破綻した計画
リゼ達が部屋を出てすぐアーサーはノアに詰め寄った。
「おい。ノアどういうつもりだ?おじい様に婚姻の許可を願い出たと聞いたぞ。
そんなの計画になかったろうが。落とせとは言ったが、落とされるとは!」
アーサーが当惑したような声でノアに尋ねた。
確かに仕事は頼んだが、結婚となると別問題だ。
こんなに簡単に決めてしまうとは、ノアらしくない。
結婚を餌にしなくてもノアなら女の子の気持ちを掴むことなど
造作もないことだ。
だから困る。ノアが本気で結婚する気持ちになっているということだからだ。
「びっくりすることでもないぞ。
それがアストラル皇国にとって一番利があると計算しただけだ」
「聖女の血か?」
ノアは頷いた。
「シオン皇子直属の諜報機関「白星」彼らは有能だ。まさか聖女の記録まで見つけ出すとはね」
「だからと言って聖女と結婚までする必要があるか?」
アーサーの問いは最もだ。聖女として囲い込む方法だってあるのだから。
それに必ずサトリが聖女の力を目覚めさせると決まったわけでもない。
ノアはアーサーを見つめた。
「フィクトス家の特異性は何だと思う?
それはフィクトス家にはアストラルの血が混じっていないということだ。」
それは確かにそうだ。とアーサーは不思議に思う。
今までフィクトス家から皇后は何人も排出している。
何ならほとんどがフィクトス家出身と言ってもいいぐらいだ。
けれども、今までただの一人も王女がフィクトス家に降嫁した例はない。
いつも降嫁がささやかれているのに、結局降嫁していない。
そういえばリゼだってそうだ。
アーサーは答えを求めてノアをじっと見た。
「初代皇帝との誓いだ。初代皇帝はフィクトス家の娘を皇后にした時に誓った。
もし私の一族が傲慢になり民を苦しめるなら、
その時はフィクトス家が盾となり民衆を守れ!
フィクトス家は常に正しく民の味方たれ!」
「それからフィクトス家は無謬のフィクトスと言われるようになった。
権力側ではなく、民衆側にたつために皇帝の血筋は入れない。
けれどフィクトスの血は常に皇帝と共にある」
アーサーはこの間の母の姿を思い出した。母は確かにフィクトスの娘であった。
「つまり聖女の娘と婚姻することで、
聖女の血をアストラル皇国に取り込む考えか?」
なんという忠誠心だろう!そこまでするのか?アーサーは唖然としてしまった。
その様子を見てノアは少し照れくさい顔をする。
「まぁ、それにサトリだって決して気性の悪い娘ではない。
悪ぶっているようだけれど、根は素直なんだ。
確かに根っこの恨みは強固だけれど、
その恨みなら僕らが晴らしてやる予定だしな」
ヒューヒュー。アーサーが行儀悪く口笛を吹いた。
こいつ恋に落ちやがった!
あの計算マシーンで、人の心なぞ気にも留めないノアが!
アーサーが悪い顔をして笑い出したので、ノアは飛び掛かった。
久しぶりに悪童に戻ったふたりは周囲の驚きも構わずじゃれていたが、
アーサーがばたりと仰向けに倒れると、ノアも隣に転がった。
「おめでとう!ノア。幸せなんだな?」
「ありがとうアーサー。サトリは俺が幸せにしてやるよ」
二人を覗き込むようにしてリゼが笑った。
「あなたたち、ここがどこだか忘れていない?」
横でサトリが真っ赤な顔をしている。
リゼ達が駆け付ける数分前サトリは覚醒を果たしていた。
サトリが身体を起こすと、リゼは握っていた手を放し、侍女たちを下がらせる。
「どうかしら? 自分の力の使い方はもうわかっている筈だけど?」
リゼの問いにサトリは素直に頷く。元々知っていたみたいに魔力が身体になじんでいる。
「浄化」
サトリが呟くとキラキラとしたエフェクトが舞い散り、そのままサトリを癒していく。
「まぁ、リゼ姫を癒そうとしたのに」
サトリはちょっと不服そうだ。
「多分癒しが必要だったのはサトリだったのでしょうね。気分はどう?」
そう聞かれてサトリは今まで自分の中にあったどす黒い恨みが消えているのを感じていた。
恨みはあるし、借りは返すつもりだ。
けれどもそれは今まで持っていたものとは全然違うものになっている。
その時、隣室でドタバタと激しい音がし始めた。
「全くあの二人ったら」
そう言いながらリゼが素早く隣室へと駆けていく。サトリも慌てて追いかけた。
そこで見たのは。
満足そうに寝っ転がって「おめでとう!」と叫ぶアーサー皇子と
「ありがとう!サトリは俺が幸せにするぞ!」と叫ぶノア公子。
これは、あれですか?もしかして青春ってやつですか?
