フィクトス公爵家
(リゼ視点)
ともかくここは人目が多すぎる。私たちは急いで大公邸に戻った。
私たちが家にたどり着くや否や、ブルーノ・フィクトス公爵の来訪が告げられた。
全く考える余裕すらない。
フィクトス公爵こそマリア皇太子妃の父親その人だ。
しかしなぜ皇帝でも、皇太子邸でもなくシオンの元を訪れたのか?
それもアーサーが盛大にやらかした途端にだ。
私が考え込んでいると、シオンがその頬を突いた。
「お父様。子供っぽい真似はおやめ下さい」
私が抗議すると、シオンが笑った。
「子供がしかめっ面なぞするんじゃない。リゼ。
フィクトス公が、フィクトス家が何と言われているか知っているか?」
フィクトスは確か不動のフィクトスとか民の守り手と言われているはずだ。
ともかく頑固で保守的。
皇室よりは国――いや民を大事にする家訓があったはず。
いまさら何を?私が考え込んでいると、シオンはその頭をポンポンと叩いた。
「だからお父様、髪が乱れます。」
とうとうお父様は笑いだした。
笑える状況か?私はとうとうふくれっ面になってしまう。
「フィクトス家はな。無謬のフィクトスと言われているのだ。
皇太子妃にフィクトス家の娘マリアが選ばれたのも、
貴族会議が全会一致で賛成したのもそのせいだ」
無謬ー絶対に誤らない。
そんなことがあるだろうか?人は間違うから人なのでは?
お父様はにこりと笑った。
「一番大事な時に最も大切なことを誤らない。
それがフィクトス家だよ。リゼ」
「お父様はフィクトス家を信頼されているのですね。」
そして皇帝陛下も。私は心の中で付け加えた。
「今一番揺らいでいるのは兄上だろうね。身内だからね。
身内だから疑ってしまうし、不安になる。愛しているからこそだね」
そこへフィクトス公爵が入ってきた。
「お邪魔しますぞ。シオン殿下。
やぁ、すっかりレディになられましたな、王女殿下」
「フィクトス公。挨拶は不要ですよ」
「フィクトス公爵。お久しぶりです。ノアは元気ですか?」
「おやおや、リゼ王女はむさくるしい年寄りより、孫息子がお気に入りですかな?」
私は思わず顔を赤らめた。
私やアーサーはお年頃。
婚約者が出来てもおかしくない。
異世界のおぼろげな記憶では十二歳は完全に子供。
けれども、この世界では大人になるのは早い。
十二歳で嫁ぐこともあるほどなのだ。
アーサーは困った恋をしてしまったようだが。
私は皇室唯一の女児だ。だからこそ血を余所に流出させるわけにはいかない。
必然的に私の結婚相手は決まってくる。
ただし最悪の場合ノアなら貴族会議もなんとか了承するのではないか?
そんな話を幼い時に耳にしてから、
どうもノアの名前を聞くと平静ではいられないのだ。
私の頬が染まったのをフィクトス公爵は微笑ましく眺めていたが、
それをお父様がぶった切った。
「それでなんの用だ」
フィクトス公爵は真面目な顔になると
「少し王女殿下の力をお借り出来ませんかな」と言う。
私の力。私固有の異能となるとあれか?
異空間生成。
私は母の力を受け継いで、異空間(何もない白い空間)を生成できる。
7歳のころ作ったあれだ。
今ではもっと上手になって異空間も真っ白ではなくなった。
この異空間の恐るべきところは、相手の顔と名前がわかれば、相手がどこにいても異空間に召喚できてしまうところだろう。
「もしかして、フィクトス公爵さま。アーサーを呼びたいのですか!」
誰にも知られずアーサー皇子に会いたい理由。
それは……。
それはもしかしたら……。
フィクトス公爵は
「いや、呼ぶのは皇太子殿下、皇太子妃殿下、シオン皇子殿下、そして私だ。
王女殿下、円卓を準備していただけますかな。
話は長くなりそうじゃから」
「嫌よ。私も参加する。
原因はお父様がお母さまと結婚したことでしょう?
それなら私も参加する権利があるわ。
それにアーサーだって参加するべきよ」
「リゼそれは許可できない。駄目だ」
「王女殿下、子供というものは大人に守られる権利がある。
それは甘えとは別のものじゃ」
「無理よ。だって異空間を作るのは私だもの。
私抜きで異空間を利用させないわ。絶対に!」
「リゼ。お前はまだ12歳だ。
心もまだまだ繊細なんだ。無理するんじゃない」
「お父様。選んでください。
今異空間で、きちんと話し合うか?
