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第12話 「優しさは、才能ではない」

【ちょこっと焼豚ミニ劇場 前編】


「今日は治癒魔法の授業です!」


リシェルが張り切って言う。


「ほう」


ジュージュー仙人が頷く。


「アイリスさんの得意分野ですね!」


「うむ。つまり――」


仙人がアイリスを見る。


「肉まんを治せるのじゃな?」


「治せません!」


「では焼豚は?」


「もっと治せません!」


「なんと……」


「そこで落ち込まないでください!」


アイリスが苦笑する。


「ふふ……」


「アイリスさんまで笑わないでください!」


――しかし、この日。


学院中が知ることになる。


この少女が、ただ優しいだけではない。


学年屈指の治癒術師であることを。

王立アルカディア魔導学院。


今日は治癒魔法の実技授業。


教室に入る生徒たち。


アイリスはいつも通り、穏やかに笑っている。


「今日は治癒魔法の実技です」


教壇に立つ教師が説明する。


「治癒魔法は、単純に魔力を流せばいいというものではありません」


「傷の状態を見極め、必要な魔力量を正確に判断する」


「これができなければ、術者自身の魔力を無駄に消耗します」


生徒たちは真剣に聞いている。


リシェルも頷く。


その隣。


ジュージュー仙人は――


机に突っ伏している。


「仙人様」


「……」


「起きてください」


「治癒魔法は眠くなるのじゃ……」


「なぜですか?」


「肉まんが出てこんからの」


「授業中に肉まんを要求しないでください」



☆



教師が続ける。


「では、実技に移ります」


今日の課題は、


模擬負傷者を制限時間内に治療すること。


魔力消費量も採点対象。


つまり、


どれだけ少ない魔力で、どれだけ正確に治せるか


が重要になる。


生徒たちが順番に挑戦。


「《ヒール》!」


傷が治る。


「次!」


しかし。


「魔力を使いすぎだ」


「はい……」


次の生徒。


「《ヒール・ライト》!」


「悪くない。ただ、もう少し精度を上げろ」


そして。


「次、アイリス・ルミナール」


「はい」


アイリスが前へ。


リシェルが見守る。


「始め!」


アイリスが傷を見る。


ほんの一瞬。


傷の深さ。


出血量。


魔力の流れ。


全てを判断する。


そして。


「《ヒール》」


淡い光。


傷が――


一瞬で閉じる。


「……え?」


周囲がざわめく。


教師も目を見開く。


「もう一度」


別の模擬負傷者。


「はい」


「開始!」


「《ヒール》」


また一瞬。


完治。



教師がアイリスを見る。


「……素晴らしい」


「ありがとうございます」


「アイリス」


「はい」


「君の治癒魔法は、学年でも間違いなく上位だ」


生徒たちがざわつく。


「やっぱり……」


「アイリスって、そんなにすごかったんだ」


「治癒魔法なら学年一じゃない?」


教師も続ける。


「いや……」


少し考えて。


「学年一かもしれんな」


「!」


周囲が驚く。


アイリスだけが、


「え?」


という顔。


「私が……ですか?」


「そうだ」


教師は真剣。


「魔力操作の精度」


「傷の状態を読む速度」


「治癒効率」


「どれを取っても非常に高い」


そして。


「君は、自分が思っている以上に優秀だ」


アイリスは困ったように笑う。


「……ありがとうございます」


でも。


その顔には、


自分が褒められていることへの実感がない。



☆ ★




授業は続く。


今度は、


複数人同時治療訓練。


模擬負傷者(人形)が次々と現れる。


「アイリス!」


「はい!」


一人。


「《ヒール》」


二人。


「《ヒール》」


三人。


「こっちもお願いします!」


「はい!」


リシェルは驚く。


「……速い」


アイリスの治療速度が明らかに違う。


他の生徒が一人治療している間に、


アイリスは二人、三人と治していく。


教師も感心する。


「素晴らしい!」


「この速度なら、実戦でも非常に頼りになる!」


周囲から声が上がる。


「聖女みたい……」


「本当に頼りになるね」


「アイリスがいるなら安心だ」


アイリスは笑う。


「そんな、大げさですよ」




ところが。


教師が一つ追加課題を出す。


「最後は少し難しいぞ」


「複数の負傷者を同時に治療してもらう」


「ただし――」


教師は強調する。


「魔力が尽きる前に終了すること。」


「治癒術師にとって、魔力管理は命綱だ」


開始。


「《ヒール》!」


「《ヒール》!」


「こちらもお願いします!」


「はい!」


アイリスは次々と治していく。


しかし。


リシェルが気づく。


「……?」


アイリスの呼吸が少し乱れている。


手が震えている。


それでも。


「大丈夫です」


また。


「《ヒール》」


教師が叫ぶ。


「アイリス! 無理をするな!」


「まだ大丈夫です!」


「残りの魔力は?」


「……」


アイリスは少し黙る。


「まだ、あります」


