12. 蜘蛛の呪い (6)
アルビトがどんな目に遭ったのかを知らない男爵は、ただ突然舞い込んだ幸運を喜ぶばかりだった。これで男爵家は借金を清算できるし、継続的に支援金を受けて村も発展させられるし、使用人たちにももっと良い待遇を与えられる。すべてうまくいったではないか。
呪いのせいで苦しんでいた令嬢も、飢えから解放されて理性を取り戻したおかげで、普通の生活を送れるようになった。結婚相手が決まったことで、もう他家が息子を送り込むこともなくなり、死者の数も減った。
『俺一人が耐えて踏ん張ればいい』
男爵はこれまでの苦労を思い出したのか、目元の涙を拭いながら、これからは良いことしか起こらないだろうと言って孫の肩を叩いた。そして幸福な奇跡の中で当然浮かぶ疑問を口にした。
「それにしても、うちは貴族とはいえ所詮は田舎の領主に過ぎんのだが。商会主殿はいったい何をそんなに気に入ったんだ?」
「ティアラお嬢様が直接私を指名されたんです。どうやら顔が好みだったみたいで。それに、私の能力も少しは商売に役立つようですし」
「そうか。まあ、うまくいったならそれでいいではないか」
取るに足らない地方貴族家の後継者から、莫大な富を持つ大商会の後継者へ。すでにこの知らせは急速に広まっており、多くの人々がアルビトの魅力を知りたがるだろう。男爵は故郷の領地経営は自分に任せておけと言い、ティアラと良い時間を過ごせと孫を気遣った。
「結婚式の日程はずいぶん急だが、私もそれまでここに滞在していいと言われたのでな。せっかくだから贅沢を味わわせてもらおう。お前の花嫁になるお嬢さんとも挨拶を交わさねば」
「外に席を用意してありますので、こちらへどうぞ」
心配とは裏腹に、ティアラは体が弱く家の中でだけ過ごしてきた純真な令嬢を見事に演じ、男爵の心を掴んだ。いや、考えてみればあながち間違いでもないのだから、演技というわけでもないのか。何より孫を好いている気持ちがよく伝わり、ヘルム男爵は安心した。
その日の夕方、カシオと晩餐を楽しんだ男爵は早々に眠りについた。結婚式までは屋敷内で不吉な出来事は一切起こらないので、その件について心配する必要はない。そしてティアラの願いとは裏腹に、彼女が母親と再会することもなかった。
使用人がヘルム男爵を支えて食堂を出た直後、カシオは葡萄酒を口に運びながらアルビトに外出を許した。
「アルビト。結婚式の前に、まずは私の妻に会ってきなさい」
「私一人でですか? もうティアラお嬢様も一緒に行った方がいいのでは?」
「手紙では報告しているが、まだ会いたくないそうでな。私としても、できればティアラを外へ出したくはない」
「パパ!」
「安定したのは最近のことだ。もう少し様子を見るべきだろう。人の多い場所で何か異変でも起きたらどうする」
「ママに会いに行くだけでもだめなの?」
「お前が会いに行くより、お前の母親がここへ戻ってくる方がいい。とりあえず君には会うと言っていたから、結婚式には出席するかもしれないぞ」
まさか断られるとは思っていなかったのか、ティアラは父の言葉を聞くと目に見えて落胆した表情で、花びらを食べ終えた皿を見つめた。アルビトにはカシオが妻に未練を持っているのかは分からなかったが、少なくとも嫌っていたり見捨てたりする人ではないと信じていた。
離婚せず別居を続けているのがその証拠ではないか。きっと相手も魔物への恐怖が大きいだけで、家族への愛情は残っているはずだ。本当に嫌っているなら、わざわざアルビトに会う必要もないだろう。
二日後の朝、ティアラはいつもと違って少し寂しげな表情で、母によろしく伝えてほしいと頼んだ。少しくらい我儘を言ってもよさそうなものだが、精神的に未熟なせいか、彼女は父の命令に逆らうつもりはなく、屋敷の外へ一歩たりとも出ようとしなかった。
「本当は、返事だって無理やり書いているだけじゃないかって。気持ちを知るのが怖いんです。だから会ってくれないのかもしれない」
「できれば結婚式には出席してほしいとお願いしてみます」
「いいえ。もしママが本当に嫌がっているなら、無理強いせずに戻ってきてください」
愛する家族と永遠に離れるのは寂しいことだったが、ティアラの表情は苦さから、アルビトへ向けた新たな幸福へと色を変えた。
「もう私のそばにはあなたがいるんですもの。わざわざママにすがる必要なんてありません」
婚約者に同情していたアルビトは、突然態度が変わったこと以上に、彼女の赤い瞳に映るねっとりとした威圧感に背筋が凍った。今は間違いなく人間そのものなのに、どこか魔物のように感じられるのは気のせいだろうか。
『かわいそうだと思っていても、こうして急にぞっとさせられるんだよな』
その薄気味悪い視線の奥に粘着質な執着を感じ取り、アルビトは努めてその視線から目を逸らして用意された馬車に乗り込んだ。そして、思ったよりもずっと早く到着してしまったことに驚かざるを得なかった。別居中の夫婦は、想像していたよりはるかに近い距離で暮らしていたのだから。




