3. 怪しい招待 (3)
「人を集めておいて、何日もいったい何を考えているのかさっぱり分からない」
「もしかして使用人に普段の行動を監視させて評価しているんじゃないか」
「まさか。別に張り付いていたわけでもないだろ」
「せめてあのお嬢さんにでも会ってみないとな」
商団主カシオがおらず、従者までも席を外すと、候補者たちは待っていたかのように不満をぶちまけながら騒ぎ立てた。アルビトもまた鬱憤が溜まってはいたが、今夜こっそりティアラ嬢を訪ねようという男たちの会話には加わらなかった。
(真夜中に押しかけて、いったい何を聞くつもりなんだ。)
アルビトの目的はこの商会の婿になることではない。あくまで借金を返すための金を手に入れることだ。プライドを捨ててへりくだれば、気分よく金を貸してくれるかもしれない。わざわざ闇に紛れてお嬢さんに会いに行き、嫌われでもしたら何の意味もない。
同じ場所に居続けて黙っていると、他の男たちとの間に気まずい空気が流れそうだったので、アルビトは急いで食事を済ませると庭園へ向かった。書斎や客室で時間を潰すこともできたが、この広大な屋敷の中で一番気に入っている場所がここだったからだ。
(適当に腹ごなしをしたら、これ以上遅くなる前に頼んでみよう。いっそ庭師として雇ってくれとでもすがってみるか。)
悪徳高利貸しのように利子を膨らませて取り立てるのでなければ、どんな手を使ってでも返済すると言ってみよう。カシオがそれくらいの情けは持ち合わせた人間であることを願いながら、アルビトは羞恥心と屈辱感を捨てることにした。だがその時、カサカサと怪しげな音が聞こえた。
(何の音だ?)
荒い布をかき回しているような、葉をちぎったり踏み潰したりしているような音。また庭の花を勝手に摘み取るメイドでもいるのだろうか。しかしもう遅い夕刻だ。こんな暗い時間に庭で働く者がいるだろうか。音はそれほど遠くない場所から聞こえてきたため、アルビトは好奇心を抑えきれず足を向けた。
そして見事な壁を作り上げた薔薇の蔓のトンネルの下で、無慈悲に花びらをむしり取っている女の後ろ姿を目にした。
(何をしているんだ?)
見た瞬間に眉間へ皺が寄るような子供じみた行動だったが、声を上げて咎めることはできなかった。長い金髪を解き放ったその女性はメイドではなかったからだ。まだ明るさの残る空の下で見えるその金髪は、この屋敷の主人である商団主と同じ色だった。当然ながらアルビトはその女性の正体を自然と推測できた。
(まさか、この人が?)
髪に隠れてよく見えないが、その軽装はもしかして寝間着ではないだろうか。しかも視線を下ろしてみれば、靴すら履いていない裸足だ。そして彼女の格好以上に仰天すべきだったのは――。
「はうっ。」
手でむしり取った花びらをそのまま口へ運び、飲み込む音がした。一度では終わらない。目の前にある花びらをすべて食べ尽くす勢いで、女の両手は休むことなく赤い花びらをむしり続ける。
(食べてるのか?)
薔薇の花びらを生で? 確かに食用になる花は存在するが、そのまま食べて美味しいとは思えない。食べるとしても、ちゃんとした料理の上に少し飾る程度だろう。ジャムにするとしても、あんなふうに飢えた人間のように花びらをむしって食べたりはしないはずだ。
「お腹すいた」
苛立ちと尖った神経がそのまま伝わってくる女の声を聞き、アルビトは息を殺したまま後ずさりし、そのまま客室まで駆け戻った。最後まで花びらをむしった手が口へ運ばれるのをはっきり目撃した彼は、呼吸することさえ忘れたまま部屋へ戻り、バタンと扉を閉めてからようやく長い息を吐いた。そして何かに気づいたように呟いた。
「やっと分かった」
こんな夜更けにまともな服も着ず、裸足で庭を歩き回りながら花を食べる女。好奇心旺盛な子供でもない立派な令嬢がそんな行動をするなど、どう見ても正常ではない。だからこそアルビトは、これまで商団主が娘の婿候補を選びながらも当の本人を姿さえ見せなかった理由を理解した。
(きっと少し頭がおかしい人なんだ。だから何日経っても紹介しないんだ。婿候補もできるだけ忍耐強い人間を選び出そうとしていたのか?)
