王子の介入
ミカエルが追い付いた時、ダンテは校門の手前に佇んでいた。
校門は夜間には閉じられるが、昼間ならいつでも出入り可能だ。
けれども、ダンテは校門からは出ていない。
それを見てミカエルはほっとしたけれども、少しがっかりもしていた。
外出許可や外泊許可なしに外に出ることは許されていない。
だからダンテは校門の手前で立ち止まるしかない。
「向かう先は辺境伯家か?それとも宰相家か?」
「家から除名されることは怖くない。それよりは宰相家に認められるか知りたかった」
「なら外出許可を取って、宰相に謁見許可を取り付けろ」
「分かっている。けれど俺は、まっすぐ宰相の所に行くつもりだった。それなのに立ち止まった。俺の想いはその程度なのだ。覚悟も無しに宰相閣下に会っても、俺のちっぽけな思いなど見抜かれてしまうだろう」
その言葉はミカエルの胸を貫いた。今まさにミカエルはダンテが門から出なかった事を心中で責めていたからだ。
だから何も言えないまま、校門の前で立ちすくんでいた。
「多分、お前は同情しただけだ。だからここにいる。きっとお前の想いは恋じゃない」
慰めるようにミカエルは言った。ミカエルはダンテという少年をよく知っていた。本気で愛した女がいれば、立ち止まるような奴ではない。
「同情か?確かにな。だがあまりにも哀れだ。愛されなければ死ぬしかない。今は職業婦人も多い。男勝りの女性も活躍している。それなのに、強い男に縋らなければ死ぬしかない。それはあんまりではないか!」
「後2年の命なら、ダンテ。アーサー皇子の言う通り、思い出を作ってやったらどうだ。哀れなのだろ?」
ダンテは振り返り、厳しい瞳でミカエルを見た。
「そんな安い同情を喜ぶような女には見えなかった。それはあまりにも無礼な言い方だ」
ミカエルは息を呑んだ。こいつは本気で怒っている。もしかしたら同情だけでは無いのかも知れない。
「すまない。今のは失言だった、謝罪する」
ミカエルは素直に頭を下げた。
そこにからかうような声が掛けられた。
「君たちは何か、勘違いをしてはいないか?」
2人が振り向くと長い黄金の髪を空色の組み紐で結んでいる少年が、面白そうに見ている。
「貴方はプロイセンの王子殿下ですね」
ミカエルが、丁寧に尋ねた。彼はいずれ法王になるべく努力している。王族や高位貴族の顔や名前は全て頭に入っていたのだ。
「俺が何を勘違いしているというのか?」
気持ちがささくれ立っていたダンテは、相手が王族でも礼儀を重んじるつもりにはなれなかったのだ。
「君たちの言う、哀れな娘とは風龍の事だろうが、風龍の番には、龍が生き延びるに足るだけの魔力が求められる。残念だがダンテ。君は武人で魔法士ではない。魔力がそもそも足りていないではないか。論外なのだよ」
「他国の人間が、なんで風龍の事を知っている?」ダンテが思わず大声を上げた。その気迫は周囲に砂塵を巻き起こすほどだった。
だが少年は少しも揺るがなかった。
「アーノルド王子殿下。確かあなたの魔力は王太子殿下を軽く超えているのだとか。そのせいで、いささか本国でのお立場が危ういとお聞きしていますが」
ミカエルの言葉に、初めて少年は少し表情を変えた。
「こんなところで立ち話でもあるまい。私の館に来ないか?嫌なら構わないが」
「お邪魔しよう」ダンテがすぐに返事をした。どうやら王子に対抗心を燃やしたようだ。アーノルド王子の意図を見極めようとしている。
一国の王子の為の寮は、小さいがきちんとした館だった。門には衛兵も配置されている。
王子はどういう訳か、自分の執務室に2人を招きいれた。
すぐに茶菓子が用意されたが、執務室は客人を招くところではない筈だ。
何を考えているのか、分からなくて二人は互いに顔を見合わせた。
「こんなところで申し訳ないけれど、安心して話ができるのは此処だけなのだ。ここには盗聴の魔法も透視の魔法も効かないからね」
2人はこの空間が完全に魔力を遮断していることに気がついた。
もしもこの部屋に伏兵が隠れていれば、2人はすぐに拘束されていただろう。この王子を甘く見ることは出来ない。2人に緊張が走った。
しかしそんな2人の様子に気がついたはずなのに、アーノルド王子は、何でもないようなくつろいだ態度を崩さない。
それにしても本国での冷遇は本当らしい。魔力が多い弟を持った王太子は、余程この王子を警戒しているのだろう。確かに有能すぎるかも知れなかった。
