第13話 「仙人は、人を見る」
【ちょこっと焼豚ミニ劇場 前編】
「仙人様!」
「なんじゃ?」
「人を見るって、どういうことですか?」
「簡単じゃ」
ジュージュー仙人がリシェルを見る。
「お主は――」
「はい」
「今日、肉まんを二個食べる顔をしておる」
「人の何を見てるんですか!?」
そこへアイリス。
「私は……一個だと思います」
「アイリスさんまで!?」
「では、ワシは三個じゃ」
「それは食べ過ぎです!!」
――そんな焼豚仙人が。
誰よりも人の心を見抜いていることを、まだ誰も知らない。
学院の中庭。
リシェルとジュージュー仙人。
リシェルはアイリスを探している。
「仙人様」
「なんじゃ?」
「今日はアイリスさんを見かけませんね」
「向こうじゃ」
「え?」
仙人が指差す。
少し離れた場所。
アイリスが一人の生徒の手を取っている。
「少し腫れていますね」
「え? これくらい大丈夫だよ」
「大丈夫じゃありません」
「え?」
「昨日から痛かったでしょう?」
「……なんで分かるの?」
アイリスは微笑む。
「歩き方が少し変でしたから」
リシェルが驚く。
「……すごい」
ジュージュー仙人は黙っている。
ただ。
アイリスを見ている。
☆
授業前。
別の生徒が指を押さえている。
「どうしたんですか?」
「ちょっと切っただけ」
アイリスが手を見る。
「少し深いですね」
「え?」
「治しますね」
「いや、これくらい――」
「痛いでしょう?」
「……うん」
「では、治しましょう」
「《ヒール》」
傷が消える。
「ありがとう」
「どういたしまして」
また一人。
また一人。
アイリスは誰かの小さな異変を見つけていく。
リシェルは感心する。
「よく気づきますね」
「え?」
「みんなが気づかないような小さな怪我まで」
アイリスは笑う。
「怪我をしていると、困りますから」
その答えは、とても自然だった。
午後。
実技訓練。
今度は治癒魔法ではなく、魔力制御訓練。
生徒たちが魔法を使う。
するとアイリスが突然、一人の生徒へ声をかける。
「少し休んだほうがいいですよ」
「え?」
「魔力の流れが乱れています」
「そんなに?」
「はい」
「でもまだいける――」
「無理をすると、魔力酔いになります」
生徒は驚く。
教師も頷く。
「アイリスの言う通りだ」
「……すご」
また一人。
「あなたも少し休んでください」
「え?」
「呼吸が浅くなっています」
また一人。
「あなたは魔力を使いすぎています」
「……」
アイリスは次々と気づいていく。
リシェルは思う。
――この人は。
人の状態を見るのが、本当に上手い。
授業が終わる。
アイリスは片付けをしている。
リシェルは気づく。
「アイリスさん」
「はい?」
「疲れていませんか?」
「え?」
「少し顔色が悪いです」
「そうですか?」
「はい」
「でも大丈夫です」
「……」
また。
リシェルが見る。
アイリスの手。
少し震えている。
「魔力も減っているのでは?」
「……少しだけです」
「少しだけ?」
「はい」
「今日は何人治療しました?」
アイリスは考える。
「えっと……」
数える。
「……七人くらいでしょうか」
リシェルが驚く。
「七人!?」
「はい」
「それで疲れないんですか?」
「少しは疲れます」
「なら、休んでください」
「でも――」
アイリスは周囲を見る。
「まだ、誰か困っているかもしれませんから」
リシェルは言葉を失う。
☆ ★
そこへ。
ジュージュー仙人。
「……ふむ」
「仙人様?」
「やはりのう」
「何がですか?」
仙人はアイリスを見る。
「お主」
「はい?」
「人のことは、よく見ておるの」
アイリスが首を傾げる。
「そうでしょうか?」
「怪我」
「はい」
「疲れ」
「はい」
「魔力の乱れ」
「……」
「顔色」
