第2章 葬儀
ブルーノ・フォン・フィクトス公爵の葬儀はしめやかに行われた。
喪主は息子であるギルバートで、ブルーノが死去したことで、フィクトス公爵となった。
ノアはそんな父と、父に寄り添う母ゾフィー公爵夫人を、複雑な想いで見つめていた。
あれは夏休みの最後の日だった。溜まっていた宿題をやり遂げて、来年の夏休みに心を馳せていた時、いきなり黒いスライムもどきが、全員の左耳に取りつき、そのまま動かなくなった。
「何なのこれ?」
「見た目は黒ダイヤだけれど」
「いやいや、だってさっきまでスライムみたいに柔らかくてしかも動いていたよね」
サトリやリゼ、そしてノアが混乱していた時、アーサーが言った。
「これは黒龍の守護が付与された黒ダイヤだ」
全員の目がアーサーに集中した。
「このアストラル皇国には、守護龍がいることは知っているか?」
「お伽話じゃなかったの?それ」王女であるリゼですら知らなかった。
「アストラル皇国が、膨大な魔力を持つ魔法士によって建国されたという話は知っているだろうが、それは違う。実は黒龍がこの地に水を引きオアシスを造って建国したのだ」
「信じられないが、人間が建国したと言われるよりも、説得力があるな」
ノアが納得したように言った。
アーサーが続ける。
「その先代の黒龍が亡くなる時に、黒ダイヤに守護の魔法をかけて、それをイヤリングにして、アストラル皇家とフィクトス公爵家に与えたのだよ」
「アストラル皇家は理解できるが、どうしてフィクトス公爵家にも?」」
ノアは不思議に思った。
「ブルーノ公爵から聞いていないのだね。フィクトス公爵家こそ黒龍が皇帝を守るために人化して興した家なのさ。そして時々黒龍から龍の娘を託されて育てているのさ」
「信じられないわ」リゼが呟いた。
「信じられなくても本当の話さ。アストラル皇家も、フィクトス公爵家も、龍の血を引く一族なのだ。僕の母上もブルーノ公爵が養女にして育てた黒龍の娘なのだから」
「待って。ごめんなさい。情報量が多すぎてよく分からないわ」
サトリが泣き言を言った。
「そうだよね。ごめんよ。まあこの国には守護龍がいて、その力を付与されたのが、今僕たちの耳にあるイヤリングだと覚えておいてくれればいいよ」
「でも、このイヤリング、どこからやって来たの。見たことないけれど」
「リゼが不思議に思うのも、当然だよ。このイヤリングはレオニス皇帝陛下とブルーノ・フォン・フィクトス公爵夫妻の耳についていたはずだよ」
「でも見た覚えがないけれど」
サトリが首を傾げた。
「見えないからね。このイヤリングは、イヤリングを付けている人しか見えないから」
何でもない事のようにアーサーが言った。やはり皇帝の直系だけが知らされる情報は多いらしい。
「でも、どうして僕たちの所にきたのだろう?」
ノアがいぶかしそうに尋ねた。
「これは自分で守護する相手を選ぶんだ。それに」そこでアーサーは戸惑ったように口を噤んだ。
「アーサー。それではレオニス皇帝陛下も、お祖父さまのフィクトス公爵も、寿命が近いと言う事だね。どのくらいの猶予があるの?」
冷静な声に一同は静まりかえった。
「さすがだね。ノア。長くても半年だ。しかも次代の皇帝であるレオン皇太子やノアの父君ギルバート公子の所に向かわなかったと言う事は」
「僕たちが危険にさらされると言う事だよね」
ノアが後を引き取った。
「何てことなの。やっとお母さまの敵討ちが済んだばかりなのに」
リゼが嘆くと、ノアはぴしゃりと言った。
「問題はそこじゃない。アーサーはあと半年以内に皇太子になる。つまり皇太子府を開かなければならない」
「皇都をまだ学生のアーサーが治めるの?人員が全く足りていないわ」
リゼが焦った声を上げる。
「つまり、僕らに残された半年で何としても、人材を集める必要があるって訳だ。皇太子府を開けるだけの人材を」アーサーが覚悟したような声を出した。
あの夏休みの出来事から4カ月が過ぎた。そして今。祖父のブルーノ公爵は亡くなってしまったのだ。
黒龍のイヤリングという予兆があったので、無茶な人材確保を繰り広げる事になったけれど、何とか形は見えてきたかもしれない。ノアは少しだけ肩の力を抜いた。
アーサーとリゼ。アーノルドとメアリー。それにミカエルがやって来た。
お悔やみの言葉を述べるとアーサーが目顔で合図したので、ノアは父に断って生徒会メンバーを応接室に招きいれた。
「ソラ宰相とフウカ様が、旅立った」アーノルドが簡潔に言う。
「警護は?」アーサーが問いただした。
「ダンテ先輩にお願いした。馬車も辺境伯家の頑丈なもので、騎士たちも同行している。とりあえず辺境伯邸にお泊り頂くように手配をした」
「よくやった。彼はお祖父さまの両翼のひとりなのだ。片翼のブルーノも亡くなったし、お祖父さまもそろそろ危ない」
「レオニス皇帝の時代が終わるのだ。レオン皇帝の宰相はシオン皇子が担当するだろう。白星はアーサーが受け持つことになるのだよな」