「さっき言ったのは本当の話だ。確かにダンテ。君の魔力を極限まで与え続ければ風龍は命は繋げる。けれどそれではダンテ。君はどうなるのだ。騎士としても辺境伯としても役には立たなくなるだろう」
冷静すぎる指摘にダンテは頷くしかなかった。辺境伯家は国の守り。皇国の守護者だ。魔力を失う訳にはいかなかった。
「そしてそれはミカエル。それはお前も同じだ。お前の神聖力は膨大だが、その力は法王に成るためのものだ。余人に分かち与える事は出来ない。違うか?」
「困った王子殿下ですね。どこまで情報を握っているのか、空恐ろしいくらいだ。これでは王太子殿下も枕を高くして眠れないだろう」
ミカエルは驚嘆した。
「私はね。王位など狙ってはいないのだ。けれども誰もそれを信じてくれない。臣籍降下しても警戒され続けることになる。だからね、アーサー皇子に繋ぎを付けてくれないか?私はアーサー皇子にお仕えしたい」
「殿下!何を言い出すのですか?そんな事が許される筈はない。他国の王位継承者を部下にするなど。ありえない」
普段冷静なダンテが、驚いて飛び上がってしまった。
恋のさや当てかと思っていたら、いきなり政治問題に発展してしまった。
それほどありえない提案だ。王子が亡命を求める。しかもアストラル皇国とプロイセン王国は兄弟国と言われるほど良好な関係を保っているのだ。
この王子の亡命を認めれば、両国の間の友好が壊れかねない。
「それほどありえない話でもないのだ。このままではいずれ私は密かに殺されるだろう。しかしこの国にも命の危うい姫がいるではないか」
ダンテ達が驚愕したと言うのに、この王子は飄々と話を続ける。
「つまりメアリー姫を、風龍を娶るというのか!」
「うん、正確にはアスト宰相家に婿入りしたい。そうすれば死ぬべき人間の命が2つ救われるし、アストラル皇国は、鉄壁の防御が手に入る。国を覆い、どんな龍でも破れないという風龍の力がね」
ダンテとミカエルは力なく崩れ落ちた。それはとても合理的な解決方法だ。
「私だってむざむざ殺されたくは無いのだ。この問題の根っこは私の魔力がうんざりするぐらい多いからだ。けれど私が風龍を娶れば魔力は半減するだろう。そうなれば王太子殿下もも警戒する必要が無くなるから、生き延びる事だってできそうじゃないか」
アーノルド王子の説明にダンテが反発した。
「アーノルド王子。貴方は利点を細かに説明するけれど、それではメアリー姫は利用されるだけではないか?メアリー姫は、道具では無いのだぞ」
ダンテはメアリーのはかなげな様子を思い出していた。
「私はダンテ様を慕っているの。お名前を口にするのもドキドキするくらいに」
そう言って顔を伏せ頬を染めた姫は健気で愛らかった。
「そうかも知れないな。しかし哀れな風龍は魔力を得て生き延びることが出来るし、アスト宰相家も絶家にはならない。私とメアリーの間には風龍しか生まれないから、アスト宰相家を警戒する必要もないだろう。社交界にも受け入れられるはずだ」
「プロイセン王国に根回しはしているのですか?国家間のもめごとは困りますよ」
ミカエルが念を押した。トラブルの元をアーサー皇子に持ち帰る訳にはいかない。
「ああ。王太子殿下は、私と風龍が婚姻して、アストラル皇国に婿入りすることを内々で許可して下さった。今も無事に生きているのがその証拠だ。
ただし、婚約の時点で王族から離れアスト宰相家に入ることと、王位継承権を返上することが条件だ」
「なるほど。すでに外堀はすっかり埋めておられるのですね。後は受け入れるこちら側の問題だけだ」
ミカエルは有能すぎる王子を見つめた。
「ああ、しかしアストラル皇国は、風龍の鉄壁の守りを何の対価も無く受け取れるのだ。反対はないと思っている」
アーノルド王子は堂々と言ってのけた。
ダンテは力なく立ち上がった。何故だろう。恋をした覚えはなかったのに、失恋した気がするのは。
「分かった。その線で動こう。しかしメアリー姫の心は自分で掴むのだな。彼女を泣かせたら俺が許さない」
メアリー姫の心はダンテにある。あの姫の心を得るのは容易ではない筈だった。
「分かっている。私も女を泣かせる趣味はない。メアリー姫が頷いてくれるまで、いつまでも待つつもりだ。むろん逃がす気はないがね」
アーノルド王子はそう約束した。




