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攫われたのは皇帝の孫娘でした。  作者: こもれびの空
第2章 アストラル学院編

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報復

 生徒会に元平民が抜擢されたことは、学院始まって以来の珍事として評判を呼んだ。


 アーサー皇子については、身分にかかわらず人材を抜擢する懐の深さを称える声が多かったし、実際に低位貴族達からは将来の賢帝だと称えられていた。


 けれど高位貴族達は、何を思っただろうか?

 自分の身分を揺るがしかねない事態を、快く思うはずはなかった。


 皇帝一族、皇家への不信感は、やがて貴族派という皇帝の権力を制限し、貴族の権限を強化する動きへと発展していくことになるのだが、この時はまだ、微かな不信感に留まっていた。


 その貴族たちの動向は、いまは皇帝への忠誠心を測る物差しとして便利なものにすぎなかった。皇家は、絶対の忠誠心を求めていたし、皇帝に疑義を抱く者を許容するつもりは無かったのだ。


 けれどその貴族たちから排除すべき異物と認定された、ミカエルにとっては、既にそれは、今ここにある危機だった。


 低位貴族と高位貴族とは、学ぶ場所から異なっていた。それは低位貴族を高位貴族の横暴から守る為でもあるし、学ぶ学問自体が違うという理由もあった。


 低位貴族は、将来騎士や文官になることを目指していたし、侍女や執事を目指すものも多い。


 高位貴族は自領の統治や、政策立案、外国との折衝力を学ぶ必要があったし、騎士としての個人の実力より、軍略や指揮官としての資質を学ぶべきなのだ。


 低位貴族が高位貴族のエリアに入ることは、それほど珍しいことではない。高位貴族の従卒や侍女のアルバイトをすることは認められていたし、将来の就職先として推奨されていたからだ。


