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第14話 「助ける者は、助けられない」

【ちょこっと焼豚ミニ劇場 前編】


「仙人様」


「なんじゃ?」


「今日も、アイリスさんのお話です」


「うむ」


「少し真面目なお話になりそうですね」


「そうじゃの」


「……ところで」


リシェルが仙人の手元を見る。


「なぜ肉まんを三つ持っているんですか?」


「助けを求めておる」


「誰にですか!?」


「お主に」


「自分で食べられるでしょう!?」


そこへアイリス。


「よかったら、私が持ちますよ?」


「アイリスさん!?」


「ほれ、こういうところじゃ」


「何がですか!?」


――優しい少女は、今日も誰かを助けようとしていた。


今日の授業で、ジュージュー仙人に、


「他人を一人として数えるなら、お主も一人として数えんとな」


と言われたアイリス。


その夜。


寮の部屋で一人になった彼女は、鏡を見る。


少し疲れた顔。


けれど、微笑む。


「……自分も、一人……」


そして、少し困ったように笑って、


「……難しいですね」




☆




翌日の学院。


リシェルはアイリスを観察している。


いつも通り、誰かが困っていれば助ける。


ノートを忘れた生徒。


魔力操作に失敗した生徒。


転んだ生徒。


アイリスは全部に反応する。


「大丈夫ですか?」


「私がやりますね」


「無理しなくて大丈夫ですよ」


リシェルはふと気づく。


昨日と何も変わっていない。


けれど――


以前よりも、アイリスの行動が気になってしまう。


小さな出来事


廊下で、男子生徒が資料を落とす。


「あっ……!」


アイリスがすぐ拾う。


「大丈夫ですよ」


「ごめん、アイリス。ありがとう」


「いえいえ」


その直後。


別の女子生徒が、


「アイリスさん、これお願いしてもいい?」


「はい」


さらに別の生徒。


「ちょっと教えてほしいんだけど……」


「もちろんです」


リシェルは思う。


「……断らない」


ジュージュー仙人が隣で、


「断れんのじゃろうな」


と呟く。




昼休み。


アイリスが他の生徒の手伝いをしている。


本来なら自分の昼食を食べる時間。


しかし、気づけば昼食はほとんど手つかず。


リシェルが尋ねる。


「アイリスさん、お昼は?」


「あ……」


アイリスが自分の机を見る。


「……忘れてました」


「忘れるものなんですか!?」


「ふふ……よくあります」


ジュージュー仙人。


「腹が減っておる顔じゃ」


「大丈夫ですよ」


「肉まんを――」


「大丈夫です!」


「まだ何も言っておらんぞい!?」




しかし、その後。


リシェルが、


「どうして、そこまで人のことを優先するんですか?」


と聞く。


アイリスは少し考える。


そして――


「……一人でやれば、早いですから」


リシェルが黙る。


「誰かが困っていたら、私がやったほうが早いんです」


「だから、私が我慢すれば――」


アイリスは笑う。


「それで丸く収まりますから」


ここで、ジュージュー仙人の表情が少し変わる。




☆ ★




リシェルは、その言葉が引っかかる。


「……それは、誰かに教えられたんですか?」


アイリスが少し驚く。


「え?」


「自分が我慢すればいい、という考え方です」


アイリスは答えない。


少しだけ視線を落とす。


そして、


「……昔から、そうだったんです」


それだけ。


リシェルは、それ以上聞けない。


ジュージュー仙人も何も言わない。





幼いアイリス。


泣いている小さな子。


アイリスがその子の手を握る。


「大丈夫だよ」





転んで怪我をした誰か。


幼いアイリスが治癒魔法を使う。


「痛くないよ」




誰かが困っている。


幼いアイリスが自分のものを差し出す。


「私は大丈夫だから」




誰の声だったのか。


何が起きていたのか。


まだ明かさない。


ただ一つだけ、


幼いアイリスの言葉。


「私が我慢すれば、大丈夫だから」


現在のアイリスと完全に重なる。




現在。


