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攫われたのは皇帝の孫娘でした。  作者: こもれびの空


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ドリンゴ公爵

 部下からの報告を聞いてドリンゴ公爵は、目を剥いた。

 自分が聖女に産ませた娘。名前をつけるのさえ厭わしい無魔力の赤子。

 あれに名前を付けたことはない。

 ただ名前が無いのが不便だったのか、いつの間にかメイドどもがあれをサトリと呼び始めた。

 聖女が生まれた村の名前で呼んだのだろうが……。


 あれが屋敷にいるのさえ厭わしい。

 聖女は命掛けで我が子を守った。難産になったとき公爵は迷わず赤子を殺せと命令したのに。

 聖女の守りが、あの娘を救った。それがあれを殺すのをためらわせた。

 ただ、姿を見るのも嫌で、欲深い分家にくれてやった。


 ドリンゴ公爵は手元のカップを目の前の男に投げつけた。


「どういう事だ。貴様は確かに言った筈だ。

 あの娘は聖女の力を欠片も持ち合わせていないと。

 万一に備えて生かしておいて良かった。だが聖女の力に目覚めるなら、

 私の娘として育てた方がよかっただろうが!」


 そうなのだ。もし我が子として育てた娘が聖女だったら?

 民はあの無能なエルディン王より、この私、ミゲル・フォン・ドリンゴを

 王に推戴したかもしれない。

 だがあの娘は、エルディン王の庶子としてアストラル皇国に行かせてしまった。

 今更、娘でございと言い出すことも出来ない。

 エルディンめ。何故あれを娘と認めたのだ。

 どうせ思い当たることが多すぎて、分からなかっただけだろうが。屑野郎め!


「問題はございません。聖女の力とて、どれほどのものか?