それともすれ違ったまま国を混乱させるか!」
お父様は絶句した。
フィクトス公爵は
「これは皇后陛下にそっくりじゃ」と呟く。
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異空間に円卓。椅子は七つ。
なんと皇帝陛下も臨席された。アーサー皇太孫を伴って。
皇帝陛下は、どうやら愛するお父様にさえ影をつけているようだ。
まぁおじい様の目を逃れられるとは思わなかったけど、できれば事後報告にしたかったよ。
おじい様は開口一番私に
「少々お転婆が過ぎるようだな」
と、おっしゃったのだから。
お父様が口火を切った。
「マリア姉上。今日の出来事は私への嫌味ですか?」
「自覚があるようでなによりだわ。
アーサーは口先だけだったけど、それでもルーンフェル王国の脅威を実感したはず。
それなのにシオン皇子殿下。
あなたが娶ったのはルーンフェル王国の王位継承権を持つ第一王女。
しかも子供まで作ってしまった。」
私はズキリと胸が痛んだ。
そんな!つまり叔母様は私がアストラル皇国の脅威になると言っているの?
私は、ようやくルーンフェル王国が危険だと認識した。
なのに叔母様の中では、私も危険人物だったのだわ。
私が真っ青になったのを見て、お父様が声を荒げた。
「いくら姉上だとしても、子供に聞かせる話ではないでしょう」
「望んだのは本人よ。そしてアストラル皇国唯一の王女なのよ。」
「待て、マリア。そなたの知らぬ話がある」
皇帝陛下が割って入った。
「存じ上げております。これでも皇太子妃ですのよ。
皇后陛下でございますね」
「そうだ。皇后の異能は予知。
それが判明した瞬間、彼女は私と結婚する道しかなかった」
皇帝陛下は少し苦い顔をしている。
「皇后陛下はアストラル皇国の滅亡を予知した。
違いますか?」
凄い。
マリア叔母様は皇帝に一歩も引かない。
これが無謬のフィクトスか。
「そうだ、しかしマリア、おばあ様はそれを回避する方法も予知されたんだ!」
皇太子殿下が妻の手を握りしめた。
「アストラルの皇子とルーンフェル王国の姫との間にできた始祖の力を持つ娘。
その娘がアストラル皇国を滅亡から救う。でしたね」
とうとうフィクトス公爵が口を開いた。
目じりには柔らかく笑い皺を作っているが、その手はしっかりと握り込まれている。
「さすがに我が娘というべきか?
それでそなたは何を望むのだ」
「皆さんもお判りのはず。
予言の娘はサトリ姫とアーサーの子でも成り立ちうるということを」
なんだと!
一斉にみなが気色ばんだ。マリア叔母様は本気なのか?
フィクトス公爵が皺だらけの両手を円卓に置いて娘を見つめる。
「可能性の話をしているのです。
解決方法は一つですわ。
アーサーとリゼを結婚させます」
それを聞いてみんなぐったりとしてしまった。
「まさか、そんな縁談話でここまで話を大きくしたのか?」
誰が言ったのかはどうでもいい。全員が同じことを思ったはずだから。
「もしただの縁談だったら、皆さまここまで本気にはなりませんでしょう。
現状アストラル皇国は非常に危うい状況です。
アーサーの、子供の世迷い事で済まさない勢力が確実に存在しているのです」
「どうも殿方というのは危機感が足りませんわね。
こと結婚に対しては特に。
リゼはアストラル皇帝の始祖の力を持つ娘。
絶対に皇家の外にその血を流出させれ訳にはまいりませんの」
ちらりと皇太子を見た。皇太子はぐったりしている。何かあったのだろうか?
「なぁマリア、それじゃあお前は……。」
皇太子は言いよどむ。
「私がサラやリゼを害するはずありませんわ」
ツンとマリア叔母様は横を向いてしまった。
皇太子殿下はこの後大変だ。きっと。
「僕はリゼと話がしたい。大人は出て行ってくれ」
いきなり立ち上がったアーサーがそう言った。
皆は何か言いたそうだけれど黙って私を見たので、
それぞれのお家に送り返したわ。
いきなりの結婚話だもの。
アーサだって言いたいことはあるはず。




