第十話:修正者
――パキッ。
ガラスが割れるような音が、塔の中に響いた。
しかし砕けたのは壁ではない。
空間そのもの だった。
修正者が一歩踏み出す。
そのたびに世界の輪郭が歪み、景色が崩れていく。
???
Lv.??(上限超過)
識別不能
「これが……修正者。」
貴教は無意識に息をのむ。
全身が警鐘を鳴らしていた。
戦ってはいけない。
本能がそう叫んでいる。
蓮は剣を構えたまま、小さく言った。
「絶対に触れるな。」
「触れた瞬間、存在そのものを消される。」
「……どうやって勝つんだ。」
蓮は薄く笑う。
「勝つ必要はない。」
「世界のルールを、少しだけ ズラす 。」
修正者がゆっくりと右手を上げる。
その動きは遅い。
だが――
結果だけが先に起きた。
貴教の足元が消える。
床が砕けたのではない。
"最初から存在しなかった"ことになった。
「っ!」
咄嗟に飛び退く。
だが着地した場所も消える。
「空間を書き換えてる……!」
蓮が駆け出した。
青銀の剣が空を裂く。
ギィィィン!!
初めて修正者がわずかによろめく。
「今だ!」
貴教は《蒼天の剣》を握り締める。
剣聖術 Lv.6
適応加速発動
「うおおおおっ!!」
渾身の一撃。
蒼い斬撃が一直線に走る。
届く。
そう思った瞬間――
パリン。
嫌な音が響いた。
「……え?」
蒼天の剣が、根元から砕け散る。
修正者は何もしていない。
ただ、
"剣が折れていた"という結果だけが存在した。
「因果を書き換えた……!」
蓮の表情が険しくなる。
修正者が視線を向ける。
「異常。」
「武器……無効。」
次の瞬間。
蓮の右腕が消えた。
血は流れない。
傷もない。
最初から腕という概念だけが失われたように。
「蓮!!」
「まだだ……!」
苦しそうに息を吐きながらも、蓮は立ち続ける。
修正者は今度は貴教を見る。
「対象。」
「適応者。」
「削除開始。」
世界が白く染まる。
視界が揺らぐ。
意識が遠のく。
(終わる……)
その瞬間だった。
頭の奥で電子音が鳴る。
ERROR
適応者権限が制限されています
隠しプロトコルを検出
管理権限(β)を開放しますか?
【YES】
「管理権限……?」
迷う時間はない。
貴教は叫ぶ。
「YES!!」
瞬間。
世界が止まった。
違う。
止まったのは時間ではない。
世界を支配する"ルール"そのものだった。
修正者の動きが初めて止まる。
蓮が目を見開く。
「まさか……!」
貴教の身体を青と黒の紋様が覆っていく。
管理権限(β)
一時接続
残り使用時間
30秒
「時間制限……!」
その代わり。
今だけは。
世界が"編集可能"になっていた。
修正者が初めて感情を見せる。
「異常。」
「上位権限を確認。」
「修復不能。」
貴教は折れた剣を握る。
「だったら。」
「ルールを書き換える。」
折れた刀身が光になる。
砕けた破片が浮かび上がる。
新しい形へと組み替えられていく。
《蒼天の剣・改》
管理権限対応武装
修正者が右手をかざす。
「削除。」
しかし。
何も起こらない。
「……干渉失敗。」
蓮が笑う。
「ようやく同じ土俵だ。」
貴教は静かに剣を構える。
「お前は消す側。」
「だったら俺は――」
「守る側だ。」
踏み込む。
一閃。
今度の斬撃は空気ではなく、
世界そのもの を切り裂いた。
修正者の肩が揺れる。
腕が霞む。
身体がノイズに包まれる。
「……エラー。」
「修復不能。」
「管理権限競合。」
修正者の姿が崩れ始める。
だが、その時。
塔全体を震わせる警報が鳴り響いた。
【緊急ワールドイベント】
第一災厄
《紅蓮の竜》
起動
轟音。
塔の天井が一気に吹き飛ぶ。
夜空を覆う巨大な影。
燃え盛る紅蓮の翼。
山脈ほどもある巨体。
そして、
世界中に響き渡る咆哮。
ゴォォォォォォォォォッ!!!
窓ガラスが砕け、
地面が揺れ、
空が赤く染まる。
蓮は空を見上げ、小さく息を吐いた。
「最悪のタイミングだな……。」
修正者は崩れながらも最後の言葉を残す。
「優先対象……変更。」
「災厄……監視開始。」
その身体は無数の黒い粒子となり、闇へと消えていった。
貴教は《蒼天の剣・改》を握りしめる。
だが、管理権限の光は急速に薄れていく。
管理権限(β)
接続終了
再使用不可
「……一度きり、か。」
その瞬間。
空から巨大な赤い瞳が貴教を見下ろした。
紅蓮の竜は、ゆっくりと口を開く。
灼熱の炎が喉の奥で渦を巻く。
世界を焼き尽くすブレスが、放たれようとしていた――。




