第7話 「最弱召喚獣と、最初の契約。」
今日もよろしく頼むぞい〜!
――静かだった。
先ほどまで笑い声で満たされていた教室が、今は不思議なほど静まり返っている。
四年A組。
生徒たちは、それぞれの召喚獣と向かい合っていた。
誰もが、自分の召喚獣を見つめている。
これから結ぶのは、ただの魔法契約ではない。
生涯に一度。
召喚士と召喚獣の魂を結ぶ、最初の契約。
その場に立つリシェルもまた、目の前の小さな存在を見つめていた。
「……。」
ジュージュー仙人。
つい先ほどまで、
『ほっぺたでよいかのう』
などと言って、教室中を笑わせていた存在。
けれど今は――。
いつもの飄々とした笑顔を消し、静かにリシェルを見上げていた。
リシェルは、ふと口を開く。
「仙人さん。」
「なんじゃ?」
「契約紋……。」
「うむ。」
「本当に、好きな場所でいいんですよね?」
「ああ。」
ジュージュー仙人は頷く。
そして――。
ほんの少しだけ、目を細めた。
「……本当は。」
リシェルが顔を上げる。
「お主が一番大切と思う場所でよい。」
「え?」
ジュージュー仙人は、いつもの調子とは違う静かな声で続けた。
「契約とは。」
一言一言を確かめるように。
「信頼を形にするものじゃ。」
「見栄ではない。」
「他人へ見せるものでもない。」
「ましてや、強さを誇示するための印でもない。」
リシェルは黙って聞いている。
「だから――」
ジュージュー仙人は、優しく笑った。
「お主が一番大事にしたい場所でよい。」
その言葉を聞いて――。
リシェルは自分の身体を見つめた。
右手。
肩。
胸元。
そして――。
左手。
そっと左手首に触れる。
「……ここ。」
「ほう?」
「ここにします。」
ジュージュー仙人は、何も言わない。
リシェルは左手首を見つめながら、静かに語った。
「この手は――」
「誰かを支えるためにあります。」
指を軽く握る。
「誰かと手を取り合うためにも。」
そして、自分の胸元へ視線を向ける。
「ここは、心臓に近いから。」
「……。」
「私が大切にするものを、いつでも近くに感じられる気がします。」
少しだけ恥ずかしそうに笑う。
「それに――。」
左手を前へ差し出す。
「この手で、これから先の未来を切り開いていきたい。」
「だから。」
「私は……ここがいいです。」
ジュージュー仙人は、しばらく何も言わなかった。
やがて――。
「……ほっほ。」
小さな笑い声。
「なるほどのぉ。」
そして、いつもの柔らかな笑顔を浮かべた。
「お主らしい場所じゃ。」
リシェルも微笑む。
「ありがとうございます。」
その瞬間。
ガイア先生の声が響いた。
「よし!」
「場所が決まった者から、契約詠唱に入れ!」
生徒たちが一斉に息を呑む。
ガイアは右手を掲げる。
「召喚士は、自らの魔力を契約紋へ集中させろ!」
「そして――」
「召喚獣の名を呼べ!」
「己の魂を示せ!」
教室の空気が変わる。
一人。
また一人。
生徒たちが詠唱を始める。
「我、汝を認め――」
「我が魂に応えよ――」
淡い光が教室のあちこちで生まれる。
そして、リシェルの番が来た。
「リシェル嬢。」
ジュージュー仙人が呼びかける。
「はい。」
「準備はできたか?」
リシェルは左手を胸の前へ掲げる。
「はい。」
一度、深く息を吸った。
そして――。
静かに目を閉じる。
「……我が名は――」
教室が静まり返る。
「リシェル・フォン・アストレア。」
自らの名を告げる。
「星界の理より外れし運命よ。」
「今ここに、我が魂の証を示す。」
左手首へ、淡い光が集まっていく。
「異界より来たりし、小さき魂よ。」
ジュージュー仙人の身体からも、光が溢れ始める。
「汝は我が力ではない。」
「我もまた、汝を支配する者ではない。」
「共に歩み――」
「共に生き――」
「互いの魂を、未来へ繋ぐ。」
ジュージュー仙人が目を閉じる。
リシェルは左手を差し出した。
「ここに誓います。」
声が、少し震える。
それでも――。
決して止めない。
「我、リシェル・フォン・アストレアは――」
「汝、焼豚仙人を我が契約獣として認める。」
「その力を信じ。」
