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第5話「契約紋《パス》――魂を繋ぐ証」

今日もよろしくお願いします!

翌朝――。


王立アルカディア魔導学院、四年A組。


昨日までとは、教室の空気が明らかに違っていた。


十八歳という節目を迎え、生徒たちはそれぞれの召喚獣を得た。


教室のあちこちでは、召喚獣たちが主人の傍らで思い思いに過ごしている。


小さな妖精。


翼を持つ狼。


炎を纏った鳥。


水晶の角を持つ獣。


そして――。


「ぶひ~……」


リシェルの机の上では、小さな焼豚仙人が丸くなっていた。


「……よく寝ますね、あなたは。」


リシェルが苦笑する。


ジュージュー仙人は、むにゃむにゃと口を動かした。


「昨日は召喚されて大変だったからのぉ……」


「その割には、ずいぶん元気そうでしたけど。」


「心と胃袋は別腹じゃ。」


「……意味が分かりません。」


いつもの調子だった。


しかし――。


リシェルはそっと仙人を見つめる。


昨日、出会ったばかり。


それでも、この小さな存在とは今日、大きな一歩を踏み出すことになる。


なぜなら――。


まだ二人は、正式な契約を結んでいない。


昨日の召喚式は、あくまで異界から召喚獣を呼び寄せるための儀式。


本当の意味で召喚士と召喚獣が魂を結ぶのは、今日の実技授業で行われる。


リシェルがそんなことを考えていると――。


ガララッ。


教室の扉が開いた。


「皆さん、おはようございます。」


穏やかな声。


虚子先生が教室へ入ってくる。


その瞬間、それまで騒がしかった教室が自然と静まり返った。


虚子先生は教壇に立つと、クラス全員を見渡した。


「昨日は召喚式、お疲れさまでした。」


「皆さんは、それぞれの運命と出会いました。」


そして――。


少しだけ表情を引き締める。


「ですが。」


「まだ、皆さんと召喚獣との間に正式な契約は成立していません。」


生徒たちがざわめいた。


「え?」


「まだだったのか?」


「じゃあ、この子とは……」


虚子先生は頷く。


「昨日の召喚式は、あくまで召喚獣をこちらの世界へ迎え入れるためのもの。」


「そして本日の実技授業で――」


黒板へ白いチョークが走る。


契約紋《パス》


「皆さんは初めて、召喚獣と魂を結びます。」


その言葉に、教室の空気が少しだけ緊張した。


リシェルも、自分の胸元へ手を添える。


ジュージュー仙人を見る。


仙人は――。


「ほう?」


何も考えていない顔をしていた。


「……あなたはもう少し緊張してください。」


「緊張すると腹が減る。」


「そこですか……。」


小さな笑いが教室に起こる。


虚子先生も微笑んだ。


「では、まず契約紋《パス》とは何なのか。」


チョークを持ち、黒板に二つの円を描く。


一つには――召喚士。


もう一つには――召喚獣。


「召喚士と召喚獣。」


「この二つは、本来まったく異なる存在です。」


「生まれた世界も違えば、生命の在り方も違う。」


二つの円の間には、大きな空白がある。


「召喚式によって一時的にこちらの世界へ呼び寄せることはできます。」


「しかし――」


虚子先生は、二つの円を繋ぐ線を一本引いた。


「それだけでは、魂は繋がりません。」


教室が静まる。


「契約紋《パス》とは、その二つの魂を結ぶための魔法術式です。」


「単なる紋章ではありません。」


「魂の波長を調律し、魔力を循環させ、互いの意思を伝えるための――」


「いわば、魂と魂を繋ぐ回路なのです。」


生徒たちは真剣に耳を傾けていた。


「契約が成立すれば、召喚士は召喚獣の力を借りることができます。」


「召喚獣もまた、召喚士から魔力の供給を受けられる。」


「互いに成長し、互いを支える。」


虚子先生は一度、チョークを置いた。


「しかし。」


その声が低くなる。


「契約紋が生まれた理由は、それだけではありません。」


教室の空気が変わった。