サトリは自分の顔が真っ赤になっているのを自覚した。
恥ずかしくてたまらない。何をやってくれたのでしょう。
慌てて立ち上がる男二人をしり目にリゼがてきぱきと指示をだす。
「全員、部屋を出て!」
「ベルク、この部屋に誰も入れないで。見張って頂戴」
「ミーナ、ここにお茶の準備を。運ぶのはあなたがしてね。お茶の準備が終わったら、
お父様に報告を」
今までのリゼと全く違う様子にサトリは唖然としている。
「計画変更ね。まったく!狙ったわねノア。アーサーまでそれに乗るなんて!」
男ふたりはしおしおと席に着く。
「サトリ。こちらへおいで」
ノアが呼んでくれたのでサトリもノアの横にちんまりと座る。
「元々はね。私とアーサーが婚約破棄して、聖女サトリとアーサーが婚約する予定だったの。
対外的にはね」
「どうしても黒幕の正体が掴めないのよ。
でも聖女がアストラル皇国に取り込まれるとしたらどう?
聖女回収に動くしかないわ。その場合、動くのはミゼラブル教団の黒幕の筈だったのよ」
「そうよね。ノア?」
言われてノアはしぶしぶ頷く。元々この計画を立てたのはノアだ。
「計画を変更するしかないだろう?ノアの性格だと、
愛する人に自分以外の婚約者を立ててみろ。
そいつを殺しかねない。たとえ芝居だとしてもさ。」
その場合殺されるのは自分だからアーサーも自分で言いながら、
うそ寒い顔をしている。
「それに、ノアの婚約はおじい様の許可が出た」
「サトリの覚醒が条件だったけど。結果は良かったみたいだね」
ノアが確信するように言う。
どうせそこまで読んでいたのだろうとリゼはため息をついた。
折よくお茶とお菓子がきたので、しばらくはお茶を楽しむ。お小言はおしまいだ。
「えーと、皆さんいつもこんな感じなんですか?」
いそいそとリゼの世話を焼くアーサーを見ながらサトリは誰にともなく聞く。
そういう自分だって、ノアに世話をされているわけだが。
人払いをしたのは、情報漏洩を危惧したというより、
この甘々モードを侍女たちに見られたくないからだ。
面と向かってからかったりしないけれど、なんとも言えない微笑ましい顔で見られるのは、たまったものではない。
「ほら、こっちも美味しいよ。口を開けて」
ノアが小さな菓子をサトリの口元に持っていくとサトリは思わず菓子を咥える。
もぐもぐしていると紅茶が口元へ。
いつの間にかアーサーに抱え込まれているリゼも似たようなものだ。
でも大丈夫。もうすぐ……。
バタン。大きく扉が開いてシオンが入ってきた。
途端にピシッと二人が立ち上がる。
「叔父様」
「シオン殿下」
シオンはぎろりと二人を睨むと、真っ先に愛娘を回収した。
「全員さっさと帰れ!」
今夜、第二回作戦会議が開かれるだろう。勿論リゼの異空間でだ。




