5. 怪しい招待 (5)
(どうして花びらがこんなに床にたくさん?)
メイドはお嬢様の部屋を掃除しないのだろうか。そこでようやく彼は、忘れかけていた前日の記憶をより鮮明に思い出した。廊下で怪物から逃げ回っているうちに入り込んだ部屋。あの時手に触れた紙のような感触のものは、間違いなく花びらだったのだろう。だとすれば、昨日のあの部屋はまさにここだったということになる。
(待てよ)
突然はっきりと思い出した最後の瞬間の光景に、アルビトは黙ったままゆっくりと、自分をじっと見つめる令嬢の顔を観察した。体から白い光が放たれていたため、部屋の様子までは分からなくとも、あの怪物の上半身だけは覚えている。
(そっくりだ)
違いがあるとすれば、昨夜は白かった髪が今は見事な金髪であること。そして下半身もまた、ちゃんとした人間の体だということだ。しかしどう考えても見間違いではない。昨日彼が部屋で遭遇した蜘蛛は、この女だ。
「あなたは……魔物、ですか?」
全身に鳥肌が立つどころか麻痺しそうで、唇がうまく開かない。それでも黙るわけにはいかなかったため、アルビトは恐怖を隠せない声で途切れ途切れに女性へ問いかけた。だが無礼な質問を聞いた女性は激しく首を振り、今にも泣きそうな表情で断言した。
「私は人間です!」
今にも涙がこぼれそうな瞳と、理不尽さを訴えるような表情は、とても嘘をついているようには見えない。では恐怖のあまりアルビトが見間違えたのだろうか。そうでもなかった。
「体がああなるのは月に一度くらいだし。私は生まれた時から人間だし、心だってずっと人間のままなんです。私は魔物じゃない!」
人間だと主張しているが、彼女は魔物だった。その図式が成立した瞬間、アルビトは美しく哀れげな女性に対して何の好意も抱けなくなった。むしろ気味が悪くて恐ろしいという嫌悪感が押し寄せ、思わず腰を少し引いてわずかに距離を取った。
「つまり……あなたが商団主の娘、ティアラお嬢様だということですか?」
「はい。食事を持って来させますので待っていてください。パパも今日はまだいらっしゃいますから、お連れしてきます。聞きたいことは食事の後で聞いてください。」
今すぐここから逃げ出したいアルビトの気持ちも知らず、女性はまるで外へ出すつもりなどないかのように扉を閉めて出て行ってしまった。しばらくして昨日と同じように普通に食事を持って現れたメイドを見て、アルビトは夢のような昨日の出来事を簡単には受け入れられなかった。
(とんでもないものを見てしまったな。でもうまくやれば、これを口実に金を借りられるだろうか? いや、もし本当に怪物を飼っているなら殺されるかもしれない)
今すぐ殺すつもりはなくとも、気まぐれを起こすかもしれない。アルビトは美味しそうな食事を前にしても食欲が湧かず、パンを一口と水を少し飲んだだけで、それ以上何も喉を通らなかった。やがてメイドが戻ってきて食事を片付けると、その間ずっと顔を見ることが難しかった商団主カシオが娘とともに現れた。
もしかするとこの男や屋敷の人間全員が魔物なのではないか。そんな疑念を抱いたアルビトは、恐怖のために先に口を開けなかった。今すぐ出たいとか、金を貸してほしいとか、そんな言葉は到底口にできず、結局恐怖に屈して視線を下へ落とした。
そんな青年の様子に、カシオはチッと舌打ちし、見え透いた浅はかな想像を自ら否定してやった。
「私は蜘蛛には変身しないし、間違いなく人間だ。怖がる必要はない」
だがそれは、怯えた哀れな男を慰めたり気遣ったりする口調ではなかった。むしろひどく面倒で邪魔だと言わんばかりの態度だった。ようやく顔を上げてカシオと目を合わせたアルビトは、その表情から「いっそ死んでくれていた方が楽だった」という考えを読み取れた。
それが非常に不快だったが、今はプライドを振りかざして争う時ではないと分かっている。彼は招かれた他の求婚者たちのように、貴族特有の選民意識を持っているわけでもない。それでも死なずに生き残り、この屋敷の主人と対面できたのだから、真実を知ったところで首と胴が離れるようなことは起きないだろう。
