初デート
シオン皇子は先にルーンフェル王国に赴き、アーサー皇子一行の安全確保にあたることになった。
つき従うのはヴォルフ・フォン・ブルグ隊長率いる護衛隊のみという簡素さだ。
宮殿で皇帝陛下からお言葉を賜り、そのまま一行は馬を走らせる。
今回、アーサー皇子一行は運河を使い一度セレスティア王国に入り、そこで巨大な旅客船に乗り換えてルーンフェル王国に向かう予定になっている。
そのためシオンもセレスティアで女王に挨拶をしておく必要があった。
セレスティアの女王ミレイアは非常に闊達な女性で、レオニス・アストラル十三世にも遠慮しない。
周りはハラハラするが実はアストラル皇帝がミレイアを気に入っていることを、シオンは知っている。
この女王、海運を司るだけあって、情報を集めることに長けている。
多分シオン達の行動も読まれていると考えてよいだろう。
なかなかしたたかな相手なのだ。
一方、こちらはアストラル皇城。
シオンが任務にあたっているころ、アーサーも着々と計画を進めていた。
題して、(リゼと街中デートを楽しもう作戦)である。
侍女たちの協力は取り付けてある。
何しろ、恋バナは侍女たちの好物なのだから。
「ねえ、マリー。お父様は今頃はもうセレスティア王国に着いたのかしら?」
リゼは父上が心配でたまらない。
「お付きの者も全員騎士でございますからねぇ。
きっともう到着されておいでですよ。あまりそのようにご心配してはお身体にさわります。」
そう言って侍女たちはリゼを着替えさせた。
あれ?リゼは不思議そうにドレスを見た。
ドレスと言うには丈が短い。あれだと足首は見えてしまうけれど?
長いドレスは裾裁きが難しい。
だからリゼは幼い時から、あえて裾の長いドレスしか着せて貰えない。
美しい裾裁きが出来るようになるために。
マリーがにっこりと笑って教えてくれた。
「町娘はこのように丈の短いドレスを着るのですよ。
王女殿下は、今日は町娘に変装なさるのです」
リゼが戸惑っていると、アーサー皇子がやってきた。
アーサー皇子もなんだかいつもとは違う。
「リゼ。父上のお許しを頂いたから、街にいかないか?」
「本当にいいの?」
リゼはわくわくしてしまう。
いつもシオンはリゼを自分の手の内から放そうとしないから、街歩きなんてできなかった。
「叔父上は心配性だからね。こんな機会じゃないと街に出られないだろう?」
そしてアーサーはリゼの耳元でこっそり囁いた。
「聖霊団の奴らは、もう全員ルーンフェル王国に帰っている。だから安心して」
侍女たちはそんな物騒な会話だとは知らないから、微笑ましそうに二人を見ていた。
「馬車も用意しているんだよ」
こうして二人はお忍びデートに出かけた。
けれどもきっと影はついているのだろう。
なぜならシオンよりも皇帝の方がよほど過保護だからだ。
馬車が動き出すと、屋根の上から、あるいはのんびりと歩いている町人から鋭い視線が刺さる気配にアーサーは苦笑した。
沢山の影。アーサーが気づくのを狙っているのだろう。
皇帝陛下は、リゼには殊更に甘い事をアーサーは知っている。
街に入ると、アーサーは勢いよく飛び降りて、リゼに手を差し伸べる。
「私のお姫さま、お手をどうぞ」
リゼはアーサーに手を取られて、きょろきょろと辺りを見回した。
石畳には賑やかな太鼓の音が響いているし、焼き菓子の甘い匂いがどこからともなく漂ってくる。
「まるでお祭りみたい」とリゼは驚いた。
「そうだね。ここは何といってもアストラルの首都だからね。初めて来た人は、たいてい今日はお祭りですか?と聞くそうだよ」とアーサーが説明する。
リゼはちょっとむくれて言った。
「じゃあ私、まるでお上りさんみたいね」
「まさか! 私のリゼは可愛らしい無垢な姫君だよ」アーサーはそう言うと素早く頬にキスを落とした。
途端にみるみるリゼの頬が赤く染まる。あわてて両手で顔を隠そうとするのを、アーサーが遮った。
「ほら、見てごらん、何か芸をやっているみたいだよ」
そう言われてリゼはゆっくりと深く呼吸した。
胸がドキドキしているのを、アーサーに悟られたくなかったから。
アーサーの言う通り。なにやら人だかりができている。
リゼの興味はたちまちそちらに移ってしまう。
まるで子供みたいに、リゼの表情はくるくると変わる。
それが愛しくて可愛くてたまらないアーサーなのだ。