「今から約千年前。」


「この世界には、契約紋というものが存在しませんでした。」


生徒たちから驚きの声が漏れる。


「当時の召喚術は、もっと原始的でした。」


「召喚士が魔法陣を展開し、異界の存在をこちらへ引きずり出す。」


「そして――命令する。」


黒板に一本の矢印を書く。


召喚士 → 召喚獣


「意思の疎通など必要ない。」


「信頼も必要ない。」


「召喚獣は、ただ命令に従う存在。」


虚子先生は静かに語る。


「その結果、何が起こったと思いますか?」


誰も答えられない。


「暴走です。」


「召喚獣が命令を拒絶し、主人へ牙を剥いた。」


「主人を失った召喚獣が理性を失い、街を襲った。」


「召喚士が力を酷使したことで、召喚獣の魂が崩壊した。」


「逆に、召喚獣から流れ込んだ強大な魔力に耐えられず、召喚士の精神が壊れた例もあります。」


教室は完全な静寂に包まれていた。


「そして――」


虚子先生は黒板に二つの円を描く。


今度は、その間を結んだ線を途中で切った。


「契約断絶。」


その言葉だけで、生徒たちの表情が変わった。


「魂の繋がりがない状態で、召喚士と召喚獣の関係が崩壊すると、互いの力が暴発する。」


「最悪の場合――」


「召喚獣の暴走だけでは済みません。」


「召喚士自身の命まで失われる。」


誰かが小さく息を呑んだ。


「だからこそ、人々は考えました。」


「召喚獣を支配するのではなく。」


「互いを理解し、互いの意思を尊重し、共に生きるための術を。」


そして――。


虚子先生は黒板へ大きく書いた。


契約紋《パス》


「それが、現在の契約紋です。」


「契約とは支配ではありません。」


「力を奪うことでもありません。」


「魂と魂が、互いの意思で繋がること。」


「だからこそ――」


虚子先生は教室を見渡した。


「皆さんには、これから召喚獣と向き合ってもらいます。」


「力だけを見るのではなく。」


「その心を見るために。」


リシェルはジュージュー仙人を見つめた。


小さな焼豚仙人は、珍しく静かに虚子先生の話を聞いている。


その横顔には、普段の飄々とした雰囲気とは違う、何か深いものがあった。


だが――。


虚子先生はここで、少しだけ話題を変えた。


「そして、皆さん。」


「契約を結んだ今日から――」


教室中の視線が集まる。


「皆さんは、もう一つ準備を始めなければなりません。」


「準備……?」


「はい。」


虚子先生は黒板の端へ、新しい文字を書く。


卒業試験《最終踏破試験》


ざわっ――。


教室が大きくざわめいた。


「卒業試験……?」


「もうそんな話をするのか?」


虚子先生は頷いた。


「皆さんが王立アルカディア召喚学院を卒業するための最終試験。」


「それが、半年後の十二月から始まる――卒業試験《最終踏破試験》です。」


「半年……。」


「もう半年しかないのか。」


生徒たちの顔から、少しずつ緊張が消えていく。


虚子先生は続けた。


「この試験では、皆さん自身の召喚士としての能力だけではなく――」


「召喚獣との連携。」


「戦術。」


「判断力。」


「そして、仲間との協力が問われます。」


その言葉に、何人かの生徒が顔を見合わせた。


「……仲間?」


虚子先生は頷く。


「そうです。」


「卒業試験では、五人一組のパーティーを組む必要があります。」


教室が一気に騒がしくなった。


「五人!?」


「じゃあ、今から仲間を探さないと……!」


「待って、誰と組む?」


「人気の召喚士はもう取り合いになるぞ!」


リシェルの表情が固まる。


「五人……。」


その数字を、ゆっくりと呟いた。


自分とジュージュー仙人。


――あと四人。


しかし、現状。


リシェルの隣に立ってくれる者は、まだいない。


虚子先生はそんな彼女の心情を知ってか知らずか、説明を続ける。


「パーティー編成の申請期限は――」


黒板に日付が書かれる。


11月1日 23時59分


