第9話 「万年二位は、首席令嬢を放っておけない。」
「仙人様……」
「なんじゃ?」
「まだ、仲間が一人もいません」
「では、肉まんを五つ買うかの」
「仲間の話です!」
「五人分じゃろ?」
「肉まんを人数に数えないでください!」
そんなリシェルの前に現れたのは――学院二位、クラリス。
果たして二人の関係は……?
そして仙人の『能力』とは!?
――リシェルが、最初の生徒に声をかける少し前。
王立アルカディア魔導学院、その廊下。
窓から差し込む午後の日差しを背に、一人の少女が立っていた。
クラリス・フォン・ローゼン。
学院順位、第二位。
いつも首席の座に手を伸ばしながら、その一歩手前で届かない少女。
クラリスは、少し離れた場所にいるリシェルを見つめていた。
その視線の先には、昨日から始まった卒業試験のパーティー編成に向けて、周囲の生徒へ声をかけているリシェルの姿がある。
「……また、あの人は一人でいるのね」
クラリスは小さく呟いた。
リシェルの隣には、いつものように小さな焼豚――ジュージュー仙人がいる。
学院中から最弱と認定された召喚獣。
Eランク。
クラリスは目を細める。
「……あれが原因、か」
昨日から何度も、リシェルが生徒に声をかけている。
そして、そのたびに。
「申し訳ありません」
「Eランクの召喚獣とは、ちょっと……」
「卒業試験ですから」
そんな言葉を投げかけられている。
クラリスは、それを遠くから見ていた。
最初は――。
正直、少しだけ愉快だった。
いつも自分の一歩前を歩いているリシェル。
何をしても首席。
何をやっても優秀。
そんな彼女が、初めて思い通りにならない状況にいる。
「……ふん」
クラリスは腕を組む。
「たまには、そういう顔もするのね」
けれど。
リシェルが誰かに断られるたびに。
その胸の奥に、妙な違和感が積もっていった。
――嬉しくない。
むしろ。
「……何よ、その顔」
リシェルは笑っている。
断られても、笑顔を崩さない。
「お気になさらず」
「こちらこそ、お時間をいただいてありがとうございました」
そう言って頭を下げる。
完璧な令嬢の振る舞い。
けれど、クラリスには分かった。
あれは本当の笑顔ではない。
「……無理してるじゃない」
クラリスは小さく呟いた。
そして、気づけば。
自分の足は、リシェルのいる方向へ向かっていた。
---
「……あ」
リシェルが、また一人の生徒に頭を下げた。
「そうですか。分かりました。突然お声をかけてしまい、申し訳ありません」
「いえ……その……」
相手の生徒は気まずそうに去っていく。
リシェルはその背中を見送り――。
「…………」
小さく息を吐いた。
その瞬間。
「ずいぶん苦戦しているようね」
背後から声がした。
「……?」
リシェルが振り返る。
そこにいたのは――。
「クラリス……」
腕を組んだ、腰まで届く艶やかな漆黒のストレートヘアの少女。
クラリス・フォン・ローゼンだった。
「久しぶり、というほどでもないわね」
「そうですね」
「……まだ一人も決まっていないの?」
「…………」
リシェルは少しだけ視線を逸らす。
「はい」
「本当に?」
「本当です」
クラリスは眉を上げた。
「意外ね」
「私もそう思っていました」
「……」
クラリスが黙る。
もっと強がると思っていた。
「首席だから、声をかければすぐに集まると思っていたわ」
「私もです」
リシェルは苦笑する。
「ですが……そう簡単ではないようです」
「……ふうん」
クラリスはジュージュー仙人を見る。
ポテポテ。
「……原因は、あれ?」
「……そうですね」
ジュージュー仙人が二人を見上げる。
「なんじゃ?」
「……」
「なんじゃ、その顔は」
クラリスが冷たく言う。
「あなた、本当にEランクなの?」
「学院の評価では、そうらしいのう」
「らしい?」
「儂は自分のランクなど知らんからの」
「……」
クラリスは眉間に皺を寄せた。
「変な召喚獣」
「よく言われるのう」
「褒めていないわ」
「そうか」
ジュージュー仙人は欠伸をした。
「では、肉まんを食うかの」
「なぜ今その話になるんですか!」
リシェルが思わず突っ込む。
クラリスは呆れた顔で二人を見る。
「……本当に、あなたたちって変な組み合わせね」
---
クラリスはしばらく黙っていた。
そして、不意に口を開く。