「では……昨夜私が見たすべてについて、理解できるように説明していただけますか?」
「いや。それは困るな。その代わり精神的ショックへの補償はしよう。だから口を閉ざしてくれないか?」
頼みではなく脅迫であることが露骨に伝わる口調と表情に、アルビトは自分に選択肢がないことを悟った。拒否したり、さらに詳しい説明を求めたりすれば、そのまま殺されるかもしれないという予感が襲う。だが、それでも聞かなければならないことが残っていた。
昨夜見た死体。あれはおそらく……。
「私以外の男たちはどうなったのですか?」
「君は運が良かった。他は全員死んだよ。いや、もしかするとまだ一人二人は息があるかもしれん。どのみち死ぬのは同じだがね」
顔を真っ青にしたアルビトは、思い出したくもない光景を脳裏に浮かべながら唾を飲み込んだ。足に触れたものは間違いなく人間の頭だった。体と頭が切り離されて死ぬとは、どんな気分なのだろう。蜘蛛の魔物は獲物が生きていようがいまいが繭にして食糧を蓄えると聞いている。
(昨日、庭に出ずにずっとあの人たちと一緒にいたら、俺も)
そうなっていたら、すでに息絶えていたか、あるいは生きたまま恐怖に震えながら蜘蛛の糸で作られた繭の中に閉じ込められていたのではないか。どれほど情けなくても惨めでも、死ぬよりは生きている方がいい。素早く考えを整理したアルビトは、口止め料として必要なだけの金を十分にもらい、この恐ろしい場所から一刻も早く逃げ出そうと決意した。
「分かりました。おっしゃる通りにします。今、私の家には両親が作った借金の問題があります。それを解決できるだけのお金をいただけるなら、口外せず静かに暮らします」
「賢明な判断だ。状況判断が早くていいな。ところで君、名前は何と言ったかな?」
回数は少なかったとはいえ、ここ数日食事をしながら顔を合わせていたはずだ。それなのに自分の名前すら覚えていないという事実に、アルビトは煮えたぎる怒りと虚しさを必死に隠した。忘れたのではない。最初から覚えていなかったのだ。
覚える必要がないということは、娘の婿候補を選ぶつもりなど最初からなかったということでもある。この場所に呼ばれた花婿候補たちは全員、怪物に捧げる獲物だったに違いない。だからこそ条件の悪いアルビトでも平然と招いたのではないか。怪物に与える餌は一つでも多い方がいいだろうから。
「アルビト・ヘルム。ヘルム男爵家の後継者です」
「ああ、途中で突然手紙を送ってきたあの」
運よく生き残ったし、幸い再び怪物の餌にされる様子もない。だったらそれで十分だ。とにかく命を拾ったのだから、このまま振り返らず逃げ出せばいい。しかしアルビトの決意は、二人の男の傍らで静かに立っていたティアラの介入によって崩れ去った。
「ヘルム男爵家? じゃあやっぱり、あの薔薇を持ってきたのはあなただったのね?」
「え?」
「他の花じゃなくて、赤い薔薇と白い薔薇だけをたくさん持ってきたのがヘルム男爵家だって聞いたんです」
「まあ、その通りですが?」
他の男たちは、花だけを贈ってほしいという手紙を受け取り、薔薇以外にも様々な花をたくさん持ってきたのだろう。だから最もありふれた薔薇を、色違いの二種類だけ持ってきたアルビトを見間違えるはずがない。それを口実に、今度は何を言い出すつもりなのだろう。
なぜかティアラの表情は喜びと歓喜に染まり、口元には明るい笑みが、両頬には赤い紅潮が浮かんでいた。昨夜の衝撃的な光景を目撃していなかったなら、アルビトはこの女性の笑顔に胸を高鳴らせていただろう。
しかし、その赤い瞳の奥で光る獣特有の冷たい感覚は、美しさよりも不気味さを与えた。しかもティアラが父親であるカシオを振り返って放った言葉に、アルビトは仰天し、心臓が止まりそうになった。
「パパ。私、この人と結婚したい!」