リシェルはアイリスに言う。


「アイリスさん」


「はい?」


「誰かを助けることは、悪いことではありません」


「……はい」


「でも――」


リシェルは少し言葉を探す。


「自分を犠牲にすることまで、優しさだとは私は思いません」


アイリスは笑おうとする。


「……そう、ですね」


でも、その笑顔は少しだけ寂しい。


そして、


「でも……」


少し間を置いて。


「私が我慢すれば、誰も困らないんです」


ここでリシェルが言葉を失う。


なぜならアイリスにとって、それは美徳でも自己犠牲でもない。


「普通のこと」なのだ。




ジュージュー仙人が二人の会話を聞いている。


いつもの飄々とした顔。


しかし、珍しく肉まんを食べていない。


そして、ぽつり。


「……なるほどのう」


リシェルが振り返る。


「何かわかったんですか?」


ジュージュー仙人はアイリスを見る。


「あの娘は――」


少し間。


「助けることを覚えすぎたんじゃ」


アイリスが顔を上げる。


「……」


「じゃから、助けられることを知らん」


アイリスは何も言わない。


仙人は続ける。


「誰かが泣けば、自分が笑わせる」


「誰かが傷つけば、自分が治す」


「誰かが困れば、自分が我慢する」


そして、


「そうしているうちに――」


少しだけ優しい声になる。


「自分が困っている時まで、自分で何とかせねばならんと思うようになったんじゃろう」


アイリスの指が、ほんの少し震える。




☆ ★ ☆




アイリスが初めて、困った顔をする。


「……私」


リシェルを見る。


「誰かに助けてもらうって……」


少し考える。


「どうすればいいのか、わからないんです」


ここが今回の最大の感情ポイントです。


「助けて」と言えないのではなく、


「助けてもらう」という選択肢そのものが、彼女の中に存在していない。




リシェルは少し笑って、


「では、少しずつ覚えればいいと思います」


アイリス。


「……え?」


「助けてもらうことを」


そして、


「私も、まだ仲間を作ることを勉強中ですから」


アイリスが少し笑う。




帰り道。


リシェルがジュージュー仙人に尋ねる。


「仙人様」


「なんじゃ?」


「小さい頃、アイリスさんに……何があったんでしょう」


仙人は答えない。


しばらく歩いてから、


「まだ、聞かんでよい」


「……どうしてですか?」


「本人が話したくなった時に、聞けばよい」


そして、


「人の傷は、勝手にめくるものではないからの」


リシェルは黙って頷く。


遠くでアイリスが誰かに声をかけている。


「大丈夫ですか?」


いつもの笑顔。


いつもの優しさ。


でも――


以前までとは違って。


リシェルには、その笑顔の奥にあるものが少しだけ見えるようになっていた。


そしてジュージュー仙人。


「……ただし」


「はい?」


「いつか、あの娘自身が助けを求められるようにはせんとな」


リシェルは頷く。


「はい!」


そして最後に――


アイリスが誰もいないところで、小さく呟く。


「……私が我慢すれば、大丈夫」


その言葉は、


幼い頃から何度も繰り返してきた言葉だった。


――だが。


それが、いつ、誰によって植えつけられたものなのか。


まだ誰も知らない。




【ちょこっと焼豚ミニ劇場 後編】


「アイリスさん」


「はい?」


「今日は、少しだけ過去のお話が出てきましたね」


「……はい」


「『自分が我慢すれば丸く収まる』……」


「……昔から、そうだったんです」


「そっか……」


ジュージュー仙人が頷く。


「では、まずは――」


「はい?」


「肉まんを我慢せず食べる練習からじゃ」


「……え?」


「自分を大切にする第一歩じゃ」


「なるほど……」


「仙人様! それ、ただ食べたいだけですよね!?」


「バレたか」


「バレますよ!!」


アイリスがクスクス笑う。


その笑顔を見て、リシェルも笑った。


――誰かを助ける少女が、いつか自分も助けられるようになるまで。


その物語は、まだ始まったばかり。


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