気の毒な外務卿
前回の円卓会議から数日後。
皇帝陛下からリゼ、アーサー、ノア、サトリが呼び出された。
勿論その保護者も同伴だ。
「やっぱり来たわね。」リゼの頬がすこし赤い。
「やっと動いてくれたか」安堵と緊張をにじませたノアの声。
謁見の間の前で子供たちがひそひそ話をしている。
「ゴホン」大きな咳払いでシオンが子供の口を閉ざさせた。
アーサーたちが謁見の間に着くと壇上には皇帝陛下。
その脇に皇太子殿下、皇太子妃殿下が控えている。
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「アーサー皇子殿下、シオン皇子殿下、リゼ王女殿下、サトリ姫殿下、フィクトス公爵閣下、ノア公子閣下」
呼び出されてひとりずつ陛下の前に進み出ると、拝礼をする。
暫く衣擦れの音と靴音だけが、静まり帰った宮殿に響いていた。
息子や孫たちの拝礼を受けて、機嫌よく皇帝が話かける。
「よく来たな。今日はお前たちにも関係のあることゆえ呼び出したのだ」
そう言うと皇帝は使節団長であるヴォルテール・フォン・シュミット卿を促した。
「先ほどの言葉、孫たちにも説明してやってくれるか。何しろ当事者だからのう。」
ルーンフェル王国の使節団長であるシュミット外務卿は幾分どぎまぎしながら、説明する。
まさか子供たちを呼ぶとは、思ってもいなかったのだ。
「はい、我がルーンフェル王国におきましては、アーサー皇子殿下、リゼ王女殿下の御婚約並びに、サトリ姫殿下、ノア公子殿下の御婚約を祝い、ミゼラブル大聖堂での祝福をお受け頂くようにご招待申し上げます」
「それで?式典はミゼラブル法王が行うのか?」シオンが鋭く質問する。
「はい。ですが法王は最近体調が思わしくなく、儀式はファイル筆頭枢機卿が代行いたします」
外務卿は額に汗をかいている。実は心中は少し動揺しているのだ。
『最高責任者の法王猊下ではなく、筆頭とはいえ皇国の後継者に枢機卿というのは失礼な話だからな。
ここを突かれるとかなりまずいぞ。
いくら弟の強い要請とはいえ、ルーンフェル王はどうしてこんな話に頷いたのだろう?
少しはこっちの苦労を考えて欲しいものだ』
皇帝が頷いて質問する。
「それで、そなたたちはどう思う?」
「おじい様。僕は皇国を出たことがありません。お許し願えるなら行ってみたく存じます」そういってアーサー皇子は無邪気に笑う。
外務卿は驚いた。
『おいおい、愚鈍とは聞いていたが皇国の後継者がこんなので大丈夫なのか?
他国とはいえ、いささか心配だぞ』
「私は反対です」シオンが発言する。
「恐れ多くも皇国の後継者がみだりに皇国を出るなど、あってはならぬことです」
『そうだよな。それが筋ってもんだ』外務卿も心の中で深く頷く。
「あらお父様、そんな意地悪言わないで。私も行ってみたいなぁ。ねぇお父様いいでしょう?」
そこに公式の場とは思えない発言を王女殿下が仰せになる。
リゼとしては、あえて幼さを強調しているだけだ。
なにしろ敵の狙いは自分の誘拐だと言うのなら、なにも分らない幼げな娘の方が警戒しないはずだからだ。
「だってリゼ。危ないんだよ」とシオン。
「そうか、そうか、リゼは行きたいのか?」
なんと皇帝まで猫なで声で孫娘を甘やかす。
外務卿は頭が痛くなってきた。
『俺は何を見せられているんだ。
皇帝が孫娘に甘いという報告は受けていた。父親であるシオン皇子も。
それでも、ここは公式の場所ではないか!』
その横でサトリとノアがひそひそと何やら話しては小さく笑っている。
御前だというのに、二人の世界に入っているのだ。
シオンが声を張った。
「兄上、お止めください。父上、いけません。危険すぎます」
途端に皇帝はきりりとした顔になりシオンをとがめる。
「何をいうか!お前が娘を守ればよいだけだろう。軟弱ものめ!」
「使者殿、ルーンフェル王の要請を受けよう。
ミゼラブル教は、わが国でも信徒が多い。
その本殿で後継者が祝福を受けたとなれば、わが国としても栄誉である。
孫たちを頼むぞ。かすり傷ひとつでもつけてみよ。
その代償は大きなものになると、王に伝えよ」
皇帝の発言によって後継者の外遊が決まった瞬間、裏に控えた白星達シオンの配下と皇帝直属の諜報機関、漆黒の梟が素早く動きだした。