 かつての聖女は生まれた時に、そうと判るほどの力を見せておりました。

 それほどの娘を、我が協会はあなた様に差し上げたのですぞ」


 それをおめおめと死なせておいて!とは口に出さないが、教会側もこの公爵の我が儘にはうんざりしているのだ。

 法王を軟禁して既に5年以上すぎた。

 ファイル筆頭枢機卿が代理をしているが、信徒の不信は抑えがたくなっている。

 最近は法王派の枢機卿らが集まって、何やら画策している気配がある。

 あんな奴らは、さっさと始末してしまいたいのだが。


 剋聖党が全権を牛耳りたいが、法王は選挙で決める。

 この規定はどうしても動かせない。

 だからまだ法王に死んで貰うわけにもいかない。

 なにしろ他の枢機卿は全て法王側の人間だ。選挙なんかをしようものなら必ず負ける。

 だからといって強硬に排除しようとすれば法王の軟禁に気づかれる恐れがある。


「公爵さまこそ。お約束がまだですぞ。ミゼラブル教団を国教と定めるとのお約束はどうしたのです。

 それさえかなえば、それを理由に枢機卿を全て我が陣営のものと入れ替え、ファイル筆頭枢機卿が法王に就任できたのです。貴方様も王になれるのですぞ」


「そうだ。王を異端審判で廃位に追い込み、私が王になるのだ」


 ドリンゴ公爵はぎらついた目で吠えた。

 この男は王になることに異常なほどの執着を見せる。


「あぁ、そしてあの忌々しいアストラル皇国も崩壊させてやるのに」


 いらいらと怒りをぶちまけていたが、ようやく落ち着いたらしい。


「それで、次はどうするのだ?」


 結局これだ。ミゼラブル教団の使者はうんざりした。

 こいつはいつもそうだ。口先だけで何一つ自分で考えようとしない。

 まぁだからこそ利用できるのだが。


「アーサー皇太孫とリゼ姫。サトリ姫とノア公子 この二組の婚約を我がルーンフェル王国 ミゼラブル大聖堂で執り行うのです。」


 何を言い出すのだ!だからこいつは役立たずなのだ。

 ドリンゴ公爵はまた不機嫌になった。


「そんなことをアストラル皇帝が許すものか。後継者を皇国の外に出すはずがなかろう」


「勿論ですとも」


「断られた後に、こう言えばよいのです。それでは我がミゼラブル教団の筆頭枢機卿が祝福に参りますと」


「それに何の意味がある?」


「筆頭枢機卿ですぞ。我がルーンフェル王も知らん顔もできますまい。

 そこで公爵の出番です。このめでたいお祝いにルーンフェル王自ら行かれてはどうか?とね」


「なるほど。王の警護なら多数の騎士が付き従う。そこにわれらの刺客を!」


 なかなか良い案ではないか。なにあの愚鈍なエルディン王なぞ口先一つでいくらでも丸め込める。

 何しろ赤の他人を娘と認めるほどの愚か者だ。

 自分が殺されるとも知らずに、おだてればのこのことアストラル皇国に出向くに違いない。

 あんな蛮族の国のどこが良いのか知らないが、妹を嫁にくれてやるくらいだ。


 サラ王女。

 従姉妹ではあるが、なかなか良い女であった。

 わしに寄越していれば、今でも生きていられたものを。


「さすがに次代の王になられるお方。ご聡明でいらっしゃいます。

 王にアストラル皇国でもしものことがあれば……」


「おう!われはすぐに即位して、アストラル皇国が我が王を暗殺したと喧伝しようじゃないか

 わかっておる。わかっておるとも。

 サラを暗殺した時と同じだ。アストラル皇国を徹底的に非難してやる!」


 サラ暗殺事件で今も国民はアストラル皇国を憎んでいる。

 サラ王女は国民の人気が高かったからな。


 あの時だって、怒りのあまりアストラル皇国を攻め滅ぼせという民が多かった。

 今度は王が殺されるのだ。エルディン王も馬鹿な奴だが、人気だけはあるからな。

 今度は、本当に戦争になるだろう。


「その前にファイル筆頭枢機卿を法王に!」


「無論だ。勿論だとも」


 全くこいつらは法王になって、ミゼラブル教団を乗っ取ることしか考えていない。

 権力の申し子のような奴らだ。

 だが利用価値はある。


 ミゼラブル教団がアストラル皇帝を破門したら?

 アストラル皇国の民の多くはミゼラブル教団の敬虔な信者だ。

 アストラル皇帝を悪魔だと認定したら、アストラル皇国の民も反乱を起こすだろう。

 きゃつらは仲間内で血で血を洗う戦いをすることになる。


 我等は進軍するだけで良い。

 戦うのはアストラル皇国の国民だ。

 ただ進軍するだけで、アストラル皇国を手に入れられる。

 生き残った魔力持ちなど、奴隷にでもすればよい。


 二人は自分たちの作戦が完璧だと自画自賛していた。

 もうすぐ王位が、法王の地位が手に入る。


 果たして、本当にうまくいくのだろうか?

 エルディン王は本当にそこまで愚かな王なのだろうか?


 うんざりした顔で報告書を書いているのは、シオン第2皇子直属の「白星」のリーダーだ。


「ボス、急ぎの仕事なのではありませんか?」


「そうだよ。そうなんだけどね。鳥で運ぶには重要すぎる情報だからね。

 お前に行ってもらうことにしたのだけれど」


「すぐに行きます。ボス随分疲れた顔をしていますね」


「疲れたのじゃないよ。これはね。僕はもう厭世的な気持ちに取りつかれてしまったよ」


「だから、何なんです。俺もう行きますよ。重要な情報なんですよね」


「あぁ、そうだね。転移を繰り返すことになる。すまないね、無茶ばかりさせて」


「ボスに労わられるなんて、雨でも降りそうだ」


 そう言うなり部下は消えた。


 若いお前には理解できないだろうなぁ。

 5年前。サラ皇子妃が殺された時、どれほど己を責めたか。

「白星」はサラ皇子妃殺害事件後シオン皇子が立ち上げた組織だ。


 あの時、警備の一角を担っていたのは俺だ。

 それなのに刺客の侵入を見過ごし、皇子妃を殺され、王女が攫われた。

 どれだけ悔しかったか。情けなかったか。

 皇子がどれほど悲しんだか。


 だから「白星」に志願した時、俺はきっと選ばれないと思っていた。

 俺の失敗で皇子妃が死んだんだから。

 しかし皇子は俺を選んだだけでなくリーダーとして、このルーンフェル王国に派遣してくれた。

 そして俺はこの耳で犯人の自白を聞いたのに、殺すことも捕まえることも出来ないんだ。

 全員残らず捕まえる。そのための我慢だ。

 わかってはいるのだが……。



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