10. 蜘蛛の呪い (4)
むしろその点については、特定の雄一匹だけを夫として大切にする母親のほうが珍しいのだと。魔物は助けてくれと泣き叫ぶ人間を容赦なく糸で包んで繭にした後、そのまま複数の死体を引きずって森の中へ消えていった。
別居することになった妻には最後まで話さなくても、ティアラにはいつか訪れる未来を少しでも説明してやらなければならなかった。もちろんティアラもその現実を受け入れることを拒んだ。人間の誰が魔物になる人生など望むだろうか。
飢えで正気を失いそうなほど疲れ果てていたティアラは、まともに話すこともできず、叫びながら泣くことしかできなかった。彼女が苦しめば苦しむほど家は裕福になったが、ティアラはその環境を十分に享受することができなかった。
どれだけ金があっても美味しいものは食べられない。綺麗な服を着ても誰かに見せることはできない。いつか美しい花嫁になるどころか、普通の友人すら作れない。幸か不幸か、その後まもなくティアラは飢え以外を感じる余裕すらなくなり、もはや悲しむこともなくなった。
「パパ。お腹すいた」
「すぐにもっとたくさん花を集めさせるから、もう少し我慢しておくれ」
カシオが娘のためにしてやれることなど、それくらいしかなかった。そうしてティアラはずっと大きな部屋の中で狂ったような飢えに囚われ、花びらを食べ続けた。空腹が満たされないせいで神経は尖り、些細なことでも怒鳴って物を投げつけるようになった。
めったに母へ送る手紙は、年に一度書けばよいほうだったし、カシオは仕事を口実にティアラの顔を見ようとしなかった。少女は少しずつ成長し、女性へと変わっていった。食べるものは花びらだけなのに、不思議なことに身体は栄養不足になることなく見事な体つきに育ち、外見だけでは異常さは分からなかった。
子供が大人へと成長し、第二次性徴が現れ始めると、彼女は月に一度ずつ蜘蛛へ変身するようになった。そして数か月に一度の頻度で脱皮した。脱皮を終えるたび、その身体は目に見えて成熟し、ぞっとするほどだった。カシオは娘の抜け殻までも裏社会へ売り払い、富を築いた。
「パパ。お腹が空きすぎるの。もう我慢できない。何でもいいから食べ物をちょうだい」
やがてティアラが二十歳になった時、彼女は花びらだけでは足りず、部屋のカーペットやドレスまで引きちぎって食べ始めた。そして口からよだれを垂らしながら空腹を訴えた。もはや恨みや悲しみの感情すら飢えに飲み込まれてしまったのか、ティアラはそれ以外の感情を感じられなかった。
(ついに人間を食らう時期が来たのか?)
真実を伝えた時、ティアラはかろうじて残っていた人間としての尊厳を振り絞り、人を食べることを拒んだ。しかしティアラと結ばれるはずの雄のアラクネは、彼女に人間を食べさせるよう強要した。
「もう時間はあまり残っていない。きちんと栄養を摂る必要がある。子を宿すなら母体が丈夫でなければならないからな」
「でもどうやって……無理やり食べさせるのも難しいし」
「まずは人間の代わりに野獣の死骸から始めるか、あるいは性欲の後の食欲を利用するんだ。正気を失った状態なら本能のまま動くだろう?」
カシオは最後まで娘が人間を食べることを望まなかったが、怪物の命令には逆らわず従った。まず魅力的な人間の男性に性欲を抱かせて関係を持たせ、その後で雌蜘蛛の本能を利用し、交尾を終えた男性を食べさせるというものだった。
「最初が難しいだけだ。何度も繰り返せば嫌悪感すら抱かなくなるだろう。そしてあの子が完全な魔物になった時、私と子供を見ればいい」
森の魔物には犯罪者や貧民を捧げていたが、だからといって大切な娘にそんな男をあてがうわけにはいかない。ただ付き合わせるだけではなく、最終的には命を落としても問題なく、しかも魅力的な男を探すのは容易ではない。
(その辺の人間を適当にさらってくるわけにもいかないし。容姿や健康に問題がなく、消えても構わない人間となると)
