第八話:赤き執行者
轟音とともに、砕けた壁の破片が降り注ぐ。
砂煙の向こう。
九条貴教は《蒼天の剣》を構え、ゆっくりと立ち上がった。
その視線の先には、赤い瞳の少年。
感情のない瞳が、ただ機械のように貴教を見つめている。
頭上に表示された文字が、不気味に赤く揺らめいた。
?????
Lv.35
称号:《執行者》
「執行者……」
その名を口にした瞬間だった。
少年の姿が消えた。
「――左!」
反射的に剣を振るう。
キィィン!!
鋭い金属音が響き、火花が散った。
いつの間にか執行者は黒い短剣を握り、貴教の背後へ回り込んでいた。
「反応速度は優秀です」
感情のない声が耳元で響く。
「ですが――」
「遅い」
次の瞬間。
斬撃が嵐のように襲いかかる。
肩。
脇腹。
太腿。
三つの傷口から鮮血が舞った。
HP:61 → 22
「ぐっ……!」
貴教は床を蹴り、距離を取る。
(レベル差が大きすぎる……!)
攻撃は見えても、身体が追いつかない。
このままでは、あと一撃で終わる。
その瞬間。
視界に青い文字が走る。
極限状態を確認
《適応者》起動
戦闘適応を開始します
世界が、ゆっくりになった。
執行者の動きが、わずかに見える。
筋肉の動き。
重心の移動。
刃が振り抜かれる軌道。
「見える……!」
執行者が再び突進する。
今度は違う。
紙一重でかわし、そのまま踏み込む。
ガキィン!!
《蒼天の剣》が短剣を弾き飛ばした。
執行者の瞳が、初めて大きく見開かれる。
「……学習した?」
貴教は息を整えながら笑う。
「それが俺のクラスだ」
互角ではない。
それでも、一方的な戦いではなくなった。
剣を交えるたび、システムが反応する。
剣聖術 Lv.1 → Lv.2
回避 Lv.1 → Lv.3
レベルアップ!
Lv.18 → Lv.19
《適応者》は、戦うほど強くなる。
それが、このクラスの真価だった。
執行者は貴教を見つめ、静かに呟く。
「危険」
「適応者の成長速度……予測値を超過」
初めて、その声にわずかな焦りが混じった。
だが次の瞬間。
真紅のウィンドウが執行者の周囲に展開される。
管理者命令
制限解除
黒い粒子が執行者の身体から噴き出した。
塔全体が軋み始める。
レベル表示が書き換えられる。
Lv.35 → Lv.40
「ここで排除します」
放たれる殺気だけで、床がひび割れた。
貴教は本能で悟る。
(勝てない……)
今の自分では。
その瞬間だった。
塔全体に、別の声が響く。
「――そこまでだ」
聞き覚えのある声。
黒い霧が渦を巻き、一人の青年が二人の間へ降り立つ。
黒いコート。
鋭い赤い瞳。
しかし、その瞳には執行者とは違う強い意思が宿っていた。
「蓮!」
神代蓮は振り返らない。
「貴教。ここは俺が止める」
執行者は静かに首を傾げる。
「個体識別」
「神代蓮」
「裏切りを確認」
蓮は肩をすくめ、小さく笑った。
「裏切った覚えはない」
「最初から、お前たちの味方じゃない」
そう言って右手を掲げる。
足元に広がったのは、蒼く輝く魔法陣。
「青い……?」
貴教は息を呑む。
今まで見てきた魔法陣は、赤か白だけだった。
蓮は剣を抜く。
その刀身は、《蒼天の剣》によく似た蒼銀色の輝きを放っていた。
「だから言っただろ」
「答えは、生き残ったら教えるって」
そして、静かに告げる。
「俺も――《適応者》だ」
「……え?」
貴教の思考が止まる。
執行者の無表情も、初めて大きく揺らいだ。
「適応者……二人」
「あり得ない」
蓮は剣先を執行者へ向ける。
「その"あり得ない"を覆すために、俺たちはここにいる」
その瞬間。
執行者が両手を広げた。
黒い空間が裂ける。
裂け目の奥から、赤い瞳が次々と現れた。
一人。
十人。
二十人。
やがて数十体もの執行者が塔を埋め尽くす。
増援確認
執行者部隊 投入
貴教は《蒼天の剣》を握り直す。
蓮も静かに構えた。
二人の《適応者》。
その前に立ちはだかる、圧倒的な軍勢。
そして、システムは無慈悲に残り時間を告げる。
第一災厄《紅蓮の竜》出現まで――残り47時間。
塔の奥から、再び竜の咆哮が轟く。
本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。