「リシェル」
「はい?」
「私は、あなたが嫌いよ」
「……知っています」
「でしょうね」
「いつも睨まれていますから」
「睨んでいないわ」
「睨んでいます」
「……少しだけよ」
「やはり睨んでいるではありませんか」
「うるさいわね」
ジュージュー仙人が笑う。
「仲良しじゃのう」
「「違います!」」
二人の声が重なった。
しばしの沈黙。
クラリスは視線を逸らした。
「……私はずっと、あなたを超えたいと思っていた」
リシェルの表情から笑みが消える。
「入学してからずっとよ」
「……」
「試験でも」
「……」
「魔法でも」
「……」
「召喚術でも」
クラリスは拳を握る。
「何をやっても、あなたが一番だった」
「クラリス……」
「私は、いつも二番」
吐き出すような言葉だった。
「万年二位」
その言葉を自分で口にした瞬間、クラリスは少しだけ顔を歪めた。
「あなたが首席だから、私は二位なの」
「……」
「だから、あなたに勝ちたかった」
リシェルは何も言わない。
「あなたが羨ましかった」
「……」
「あなたが憎らしかった」
クラリスはリシェルを見る。
「でも――」
そこで言葉が止まった。
リシェルが静かに問いかける。
「でも?」
「……あなたが、そんな顔をしているのを見るのは……」
クラリスは少しだけ目を伏せた。
「もっと嫌だった」
「……え?」
「勘違いしないで」
クラリスはすぐに顔を上げる。
「あなたに同情しているわけじゃない」
「……はい」
「私は、あなたに勝ちたいの」
「……」
「だから」
クラリスはリシェルをまっすぐ見る。
「勝負する相手には、ちゃんと立っていてもらわないと困るのよ」
リシェルはしばらく黙っていた。
そして――。
「……ありがとうございます」
「何が?」
「少し、元気が出ました」
「…………」
クラリスは顔を赤くして、ぷいっと横を向いた。
「別に、励ましたつもりはないわ」
「そうですか?」
「そうよ」
ジュージュー仙人がニヤニヤする。
「ツンツンしておるの」
「仙人様」
「なんじゃ?」
「黙っていてください」
「はい」
---
その日の午後。
学院では、卒業試験に向けた実技訓練が行われていた。
複数の生徒たちが、それぞれの召喚獣を連れて訓練場へ集まっている。
ガイア・バルド実技主任が声を張り上げる。
「いいか! 召喚獣との連携で最も重要なのは、契約者との意思疎通だ!」
「はい!」
「契約とは筋肉だ!!」
「また始まった……」
生徒たちから苦笑が漏れる。
その中で、リシェルとクラリスも訓練に参加していた。
ジュージュー仙人はというと――。
「……」
訓練場の隅で昼寝している。
「仙人様!」
リシェルが叫ぶ。
「起きてください!」
「……あと五分じゃ」
「授業中ですよ!」
「寝るのも修行じゃ」
「絶対違います!」
その瞬間だった。
「――っ!」
訓練場の中央から、激しい魔力の爆発が起こった。
「な、なんだ!?」
一体の召喚獣が、突然暴れ始める。
「契約者との魔力同期が乱れている!」
ガイアが叫ぶ。
「全員、下がれ!」
召喚獣が咆哮する。
そして――。
巨大な魔力弾を放った。
「危ない!」
リシェルが叫ぶ。
クラリスも即座に魔法を展開する。
「《アイス・ウォール》!」
氷の壁が出現する。
リシェルも召喚獣の動きを読もうとする。
「次は右――!」
しかし。
魔力弾は予想外の方向へ跳ねた。
「……え?」
「なっ――!」
二人の反応が一瞬、遅れる。
魔力弾の軌道上には――。
戦闘訓練から離れていた生徒たちがいた。
「きゃあああ!」
「避けろ!」
間に合わない。
リシェルの顔から血の気が引く。
「――まずい!」
クラリスも魔法を放とうとする。
しかし、距離がある。
間に合わない。
その瞬間。
ポテポテ。
ジュージュー仙人が立ち上がった。
「……やれやれ」
そして、静かに片手を上げる。
「脂言――」
小さな声。
誰にも聞こえないほどの声だった。
「――《道を違えよ》」
瞬間。
魔力弾の表面に――。
|薄い脂の膜のようなものが走った。|
「……?」
リシェルが目を見開く。
クラリスも気づいた。
魔力弾が――。
滑った。
まるで見えない油の上を滑るように。
「え……?」
一直線だったはずの攻撃が、
ぐにゃり。
ほんのわずかに軌道を変える。
そして。
ドォォォン!!