教師が魔力測定器を見る。


数値が急激に落ちている。


「……あと少しだ」


しかし。


別の模擬負傷者が出る。


「アイリス!」


「はい!」


彼女は迷わず走る。


「《ヒール》!」


治療。


そして。


もう一人。


「こちらも!」


「はい!」


リシェルが立ち上がる。


「アイリスさん!」


でも。


アイリスは止まらない。




アイリスの魔力が限界に近づく。


「……っ」


一瞬、身体がふらつく。


しかし。


「大丈夫です」


また笑う。


リシェルは言葉を失う。


その横で。


ジュージュー仙人がアイリスをじっと見ている。


いつもの飄々とした顔ではない。


「……妙じゃのう」


リシェルが振り返る。


「何がです?」


仙人は答えない。


アイリスを見る。


そして。


ぽつり。


「あの娘、自分を一人分として数えておらん」


「……え?」


リシェルが聞き返す。


「どういう意味ですか?」


仙人は淡々と続ける。


「他人が一人傷つけば、一人分助ける」


「二人傷つけば、二人分助ける」


「十人なら、十人分じゃ」


リシェルは黙って聞く。


「じゃが――」


仙人の視線がアイリスへ向く。


「自分が一人傷ついた時だけは……」


一拍。


「その“一人”を、数に入れておらん」


「……」


リシェルは何も言えない。




☆ ★ ☆




授業終了。


アイリスは椅子に座っている。


さすがに疲れている。


教師が声をかける。


「アイリス」


「はい」


「君は本当に優秀だ」


「……ありがとうございます」


「だが」


教師の表情が少し厳しくなる。


「治癒術師として、一つだけ覚えておいてほしい」


「はい?」


「自分の魔力を使い切ることは、優しさではない。」


アイリスが黙る。


「治癒術師は、最後まで立っていなければならない」


「……」


「患者を救うために、自分が倒れてしまえば意味がない」


アイリスは小さく笑う。


「……はい」


でも。


その返事には。


どこか納得していないような響きがある。


リシェルはそれを見逃さない。




放課後。


二人で廊下を歩く。


リシェルが言う。


「アイリスさん」


「はい?」


「今日、すごかったです」


「え?」


「先生も言っていました」


「そんな……」


「学年一かもしれないって」


アイリスは困ったように笑う。


「たまたまですよ」


「たまたまではありません」


「……」


「あなたは、本当にすごいです」


アイリスは少し考える。


そして。


「……ありがとうございます」


でも。


やっぱり。


嬉しそうというより――


困っている。


リシェルは尋ねる。


「アイリスさん」


「はい?」


「どうして、そんなに自分を低く見るんですか?」


「……」


アイリスの足が止まる。


少しだけ。


沈黙。


「……そうでしょうか?」


「はい」


「私は……」


アイリスは自分の胸元に手を当てる。


「ただ、できることをしているだけです」


「……」


「治せるなら、治します」


「困っている人がいたら、助けます」


「それが普通だと思っていますから」


リシェルは何も言えない。


少し離れたところで、ジュージュー仙人が肉まんを食べている。


「……」


そして。


小さく呟く。


「優しさは、才能ではない」


リシェルが振り返る。


「仙人様?」


仙人は笑う。


「じゃがのう」


一口。


「自分を数えぬ優しさは、いつか己を食い潰す。」


「……」


リシェルはアイリスを見る。


その横顔は。


今日も穏やかだった。


けれど。


その笑顔の奥には――


まだ、誰にも見せていない何かがある。


リシェルは思う。


――この人を、もっと知らなければ。


そして。


まだ「仲間になってください」とは言わない。


ただ一人の少女として。


アイリスという人間を、もっと知りたい。


その気持ちだけが、少しずつ強くなっていた。




【ちょこっと焼豚ミニ劇場 後編】


「アイリスさん、すごかったですね!」


「いえいえ、そんな……」


「学年一かもしれないって言われていましたよ!」


「たまたまです」


「たまたまであれだけ治せません!」


「……」


ジュージュー仙人がぽつり。


「じゃが、妙じゃの」


「何がです?」


「あの娘、自分を一人分として数えておらん」


「……」


アイリスが首を傾げる。


「私、ちゃんと一人ですよ?」


「そこではないのじゃ」


「?」


リシェルが考え込む。


「……どういう意味でしょう?」


仙人は肉まんを頬張りながら、


「そのうち分かるじゃろ」


「仙人様!」


「なんじゃ?」


「意味深なことを言っておいて、肉まんを食べないでください!」


「では、意味を噛み砕いて説明するかの」


「肉まんだけに!?」


「うむ」


「そこは拾わなくていいです!!」


――優しい少女の「才能」の奥には、まだ誰も知らない秘密がある。


そして、焼豚仙人だけは――少しずつ気づき始めていた。

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