第16話 「優しい少女は、笑って倒れる」
【ちょこっと焼豚ミニ劇場 前編】
「仙人様! 今日、アイリスさんの召喚獣が登場します!」
「ほう」
「《聖光兎ルミナ》です!」
「兎とな?」
「はい! 可愛らしい光属性の兎です!」
ルミナが、ぴょこん。
「ぴぃ♪」
「おお……」
仙人が目を輝かせる。
「食べ――」
「ダメです!!」
「まだ何も言っておらん」
「顔に書いてあります!!」
リシェルとルミナ。
「「ぴぃ……」」
「なぜ二人とも儂を見るんじゃ!?」
――可愛い兎と、危険な焼豚仙人。
今日も学院は平和……のはずだった。
リシェルがアイリスをパーティーに勧誘してから少し時間が経った頃。
実技授業。
ガイアが生徒たちを見渡す。
「さて!! 本日は各自の召喚獣について、実戦を想定した能力確認を行う!!」
生徒たちが召喚獣を呼び出していく。
巨大な狼。
炎を纏う鳥。
鋼の甲殻を持つ魔獣。
そして――
「次、アイリス・ルミナール!」
アイリスが一歩前に出る。
「はい」
契約紋が淡く輝く。
「来てください――ルミナ」
ぽんっ。
光が弾ける。
そこから現れたのは――
小さな白い兎。
ふわふわの毛。
長い耳。
胸元には小さな光の紋章。
「……かわいい」
誰かが呟く。
別の生徒。
「え? これが召喚獣?」
少し笑い声。
アイリスは困ったように笑う。
「はい……」
リシェルは兎を見る。
「……可愛いですね」
ジュージュー仙人。
「うむ」
リシェル。
「仙人様?」
「うまそうじゃ」
「食べないでください!!」
ルミナが、
「ぴょ?」
と仙人を見る。
仙人。
「……冗談じゃ」
◇
ガイアが説明する。
「その召喚獣の名は?」
アイリス。
「《聖光兎ルミナ》です」
そして能力が明かされる。
《ホーリー・ヒール》
傷を治癒する。
毒を解除する。
麻痺を解除する。
魔力を回復する。
さらに状態異常への耐性まで高める。
生徒たちがざわつく。
「かなり優秀じゃない?」
「支援特化か……」
ガイアも頷く。
「治癒・浄化・魔力補助。非常に優秀なサポート型召喚獣だ」
そして、
「アイリス・ルミナール」
アイリスが顔を上げる。
「お前の治癒魔法とルミナの能力を合わせれば――」
一拍。
「学年でもトップクラスの支援能力になるだろう」
周囲から感嘆の声。
「すごい……」
「聖女みたい」
「やっぱりアイリスってすごいな」
アイリスは照れながら、
「そんな……大したことありませんよ」
リシェルは、その言葉に少し引っかかる。
ガイアが言う。
「そして、もう一つあるな?」
アイリス。
「はい」
ルミナがアイリスの肩へ飛び乗る。
その身体から淡い光が広がる。
《ルミナ・シェア》
アイリスの魔力が光となり、周囲の仲間へ流れ込む。
「おお……!」
魔力を消耗していた生徒が驚く。
「魔力が戻ってきた!」
ガイア。
「自らの魔力を対象者へ分配する能力だ」
つまり、
仲間の魔力を回復させられる。
非常に強力。
しかし。
リシェルはアイリスを見る。
ほんの一瞬。
アイリスの顔から血の気が引いた。
だが――
「大丈夫です」
すぐ笑う。
リシェルは何も言わない。
数日後。
学院近郊の訓練区域。
小規模な魔物討伐。
今回の目的は、
「戦闘だけではなく、負傷者が出た際の対応」
ガイアが叫ぶ。
「実戦では、仲間が傷つくこともある!!」
「攻撃役だけが強ければいいわけではない!!」
「支援役が、どれだけ冷静に仲間を生かせるか!!」
そして戦闘開始。
リシェルも前衛へ。
アイリスは後方支援。
ルミナと共に戦場を走る。
魔物の攻撃。
「うわっ!」
一人の生徒が吹き飛ばされる。
「怪我をした!」
アイリスが駆け寄る。
「大丈夫です!」
《ホーリー・ヒール》
光が傷を包む。
傷が塞がる。
「助かった……!」
「よかったです」
その直後。
別の場所。
「こっちも負傷者!」
アイリスが走る。
二人目。
《ホーリー・ヒール》
三人目。
《ホーリー・ヒール》
四人目。
毒状態。
ルミナが光を放つ。
《ホーリー・ヒール》
毒が消える。
さらに別の生徒。
魔力切れ。
アイリスが、
「少しだけ、分けますね」
《ルミナ・シェア》
淡い光が生徒へ流れ込む。
「……魔力が戻った!」
「ありがとうございます!」
アイリスは笑う。
「よかったです」
だが。
その瞬間。
アイリスの膝が、ほんの少し揺れる。
ルミナが、
「ぴ……」
と心配そうに鳴く。
アイリス。
「大丈夫ですよ、ルミナ」
戦況がさらに悪化。
負傷者が増える。
「アイリス!」
「はい!」
走る。
治す。
走る。
治す。
