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陽の昇る国  作者: とのぶんつ
魔宝石試験編
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第二次試験 -後編-

第二次試験 後編


 ――錦戸陽出(にしきど ひので)たちが魔物に襲われる30分ほど前。


 どこまでも、どこまでも静まり返る冷たい空気。命のきらめきを感じさせない闇の中に響き渡るたった一つの呼吸音。

 

「はぁ……、はぁ……。」


 息は上がっているはずなのに、胸は妙に静かだった。鼓動の音だけが、やけに遠い。

 あたりに飛び散る赤黒い塊と酸味を含んだ泥の臭い。その中央に佇む柴犬獣人の少年、木剣倫吾(きつるぎ りんご)

 小麦色の毛並みは深紅に染まり、滴る血が地面に黒い水溜まりを作っていた。

 倫吾は肩で息を切らしながら辺りを見渡す。ここがどこなのか、それすらあやふやだった。

 無数に散らばるパーティーメンバーの成れの果てに背を向け、ふらふらと倫吾は歩き出す。

 

「……ヒノ。」


 真っ赤な瞳に映るのはただ一つ。

 たった一つだけの大切なきらめきを道標にして。


 ――


 陽出はぐったりと倒れた魔物の腹を触る。

「……間違いないよ、中に人がいる!」

 叫ぶ陽出にミリカとマーヴェンは顔を見合わせる。

「た、食べられたって……。どうやって助け出すって言うんだい?」

 震えるミリカ。マーヴェンはひとつまみの沈黙の後、腰から何かを取り出す。

 鋭く先端の尖った小型の三本槍のようなもの。

「……あんま使いたくはなかったけど。」

 マーヴェンは三本槍に魔力を込め、力一杯振り上げる。


 ――ザクッッ!!


 魔物の腹に三本槍が突き刺さる。その刹那、切り口が青く光を帯びなら広がりはじめる。

「……そ、それって、魔法の杖?」

 思わず陽出の口が開く。

 使用者の魔力に合わせて作られる魔法の杖。まさかこんなところで見られるなんて。……と感動している暇もなく、傷口からドロドロとした液体とともに溢れてくる爛れた肉塊たち。

「……手遅れだったか。」

 突き刺さるような鉄と酸の臭いと、人の形を失った成れの果て。何者かであったはずの脆い骨とゴロゴロ転がる石の塊。

「石をぶつけて怒らせたんだね、この子たち。」

 ゆっくりとしゃがみこみ、己の手が赤く染まるのを躊躇うことなく、ミリカはそっと肉塊を撫でる。

 目の前に広がる血の海。眩暈がするほど居心地の悪いはずなのに、なぜか陽出はひどく冷静だった。


 ――本当にこれだけ?


 あの膨らみに対し、あまりにも量が合わない。試験開始時間から考えても、消化されるにはあまりにも早すぎる。

 それに――

 最初に触れたのは、もっと人の形をしていた。

 

「まさか……。」

 

 そこまで考えて陽出は叫ぶ。

 

「二人とも離れて!!」


 咄嗟の声掛けとともに、魔物の目が――開いた。

 ぎょろり、と。

 一瞬遅れて、瞳孔がぎゅっと細まる。

 死んだはずのそれが、こちらを見ていた。


 ――グルニャァァァァァア!!!!


 べちゃり、と。

 足元の血が、絡みついた。


「なっ……!?」

 持ち上げようとした足が、びくりとも動かない。

「なんだいっ、これ!!」

 鼓膜が震えるほどの咆哮と共に、凍りつく血の塊。

「う、動けねぇ……!」

 足やら尾鰭やらが固まり必死で抜け出そうともがくも、血の塊はヒビ一つ入らない。


 ――ニャァァァァァァオ!!


 再び巨体を持ち上げ唸り声を上げる魔物。その大きく裂かれた腹からは赤黒い泥が勢いよく噴き出てくる。

 


足元からせり上がる泥が、二人の身体を一気に呑み込む。


「ぐぁ――」


言葉の途中で、声ごと沈んだ。

 

「うわぁっ!」

 咄嗟に陽出は近くの木の上に飛び掛かる。


 ――ドドドドドッ

 

 木の幹が、背後で砕け散る。

 ほんの、紙一重だった。

「パ、パリッチさん!マーヴェンさんっ!」

 洪水のように溢れ続ける泥に、陽出の呼び掛けは連れ去られてしまう。

 陽出はごくりと唾を飲み込み魔物を見る。追い詰めたネズミを弄ぶかのように、ニヤリと口角を吊り上げる魔物。

「ど、どうしよう……。」

 ぐるぐるとかき混ぜるように、陽出はひたすら考える。また自分のせいで誰かが巻き込まれてしまった。急がないとまた誰かを失ってしまう。祖父の時のように。

 自責と焦りでごちゃ混ぜになりながら陽出は魔力を手に込める。

 

「あっち……行って!!」


 手のひらから放たれた光球は――

 一瞬だけ、希望のようにきらめいて。

 

 ぺしっ


 頼りなく魔物の額に当たった。

 

 ――ニャァァァアアゴ!!!!