「……」
「呼吸」
アイリスは黙る。
「よう見ておる」
そして。
「じゃが――」
仙人がアイリスの手を見る。
「自分のことだけは、見ておらん」
「……」
アイリスが戸惑う。
「そんなこと……」
「あるぞい」
「私はちゃんと――」
「優しいのではない」
「……え?」
アイリスが目を見開く。
リシェルも驚く。
ジュージュー仙人は、いつもの軽い調子。
でも。
その声だけは静かだった。
「お主、優しいのではない」
「……」
「優しすぎて――」
一拍。
「自分を勘定に入れるのを忘れておる」
アイリスは言葉を失う。
「……私を?」
「そうじゃ」
「でも……」
「他人が疲れれば休ませる」
「……」
「他人が怪我をすれば治す」
「……」
「他人が苦しめば駆け寄る」
「……」
「じゃが、自分が疲れても」
仙人が笑う。
「『まだ大丈夫』」
「……」
「自分が苦しくても」
「……」
「『大丈夫』」
アイリスの目が少し揺れる。
リシェルは何も言わず見守る。
アイリスが小さく呟く。
「……そんなつもりは」
「うむ」
「私はただ……」
「分かっておる」
仙人は遮らない。
責めない。
ただ。
「お主は、誰かを助けることを当たり前だと思っておる」
「……はい」
「ならばの」
仙人は指を一本立てる。
「お主自身も、誰か一人じゃ」
「……」
「他人を一人として数えるなら」
そして。
「お主も一人として数えんとな」
アイリスは俯く。
初めて。
何も言えない。
☆ ★ ☆
夕方。
一人になったアイリス。
学院の廊下を歩く。
「……自分も、一人」
小さく呟く。
今まで。
そんなふうに考えたことはなかった。
誰かが怪我をすれば助ける。
誰かが疲れていれば休ませる。
誰かが苦しんでいれば寄り添う。
でも。
自分が疲れた時。
自分が苦しい時。
自分が助けを必要とした時。
――どうしていた?
「……大丈夫」
いつもの言葉。
けれど。
今日は。
その言葉を口にした瞬間。
少しだけ胸が痛んだ。
少し離れたところ。
リシェルがジュージュー仙人を見る。
「……仙人様」
「なんじゃ?」
「どうして……あんなことが分かるんですか?」
仙人は答えない。
空を見る。
そして。
「人というものはの」
少しだけ笑う。
「口より先に、身体が喋るからの」
「……」
「目線、呼吸、歩き方、手の震え」
「……」
「見ておれば分かる」
リシェルは仙人を見る。
「……仙人様って」
「なんじゃ?」
「本当に……何者なんですか?」
仙人はニヤリ。
「ただの焼豚じゃ」
「絶対に違います」
「そうかのう?」
「絶対です!」
そして仙人は。
いつものように肉まんを取り出す。
「まあ、深く考えるより食うがよい」
「……」
「腹が減っては、人も見えんからの」
「それは……ちょっと分かります」
「ほれ」
「いただきます」
二人が肉まんを食べる。
その一方で。
アイリスは一人。
仙人の言葉を思い返していた。
――自分も、一人。
その言葉は。
今まで一度も考えたことのなかった場所に。
静かに残っていた。
【ちょこっと焼豚ミニ劇場 後編】
「仙人様……」
「なんじゃ?」
「今日のお話……ちょっと深かったですね」
「うむ」
「『自分も一人』って……」
「大切なことじゃ」
「はい……」
「だからこそ――」
仙人が真剣な顔で言う。
「肉まんも一人一個じゃ」
「…………」
「公平じゃろ?」
「今その話じゃありません!!」
アイリスが思わず笑う。
「ふふ……」
リシェルも笑う。
「……でも」
アイリスが小さく呟く。
「自分も……一人、なんですね」
ジュージュー仙人は何も言わない。
ただ、いつものように笑っていた。
――優しすぎる少女の心に、ひとつの言葉が残った。
「自分も、一人。」
そして、その言葉がいつか――彼女自身を救うことになる。




