第九話:二つの適応者
黒い裂け目が、空間を切り裂く。
そこから現れたのは、一体や二体ではなかった。
十体。
二十体。
数える間にも、その数は増え続ける。
やがて塔の階層は、黒い人影で埋め尽くされた。
執行者 Lv.40 × 27
「……冗談だろ」
九条貴教は思わず息をのむ。
一体だけでも命懸けだった相手が、二十七体。
勝ち目など、どこにも見当たらない。
隣で神代蓮が小さく笑った。
「今さら気づいた?」
「気づくのが遅い!」
軽口を交わした、その瞬間だった。
執行者たちが一斉に地面を蹴る。
空気が爆ぜる。
視界から敵の姿が消えた。
「速っ――!」
だが。
パチン。
蓮が指を鳴らした。
世界が、止まる。
砂埃が宙で静止する。
砕けた石片も、その場で動きを失った。
「これは……時間を止めたのか?」
「止めたわけじゃない」
蓮は剣を抜く。
「少しだけ、遅らせた」
次の瞬間。
青銀の閃光が走る。
一閃。
二閃。
三閃。
動き出した時間の中で、三体の執行者が同時に崩れ落ちた。
執行者 Lv.40 ×3 撃破
「速すぎる……」
その姿は、戦っているというより舞っているようだった。
貴教も地面を蹴る。
《蒼天の剣》が蒼く輝く。
剣聖術 Lv.2 → Lv.4
真正面から執行者を迎え撃つ。
キィィン!!
重い。
腕が痺れるほどの一撃。
だが――
視界に青い文字が流れる。
適応成功
戦闘パターン解析完了
敵の動きが変わったわけではない。
自分の理解が追いついたのだ。
一撃目を受け流す。
二撃目をかわす。
三撃目のわずかな隙へ踏み込む。
「そこだ!」
蒼い軌跡が走る。
執行者の身体が光となって砕け散った。
撃破成功
レベルアップ!
Lv.19 → Lv.20
Lv.20 → Lv.21
「戦える……!」
確かな手応え。
だが戦場を見渡した貴教は、思わず苦笑した。
蓮は、圧倒していた。
執行者をまるで雑兵のように斬り伏せていく。
一方、自分は一体倒すだけで限界に近い。
その差は歴然だった。
そのとき。
執行者の一体が無機質な声で告げる。
「対象分析完了」
「神代蓮 危険度:S」
「九条貴教 危険度:A」
「Aでも十分高いだろ!」
思わず叫ぶ貴教に、蓮が笑う。
「褒められてるじゃないか」
「全然うれしくない!」
その瞬間だった。
塔全体が真紅に染まる。
WARNING
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床が崩れる。
壁が歪む。
空間そのものが軋み始めた。
執行者たちが、一斉に動きを止める。
まるで何かを待つように。
そして。
空間の中心に、黒い"穴"が開いた。
光すら飲み込む闇。
見つめるだけで意識を吸い込まれそうになる。
そこから、声が響く。
「適応者……確認」
「処理対象……二名」
貴教は思わず剣を握り締める。
「何なんだ……あれ」
隣の蓮の表情が変わる。
初めて、焦りが浮かんだ。
「まずい」
「執行者じゃない」
「上位プロトコルだ」
「上位?」
「この世界そのものを管理するシステム」
「異常を消すための存在だ」
黒い穴から、一人の人影がゆっくりと姿を現した。
白い仮面。
黒いローブ。
顔も表情も見えない。
ただ、その存在だけで世界が軋む。
?????
Lv.??(表示不可)
執行者たちが一斉に膝をつく。
「管理者代理権限」
「承認」
「異常存在を削除します」
「削除……?」
貴教の背筋を冷たい汗が流れる。
これは戦いではない。
処刑だ。
蓮が一歩前へ出る。
「貴教」
「ここから先は俺が止める」
「また一人で背負う気か?」
蓮は小さく笑った。
「違う」
「今なら話せる」
貴教を見る。
その目は真剣だった。
「俺たちは、この世界に生まれた存在じゃない」
「……?」
「俺たちは――」
「この世界の"バグ"だ」
静寂が流れる。
「そして、あいつは」
蓮は白い仮面を見据えた。
「バグを消すための"修正パッチ"」
仮面の存在が、静かに右手を上げる。
その瞬間。
空間が圧縮される。
重力が狂う。
呼吸すら苦しい。
逃げ場はない。
蓮は剣を構えた。
「行くぞ」
貴教も《蒼天の剣》を握り直す。
「当然だ」
二人の《適応者》。
蒼と青銀の光が重なり合う。
その瞬間――
世界そのものに、一本の亀裂が走った。
その頃。
どこか別の場所。
窓ひとつない暗い部屋。
無数のモニターが並び、そのすべてに九条貴教と神代蓮の姿が映し出されていた。
椅子に腰掛けた一人の人物が、静かに立ち上がる。
その右手には、竜の牙にも似た漆黒の鍵。
彼はモニター越しに二人を見つめ、静かに笑った。
「……ようやく、揃ったか」
最後のモニターに、赤い文字が浮かび上がる。
災厄起動まで──残り36時間。
暗闇の奥で、何か巨大な影がゆっくりと目を開いた。




