16. 魔物の愛情 (3)
アルビトはわざとティアラに飲んでみろと酒を勧めた。花びらしか食べられないのとは違い、液体は受け入れられたため、ティアラは彼が差し出す酒を素直によく飲んだ。
「お酒は初めて飲みます。思ったより悪くないですね」
たっぷりと、それも本当にたっぷりと。初心者では耐えられないほど何度も杯を満たしてやると、ティアラは負担にも感じないのか、それを最後の一滴まで惜しみなく胃へ流し込んだ。幸い、酒の力は魔物へと変わりつつある者にも通じたらしく、ティアラはすぐに顔を赤くし、体をふらつかせ始めた。
もう眠気が押し寄せているのか、ろれつが回らなくなり、両目がゆっくり閉じたり開いたりを繰り返すこと数分。やがてティアラの言葉が途切れ、眠りに落ちると、アルビトは彼女を慎重にベッドへ寝かせ、そのまま新婚の寝室を抜け出してしまった。
そして翌日は花嫁を探す代わりに屋敷に残った客の相手をしながら、頃合いを見て逃げ出した。やはり彼はティアラと肌を触れ合わせるのが怖かった。
どうせいつかは迎えたかもしれない出来事だ。だが、もう少しだけ気をつけていればよかったのに。この弱い男が、憐れみという感情を前にして優しさを見せられる時間が、ほんの少しでも長かったならどうだっただろうか。
信じられないほど衝撃的な光景を目にし、それを忘れるにはあまりにも短い時間だったから。彼が見てきたティアラは、いつだって美しく輝き、恋に落ちた恥じらいを見せる姿だったから。まだ大丈夫だと現実から目を背けてしまわなければ。
彼はカシオやティアラに捕まる前に、友人を見送るという口実で早々に屋敷を出たばかりか、結婚式の翌日の昼から、新郎が入るべきではない店を訪れた。
「新聞記事を見てびっくりしたよ。まだ信じられないけど、どうやってあの金持ちのお嬢様を落としたんだ?」
「詳しいことは秘密だよ」
「ものすごく怪しいって自覚あるだろ。結婚式の翌日からこんな店に来る新郎なんて。本気で恋してる男には見えないな」
「俺がおごるから、黙って酒でも飲んで楽しもうぜ」
どうせこの程度の羽目外しをしたところで、カシオが何か言うわけでもない。むしろ当然の反応だと思うかもしれない。周囲でも、ヴィツキ商会のお嬢様が重い病気を患っているか、何か問題を抱えているのではないかと疑われていたのだから。
だが、いっそ酒だけ飲んでいたならよかった。恐怖とその場の雰囲気に流されて逃げ出しただけでは飽き足らず、その場に長く居すぎたことがアルビトの失敗だった。久しぶりに会った友人たちの前で金持ち自慢でもしたかったのか、彼は前日よりずっと軽い気持ちで酒を飲み、新たな人間を酒席に迎え入れた。
そこはただ酒を飲むだけではなく、女を侍らせて遊べる店だったため、彼らの騒がしさと羽振りの良さを見た女たちが近寄ってきたのだ。アルビトは酔いに流され、二人の女を誇らしげに両脇へ抱え、その接触を許した。
彼がヴィツキ商会の婿になった噂の男だと確認した女たちは、傍らで酒を注いだり腕を組んだりして、わざと胸を押しつけた。
「昨日結婚したばかりなのにこんな店に来るなんて。悪いお兄ちゃんね。でもそんなにお金があるなら愛人くらい持てるでしょ?」
「どれだけ金持ちでも婿入りした身なんだから、さすがに気まずくない?」
「いいじゃない。恋人なら外でこっそり会えば」
「大丈夫よ。恋人でも隠し子でも、私は気にしないから」
「本当か?」
ここは顔が良く、若く、金もある男を狙う女たちであふれる店だ。彼女たちは目をぎらつかせながらアルビトの隣で、自分を恋人にしてほしいと冗談めいた甘ったるい笑みを浮かべた。次々と勧められる酒に、アルビトは正気を保てなかった。
隣から漂う甘い香り。自然と自分の手を導き、柔らかな肉を触らせる感触が心地よかっただけ。寄り添う女が彼のうなじに跡を残しながら口づけた。安物の化粧品の色と匂いが残ったが、アルビトは拒まず笑いながら二人の腰を抱き寄せた。
「あの商会のお嬢様って体が弱いんでしょ。顔はどうなの? 病人なら美人じゃないんじゃない? 私の方が可愛いでしょ?」
「スタイルは? 病人ってみんなガリガリじゃない。胸は私の方がずっと大きいでしょ? 女は触り心地が良くなきゃって言うじゃない」
