9. 蜘蛛の呪い (3)
「クモやカマキリのような昆虫は、交尾を終えたあとにメスがオスを食べると言うではありませんか。性欲と食欲が同時に発現するのは、その特徴に似ているのではないかと思います」
「そういえば、そのクモも間違って夫を食べそうになったと言っていたな」
それから何年も経っても、カシオは密かに犯罪者をこっそり連れ出したり、スラム街の人間を誘拐したりして、アラクネの夫に捧げ続けた。彼女が負った傷は人間を一人二人食べた程度では簡単には回復しないのか、そのクモはいまだに一か月に数十人もの人間を食い尽くしている。
「じゃあティアラも人を食べられるということか?」
「体が魔物に変わる日でなければ大丈夫ではないでしょうか? 相手が油断さえしていなければ、振りほどいて逃げることはできるでしょうし」
だが、もともとごく少数の人間しか知らない秘密だ。この重大な秘密をむやみに知る者をこれ以上増やすのも難しいし、怪物を妻に迎えたり、せめて性行為だけでも受け入れられる男性を簡単に見つけられるものでもない。
ティアラは花びらを食べている間はまだましだったが、食事をやめるとすぐ空腹になると言って神経質になった。ますます狂気に近づいていく娘とまともな会話をすることも難しくなり、カシオは悩みに沈んだ。
(別のアラクネの伴侶になれば落ち着くのだろうか? だが、そこまで行けばティアラも人を食べるようになるかもしれない)
秘密を共有している者はごく少数。彼らに助けを求めても安心はできない。むしろカシオを殺して商会ごと奪い取る可能性すらある。取引が途絶えたところで、アラクネが復讐してくれるわけでもない。
成功による名誉と富。そのどちらも簡単には捨てられなかったカシオは、娘が一人で苦しみに耐えるのを放置した。人間の男を連れてきて性欲と食欲を満たしたとしても、その後始末の心配が山ほどあるのだから。
契約したアラクネの子供である別のアラクネがティアラと結ばれるなら、むやみに人間の男と接触させるのも慎重にならなければならないかもしれない。
(ティアラが衝動を抑えられなくなる前に、あらかじめ確認しておいたほうがいい)
魔物にも伴侶への独占欲があるのか。そしてその魔物が、元は人間だったメスに興味を抱いているのかどうか。
獲物を運ぶ作業はいつもカシオ自身が同行した。最も重要な秘密だったため、完全に他人に任せられるほど信頼してはいなかったからだ。クモの魔物が住む山の周辺をすべて買い取ったカシオは、一か月に一度必ず複数の獲物を持参し、アラクネと直接顔を合わせた。
スラム街の病人、親に捨てられた孤児、犯罪者など、この世から消えても構わない者たちを誘拐するのは非常に容易だった。アラクネは栄養不足に見えるとはいえ、ちまちまと一人ずつ食べさせるよりはましだと言い、不満は見せなかった。
「娘の状態がよくありません。下手をすると自分から男に手を出すかもしれません。そういう部分は、他のアラクネ様の気分を害するでしょうか?」
「直接聞いてみないとわからないわね。私は夫以外のオスには興味もないけれど、気になるなら近いうちにあの子をそちらへ行かせるから、自分で聞いてみるといいわ」
アラクネは、自分の体より何倍も大きい黒いクモに、半ば生きたままの人間が入った繭を渡し、優しい手つきでその胴体を撫でた。悲鳴を上げる繭をむさぼり食うのに夢中なクモに知性があるのかはわからないが、それでもアラクネは夫を好いているようだった。
(子供であるアラクネがティアラをああやって気にかけてくれるなら、それは良いことなのだろうか?)
すでに独立した個体が親の言葉に従うのは、あくまで母親の力のほうが強いからだろう。ならば人間を気遣ってくれるなどという希望は、できるだけ捨てておいたほうが失望せずに済む。カシオはただ、これ以上の恐怖や負担を感じるようなことが起きないことを願いながら、いつ訪れるかわからない客を待った。
そして数日後、ついに待ち望んでいた客が真夜中にやって来た。数多くの兄弟姉妹の中で唯一、母親と同じアラクネへ進化したというオスの個体。母親より髪が少し短く、上半身が男性の形をしていることを除けば、大きさも雰囲気も容姿もほとんど瓜二つだった。
「これが母上の眷属か? まだ眷属化はほとんど進んでいないな」
「眷属化というのは、今と何か違いがあるのですか?」
「生きている生物を眷属にするのは珍しいからな。死体はあまり変化しないが、完全な眷属化が終われば、この子は我々に似た姿へ変わるだろう」
今でさえ人間らしさを少しずつ失っているというのに。いつか完全な魔物になってしまうのだろうか。その時には飢えによる苦しみは消えるのだろうか。愛しい娘がその事実を知ったら、苦しみのあまり自ら命を絶ってしまわないだろうか。
(だが、諦めるわけにはいかない)
引き下がってくれと言って引き下がる相手でもない。すでに起きてしまったことは取り返せない。カシオはこの件については誰にも知らせず、死ぬまで自分だけの秘密にしようと決めた。妻にも娘にも話さないつもりだった。
アラクネは眠るティアラを確認したあと、大した興味も示さずに去った。しかし、まったく無関心というわけでもなかった。
「人間には興味はないが、母上の眷属になった後の未来には期待している。ここまで進化した同族は見たことがないからな。きっと子供を産めば特別な個体が生まれるだろう」
彼は同じ最上位の魔物であり、より強い母親に従い畏敬の念まで抱いていたが、自分より弱くアラクネにもなれなかった父親については、生物学上の親であることすら気に入らないようだった。おそらく世界中を探しても、アラクネまで進化したクモの魔物など見つからないだろうから仕方ないのだろうが。
「完全に眷属化するのはいつ頃ですか?」
「正確にはわからない。だが、お前たち人間の時間で十年もあれば十分だろう」
その瞬間が訪れた時、ティアラには人間としての心や記憶が残っているのだろうか。カシオはできるだけこのオスに会いたくなかったが、彼はティアラの成長を見守るついでに、今後は父親に与える獲物も自分で探し、直接運ぶと宣言した。
「お前が運ぶと時間もかかるし、獲物が逃げる可能性もある。これからは私が直接繭にして持っていこう」
「お父上の傷は、いつ頃完全に治るのですか?」
「同じ種の魔物でも格の差が大きいからな。死にかけるほどだったらしいし、こちらも十年はかかるだろう。あんな情けないものが私の生物学上の父だと思うと嘆きたくなるが、仕方あるまい」
同じアラクネである母親とは違い、自分より弱い個体である父親は、命令でもなければ気にかける価値もないと扱うのが魔物というものだ。カシオには、そんな魔物が人間である自分の娘を心から愛するとは思えなかった。
彼は強者の力を盲目的に崇拝し、将来自分よりさらに強い個体が生まれるかもしれない未来に大きな興味を抱いていた。魔物は、時が来れば母親の眷属となった人間と交尾して多くの子をもうけるつもりだと語った。
「我々は別に人間のように純潔や結婚を重視しているわけではない。だから他の雄で性欲を解消したいなら、それは好きにして構わない。私は妻に会いたいのではなく、優秀な子が生まれるかどうか、それが気になるだけなのだからな」