 頼りない音とは裏腹に、怒号が森に響く。


「だ、だよねぇぇぇぇ!!!」

 魔物は自らが生み出した泥の川を掻き分け、陽出に向かって飛び掛かる。


 ――グルニャァァァァァア!!


 頭上には巨大な影とともにギラリとひかる鋭い爪。

 

「う、うわぁぁぁぁ!!!」

 ギュッと目を瞑ったその時――


「“アールグレイサイクロン“。」


 ――フニャァァァァアアア!!!


 聞き馴染みのある声と、爽やかなシトラスの香り。

 恐る恐る目を開けると、勢いよく吹き飛ばされる巨体と鮮やかに舞い散る琥珀色の茶葉。

「……無事か。」

 木陰の闇を割るように、幼馴染の倫吾が姿を現す。

「リンゴ……、なんで……っ。」

 美しくきらめく毛並みは、赤黒い泥に塗り潰されていた。

「なんでもいい。また来るぞ。」


 ――グゥゥ……、ニャァァァアア!!!


 魔物は咆哮を上げながら再び突っ込んでくる。

「やれやれ、泉の魔物(アイツ)と違って随分とワンパターンなやつだな。」

 倫吾は横笛を構える。

「ぼ、僕もたたかう……っ!」

 倫吾の隣に躍り出る。両手を構え、魔力を込める。

 自分でも驚いていた。相変わらず膝はガクガクと震えているのに。早く二人を助けたい気持ちが背中を押していた。


 ♪♪〜♫


 横笛から奏でる旋律が、倫吾の持つ茶葉に魔力を乗せる。


「“トリックダージリン“。」


 音色に合わせて茶葉が宙を漂い始める。


「……やぁっ!」


 陽出は魔力を両手に込め、力を溜め始める。これまでずっと練習してきた岩を動かす魔法。一度も成功した試しはないが、魔物を倒すにはこれしか方法がない。

「俺がアシストする。君は魔物を吹っ飛ばすことだけ考えればいい。」

 倫吾は再び笛を構える。


 ♪♭♪〜♫


「……“=セカンドフラッシュ“。」


 ダージリンの茶葉がオレンジ色へと光り、熟した香りが陽出の周りを包み込む。

「力が……みなぎってくる。」

 陽出はギュッと拳を握り、魔物へ向ける。


 ――グルニャァァァァァア!!!


 覆い被さるように突っ込んでくる魔物目掛け、陽出は力いっぱい魔力を解き放つ。


「ぶっ飛べぇぇぇぇぇ!!!!」


 その刹那、魔力のきらめきは大きな星の塊へと変貌し、勢いよく魔物に突撃する。


 ――グニャッッ!?


