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第11話 「優しい少女は、傷ついた自分を隠す。」

「仙人様」


「なんじゃ?」


「私、アイリスさんのことを、もう少し知ろうと思います」


「ほう」


「まだ、仲間に誘うつもりはありません」


「うむ」


「まずは、どんな人なのかを知ってからです」


「なるほどのう」


「……なぜ肉まんを五つ並べているんですか?」


「観察対象じゃ」


「肉まんを観察してどうするんですか!?」


「一つ食べれば、残りの四つも観察できるぞい」


「それはただの食事です!!」


――仲間探しは、まだ始まったばかり。


そしてリシェルは、一人の少女の「優しさ」の奥にあるものを、少しずつ知っていくことになる。

翌日。


王立アルカディア魔導学院。


リシェルは実技訓練場へ向かって廊下を歩いていた。


掲示板の前を通り過ぎる。


パーティー編成表。


自分の名前しかない。


だが、今日はそこを気にしない。


「……」


リシェルが向かうのは、別の場所。


昨日出会った少女――


アイリス・ルミナール。


「まずは……」


リシェルは小さく呟く。


「彼女のことを、もう少し知ってみたいです」


ジュージュー仙人が隣を歩く。


「ほう」


「まだ、勧誘するつもりはありません」


「うむ」


「ただ……」


リシェルは少し考える。


「昨日の彼女が、少し気になっていて」


仙人は何も言わない。


ただ、ニヤッとする。


「なんですか?」


「いや」


「……?」


「よい目をするようになったの」


---



学院内。


リシェルはアイリスを探す。


すると。


「アイリスさん!」


「はい?」


また誰かに呼ばれている。


「この書類、先生に届けてもらえますか?」


「もちろんです」


「アイリス、これちょっと――」


「はい」


「ごめん、またお願いしてもいい?」


「大丈夫ですよ」


笑顔。


また笑顔。


リシェルは遠くから見ている。


――断らない。


誰かに頼まれれば、必ず引き受ける。


そして。


「ありがとうございます!」


「いえいえ」


相手が去る。


アイリスは一人になる。


その瞬間。


「……ふぅ」


ほんの一瞬だけ、肩が落ちる。


しかし。


次の瞬間には、また笑顔。


リシェルはその変化を見逃さない。


「……」


ジュージュー仙人が隣で呟く。


「忙しい娘じゃの」


「はい」


「自分から忙しくしておる」


「……」


リシェルは考える。


――どうして?