ノアが一つ一つ確認をしていく。故人を偲ぶ暇は無いのだ。
「ああ、だが実際に動かすのはしばらくミカエルに頼むことになる。アーノルドには皇子府の宰相を任せるからな。ノアは軍師と皇都の長官を兼務して貰わないとならないが」
「神殿関係はサトリ、社交と外交、対外的な部分はリゼだな」
「戦争がはじまると、益々人が足らなくなる。どうするつもりだ」
アーノルドは実務家だ。やる事リストが目白押しで頭が痛いのだろう。
「だが、学院でミカエルを追い回していたおかげで、学院生の魔法の精度はうなぎのぼりだ。魔力も高まっているし、基本のファイアーボールは一度に10発は撃てるようになった。これは氷魔法が得意な辺境軍を相手でも、すぐに実戦で使えるレベルだ」
ノアが満足そうに言ったので、ミカエルは仰天した。
「まさか、ノア。そんなつもりで俺をスカウトしたんじゃないだろうな。俺は体の良い噛ませ犬だったのかよ」
「そんな訳あるか。お前は将来法王になるんだ。けれど何しろ時間がないからな、学院生の魔力向上に一役買ってもらっただけだ」
「あいつら、やけにしつこく襲ってくると思ったら、ノア。お前がけしかけていたんだな。俺が死んだらどうするつもりだったんだよ」
「だからダンテを護衛に付けていただろう。僕がやったのは火魔法の精度を上げるのと騎士に常に身体強化で動けるようにさせただけだ。ついでに刀に炎の魔法を付与させたけれど」
「あれもか?ダンテが嫌がっていたぞ。面倒だって」
「ノア。辺境軍の陣容は分かっているのか?」
「100年前の資料と300年前の資料しかないが、奴らは僕たちの2倍くらい大きいらしい。徒歩で移動する。全員が魔法士で、氷魔法が得意だ。それに面倒なことに氷狼を連れている。こいつらは群れる上に風魔法もあやつるから始末が悪い」
「氷狼が通った後は、全てが氷壁のように凍り付くらしい。人間も含めてな」
「だから、ひたすら火魔法を使わせていたのだな」ミカエルは納得した。
「徒歩ならば、移動距離は大きくないと思ったが、先兵に氷狼が来るとなると厄介だな」
「学院生も徴兵されるのか?」
「今のところ、ダンテ達3学年の中で辺境に領土がある者は、既に繰り上げて卒業させている。レオン皇太子は何か言っていたか?」
ノアがアーサーに聞いた。
「父上も即位と辺境軍の侵攻がほぼ同時ではないかと懸念している。学徒出陣は考えていない筈だ。なにしろ長期戦になるからな」
「10年から20年。寒季がやってくるまで、辺境軍は止まらないからな。軍事を平時に取り込む必要がある」
「最悪20年間も戦争が続くのか。人間相手と違って調略も効かないし嫌になるな」
「ああ。ほとんど物量が勝負を分けるからな。アーサーの異能もノアの異能も、使いどころがあるのかどうか」
「アーノルド。お前は魔法士だろう。異能は何だ?」
アーノルドが戦っているところを見たことがないミカエルが聞いた。
「収納魔法だ。かなり便利なんだぜ」
「アーノルド。それなら、食料や油。ランプに魔法石。消耗品なら何でもいいから、とにかく集めてくれ。予算は上限なしだ」
「ノア。どうしたの?そんな事をしたら物価が上がるわよ」
「なるべく目立たないように、色々な場所で仕入れてくれ。戦争が始まれば民は不安になる。そして不安を紛らすために消耗品を買いあさるようになってしまうのだ」
「本来まわるはずの物品が消えてしまうのね」さすがにリゼ。すぐに理解したようだ。
「それを抑えるには、大量の物資を見せつけるしかない。いつでも買える。その安心感がないとパニックが起きる」
「確かに皇帝崩御。辺境軍侵攻となればパニックが起きても不思議ではない」
「パニックを抑えるのが、リゼの仕事だ。補助金を使って老人に仕事を与えてくれ」
「どうして?」
「人が必ず不足するからだ。これからは年寄りにも仕事を回さないと人員が不足するからな。健康の為とか余裕ある老後とか、社会参加とか、何でもよいから老人が働くのが当たり前の空気を作って欲しい」
「それに老人も社会参加しているほど、ため込み行動を起こしにくいからな。家にいれば不安が高じて買いあさることになる」
「ノア、それあんまりかもしれない」
サトリが口を尖らせた。
「必要だからって、何でもやっていいわけじゃないと思う」
「分かっている。動ける人に動いてもらうだけだ」
ノアも分かって言っているのだ。新しい皇子府は、まだまだ人手不足だ。
ノアはどこかから書記官たちが湧いてくればいいのにと思った。
「そんなに人手が欲しいなら、商家の奥様方に書類仕事をお願いしたらどうかしら。彼女たちは経理事務が得意でしょう?」
「いや、だってリゼ。守秘義務もあるし。極秘書類もある。一般人を雇うのはどうだろう?」
アーノルドが冷や汗を流しながら言った。アーノルドの頭には商家のおばさんたちが王宮を闊歩する姿が浮かんでいた。




