分を支えてくれた少女。


自分を必要としてくれた少女。


「あなたがいいんです」


そう言ってくれた少女。


アイリスは震える声で尋ねる。


「……私も」


一度、言葉が止まる。


「……私も、助けてもらっていいんですか?」




迷わせない。


リシェルは間髪入れずに、


「もちろんです」と即答した。


アイリスが目を見開く。


リシェルは微笑む。


「今度は、私たちの番です」


そしてアイリスは初めて、


「助けられる側にいてもいい」


という許可を、自分自身の心に芽生えるのだった。



【ちょこっと焼豚ミニ劇場 後編】


リシェル

「……今回は、本当にたくさんの人が来ましたね」


ノエル

「……アイリスが心配だったから」


ミレーヌ

「私はお見舞い! あとお菓子!」


クラリス

「私は別に心配していたわけではなくて……その……借りを返しに――」


ジュージュー仙人

「つまり、みんなアイリスが大好きということじゃな」


三人

「「「何かニュアンスが違う気がする!!」」」


アイリス

「ふふ……」


リシェル

「……アイリス?」


アイリス

「なんだか……嬉しいです」


ジュージュー仙人

「うむうむ。よい笑顔じゃ」


ミレーヌ

「じゃあ次回もお見舞いに来るね!」


ノエル

「……私も来る」


クラリス

「わ、私は来ないわよ! ……たぶん!」


ジュージュー仙人

「お主ら、医務室を茶会会場にする気か?」


リシェル

「……仙人様が言います?」


ジュージュー仙人

「ワシは患者ではないからの」


アイリス

「……でも、仙人さんもずっといてくれましたよね」


ジュージュー仙人

「…………」


リシェル

「照れてます?」


ジュージュー仙人

「焼豚は照れぬ」


ミレーヌ

「耳、赤いよ?」


ジュージュー仙人

「これは……炙りじゃ!!」


――こうして医務室は、


今日も少しだけ騒がしいのであった。


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