---



昼休み。


リシェルは食堂でアイリスを見つける。


アイリスは一人で食事をしていた。


しかし、そこへ別の生徒が来る。


「アイリスさん、ちょっといい?」


「はい」


「昨日の魔法なんだけど――」


「こうするといいですよ」


食事を止めて教えてあげる。


別の生徒。


「アイリス、今日の実技――」


「大丈夫です」


また答える。


結局。


アイリスの食事はほとんど進んでいない。


リシェルは思わず声をかける。


「アイリスさん」


「はい?」


「食事……」


「あ」


アイリスが自分の皿を見る。


「まだ食べていませんでした」


「……」


「でも大丈夫ですよ」


また。


その言葉。


「大丈夫です」


リシェルは少しだけ眉を寄せる。



---




放課後。


中庭。


リシェルとアイリスが少しだけ話す。


「アイリスさんは、いつも誰かに頼られていますね」


「そうでしょうか?」


「はい」


「私なんて、大したことありませんよ」


「……」


昨日と同じ言葉。


リシェルは少し驚く。


「治癒魔法も、もっと上手な人がいます」


「ですが――」


「私よりすごい人なんて、たくさんいますから」


アイリスは笑う。


その笑顔は、とても自然だった。


だからこそ。


リシェルには、それが余計に気になった。


「……アイリスさん」


「はい?」


「自分のことを、あまり褒めないんですね」


「え?」


「むしろ、低く評価しているように感じます」


アイリスは少し困った顔をする。


「そんなつもりは……」


「そうですか?」


「はい」


そして笑う。


「私は、本当に普通ですよ」


リシェルは、それ以上聞かなかった。


でも。


心の中に残った。


――この人は。


|自分の価値を、自分で見ようとしていない。|



---



翌日の実技授業。


ガイアが声を張る。


「今日は実戦形式だ!」


「敵役と救助役に分かれろ!」


「戦闘中に負傷者が出た場合、どう動くか!」


「それも訓練する!」


「契約とは筋肉だ!!」


「また始まった……」


生徒たちが苦笑する。


リシェルは前衛。


アイリスは後方支援。


ジュージュー仙人は――。


「……」


地面に座っている。


「仙人様」


「なんじゃ?」


「授業中です」


「見学中じゃ」


「参加してください」


「儂は小さいからのう」


「理由になっていません」


そんなやり取りをしているうちに。


実技が始まる。



---




戦闘開始。


リシェルが敵役を引きつける。


「アイリスさん、後ろをお願いします!」


「はい!」


負傷役が出る。


「アイリス!」


「はい!」


アイリスが走る。


「《ヒール》!」


治療。


また負傷者。


「こっちです!」


「はい!」


また治療。


そして。


少し離れた場所で、別の生徒が転倒する。


アイリスがすぐに駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


「ちょっと魔力を使いすぎただけで――」


「無理をしないでくださいね」


アイリスが治療する。


その間。


誰も気づいていなかった。


アイリスの背後。


模擬戦闘中の召喚獣が――。


方向を変えていることに。



---



リシェルが振り返る。


「――!」


目に入った。


アイリスの背後。


召喚獣が放った魔力弾。


一直線に――。


アイリスへ向かっている。


「アイリスさん!」


リシェルが叫ぶ。


アイリスが振り返る。


「……え?」


遅い。


リシェルは走る。


だが。


間に合わない。


アイリスも動けない。


その瞬間。


「……やれやれ」


ポテ。


ジュージュー仙人が立ち上がる。


「仙人様……?」


仙人は慌てない。


ただ。


小さな手を――。


ひょい。


と上げる。


「《そっちは違うぞい》」


すると。


魔力弾が――。


ほんの少しだけ。


|軌道が逸れる。|


「……え?」


魔力弾はアイリスの頬をかすめるように通り過ぎ――


ドォン!!


背後の壁へ着弾する。


砂煙。


静寂。


アイリスは呆然。


リシェルも止まる。


「…………」


ジュージュー仙人は。


「ふむ」


と一言。


そして。


「危なかったの」


まるで何事もなかったかのように、また座る。


「…………」


リシェルは仙人を見る。


「……今」


「なんじゃ?」


「今、また何かしましたよね?」


「何もしておらん」


「でも!」


「風じゃ」


「風なんて吹いていません!」


「では、気のせいじゃ」


「絶対違います!」


アイリスも仙人を見る。


その目には。


ほんの少しだけ――


不思議なものを見る色が浮かんでいた。



---



リシェルがアイリスのところへ駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


「はい……」


アイリスは頷く。


そして。


「大丈夫です」


また、その言葉。


リシェルは黙る。


けれど。


今度は。


その言葉をそのまま信じられなかった。


アイリスの手が――。


小さく震えていたから。


「……アイリスさん」


「はい?」


「本当に……大丈夫ですか?」


アイリスは答えようとする。


「私は――」


「大丈夫です」


いつもの言葉。


けれど。


声が少し震えている。


リシェルは何も言わない。


ただ。


アイリスの震える手を見つめる。


そして。


初めて思った。


――この人は。


誰かを助けることはできても。


|自分自身を守ることは、苦手なのかもしれない。|


その少し離れた場所で。


ジュージュー仙人は、何も言わず空を見上げていた。


そして。


ほんの少しだけ。


目を細める。


「……まだ、気づいておらんか」


誰にも聞こえない声。


「自分が助けられる側になることを」――。



「仙人様」


「なんじゃ?」


「……アイリスさん、少し無理をしている気がします」


「うむ」


「やっぱり、そう思いますか?」


「うむ」


「でも……本人は『大丈夫です』って」


「そうじゃな」


「どうして、あんなに何度も言うんでしょう?」


ジュージュー仙人は、しばらく黙ってから――


「大丈夫ではない者ほど、『大丈夫』と言いたがるものじゃ」


「……」


「誰かに心配をかけとうないからの」


「……そうなんですね」


「まあ、儂なら――」


「はい?」


「心配される前に肉まんを食べるがの」


「そこは参考になりません!!」


――優しい少女が抱えているものを、リシェルはまだ知らない。


けれど。


「大丈夫です」という言葉の奥にある小さな震えを、彼女は確かに見つけた。


そして――ジュージュー仙人もまた、何かに気づいていた。


次回、少しずつ「アイリス」という少女の本当の姿へ。

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