「その意思を尊重し。」
「共に歩むことを誓います。」
最後の言葉。
「契約紋――開門!」
瞬間。
――ドクン。
空気が震えた。
リシェルの左手首から、まばゆい光が迸る。
「――っ!」
光が腕を包む。
そして――。
ジュージュー仙人から放たれた光と重なった。
二つの光が一つになる。
眩い輝き。
まるで二つの星が、一本の軌道へ重なったかのように。
「うわっ……!」
「すごい……!」
教室中から声が漏れる。
光は徐々に収束していく。
そして――。
リシェルの左手首に、一つの紋章が浮かび上がった。
美しい光の紋。
細い円環。
その中心には、まるで二つの魂が重なったような小さな意匠。
「……。」
リシェルは、それを見つめた。
温かい。
痛みはない。
ただ――。
胸の奥から、何かが繋がったような感覚がする。
そして。
ジュージュー仙人も、自分の小さな手を見つめた。
そこにも同じ光が宿っていた。
二人の間にあった見えない壁が、消えている。
「……。」
ジュージュー仙人が、初めて少しだけ真面目な顔をした。
そして、静かに言った。
「今日から。」
一拍。
「よろしく頼むぞ。」
リシェルは目を細めた。
そして――。
柔らかく微笑む。
「はい。」
「よろしくお願いします。」
その瞬間。
二人の契約紋が、淡く輝いた。
――こうして。
リシェル・フォン・アストレアとジュージュー仙人は。
初めて正式な契約者となった。
最弱と呼ばれた召喚獣。
そして、最弱の召喚獣を引き当てた首席令嬢。
誰もが失敗だと思った召喚。
誰もが嘲笑った契約。
しかし――。
この日。
二人の運命は、確かに一つになった。
◇
「では、これで本日の実技を終了します。」
虚子先生の声が響いた。
契約を終えた生徒たちは、それぞれの契約紋を眺めながら、召喚獣と笑い合っている。
「見てくれよ! 俺の契約紋!」
「私のは肩に刻んだの!」
「僕は右手にした!」
教室は、いつもの学院らしい明るさを取り戻していた。
その中で――。
リシェルは、自分の左手首を静かに見つめていた。
そこには、先ほど刻まれた契約紋。
淡い光を纏った、美しい紋章。
「……綺麗。」
「じゃろ?」
隣でジュージュー仙人が胸を張る。
「儂のセンスが光ったの。」
「私が決めたんですよ?」
「細かいことは気にするでない。」
「……もう。」
リシェルは呆れながらも、思わず笑った。
ほんの少し前まで。
自分がこんな召喚獣と契約することになるなんて、想像もしていなかった。
誰もが期待した伝説の召喚獣ではない。
誰もが羨む力もない。
学院中から「最弱」と笑われる、小さな焼豚仙人。
それでも――。
リシェルは左手首の契約紋へ、そっと指を添えた。
「今日から……一緒ですね。」
「うむ。」
「よろしくお願いします。」
「こちらこそじゃ。」
二人は顔を見合わせる。
そして――。
笑った。
◇
その様子を。
教室の後方から、虚子先生が静かに見つめていた。
視線の先にあるのは――。
リシェルの左手首。
そこに刻まれた契約紋。
「……。」
虚子先生の表情が、ほんの僅かに変わる。
「……何でしょう。」
誰にも聞こえないほどの声。
「あの契約紋……。」
一歩、近づく。
「普通の契約紋と……どこか違う。」
契約紋の中心。
ほんの一瞬だけ――。
淡い光が揺らめいた。
まるで。
契約紋そのものが、呼吸をしているかのように。
「……。」
虚子先生は目を細める。
だが、次の瞬間。
光は消えた。
「……気のせい、でしょうか。」
虚子先生は、それ以上考えることをやめた。
まだ、誰も知らない。
リシェルも。
ジュージュー仙人も。
学院の教師たちも。
そして――この世界の誰一人として。
この日結ばれた契約が。
ただ一人の少女と、一匹の小さな召喚獣を繋いだだけのものではないことを。
この契約が――。
やがて、この世界の運命そのものを変えることになるなど。
この時の誰も、まだ知らなかった。
ホッホッホッ♬
最後まで読んでくれたのかえ?感謝感謝じゃ〜。
是非、高評価とフォローよろしく頼むぞい。
コメントを貰えるとリシェル嬢と儂が喜ぶぞい!