先に訪れていた他の候補者たちが次々と脱落した理由も、あんな気の触れた女の夫を誰にでも任せられなかったからだろう。そう考えると巨大な疑問が解けた気がして、アルビトは胸がすっとした。逆に胸にへばりつくような不快感もあったが、すぐに振り払える程度のものだった。
どうせ俺には関係ない話だしな。だが考えを整理してみると、むしろ都合がいいかもしれないという結論に至った。
(だから俺みたいに急に条件の悪い男まで招いたのか? それなら本当に結婚できる可能性があるってことじゃないか?)
可能性がゼロではないと分かった途端、アルビトは頭を働かせた。男爵家を継ぐ予定ではあるが、同時に大商団の婿になったところで問題はない。もしかすると病弱な娘を押し付けるためだけの話で、商団の仕事には口出しさせないかもしれない。
(それでも結局、金の問題さえ解決できればいい。この規模の商団なら、両親が近づけないよう人を付けることだっていくらでもできる。)
愛せるかどうかは分からなくても、故郷の家族や使用人たちを救えるなら、面倒を見るくらいの忍耐力はある。嫌でも無能で厚かましい両親と比べれば、ずっと愛らしく思えるかもしれない。
(やっぱり今すぐ行って話そう。ただ待っているだけなんて性に合わない。)
決断が早く、即座に行動へ移す性分の男は、そのまま商団主を探しに向かった。しかしすでに夕食を終えてかなり時間が経っていたため、廊下は暗かった。
(遅すぎたか? いや、そんなことはないはずだ。今日はどうしてこんなに静かなんだ?)
どうせ昼間は忙しすぎて会う機会もない。だから訪ねに行こうという気持ちが、ただ薄気味悪い暗さ程度で消えることはなかったが。
(寝るにはまだ早い時間のはずだ。明かりも外に少しあるだけだし。)
今日はやけに屋敷の中が静かだ。この大きな屋敷で働いている人間がどれほどいると思っているのか。今までだって夕食後に忙しく動き回る使用人を何度も見かけていた。だが今は、妙な違和感を覚えるほど静まり返っている。
(まさか特別に早く休む日なのか? これ以上遅くなる前に急がないと。)
彼が一つ見落としていた事実があるとすれば、ここが自分の家ではなく他人の家だということだった。同じ建物の中にいることは分かっていても、この広大な屋敷には無数の部屋があり、肝心のカシオの部屋がどこにあるのかも知らないまま出てきてしまったのだ。
通りかかる誰かを捕まえて聞ければよかったが、彼は暗い廊下を長く歩いても誰一人として出会わなかった。そしてその時になって初めて、説明のつかない不吉な感覚に襲われた。
(どうして誰もいないんだ?)
一つ一つ部屋を開けて確認するわけにもいかないし、このまま自室へ戻って翌朝を待った方がいいのではないか。どれだけカシオが忙しくても、朝早くなら会えるはずだ。たかだか半日ほど遅れるだけで大事になるわけでもない。
奇妙な不吉さを感じたアルビトはそう考えて引き返そうとした。しかし割り当てられた客室のある階へ戻った時、廊下で子供が遊ぶのにちょうどよい大きさのボールのようなものを蹴ってしまい、足元を見た。コツンと靴に当たって転がっていったそれは、あまりに暗くて何なのか見えない。
(何だ?)
今や廊下はどんな光も見えないほど暗い。本当に不審なほど、かすかな灯りすらない。だが先ほど通った時にちらりと見た廊下には、埃一つ落ちていなかったはずだ。怪しい物体を前にした瞬間、アルビトを不快感が襲った。ひどい臭いのせいだった。
生臭く吐き気を催す、決して知らないわけではないこの臭いの正体は――。
(血?)
臭いの正体を理解した瞬間、アルビトはどろりとした液体が自分の靴を汚していることに気づいた。血だって? それもこんな悪臭を放つほど大量の血がなぜ? その疑問が深まるより早く、どこからか淡い白い光が感じられ、アルビトは顔を上げた。
そして全身が恐怖で凍りついた。まるで想像の中にしか存在しないような光景が目の前に広がっていたからだ。あまりにもおぞましく恐ろしいその光景には現実味がなかったが、異様なほど鮮明な光を放っていた。
(蜘蛛……魔物。)
魔物を直接見た経験はそう多くない。田舎だけに、森から飛び出したり農作物を荒らしたりする下級魔物なら何度か相手にしたことがある。ほとんどはとても小さいか子供ほどの大きさで、大した脅威ではなかった。
蜘蛛の魔物も見たことはある。だがこれは違う。取るに足らない魔物と呼ぶには大きさが成人男性以上に巨大で、白い蜘蛛の巨大な胴体の上には人間の上半身が生えていたのだから。自ら光を放つ白い蜘蛛の体には、人間の血と思しき赤い液体が飛び散っている。
「ああ、見つけた」