「この時刻までです。」


「つまり――」


虚子先生は穏やかに微笑む。


「今日から皆さんの仲間集めが始まるということです。」


教室の空気が一変した。


昨日まで召喚獣を得ることだけを考えていた生徒たち。


しかし今日からは違う。


誰と組むのか。


誰を信じるのか。


誰と卒業試験へ挑むのか。


それぞれが動き始める。


そんな中――。


「先生。」


突然、小さな声が響いた。


全員が振り向く。


「……ん?」


虚子先生も声の主を見る。


リシェルの机の上。


ジュージュー仙人が、ちょこんと手を挙げていた。


「どうしました、ジュージューさん?」


「五人組ということは――」


仙人は顎に手を当て、真剣な顔をする。


「召喚士と召喚獣合わせて五人でなければならぬのか?」


「いいえ。」


虚子先生は答える。


「召喚士と召喚獣を合わせて五人――ではなく、五人の召喚士によるパーティーです。」


「ほう。」


ジュージュー仙人は頷く。


そして――。


「では、召喚獣は何体まで連れて行ってよいのじゃ?」


教室が静まる。


虚子先生が僅かに目を細めた。


「……良い質問ですね。」


先生の口元に、ほんの少し笑みが浮かぶ。


「基本的には、契約している召喚獣が対象となります。」


「つまり――」


ジュージュー仙人はリシェルを見る。


「お嬢ちゃん一人につき、儂がおる。」


「はい。」


「五人の召喚士ならば――」


「五体の召喚獣が基本となります。」


「ほほう。」


仙人は何やら考え込む。


「ならば、強い召喚獣を五体揃えれば勝てるのかの?」


「いいえ。」


即答だった。


虚子先生の表情から笑みが消える。


「この試験が求めるのは、召喚獣の強さだけではありません。」


「最も強い五人を集めたから勝てる――」


「そんな単純な試験ではないのです。」


虚子先生は黒板へ一つの言葉を書く。


連携


「互いの弱点を補い。」


「互いの力を引き出し。」


「互いの命を預けられるか。」


「それこそが、卒業試験で最も重要なものです。」


ジュージュー仙人は黙ってその文字を見る。


そして――。


「なるほどのぉ。」


小さく笑った。


「ならば、強い者を集めるより――」


「信じられる者を集めたほうがよい。」


虚子先生の目が僅かに見開かれる。


そして、優しく微笑んだ。


「その通りです。」


リシェルは、ジュージュー仙人を見る。


「……仙人さん。」


「なんじゃ?」


「あなた……意外とちゃんと授業を聞いていたんですね。」


「儂を何だと思っておる。」


「焼豚仙人です。」


「そのまんまじゃないか。」


教室に笑いが起こる。


しかし――。


その笑いの中で、リシェルは静かに前を向いた。


今日から始まる。


契約。


そして――仲間探し。


半年後。


自分たちは卒業試験へ挑む。


そのためには、ジュージュー仙人だけでは足りない。


あと四人。


自分と、この小さな焼豚仙人を受け入れてくれる仲間を――。


リシェルは胸の奥で、小さく決意した。


「……探さなきゃ。」


その声を聞いたジュージュー仙人が、にやりと笑う。


「ほっほっほ。」


「まずは腹ごしらえじゃな。」


「……どうしてそうなるんですか。」


「仲間探しも腹が減ってはできぬ。」


「あなたはいつもそれですね。」


そんな二人を見ながら、虚子先生は教本を閉じた。


そして――。


「さて。」


教室中を見渡す。


「卒業試験の話は、また後日に詳しく説明します。」


「今日のところは、ここまでです。」


一拍。


「では――」


虚子先生は静かに微笑んだ。


「本日は、実技へ移ります。」


その瞬間。


教室中の生徒たちの表情が変わった。



いよいよ――。


召喚士と召喚獣が、正式に魂を結ぶ。


契約紋《パス》の儀式が始まる。


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