リゼの願いとノアの苦悩
「殿下 夕日が海に沈み美しいですよ。ご覧になりませんか?」
ミーナがやってきた。
「それはいいな。みんな見にいこう!」
「ありがとう、ミーナ」
最初のころ、少し冷たく感じたミーナは家令の娘らしい細やかな気遣いのできる娘だった。
側近として確かな力量を見せ始めているミーナをリゼはすっかり信頼している。
甲板に出てみると、夕日が海に溶けて茜色に染まっている。
確かあの日もこんな美しい夕焼けだったなぁ。
お父様が私を迎えに来てくれたあの日も。
甲板の手すりにもたれるようにして海を眺めていると、サトリが横に並んだ。
「私だって、いつまでもおバカではありませんのよ」
そう言うとリゼの目を見つめた。
「リゼが渡した指輪って、私が作ったものですよね。
侍女たちにプレゼントしたいって頼まれた……」
リゼはかすかに口元を緩ませた。
「あの指輪、取り上げたりできませんわ。私の守護が掛かっているなら。
それにあれ、浄化の指輪ですよね?」
「そうね。もし誰かがあの指輪を取り上げようとしたら、
自動的に浄化が発動するから、悪しき心も浄化されるはずね。
持ち主も含めてね。それに私、嘘はついていないわ。
サトリは気づいていないの?あなたの浄化の力。
治癒やヒーリングも含まれているわよ」
サトリの瞳が驚いたように見開いた。
「あなたのお母さま、とても大きな力を持っていらしたのね。
あなたの力を秘匿するぐらい。だからね、サトリ。
ほんとうにあなた大聖女の力を持っているのよ。
望めば皇后にも王妃にもなれるぐらいね」
「リゼ。ごまかさないで。私聞きましたよね。
どうしていじめっ子に親切にしたのですか?
孤児院への寄付だって、別の意図があるのでしょう?」
リゼは少し困った顔をした。
「ねぇ 小さい子が少し意地悪だったからって、私は傷ついていないもの。
そりゃ傷ついて苦しんだ子なら、そんな甘いことも言えないでしょうけどね」
そうなのだ。リゼは愛された経験がたっぷりあったから、
親を知らない子供たちの悲哀が悲しいとは思っても、
恨んでいたわけではなかった。
「それにねぇ。やっぱり少しは怖い思いをすることになるでしょう?
子供からモノを奪おうなんて人もきっと何かを抱えているのでしょう。
あなたの浄化が心を軽くしてくれたらなぁって思うの」
「リゼ。あなたはちょっと優しすぎますよ。大丈夫なんですか?
そんな甘ちゃんで」
「大丈夫さ。リゼは僕が守るからね」
いつの間にかアーサーはふたりの話を聞いていたようだ。
サトリは軽く礼をして二人から離れた。
ノアがサトリをエスコートする。
アーサーがリゼと並んで海を見る。
「広大だよなぁ 海をみるのは初めてなんだ」
「私もですわ。殿下」
そう言ってリゼは頭をアーサーの肩にもたせ掛けた。
その頭をそっと撫でながらアーサーは面白いなぁと思う。
リゼは普段アーサーと呼び捨てる癖に。甘えたいときには殿下と言う。
普通は逆じゃないだろうか? そういう所も可愛いのだが。
夕日にリゼのティアラがキラキラと輝いていた。
「リゼはそのティアラがお気に入りなんだね。少し小さすぎるようだが」
リゼはアーサーにもたれながら言う。
「これはね。お母さまが私に初めて下さったティアラなの。
王女としての責任の証だって。
このティアラにふさわしく民を守る王女になるんですよって」
そうなのか。リゼにとってティアラは母との約束の証なのだ。
夕日がもうすぐ沈んでしまう。夜のとばりが降りてくる。
アーサーは、そっとリゼの唇にキスを落とした。
ノアはサトリを誰もいないところまでエスコートする。
そして少しぎこちなくサトリを見ると頭を下げた。
「黙っていてすまない。」
「えっ?」
何のことか分からずオロオロするサトリにノアは苦笑する。
「君の本当の力、リゼに聞いたんだろう? 隠していたのは俺だから」
「君は本当に凄い力を持っているんだよ。指輪に力を付与してくれただろ?
そんなこと、歴代の聖女は誰も出来なかった。
しかも聖女の力を全部つかえるなんて!」
サトリはただ驚いて黙っているだけなのに、ノアは勘違いしたようだ。
「僕なんかの婚約者として、君になにも知らせずに縛ろうとした。
君を失いたくなかったんだ。
本来なら女法王にだってなれる君だというのに」
ノアは誤解している。サトリは慌てて言った。
「そんなことない。ノアは凄いじゃない。こうしてアストラル皇国を守っている。
頭だってすごくいいじゃない。作戦はいつだって完璧だし……」
「そんなことないんだ。僕の計算なんて情報次第で変わる。
もし情報が間違っていたら? 敵が未知の力を保有していたら?
僕が間違えたせいで、皆が死んでしまったら?
僕なんて何もできない。ちっぽけで、自分勝手で、君を愛する資格なんて」
言い募ろうとしたノアの頬をぴしゃりとサトリが打った。
「ごめんなさい。でも、私の愛するノアのこと、そんなふうに蔑むなんて!
たとえノアでも許さないわ」
「君……」
ノアは茫然として打たれた頬に手をやると、いきなり大笑いをしだした。
苦しそうにお腹を抱えながら、涙を流して笑っている。
サトリはどうしていいかわからない。
「ノア、ノア、どうしたの?大丈夫」
慌ててノアを抱きしめると、反対にノアがグイっとサトリを抱えあげ、
そのまま口づけをする。
「バカなサトリ。こんな僕を好きだなんて」
そういうノアの瞳は涙に濡れたままだ。
「僕、二度と君を離してやらないんだからな。覚悟しろよ」
サトリも笑った。
「私だってノアを離してなんかあげないわ。覚悟するのはノアのほうよ」
ようやく落ち着いたのだろう。ノアはサトリを地面におろして、
促すように歩き出した。船のへさきから海をみつめる。
「僕らってちっぽけだよな」
後ろからそっとノアに近づいたサトリはノアの手を取った。
「でも二人なら、この世界が相手でも戦えると思うわ」
「サトリって凄いね。聖女じゃなくて、’実は勇者じゃないの?」
「勇者はあなたよ。おバカさん。」
「ノア。いつも自信満々のあなたが、そんなに不安だったなんて!
気がつかないでごめんなさい」
「僕は軍師だから。だから最後まで弱音を吐いちゃいけないんだ。
でも不思議だね。君の前では僕は僕のままでいられる」
クスクスと笑ったサトリはそっと両手でノアの頬を包む。
そして自分が打った方の頬へそっとキスをして、走り去ってしまった。
ノアは自分の頬を手でおさえて、ふわりと幼子のように笑う。
そのまま、夕日が沈んで辺りが暗くなるまで、海を眺めていた。