 いやいやながらも高位貴族エリアにある生徒会室に向かうミカエルは、いきなり魔力攻撃を受けた。


 ファイヤーボールが一斉に放たれたのだ。一体何人が隠れていたのか知らないが、四方八方それこそ全方位から襲い掛かる火の玉を防ぐ手立ては無いように思えた。


 大量の火力が一点に集中し、大爆発が起こった。


「やったぞ!命中だ!」


「ざまあみろ」


 少年たちが歓声を上げて、飛び出してきたが、そこにミカエルの姿は無く、焔だけがぶすぶすと地面を焦がしているのを見て、顔色を変えた。

 焼け焦げた匂いが、辺りに充満している。


「なぁ、ダート、やばいんじゃないか?奴は燃えてしまったみたいだ」


「なんだよ今更。元々殺す予定だっただろう?これは事故さ。俺たちが訓練しているところに飛び込んで来たんだ。避けようが無かったんだ。そうだろう?」


「ああ。確かにそうだが、まさかこんなに簡単に死んでしまうとは思わなかったんだ」


 少年たちは、人を殺してしまった事で、浮き立っていた気持ちは霧散し、戸惑いだけが、辺りを支配している。


「いいか?このことは誰にも言うな。聞かれたら魔法の練習をしていただけだと言うんだ。いいな?」


 その言葉に全員が頷く、そしてあっという間に逃げ去ってしまった。

 それを見送ってミカエルはやっと、光の中から姿を現した。


「あいつら本気で俺を殺す気だったんだ。やべえなぁ。そもそも何で俺に当たるんだ?悪いのはノアだろ」


 そう零しながら、ミカエルは生徒会室に急いだ。


「遅い! なんでお前が一番最後にやってくるんだ!みんなとっくに集まっているんだぞ」


 扉を開けるなり怒鳴られて、ミカエルも黙っていない。


「仕方無いだろう。高位貴族様たちと違って、俺の校舎はここから一番遠いんだよ。しかも毎回命を狙われているんだ。今日なんて黒焦げになるところだったんだぞ」


 ノアはミカエルを上から下までじっくりと見て言った。


「どこにも火傷すらしていないようだが」


「あのなぁ、そんなもの避けたに決まっているだろうが。こうなったのも、お前のせいだからな」


 ミカエルはノアを睨んだ。そんなミカエルの肩にダンテが手を置いた。


「だったら我慢することはない。返り討ちにすれば良かろう」


 ミカエルはぽかんとしてしまった。


「何言ってんだよ。相手は高位貴族様だぞ。そんな事をしたらこっちの首が飛ぶだろうが!」


「ミカエル。お前は僕の側近だろ?僕が許すよ。好きにやりなよ。まぁできれば手加減してやってくれ。あいつらも僕の部下だから殺されては困る」


 のんびりとした声でアーサー皇子が、ミカエルに反撃許可を与えた。

 ミカエルはニヤリと笑って言った。


「殿下。ありがとうございます。これでたっぷりといたぶってやれる」


「俺も参加してもいいかな?最近身体がなまって困っているんだ」


「いやいや、だってさすがに辺境伯の長子が喧嘩するのはまずくないか?」


 ダンテがとんでもない事を言い出したので、ミカエルは驚いた。


「ふむ。では顔を隠せばよいのだろう」


 そう言ってダンテは、どこから取り出したのか、黒い布切れで顔を覆った。目を除いて顔はすっぽりと覆われている。


「なんだよ。最初から準備していたのか?」


「ああ、わが友を狙われているのでな。少しお灸をすえてやろうと思ってな。これなら誰も俺だとは分からないだろう」


 ミカエルは唖然とした。


「そんな訳あるか!」


 堂々とした体躯、腰に差した長剣。ゆったりと見えるのに素早い動き。

 誰がどう見ても、ダンテにしか見えない。


 ノアとアーサーがぷっと噴き出した。


「あー、全く。おもしろいねぇ、お前たちは。水と油ぐらいに違うのに、息がぴったりだ。行っておいで。さっさと報復を済ませて、仕事に戻るんだよ」


 アーサーが許しを与えた。


「お優しいことだな。皇子殿下。書類が貯まっているのに、自由時間を与えるのか?」


 ノアが揶揄うようにアーサーに言ったが、その瞳は面白そうに煌めいていたから、ノアもミカエルに手を出されて面白くないのだろう。


 ダンテとミカエルは、飛び跳ねるように生徒会室を飛び出した。


「アーサー、ノア。本当にいいの?あの子たち加減を知らなそうだけど」


 リゼが不安そうに言ったが、サトリがそれを遮った。


「大丈夫よ、息さえしていれば、私が治癒するから」


 それはどう考えても優しい言葉とは程遠かった。治癒すればいいと言うものでもないだろう。リゼはフウとため息をついた。


 どうも最近はサトリまで戦闘的になってしまった。それはミカエルへの攻撃がどんどんエスカレートして、最近では殺すつもりだとしか考えられない程になっているからだけれど。


 それでリゼはお茶の準備を始めた。ダンテもミカエルもすぐに帰ってくるだろうから、その武勇伝を聞き逃したくはない。こっちが聞かないとダンテもミカエルも口を割らないだろう。


 そんなリゼの様子をアーサー達は微笑ましく見ている。 一番怒っているのは、きっとリゼだったから。


 リゼは常に貴婦人の風格を崩さないけれど、気が強く懐に入れたものを偏愛することを、皆が知っていたのだ。


 リゼが全員のお茶を入れ終わる頃には、さっぱりとした顔をしてダンテとミカエルが戻って来た。ほんの10分余りで、反撃を済ませたみたいだ。


 暫くは黙ってお茶を飲んでいたが、リゼがぽつりと言った。


「何人?」


「18人。半分こした」ミカエルが答える。どうせダンテは何も言わないから。


「9人づつね。何したの」


「俺は逆さにつるしただけ。今は木で揺れてる。見つかるかどうかは知らない」


 リゼはじっとダンテを見つめた。しぶしぶと言うようにダンテが口を開く。


「両足を折っただけだ」ぼそっと言ってお茶を飲む。


 リゼの口元が微かにゆるむ。

 温かな紅茶。静かなお茶会。のんびりと時が、過ぎはしなかった。


 どんどんと激しく扉をノックする音が、無粋に響き渡る。


「入れ」ノアが言った。


「失礼します。学院に暴漢が出現しました。被害者は18名。半分は両足を折られて、現在療養室で治療中。残りは、さかさまに木につるされており、意識不明。同じく治療中です」


 報告したのは、学院の騎士隊長だ。学院は基本的に大人が介入しないから、騎士志望者で騎士隊を結成して警備を担当している。


「それで?」ノアが続きを促す。


「被害者の話では、足を折ったのは黒マスクをした人物で、腰に大剣をさしていたとの事です」

 チラリとダンテを見るが、ダンテは悠々と茶を飲んでいる。


「木に吊るされた方ですが、犯人を見ていません。しかし吊るしていたのは神聖魔法で編まれた特殊な綱でした」

 今度はしっかりとミカエルに視線を送る。ミカエルはサンドイッチに手を伸ばした。


「ご苦労。捜査に進展があれば報告してくれ。まあそれほど実害はなさそうだが。皆、回復したのだろう?」


「はい、全員、後遺症もなく全快しております。只トラウマがあるらしく」


 またもチラリとダンテとミカエルを見る。2人はのんびりと茶をお代わりしている。


「そんなぐらいでトラウマを持ち出すとはね。その軟弱者の名を教えてもらう?」


「いえ、トラウマは私の聞き間違いです。問題は何もございません」


「そう、なら良かった」

 ノアが目元を緩めたので、騎士隊長は、これ幸いと下がっていった。


 ノアは黙々と食べ続けているダンテとミカエルの尻を叩いた。


「さぼっていた分、仕事をしてもらうよ」


 ふたりはすくっと立ち上がると、大急ぎで書類の束と格闘し始める。

 生徒会室には、サラサラとペンを走らせる音。インクの匂いが漂う。


 誰も何も言わない。多分これからはこれが日常になるのだろう。


 その予想は当たった。


 ノア、ダンテ、ミカエルは学院生から「3凶星」と恐れられるようになった。


 ミカエルは大いにそれに反発して自分たちは「3ツ星」だと主張していたのだが、誰もそう呼ぶ者はいなかったのだ。


 アストラル学院生の意見は一致していた。

 3凶星を制御できるのは、アーサー皇子しかいない。


 そして3凶星を、制御するアーサー皇子を、驚嘆の眼差しで見つめるのだった。


 

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