第8話 「首席令嬢、仲間が集まりません。」
「仙人様」
「なんじゃ?」
「今日から、仲間探しを始めます」
「ほう」
――こうして。
首席令嬢リシェルの、少し不安で、かなり騒がしい仲間探しが始まった。
――王立アルカディア魔導学院・昼休み。
学院内は、いつも以上に騒がしかった。
理由は一つ。
卒業試験《最終踏破試験》のパーティー募集が正式に始まったからだ。
掲示板の前には、多くの生徒が集まっている。
「前衛は誰にする?」
「私は治癒担当が欲しいな」
「五人揃えないといけないから、早めに決めよう」
「うちの召喚獣、Aランクだから誘われすぎて困るよ」
そんな会話が飛び交う。
その少し離れた場所。
リシェルが立っている。
隣には、もちろん――
ポテポテ。
ジュージュー仙人。
リシェルは掲示板を見る。
そこには、
『卒業試験パーティー登録受付開始』
の文字。
そして、その下には、
『必要人数:5名』
と書かれている。
リシェルは静かに拳を握る。
「……始まりましたね」
ジュージュー仙人は掲示板ではなく、売店を見ている。
「肉まんも始まっておるの」
「そこではありません」
このくらいの軽い掛け合いから入ると、前話までの重さを一度リセットできます。
「まずは、声をかけてみましょう」
リシェルは周囲を見る。
自分から誰かに声をかける。
それは、彼女にとって意外と難しい。
普段なら、
「リシェル様、一緒に組みませんか?」
と向こうから声がかかる。
しかし今日は違う。
自分からお願いしなければならない。
リシェルは深呼吸。
そして、一人の女子生徒に近づく。
・一人目
「……あの」
「はい?」
「よろしければ、私とパーティーを組みませんか?」
相手は一瞬、目を輝かせる。
「えっ、リシェル様と!?」
リシェルも少しホッとする。
ところが――
女子生徒の視線が、ジュージュー仙人へ向く。
「……その召喚獣と?」
「はい」
「……」
微妙な沈黙。
そして、
「申し訳ありません……」
「……そうですか」
「私、卒業試験で少しでも上を目指したくて……」
「当然です。お気になさらず」
リシェルは笑顔。
完璧な笑顔。
「それでは、失礼します」
歩き出す。
ジュージュー仙人。
「断られたの」
「……はい」
「一人目じゃな」
「まだ一人目です」
「では次じゃな」
「……はい」
ここではまだリシェルは平気。
・二人目
今度は男子生徒。
「私とパーティーを――」
「申し訳ありません!」
食い気味。
「え?」
「いや、その……」
男子生徒がジュージュー仙人を見る。
「Eランクですよね?」
「……はい」
「最終踏破試験って、結構危険なんですよ」
「承知しています」
「なら……」
少し言いづらそうに、
「足手まといになる可能性がありますので」
リシェルの表情が、一瞬だけ止まる。
しかし、
「……ごもっともです」
と微笑む。
・三人目
今度は少し自信のある生徒。
「リシェル様なら歓迎します!」
「本当ですか?」
「ただし――」
ジュージュー仙人を見る。
「召喚獣は別の者に変更できませんか?」
「……」
「ほら、もっと強い召喚獣に」
「……できません」
「ですよね……」
「では、失礼します」
・四人目
今度は女子二人組。
「すみません、もうメンバーが決まっていて」
「そうですか」
「リシェル様ならすぐ見つかりますよ!」
悪意のない言葉。
その言葉が、逆に胸に刺さる。
「……ありがとうございます」
「すみません!」
「Eランクはちょっと……」
「五人目がもう決まっていて……」
「ごめんなさい!」
「うちのパーティー、火力重視なので……」
「申し訳ありません!」
「回復役が欲しいので……」
「うちは前衛三人なので……」
「Eランク……」
「最弱……」
「卒業試験……」
言葉が少しずつ重なっていく。
そして――
リシェルは一人で廊下に立っている。
リシェルは小さく呟く。
「……難しいですね」
ジュージュー仙人。
「うむ」
「……」
「では肉まんを――」
「今はそういう話ではありません!」
「そうか」
「そうです!」
