表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

8. 蜘蛛の呪い (2)

「もっと食べる」

「もう3杯目じゃない。お腹いっぱいじゃないの?」

「まだお腹が空いてる」


成長期だからだろうか。それとも昼間にたくさん走り回ったからだろうか。突然、普段よりはるかに多い量の食事を平らげ始めたティアラは、ずっと空腹だと言って食べるのをやめなかった。これ以上食べたら大変なことになると止めても、少女はまだお腹が空いていると言い返した。


「ティアラ! もうやめなさい!」

「まだお腹空いてるんだもん! もっと食べる!」


危険に気づいたのはすぐだった。異常なほど食べ続ける娘の皿を無理やり下げようとしたとき、エトラは誤ってシチューが半分ほど残った皿を床に落としてしまった。するとティアラはさっと床に座り込み、落ちた肉やニンジンの欠片を貪るように拾って食べ始めた。


まるで獣そのもののような娘の行動に、母親は凍りつくしかなかった。人間の常識も礼儀も理解しているはずの子が、床に落ちた食べ物を我を忘れて拾い食いしている。しかも割れた皿の破片を飲み込み、口から血を流しているのに、ティアラは食べるのをやめなかった。


「ティアラ?」


母親の驚いた声も聞こえないのか、少女は飢えた獣のように落ちた食べ物を延々と食べ続け、ついには家にあったリンゴジュースの樽一本をすべて飲み干してから、ようやく満腹になったのかそのまま眠ってしまった。


その日、エトラは初めてカシオの頬を叩き、いったいどういうことなのかと怒鳴った。夜遅く帰宅したカシオも、無事だと思っていた娘の体にとうとう異変が現れたと聞き、顔色を曇らせた。


「いったいあの魔物はティアラに何をしたんですか!? あそこで何があったのか、ちゃんと話してください!」


だが彼も詳しいことは知らないと答えた。ただ娘を魔物の前に連れて行き、蜘蛛の魔物の白い手が触れただけだと。魔物は契約だと言っただけで、人間に親切に説明してはくれなかった。


「ティアラは?」

「昼間に樽いっぱいのジュースを全部飲んで寝たんだけど、あなたが来る少し前に目を覚まして……」


以前よりずっと広くなった家の台所の奥にある倉庫へ向かうと、そこには寝間着姿のまま袋に入った作物をかじっている子供がいた。


ティアラは父親が帰ってきたのに以前のように喜びもせず、市場で買ってきたジャガイモやニンジンを洗いもせずに噛み砕いていた。彼女は凄まじい飢餓に苦しみながら、人間の言葉を忘れていった。そうしてどれほど時間が経っただろうか。


家に閉じこもって食べ続けるだけだった少女の体に、再び変化が起こった。できるだけ安く大量に買える作物を食べ続けていたティアラは、突然食べるのをやめてこう言った。


「何の味もしない」


そして食べたものを消化できずに吐き戻した。しかし受け付けない食べ物とは別に、激しい空腹は依然として続いていた。果物や草なら大丈夫かと思ったが、それもやがて吐いてしまった。エトラの顔から笑顔は消え、絶望が差した。


「どうしたらいいの。お医者様も呼べないし」


空腹に苦しみ、食べ物を見ると飛びかかる娘を外へ出すこともできない。学校へ通わせるどころか、医者に診せることすらできなかった。カシオは気の毒には思ったものの、増え続ける金に目がくらみ、家族より仕事に集中して現実から目を背けた。


夫婦はほとんど諦めた気持ちでティアラを部屋に閉じ込めた。しかし空腹に耐えられなくなった少女は、しばらくして窓を割って脱走した。そしてあまりの空腹のあまり、新しい屋敷を飾る花壇の前に座り込み、そこに咲いていた花をむしって食べた。すると初めて空腹が和らぎ、少女の理性が戻ってきた。


自分でもそれに気づいた彼女は自然と母親を探しに行き、獣のようによだれを垂らして食べ物を探し回らない、まともな娘の姿を見たエトラは驚いて涙を流した。


「ママ?」

「ティアラ!」


何か月ぶりに「ママ」と呼ばれたのかも分からず、母親は泣きながら娘を抱きしめ、束の間の平穏に感謝した。これまでのことをおおよそ覚えていたティアラは、どれだけ食べても満たされなかった空腹が花によって満たされたのだと話した。


「何を食べてもずっとお腹が空いてて、何の味もしなかったの。でも花を食べたらお腹いっぱいになった」

「花?」

「外の花びらがおいしそうに見えたから」


食用花というものはあるが、今庭にあるのはどれも食べられないものだ。普通なら、よほど空腹で正気を失わない限り花をむしって食べたりはしないだろう。だが人間ではなく魔物や虫なら話は別だ。エトラは、昆虫系の魔物が花びらや葉を食べて腹を満たすことがあるのを思い出した。


(まさか……?)


エトラはこのことを夫に報告した。そしてその頃には貧民街の人間を誘拐して魔物に捧げ始めていたカシオは、ようやく娘にかけられた呪いが何なのかを理解した。


「お前の娘は、次第に我が眷属として魔物の姿へ近づいていく。どこにいても私はすぐに気づける。人間の食べ物は食べられず、花しか口にできなくなり、やがてますます激しい飢餓に侵食されて完全な魔物へと変わるだろう」


巨大な黒い蜘蛛に人間の死体を食べさせたアラクネは、蜘蛛の糸を差し出しながら愉快そうに笑った。


「私の子供の中には、唯一私と同じようにアラクネへ進化した子がいる。お前の娘がいつか完全な私の眷属になった時、その子と番わせるつもりだ」


カシオは心臓が凍りつくような衝撃と無力感を覚えた。しかし妻のように悲しみに耐えられず絶望したり怒ったりはしなかった。むしろ彼は、娘への罪悪感は今後築く富で償えばいいのだと、自らの過ちから目を背けた。


その日からティアラはずっと花だけを食べるようになった。しかし時が流れると、花を食べても空腹を感じるようになった。そして十五歳になったとき、彼女は初めて魔物の姿へ変貌した。父親譲りの金髪は蜘蛛の糸のような白色へ変わり、脚があるはずの部分は自分の体ほどもある蜘蛛の胴体へと変わった。


エトラはその姿を目撃し、ついに耐えきれず気絶してしまった。そして半年後、娘と夫のもとを去った。離婚という形ではなかったが、この惨めな現実をまともに見つめることはできないと言って娘に謝罪し、遠く離れた別の村へ逃げてしまった。


カシオは妻を引き止められず、ティアラも時折正気を取り戻したときに手紙を送るだけで、母親を直接訪ねることはなかった。怪物へ変わっていく少女の世話をするため、商人は莫大な金を使って口の堅い人間を探し、使用人として雇った。


年を重ねるごとにティアラは、ますます強くなる飢餓、何の味も感じられない苦しみ、怪物へ変わっていく自分への嫌悪と悲しみに蝕まれていった。体が大人の女性のように変わり始めた頃から、空腹とともに奇妙な感覚が押し寄せてきた。


体が異様に熱く、脚の間が疼くようにむず痒い。秘密を知る屋敷の主治医は、それが性欲というものだと教えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