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リゼとアーサーが人だかりに潜り込もうとすると、人々はニコニコと二人を一番前に通してくれた。
小さなサルが帽子を持って人々の前にやってくる。
サルの帽子に小銭を入れると、サルが上手にペコリと頭を下げる。
その愛らしい様子に人々の財布の紐も緩みがちだ。
サルがリゼの前にやってきた。リゼは困ったようにアーサーを見る。
アーサーは小銭が入った袋をリゼに渡してやった。
リゼは嬉しそうに小銭をポトリと帽子に落とすと、サルのペコリとした挨拶に合わせるように美しい礼をした。
「おおー!」人々はリゼの美しい踊りのような完璧なカーテシーに驚いたのだが、リゼはサルに対する感動だと思ってにこにこしている。
バレバレなんだよなぁー。アーサーは胸の内で苦笑する。
せっかく侍女が裕福な町娘の装いにしてくれたのに、リゼはお気に入りの小さなティアラをチョコンと頭にのっけたのだ。
リゼにとって私室を出る時に無意識にする行動なのだろう。
侍女たちもあまりに自然な動きに違和感を感じなかったようだ。
そのまま、丁寧にティアラを固定してやっていたから。
「だけどね、リゼ。町娘はティアラを頭に乗っけたりしないんだよ」
アーサーは小さく呟いた。
街の人は可愛らしい姫が、楽しそうに歩いているのを見て、そっと見守ることにしたようだ。
アーサーには街の人々の温かい気持ちが見えてしまう。
お忍びとはいかないが、これはこれで良いものだなぁ。
この人々を絶対に守るんだ。そっとアーサーは誓った。
あの時。リゼの異空間で、冷徹に民を守る側に就くと言い切ったノア。
親友に二度とあんな苦しい言葉を吐かせたりしない。
絶対に決着をつけてやる。必ずだ!
リゼが不思議そうにアーサーを見つめている。思わず覇気が漏れたようだ。
アーサーは苦笑するとリゼの頭を自分の肩に寄せて、つむじにキスを落とす。
リゼの小さな普段使いのティアラがキラリと光っている。
この娘はなんと無垢でまっすぐなのだろう。
トンとリゼがアーサーの胸を押し返した。人前でのキスが気に入らないのだ。
「ごめんね。お詫びになにか食べに行こう。ケーキ好きだろう?」
ケーキと聞いてリゼの顔がパッと明るくなった。
人々は王女さまなら、いつでも好きなものが食べられると思っているらしいが、そうではない。
それどころか皇帝陛下ですら、好物を好きなだけ食べることなどできない。
きちんと栄養管理されているから大膳の食事は少し味気ない。
美味しいものではなく、健康を守る食事が提供されるから。
宮中の晩餐会などでは豪華な食事が供されるから、人々は皇族の普段の食事もきっと豪華だと思うのだろう。
そんなことしたら、きっとみんなすっかり太ってしまうだろうに。
「ねぇアーサー。ケーキ好きなだけ食べていい?
私一度でいいから好きなだけケーキ食べてみたかったの」
なんと可愛らしいお願いだろう。勿論いいに決まっている。
ちゃんと個室を予約してあるのだ。
そこで「あーん」と食べさせて、隙をみてあの可愛い唇を奪うのだ。
アーサーの妄想は止まらない。
こちらでございます。うやうやしく通された個室でアーサーは驚愕した。
二人きりの個室のはずなのに先客がいる。
アーサーが案内人を睨むと、小さな声で詫びを言う。
「申し訳ございません。皇太子殿下の御指示でございまして……」
「サトリ!ノアも来てたの? アーサー、ノアとサトリも招待してくれたのね。嬉しいわ」
無邪気に喜ぶリゼを横目にアーサーとノアは火花を散らしている。
「なんで来た!このお邪魔虫め」
「ふん、お前だけ楽しませるものか。いつもサトリとのデートを邪魔しやがって」
このふたり、言葉はなくても目線だけでちゃんと喧嘩できるのだ。
ノアの気持ちもわからなくはない。サトリとノアの面会時間は60分と決まっている。
婚約者といえども、姫君は守られるべき存在だから。
それなのにいつもアーサーが陣取っていたから、ノアも色々鬱憤がたまっているだろう。
だけど。だけど。アーサーは悔しくてたまらない。
覚えてろよノア!
後ろでせせら笑っているのは父上ではない筈だ。
シオン叔父上が出立前に手を回したのか!
ノアにだけはバレないように細心の注意を払ってきたのに……。
ノアにバレれば、それはそのまま父上に伝わるはずだから。
その頃、皇太子殿下は背中にヒヤリとしたものを感じた。
ごめんよアーサー。シオンに頼まれているからさぁ。
あの弟はリゼに関しては決して手を抜かないのだ。