皇帝陛下は我が子と言えど、梟に監視させている。国を統べるとはそういう事だ。
アーサー皇子が梟の主を皇帝と見抜いていたと報告を受けた時、皇帝は満足気だったという。
「ははあ」
平伏しながら外務卿は己の運のなさを嘆いた。
『来るというなら、準備万端揃えるのはこちらの役目。
なんという貧乏くじを引いてしまったのだろう。
皇子殿下や王女殿下のような若いお方の御気性は読めぬからなぁ』
高位貴族のドラ息子やドラ娘がどんなに難儀な存在か、よく知っている中間管理職は、しみじみとわが身の不運を嘆いていた。
そしてその予感は現実のものとなってしまった。
今日も外務卿と使節団は、アーサー皇子殿下の突撃を受けてへとへとだ。
何しろ皇帝の息子や孫息子 そのうえ溺愛している孫娘まで招待に応じるなんて王国首脳部も思っていなかったのだろう。
本来なら交渉が予定通り進んだのだから、お褒めの言葉を頂いても良いところだが、本国の反応は正反対だ。
厄介ごとを背負い込みやがって!とまるで疫病神扱いなのである。
そのまま残って案内役を務めろとの指示がでたのだが、これほど大掛かりな旅行ともなると準備に時間がかかる。
本国だって準備期間は多ければ多いほどありがたい。
必然的に、彼ら使節団の滞在は長くなる見込みだ。
「ヴォル」
もはや愛称で呼ぶのはアーサー皇子殿下である。
外務卿はにこにこと愛想笑いを顔に貼り付けた。
だが心の中は違っている。
『この皇子殿下ときたら旅行が楽しみで仕方がないらしい。
学院が終わると、ほとんどいつも使節団に入りびたり、あれやこれやをいじくりまわしたり、同行者の使用人にまで、嬉しそうに話しかけては、友達気分で肩など組んだりするのだからこちらは堪ったものではない。
とにかくなれなれしい皇子殿下なんだよなぁ』
使節団の一員でアーサー皇子殿下に触れられなかった者は、一人もいない。
ほら、今もあの気難しいミゼラブル教団から派遣された黒衣の男にすら、飛びついて遊び相手にしようとしている。
男は諦めて少し相手をしているようだ。
アーサー皇子殿下は自分の投げ技が決まったので、嬉しそうに男の手を引いて助け起こしている。
男の手を握った瞬間、アーサー皇子の瞳に残忍な光が走ったのは、助け起こされた男ですら気がつかなかった。
「しかたないよ。僕は皇子だから小さいときから訓練していて強いんだ。大丈夫かい?」
「さすがは皇子殿下。お強いですな。私ではお相手は務まりませんよ」
『まさかあのいつも偉そうな黒衣の男がおべっかを使うなんて』
やれやれと首を振りながら、外務卿はアーサー皇子殿下のもとに駆け付けた。
放置しておいたら、あの黒衣の男(名前すら名乗らない男)はうっぷんを外務卿にぶつけてくるのだから。
『可笑しいよなぁ。俺は使節団の団長だろう?
一番偉い立場のはずなのに、このミゼラブル教団から派遣された男は、どうしてこうも偉そうなのだ?』
そう思っても、外務卿は笑顔を絶やさない。
「皇子殿下。本日はどのような御用で?」
「うん、おじいさまが日程を決めて下さったんだ。僕たち学院に通っているだろう? なので学院の学期末にある長期休暇を利用して、ルーンフェル王国に行くことになったんだ!」
『そんなことならとっくに知っている。なにしろ苦労して日程をまとめたのは自分なのだから』
勿論外務卿はそんな気持ちはおくびにもださない。
「さようでございましたか。
わざわざお越し頂かなくても、お呼びいただければ皇子宮に参りますのに」
「いいんだ。ヴォルは忙しいだろう?こう見えて僕は案外暇なのだ」
『後継者が暇を持て余すなんて、我が国の王太子殿下は5歳でもスケジュールはいっぱいだぞ!』
人の好い外務卿はいよいよ皇国の将来が心配になる。
そこにアーサー皇子の近侍がやって来た。
「殿下、またこちらですか。家庭教師の先生方がお怒りですぞ!
剣術の稽古をさぼったのは何回目ですか?
皇帝陛下に報告して旅行を中止させて頂くと息巻いておりますぞ。
このままでは休暇は訓練と勉強に充てることになりそうですな」
「えっ!」
アーサー皇子は絶望的な顔になった。
「ヴォル、ごめん。僕もう来られそうにないや」
それが当たり前なのだ。外務卿はほっとして皇子を送りだした。
『やれやれ、ようやくまともに仕事ができる』と思いながら




