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第17話 「助けてと言えない」

【ちょこっと焼豚ミニ劇場 前編】


「アイリスさん、今日は大事な話があります!」


「……はい」


ジュージュー仙人が肉まんを掲げる。


「まずは腹を満たせ」


「仙人様、話の順番がおかしいです!」


ルミナも、


「ぴぃ!」


「ほら、ルミナもそう言ってます!」


「ぬぅ……では半分じゃ」


「食べる気満々じゃないですか!」


――助けを求めるのが苦手な少女。


そして、助け方が妙に食欲優先な仙人。


今日も二人の珍道中が始まります。

――学院医務室。


白いカーテン。


静かな部屋。


ベッドの横では、リシェルが椅子に座っている。


そして、その足元。


《聖光兎(ルミナ)》が丸くなって眠っている。


「……」


リシェルは眠っているアイリスを見る。


先の授業中に倒れた時の姿が頭から離れない。


『大丈夫です』


あの笑顔。


『まだ、できますから』


あの言葉。


そして――


『……よかった……間に合って……』


そう言って倒れたアイリス。


リシェルは小さく拳を握る。


その時。


「……ん」


アイリスの指が動く。


「……?」


「アイリスさん?」


ゆっくりと目が開く。


「……ここは……?」


「医務室です」


「……」


アイリスは少し考える。


そして――


いつものように微笑む。


「あ……ごめんなさい……」




◇



リシェルが眉を寄せる。


「どうして謝るんですか?」


「……え?」


「アイリスさんは、何も悪いことをしていません」


アイリスは困ったように笑う。


「でも……」


「はい」


「みんなに、迷惑をかけたから……」


リシェルは言葉を失う。


「迷惑?」


アイリスは頷く。


「私が倒れたせいで……」


「リシェルさんにも心配をかけて……」


「先生にも迷惑をかけて……」


「みんなにも……」


リシェル。


「でも、あなたはみんなを助けていたじゃないですか」


アイリスは答える。


「だからです」


「……え?」


「助けるはずの私が、助けられてしまったから……」


ここでリシェルが息を呑む。




リシェルはアイリスの言葉を聞く。


「……アイリスさん」


「はい」


「助けられることが、そんなに悪いことですか?」


アイリスは少し考える。


「……悪いことではないです」


「では、どうして?」


アイリスは答えられない。


ただ、


「……分からないんです」


と呟く。


そこへ。


「ぴぃ……」


ルミナがベッドの上へ飛び乗る。


アイリスが撫でる。


「心配かけちゃったね」


ルミナ。


「ぴぃ……」


アイリス。


「大丈夫だよ」


リシェルが言う。


「また……それです」


アイリスが止まる。




「アイリスさん」


「……はい」


「あなたの『大丈夫』は、もう聞きたくありません」


アイリスの目が揺れる。


「……」


「昨日も大丈夫と言いました」


「でも倒れました」


「……」


「その前も、ずっと大丈夫と言っていました」


リシェルの声が少し震える。


「本当は、苦しかったんじゃないですか?」


アイリスは俯く。


「……」


答えられない。


そして、


「……苦しかった、です」


初めて。


「苦しかった」という本音が出る。


リシェルは優しく頷く。


「だったら、言ってください」


「……何を?」


「助けてって」


アイリスの身体が固まる。




アイリスの口が開く。


「たす……」


止まる。


もう一度。


「……たす……」


言えない。


アイリスは俯く。


「……言えません」


リシェル。


「どうして?」


アイリスは小さく答える。


「……怖いんです」


「何が?」


「助けてって言ったら……」


少し間。


「私が、誰かの負担になる気がして……」


リシェルは胸が締めつけられる。


「アイリスさん……」



◇



今まで部屋の隅で、


肉まんを食べていたジュージュー仙人。


「もぐもぐ……」


リシェル。


「……仙人様」


仙人は何も言わない。


そして。


ゆっくり肉まんを置く。


珍しく――


全部食べない。


立ち上がる。


アイリスを見る。


「違うぞ、小娘」


空気が変わる。


アイリスが顔を上げる。


「……?」


仙人の表情から、いつものふざけた笑顔が消えている。


「助けを求めることは、迷惑ではない」


アイリスは黙っている。



ジュージュー仙人

「人は一人で生きるようには出来ておらん」


「腹が減れば飯を食う」


「喉が渇けば水を飲む」


「傷つけば治してもらう」


「眠くなれば眠る」


そしてアイリスを見る。


「それを、誰が迷惑だと言った?」


アイリス。


「……」


「お主は、人が苦しんでおれば助ける」


「それは優しさじゃ」


「じゃが――」


仙人が一歩近づく。


「自分が苦しい時に助けを求めることも、同じくらい自然なことなんじゃ」


アイリスの瞳が揺れる。




アイリス。


「……でも」


「うむ」


「私が我慢すれば……」


仙人が遮る。


「その考え方が、お主を傷つけておる」


アイリスが息を呑む。


「優しい者ほど、自分の痛みに鈍くなる」


「他人の傷には気づく」


「他人の疲れにも気づく」


「他人の涙にも気づく」


そして――


「じゃが、自分の傷だけは見ようとせん」


アイリスの目から涙が落ちる。




リシェルがアイリスの手を握る。


「アイリスさん」


「……はい」


「今、苦しいですか?」


アイリスは答えようとする。


いつもの言葉が出そうになる。


「大丈――」


止まる。


「……」


もう一度。


「……少し」


リシェルが微笑む。


「はい」


アイリス。


「……怖いです」


「はい」


「迷惑をかけるのも……怖いです」


「はい」


そして。


アイリスが震える声で、


「……どうしたらいいですか?」


と聞く。


リシェル。


「それでいいんです」




アイリスは目を閉じる。


「……助けて」


しかし。


声にはならない。


唇だけが動く。


ジュージュー仙人は何も言わない。


ただ。


アイリスの前に肉まんを置く。


「……?」


「まずはこれでも食うがよい」


アイリス。


「……ふふ」


涙を拭う。


「ありがとうございます」


仙人。


「うむ」


リシェル。


「仙人様……」


「なんじゃ?」


「さっきまでの格好いい話は?」


「腹が減った」


「台無しです!!」


アイリスが笑う。




夜。


アイリスが一人でベッドに座る。


ルミナが隣にいる。


アイリスはルミナを抱きしめる。


「……ルミナ」


「ぴぃ」


「私ね……」


少し間。


「今日、初めて……」


「助けてって言おうとしたの」


ルミナが頬を寄せる。


「ぴぃ……」


アイリスが笑う。


まだ、


「助けて」


とは言えない。


けれど。


以前とは違う。


「……いつか、ちゃんと言えるようになりたいなぁ」


窓の外。


月明かり。


そして――


その扉の向こうでは。


ジュージュー仙人が、


「……よい一歩じゃ」


と小さく呟いた。



【ちょこっと焼豚ミニ劇場 後編】


「仙人様……」


「なんじゃ?」


「『助けて』って、言うのは難しいですね」


「うむ」


「仙人様は言えるんですか?」


「もちろんじゃ」


「……例えば?」


仙人、胸を張る。


「肉まんをくれ!」


「それは助けを求めてるんじゃなくて、ただの食欲です!!」


「む?」


ルミナ。


「ぴぃ……」


「ほら、ルミナにも呆れられてますよ!」


「……肉まんは偉大じゃぞ」


「反省してください!!」


――それでも少女は、ほんの少しだけ。


「苦しい」と言えるようになった。


それはきっと、大きな一歩だった。


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