頭を悩ませたカシオは、娘の婿を募集するという噂を流した。そして消えても大きな問題にならない家の厄介な息子ばかりを選び、屋敷へ招待した。問題ばかり起こす厄介者、多くの子を持つ家の四男、正妻の子ではない庶子など。
息子が消えても金さえ渡せば黙る家だけを選んでいたため、思った以上にきれいに事は進んだ。残念ながらティアラの気に入る前にカシオの段階で脱落する者ばかりで、彼らは全員雄のアラクネの餌になったが。そしてそんな作業を何度も繰り返していたある日、ヘルム男爵家から手紙が届いた。
***
「君を招いたこと自体には大した意味はない。だからこれは予想外の収穫というわけだ。私はティアラが少しでも人間らしく暮らせるなら何だってできる」
「結局、私が死ぬことには変わりないのではありませんか?」
「いや、できるなら長く生かしておくつもりだ。君が育てた花でティアラの飢えを満たせるなら、殺すわけにはいかないだろう。ティアラも君を気に入っているようだし、関係を持ったからといって死なせてしまうのは惜しい」
正気を取り戻したティアラは普通の人間のように過ごせるのだから。もしかすると魔物へ変わるのを少しでも遅らせられるかもしれない。
「本当の夫になる必要はない。望むなら外で別の女と会おうが、家庭を持って子供を作ろうが構わない。ティアラの機嫌を取って、一生懸命花を育ててくれさえすれば、男爵家として十分な支援をしよう」
彼もすでに分かっているのだ。どれほど心優しい男を探したところで、娘を心から愛してくれる者などいないということを。おそらく実の父親である彼自身でさえ、今では娘を恐ろしく気味の悪い存在だと思っているのかもしれない。
アルビトは向かいに座る男の表情からその感情を読み取ることができた。なんとも卑怯な男だ。すべての事情を知ったアルビトはカシオへの嫌悪を抱き、ほんの少しだがティアラに同情した。
(秘密を知った以上、拒否権はない。怖いからと逃げれば、すぐに殺されるか、無理やり閉じ込められて花の世話をさせられるだろう)
どうせ拒否権などないと理解したアルビトは、重いため息をつきながらうなずくしかなかった。恐ろしい事情を聞かされたとはいえ、別の道を探すには自分の事情も切迫しすぎている。できれば関わりたくはないが、故郷の大切な家族や使用人たちに被害が及ぶよりは、まず目先の火を消してから考えるべきだろう。
だが、怯えているからといって簡単に従うつもりもなかった。アルビトは提案を受け入れる代わりに、自分も命を懸ける以上、それに見合うだけの対価を要求した。
「まず、うちで働く全員の安全を保証していただくこと。それから今後も継続して支援金を送っていただきたい。後でこの商団を私に譲るという話も、口約束ではなく法的効力のある証書を残していただきたいですね」
どれほど気味が悪くても、それだけの金銭が対価なら耐えられると主張する人間は少なくない。アルビトは現実的な性格であり、どうせここで金を得られなければ、故郷の祖父を含む多くの人が死ぬ以上の苦しみを味わうことになると分かっている。
最悪の場合、残った領地と爵位まで返上し、貧民生活を送らなければならないかもしれない。ただでさえ子供の問題で悩みが多く、心臓も悪い祖父にそんな衝撃を与えるわけにはいかなかった。
「望むならいくらでも。どうせ私にはティアラ以外に親族もいないし、妻へ送る分を除けばすべて君にやろう」
うまくいけば最後まで死なずに生き残れるかもしれない。このヴィツキ商団だけでなく、森の魔物へ今後もずっと獲物を引き渡す役目を引き継ぐのだ。ティアラがどう出るかは分からないが、彼女が許すなら別の女性と夫婦になり、その子供に財産を継がせることもできるだろう。
しかしアルビトは、カシオが提示した条件のうち一つだけは、うまく果たせないかもしれないと付け加えた。努力はするつもりだが、それが思いどおりにうまくいくとは確信できないので。