そしてまた、
「魔力が足りない!」
アイリスが駆け寄る。
「大丈夫です」
《ルミナ・シェア》
光が広がる。
そのたびに――
アイリス自身の魔力が減っていく。
リシェルが気づく。
「……アイリス?」
アイリスは振り返る。
笑顔。
「はい?」
「もう十分です!」
「でも、まだ怪我をしている人がいます」
「それは――」
「私が治します」
リシェルの表情が変わる。
◇
アイリスの呼吸が荒くなる。
手が震えている。
ルミナも心配そうに鳴く。
「ぴ……ぴぃ……」
「大丈夫ですよ」
アイリスはルミナの頭を撫でる。
「まだ、できますから」
リシェルが駆け寄る。
「アイリス、もういい!」
「……」
「これ以上は危険です!」
アイリスはリシェルを見る。
少しだけ困った顔。
そして――
いつもの笑顔。
「大丈夫です」
リシェル。
「大丈夫じゃありません!」
リシェルがアイリスの手を掴む。
その手は冷たい。
震えている。
「もう魔力がほとんど残っていない!」
アイリスは自分の手を見る。
「……あれ?」
初めて、自分の状態に気づく。
けれど。
まだ遠くから声がする。
「アイリス!」
彼女は反射的に振り向く。
「はい!」
リシェル。
「行かないで!」
「でも……」
「もう、あなたが治す必要はありません!」
「……」
「他の先生もいます!」
アイリスは少し笑う。
「でも……」
「私なら、助けられますから」
その言葉。
ジュージュー仙人が静かに聞いている。
アイリスが最後の魔法を使おうとする。
ルミナが止めるように前へ出る。
「ルミナ……?」
兎が首を横に振る。
「ぴぃ……」
アイリスは優しく笑う。
「大丈夫」
そして。
「一人だけですから」
《ルミナ・シェア》
光が溢れる。
その瞬間。
アイリスの身体から力が抜ける。
「……あ」
リシェルが気づく。
「アイリス!」
アイリスは倒れながら――
最後まで笑っていた。
「……よかった……間に合って……」
そして意識を失う。
リシェルが抱き止める。
「アイリス!」
ルミナもアイリスの胸元へ飛び込む。
「ぴぃ……」
ジュージュー仙人が近づく。
いつもの軽い表情ではない。
アイリスの魔力の状態を確認する。
そして――
「……使い切ったの」
リシェル。
「……どうして」
仙人は静かに答える。
「あの娘にとって、『助けられるのに助けない』という選択肢はないんじゃ」
「……」
「だから、自分を削る」
そしてルミナを見る。
「あの兎も、よう似た主を持ったものじゃ」
リシェルはアイリスを見る。
眠った顔。
もう笑っていない。
その瞬間。
第13話の言葉が蘇る。
「自分を勘定に入れるのを忘れておる」
リシェルの手が震える。
医務室。
眠っているアイリス。
ルミナがベッドの横で丸くなっている。
リシェルは椅子に座っている。
しばらくして。
アイリスが目を開ける。
「……リシェルさん?」
「……はい」
「私……」
少し笑う。
「また、倒れちゃったんですね」
リシェルは答えない。
アイリスが困ったように笑う。
「すみません」
その瞬間。
リシェルが静かに言う。
「謝らないでください」
「……」
「私は、あなたを治癒魔法のために誘ったんじゃありません」
アイリスの目が揺れる。
「私、あの時、言いましたよね」
「あなたがいいんです」
「……はい」
「だから……」
リシェルは拳を握る。
「あなたが自分を削って倒れるところなんて、見たくありません」
アイリスは黙る。
そして小さく、
「……ごめんなさい」
リシェル。
「だから、謝らないでください」
アイリスの目に涙。
「自分が我慢すれば、丸く収まる。」
幼い頃から、何度もそう思ってきた。
だから彼女は今日も笑った。
誰かを救うために。
誰にも心配をかけないために。
そして――
自分が限界を迎えていることすら、隠したまま。
けれど。
この日、初めて。
その「大丈夫」を信じない人が、彼女の隣にいた。
【ちょこっと焼豚ミニ劇場 後編】
「アイリスさん……大丈夫でしょうか」
「ぴぃ……」
ルミナも心配そうに鳴く。
ジュージュー仙人が頷く。
「心配じゃのう」
「仙人様……」
「うむ。だから――」
仙人が肉まんを差し出す。
「これを食わせるのじゃ」
「なんでですか!?」
「儂の分じゃ」
「自分が食べたいだけですよね!?」
「……バレたか」
「バレますよ!!」
ルミナが、
「ぴぃ♪」
「ほら、ルミナも呆れてます!」
「ぴぃ……」
「なんじゃ、その目は!?」
――笑顔の奥に隠されていた、少女の限界。
そして今度は、彼女自身が救われる番なのかもしれない。