「では、あんまんにするか?」
「そういう問題でもありません!」
しかし――
ジュージュー仙人がふとリシェルを見る。
「……お主」
「はい?」
「少し顔が怖いぞ」
「……そうですか?」
「笑っておるが、眉間が悲鳴を上げておる」
リシェルは自分の眉間に触れる。
「……」
そこで初めて、
自分が傷ついていることを自覚する。
「……私は」
「こんなにも、簡単に断られるものなのですね」
ジュージュー仙人は黙って聞く。
「私は……」
「学院ではずっと首席を今まで走ってきました」
「公爵家の娘でもあります」
「これまで、誰かに何かを頼めば……」
言葉が止まる。
「……大抵のことは、何とかなりました」
彼女は自慢しているわけではない。
むしろ、
「それしか、自分の価値を証明するものがなかった」
のです。
「どうしてでしょう」
リシェル。
「どうして……」
「私がこんなに……」
言葉にできない。
「……選ばれないのでしょう」
ジュージュー仙人は何も言わず、
懐から肉まんを取り出した。
「……」
リシェルを見る。
「食うか?」
「……」
「熱いうちがうまいぞ」
「……今は、食べる気分ではありません」
「そうか」
ジュージュー仙人は自分で食べる。
「……」
「……」
しばらく沈黙。
そして、
「リシェル」
「はい」
「断られたことと、お主の価値は別じゃ。」
ジュージュー仙人。
「断られたことと、お主の価値は別じゃ。」
リシェルは黙る。
「……ですが」
「Eランクだから断られたのです」
「それは事実です」
「そうじゃな」
否定しない。
「じゃがな」
ジュージュー仙人は肉まんを一口。
「お主がEランクだからといって、お主という人間までEランクになるわけではない。」
「強い召喚獣を持っている者だけが、仲間に値するのか?」
「……」
「では、弱い者には仲間を求める資格もないのか?」
リシェルはしばらく答えられないでいた。しかし、絞り出すように一言を喋った。
「……違います」
「ならば、よい」
「……何がです?」
「まだ、お主が自分で答えを知っておる」
リシェルは泣かない。
ただ、
目だけが少し潤む。
そして、
「……仙人様は」
「うむ」
「どうして、そんなことが言えるのですか?」
ジュージュー仙人。
「長く生きておるからの」
「……」
「それに」
ニヤリ。
「儂も昔、いっぱい断られた」
「……え?」
「肉まんを半分くれと言ったら、三回ほど断られた」
「…………」
「四回目でくれた」
「……人の話ではなかったのですね」
「人生とは、肉まんじゃ」
「絶対違います」
リシェルは掲示板を見る。
まだ誰もいない。
五人の名前を書く欄。
当然、彼女の名前以外は空白。
リシェルは一度だけ目を閉じる。
そして、
「……もう一度、行ってきます」
ジュージュー仙人。
「うむ」
「まだ、仲間が一人もいません」
「知っておる」
「五人必要です」
「知っておる」
「……あと四人です」
「そうじゃな」
「……」
リシェルが歩き出す。
今度は少しだけ背筋が伸びている。
ジュージュー仙人がその背中を見ながら、
「さて……」
肉まんを食べる。
「次は、どんな面白い縁が転がってくるかのう」
その瞬間――
廊下の向こうから、
「リシェル!」
という声。
リシェルが振り返る。
そこにいるのは――
クラリス・フォン・ローゼン。ローゼン伯爵家長女にして、
学園順位:2位(万年次席)である。
クラリスが腕を組んで立っている。
「ずいぶん苦戦しているようね」
「……クラリス」
「まさか、首席のあなたが……」
少しだけ笑う。
「仲間一人も集められないなんてね」
リシェルの表情が変わる。
ジュージュー仙人は、
「ほう」
と楽しそうに嗤っていた。
「…………」
「…………」
「……仙人様」
「なんじゃ?」
「今日、何人に断られたと思いますか?」
「うむ」
「覚えていらっしゃるんですか?」
「もちろんじゃ」
「では、何人です?」
「…………」
――第7話、終わり。
そして、首席令嬢の仲間探しは――まだ始まったばかりである。