きゃははと笑いながら胸や太ももの間を触らせようとする動きに、アルビトは従った。いい匂い。柔らかな肌に埋もれ、そのまま眠ってしまいたくなるような気だるさが押し寄せる。ティアラの容姿を尋ねる質問に何と答えたのかは覚えていない。
確かに何か答えたはずだが、二人の女の反応は気のないもので、すぐ別の話題へ移っていった。たぶん平凡だとでも答えたのだろうか。
「もう遅い時間だし、どう? もっといいことしない?」
「私は三人でもいいよ」
狙いが見え見えの状況で、このまま酒の魔手に飲み込まれそうだったアルビトを救ったのは彼の同級生だった。流れで友人を少し危ない店まで連れてきてしまったものの、彼は最悪の事態まで放置するほどの悪人ではなく、最低限の常識くらいは持ち合わせていた。
「だめだ。いくらなんでも昨日結婚したばかりなんだぞ。下手したら破談になるかもしれない。俺のせいだって責められるのはごめんだ」
「うーん、言われてみればそうだな」
「じゃあ今度また来てね。待ってるから」
新婚早々に嫌われて追い出されたら困るから、しばらく経ったら恋人にしてほしいと、二人の女はアルビトの頬にちゅっと長いキスを残して離れた。問題は、酒に酔った男の判断力が大きく鈍っていたことだ。
アルビトはもはや半分眠っているような状態で、彼の同級生も意識はあったが判断力を含め記憶が曖昧だった。昼から酒場に来ていた彼らは、空の太陽が地平線の向こうへ沈み切る直前になってようやく通りへ出た。そして同級生は馬車を捕まえ、アルビトをヴィツキ商会の屋敷へ送り返した。
一緒にいた他の二人の男は、あんな状態の新郎を花嫁の家へ帰して大丈夫なのかと心配したが、すぐ気にしなくなった。
「酒臭さに女の化粧品の匂いまでベッタリついてるけど大丈夫か? 起こして匂いを落としてから帰した方がよくなかったか?」
「あ。そうかな?」
「もう出発したんだから仕方ないだろ。そもそも自分の足で堂々と出てきた時点で、何か当てがあるんじゃないか」
どうせ他人事だ。最初から深い仲でもないのだから、本気で心配しているわけでもない。酔っ払いたちは散り散りになり、馬車に乗ったアルビトは整備された道路のおかげで揺れもなく、心地よい眠りへ落ちていった。いっそこのまま深い眠りに沈み、御者が彼を屋敷の前へ放り出して去ってくれればよかったのに。
前もって金を払ってくれていた友人のおかげで、御者は屋敷の前へ着くと親切に客を起こした。かなり遅い時間。日が沈み、周囲は金の力で設置された高級な魔石灯のおかげで暗くはなかった。周辺一帯がヴィツキ商会の所有地であるせいで、屋敷の近くは幽霊村のように静かだったが。
『眠い』
客を降ろした御者はためらいもなく静かな通りを去った。そもそもこんな金持ちの家の近くへ来ることなど滅多にない人間だったため、彼は奇妙な違和感に気づかなかった。どれだけ広い場所とはいえ、どれだけ遅い時間とはいえ、人影がまったく見えないことに。
酔って眠気に抗えないアルビトもまた、その違和感に気づかず自分の足で歩き出した。よりにもよって、この屋敷の門がカシオを含む一部の者にだけ自動で開く優秀な魔法道具だったことも問題だった。
『気持ち悪いな。もうここで寝ようかな?』
カサ、カサ。
手入れされた芝生を踏みながら歩いていた彼は、酔った頭で妙な既視感を覚えた。この冷たい空気と薄気味悪い雰囲気をどこかで味わった気がして。だが酒は理性を鈍らせる厄介な薬だ。もう少しだけ早くその違和感に気づいて逃げていれば。
『喉が渇いたな』
のんきなことを考えながらふらふら歩いていた彼は、猛スピードで自分へ向かってくる激しい足音に気づかなかった。荒い息を吐きながら獲物へ飛びかかる獣のような足音が、靴も履かぬ裸足で滑らかな廊下を抜け、芝生を踏みしめながら駆けていた。
「アルビト……アルビト様。どこですか? アルビト……アルビト様」
朝日のようだった金髪が蜘蛛の糸のように白く変わった女が、寝間着姿で闇の中を走る。眠れぬ人のように真っ赤に充血した目を見開き、壊れた蛇口のようによだれをだらだら垂らしながら。人の能力を超えた嗅覚が、あれほど探し求めていた匂いを見つけると、何ものにも阻まれず駆け出した。