 星の塊は魔物の胸腹部に突き刺さり、そのまま勢いよく貫いた。


「ぬぅぉぉぉぉぉあああああ!!!」


 全身の力を込め、陽出は魔力を思い切り押し込む。


 ――ニャ……ガ……ァッッ


 眩いきらめきに包まれながら、魔物は木々をかすめ空の彼方へ吹き飛ばされる。

 そして――


 ――ドォォォーーーーーンッッッ


 大きな爆発音とともに離散した。


 ――スゥゥ……


 泥の川は一斉に黒いモヤへと変化し、跡形もなく消え去る。

 泥の跡には飲み込まれたミリカとマーヴェンが倒れていた。

「パリッチさんっ!マーヴェンさんっ!」

 急いで二人の元へ駆け寄る陽出。

「ん……。」

 意識はないが、二人とも息をしている。

 よかった、助かったんだ。陽出は胸を撫で下ろし、へなへなとその場に座り込む。

 己に触れた手は震え、冷たい汗がぐっしょりと滝を作っていた。

「こ、怖かったぁ……。」

 つい先程まで起こっていたことを思い返して大きな白い息を吐く。

 一歩間違えればパーティー全滅、紙一重の戦いだった。忘れていた現実が一斉に陽出の背筋を駆け巡る。

「……倫吾がいてくれてよかったよ、ありがとう。」

 そう言って振り返る。が、その先は暗く広がる森の中。さっきまでそこにいたはずの幼馴染の姿は、音もなく消え去っていた。

「……倫吾?」

 名前を呼んでも、幼馴染の優しい声が返ってくることはない。

 森は、何事もなかったかのように静まり返っていた。


 ――


 その後の記憶は曖昧だった。

 気づけば、陽出たちは王宮のホールへ集められていた。

 黄金色の装飾が、眩くきらめいている。試験を終えた陽出たち三人は他の受験者とともに集められていた。

「俺たちが魔物にやられた後、お前どうやって倒したんだ?すげぇよ、ほんと。」

 マーヴェンは湿った腕で陽出の肩を組む。その重さに肩をびくりと揺らしつつ、陽出はぽりぽりと顔を掻く。

「ぼ、僕だけじゃないよ。近くにいた友だちが助けてくれたんだ。」

 苦笑いする陽出に対し、ミリカとマーヴェンは顔を見合わせる。

「友だちって言ったって、あんたの他に誰もいなかったじゃないか。」

 首を傾げるミリカに陽出は肩をすくめる他なかった。

 紹介したくても何故か周りに彼の姿は見当たらない。魔物に殺された……なんてことは無いとは思うけれど。

 ホールを埋め尽くすほどいたはずの受験者の数はまばらになっており、ホールの広さを思い知らされるほどになっていた。

「きっと、無事だよね。」

 ギュッと拳を握ったその時。


 ――パッ


 突如として、ホールの灯りが一斉に消え去る。

 困惑の広がる会場内、それを制するかのように天井から魔法陣が現れる。


「諸君、大義であった!!」


 低い声とともに、黒いモヤが魔法陣から溢れ出した。


「改めてラバニ・バビットだ。現時点をもって、諸君に第二次試験通過を通達する!」


 黒いモヤが黒ウサギの獣人へと姿を変え、高らかに声を上げる。

 一瞬の沈黙とともに小さなざわめきが起こる。


 ――えっ、なになに、合格ってこと??


 ――いや、まだ何かやらされるかもしれんぞ?


「そりゃあ、あんな風に突然第二次試験が始まったんだ。そんな反応になるわな。」

 ミリカは半笑いで宙に浮くラバニに目をやる。


「えぇい、諸君の合格をここに宣言する!」


 ラバニの一声に沈黙が訪れる。そして。


 ――やったぁぁぁぁぁ!!合格だぁぁぁぁ!!


 老若男女問わず、一斉に肩を並べて歓喜の声を解き放つ。


「諸君よ、実に素晴らしい試験であった!力ある者こそ魔宝石の所有する権利を得るのだ!」


 ――みんなで合格できてよかったね!


「……中には飛び抜けた魔法を扱う者もいた。まるで天使の祝福のようであったぞ。」

 

 ――魔宝石、どんなのがもらえるのか楽しみだなぁ!!


 一同、大喜びで誰一人としてラバニの話を聞いていない。ラバニは青筋を立てながら拳を握る。


「ええい静まれ静まれぃ!!」


 黒い雷がホール全体を駆け巡り、一同が静寂に包まれる。

 ラバニは肩で息をしながら叫ぶ。


「この後、女王陛下直々に魔宝石授与が行われる!!このまま待機せよ!!」


 そう言って再び魔法陣を召喚し、黒いモヤに包まれながら消えていった。

 再びホールの中の火が灯り、光に包まれる。

「なんか……、不憫なやつだったね。あいつ。」

 乾ききった笑みを浮かべながらミリカはつぶやく。

「ま、とりあえず合格ってことだろ?俺らすげぇじゃん!」

 陽出とミリカの肩を寄せ、マーヴェンはニカッと笑う。

「あんたってほんとお気楽だねぇ、あたしたちが気絶してるうちに全部終わってたじゃないの。」

 ため息をつくミリカ。しかし、その瞳はオレンジ色にきらめいていた。

 楽しそうな二人をよそに、陽出の不安は雪のように積もる一方だった。

 ここに倫吾がいない理由は――嫌でも、想像がついてしまう。

 試験中に見かけた生首、そして様子のおかしかった幼馴染。よくないことばかり考えてしまう。

 

「なにぼーっとしてるんだ、陽出?」


 ハッと顔を上げると爽やかに笑うマーヴェン。褐色の手がそっと陽出に差し出される。

「みんな玉座の間へ行くらしいぜ?俺たちも行くぞ。」

 ミリカも微笑みながら頷く。

 周りを見るとぞろぞろと出口に向かって皆歩き出していた。

「う、うん。」

 陽出は手を取り、二人の後へ続く。ふっと、灯りが一つ消える音がした。


 ――


「陛下、受験生も集まり式典の支度が整いました。」

 

 厳かな大部屋の中、ラバニは目の前の主人に跪く。金色にかがやく装飾品の中央に腰掛ける貴婦人は、ティーカップを片手に小さく微笑む。

「あら、随分と早いのね。祝辞はもういいの?」

 貴婦人の問いかけに、ラバニは罰が悪そうに目を逸らす。

「……へ、陛下をお待たせする訳には行きませぬゆえ。」

 ラバニを見下ろしながら上品に笑い、貴婦人はそっと窓に目を向ける。

「今年の試験は随分と面白いものだったわ。私が“喚んだかの少年”も……ふふ、期待以上ね。」

 ティーカップをそっと机に置いて立ち上がり、扇子を仰ぎながら優雅に歩き出す。歩くたびに太陽のような紅いドレスがかがやきを放つ。

 

「ところで……。」

 

 ふと、扉の前で立ち止まる。日光のように温かい瞳は、紫外線のように鋭く変わる。

 顔を扇子で隠しながらラバニに目を向ける。

 

「一匹、招いた記憶のない“羽虫“が紛れ込んだみたいなのだけれど。何か知っているかしら。」


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