誰もいない地面へと突き刺さった。
土煙が舞い上がる。
「…………」
静まり返る訓練場。
リシェルは呆然としていた。
クラリスも同じだった。
「……今」
クラリスが呟く。
「攻撃の軌道が……」
リシェルがジュージュー仙人を見る。
「仙人様……?」
ジュージュー仙人は、いつものように欠伸をした。
「ふぁぁ……」
「今、何をしました?」
「何のことじゃ?」
「今の魔力弾です!」
「知らんのう」
「でも――!」
ジュージュー仙人はニッと笑った。
「脂は、滑るからの」
「…………」
クラリスが目を細める。
「……Eランク」
「そうじゃ」
「本当に?」
「学院ではそうらしいの」
「…………」
クラリスは何も言わなかった。
ただ。
その瞳に、明らかな警戒が宿った。
---
暴走した召喚獣が再び咆哮する。
「まだ終わっていない!」
ガイアが叫ぶ。
「全員、戦闘態勢!」
召喚獣が地面を蹴る。
リシェルが叫ぶ。
「クラリス!」
「分かっている!」
二人が同時に走り出した。
「左!」
「分かってる!」
クラリスが魔法で召喚獣の進路を限定する。
リシェルはその動きを読んで、反対側へ回り込む。
「今!」
「ええ!」
二人の魔法が同時に炸裂した。
召喚獣の動きが止まる。
「あと少し!」
リシェルが叫ぶ。
クラリスが最後の魔法を放つ。
「――《バインド・チェイン》!」
魔法の鎖が召喚獣の身体を包み込む。
「今よ、リシェル!」
「はい!」
リシェルが魔力を集中させる。
そして、召喚獣との魔力回路を切断せず、逆に乱れた魔力を整えていく。
「落ち着いて……!」
召喚獣の咆哮が弱まる。
やがて――。
静かになった。
訓練場に沈黙が戻る。
---
しばらくして。
無事に収束した訓練場。
リシェルはクラリスのところへ歩いていく。
「クラリス」
「何?」
「助けてくれて、ありがとうございました」
「礼なんていらないわ」
「でも――」
「勘違いしないで」
クラリスは腕を組む。
「私はあなたの仲間になったわけじゃない」
「……」
「私は、あなたに勝つためにいるの」
「はい」
「だから」
クラリスは少しだけ微笑んだ。
「勝負する相手には、ちゃんと立っていてもらわないと困るのよ」
リシェルは、その言葉を静かに受け止めた。
「……分かりました」
そして。
「では、私も負けません」
「……!」
クラリスの目が少しだけ見開かれる。
「そうでなくちゃ困るわ」
クラリスは背を向ける。
「次は、絶対に負けないから」
「はい」
クラリスは歩き出す。
「……クラリス」
「何?」
「また、話してもいいですか?」
クラリスの足が止まる。
ほんの少しだけ沈黙して――。
「……勝手にすれば?」
そのまま歩いていった。
リシェルは小さく微笑む。
「……優しい人ですね」
その隣で。
「ツンツンしておるのう」
ジュージュー仙人が呟いた。
「仙人様」
「なんじゃ?」
「余計なことは言わないでください」
「儂は何も言っておらんぞ」
「言っています」
---
一人で廊下を歩くクラリス。
「……まったく」
窓の外を見る。
そこには、リシェルとジュージュー仙人の姿があった。
「どうして、あんな顔をするのよ」
昨日までなら。
リシェルが苦しんでいるなら、少しぐらい嬉しかったはずだった。
けれど。
今は違う。
「……あなたが壊れたら」
クラリスは小さく呟く。
「私が勝っても、意味がないじゃない」
そして。
先ほどの戦闘を思い出す。
リシェルと自分。
互いの動きを理解し。
言葉を交わさなくても連携できた。
「……あの人とは」
クラリスは少しだけ考える。
「……こういうところだけは、息が合うのよね」
そして、もう一つ。
脳裏に焼き付いて離れない光景。
――魔力弾の軌道が、あり得ない角度で曲がった。
クラリスの表情が変わる。
「……あの召喚獣」
「本当に、Eランクなの?」
遠くでは。
ジュージュー仙人が肉まんを頬張っていた。
「……うむ」
「……?」
リシェルが振り返る。
「どうしたんですか?」
「いや」
ジュージュー仙人は、意味深に笑う。
「面白い娘じゃのう」
「クラリスですか?」
「うむ」
「……そうですね」
二人の姿が遠ざかっていく。
その背中を見ながら、クラリスは一人、小さく呟いた。
「……リシェル」
「次は、絶対に負けない」
その言葉には。
これまでとは、ほんの少しだけ違う響きがあった。
――勝つためだけではない。
もう一度、あの少女と並んで歩くための言葉だった。
そして。
この日、リシェルはまだ知らない。
自分がこれから出会う仲間たちとの物語が――
すでに、静かに動き始めていることを。
もちろん。
その中心にいる小さな焼豚仙人が、
この世界の常識では測れない存在であることも。
まだ、誰も知らない。
「仙人様。今回、クラリスと息が合いましたね」
「うむ。仲良しじゃ」
「ライバルです!」
「では、宿敵かの」
「……それなら、まあ」
「宿敵記念に肉まんを――」
「記念に肉まんを買う文化を作らないでください!」
――リシェルとクラリスの関係、そしてジュージュー仙人の謎。
物語は、少しずつ動き始めます。
次回もお楽しみに!




