第十二話 選定
きらびやかな金の装飾と、鮮烈な紅のカーペット。魔宝石試験を合格した錦戸陽出は、他の受験者と共に玉座の間に並んで立っていた。
「にしてもでっかい広間だねぇ……、歩けど絢爛豪華なお飾りばかりじゃないのさ。」
ミリカ・パリッチは泥で汚れたロングスカートを持ち上げながら、天井やら壁やらに目を細める。
「まさに太陽の国、どこもかしこもギラギラだぜ。」
ストールを尾鰭と一緒にたなびかせ、ひらりと宙を泳ぐマーヴェン。
「ははは……。」
渇いた声を漏らすも、陽出の口から言葉は続かなかった。
隣に木剣 倫吾がいない。こんなこと今まで初めてだった。何をするにもずっと一緒だった幼馴染がいないこの状況が。
「おい、表情硬いぞ。」
ふと、陽出の首に丸太のように太い腕が巻き付く。
「うひゃっ!?」
不意に高い声をあげて飛び上がる。そんな陽出をよそにミリカはクスクスと笑う。
「驚きすぎだよ。でも、肩の力は抜けたね。」
笑いかける二人をキョトンと見つめる陽出。ふと、手の中にはヒヤリと冷たい汗が握られていたことに気がつく。
「あ……。」
周りを見渡すと、同じように緊張している趣の青年や堂々としている少女。そして、ミリカとマーヴェン。
――そっか、ひとりじゃないんだ。
ふっと、肩の力が抜ける。
大丈夫、リンゴにもきっとすぐに会える。そう思わなければ、立っていられなかった。
「女王陛下の御成ですッ!!」
玉座の側に立つ家臣が叫び、けたたましくトランペットの音が空気を振るわせる。
緑色の魔法陣が浮かび上がり、黒い煙が勢いよく舞い上がる。
「こっ、この演出っ!何とかならないのかい!?」
ロングスカートを押さえながら、ミリカは歯を食いしばって膝に力を入れる。
黒い煙は辺りに突風を撒き散らす。しかし、今までとは違い、煙は光を放ちながら勢いよく散っていく。
「あら、今年の合格者はずいぶんと多いのね。」
ひだまりのような優しい声。太陽のように輝くドレスを身にまとい、微笑む白髪の女性。
隣に並んで現れた黒ウサギの獣人、ラバニ・バビットは大きな箱を抱えながら咳払いをひとつ。
「皆の者、控えよ。こちらにあらせられるのは――」
ラバニの声が低くホールを支配する。
「大陸結界中枢国、太陽の国を統べる御方、アマルフィア様であるぞ!!」
にっこりと微笑むその佇まいは太陽そのもの。受験生は皆自ずと跪く。
まるで体がそれを望んだかのように。
陽出も例外ではなかった。今まで取ったこともない姿勢を他と同じように並んで動いた体に驚いていた。
「皆さん、お顔をあげてください。私は今日、皆さんの魔宝石を選定する者としてここに立っています。」
高らかに響く艶やかな声。
アマルフィアは受験者の顔を眺めながら、そっと手を横に振る。
それに応えるように、ラバニは抱えた箱の蓋を開ける。すると、勢いよく何かが受験者一人一人の手元へ降り注ぐ。
「なんだこれ?」
マーヴェンは手元に渡った黒く小さな結晶を掲げ、首を傾げる。
「……なんか、見たことあるような。」
手のひらに乗るゴツゴツとした小さな石。これと同じものを見たような……。
「今、諸君の手元に贈られたものこそ魔宝石の元となるもの、魔鉱石のかけらである!」
ラバニの叫び声と共に、アマルフィアは両手を掲げる。
「皆さん、私に魔鉱石を掲げてくださいな。魔宝石へと覚醒させましょう!」
一同、高々と魔鉱石を天に向ける。
それを見届けたアマルフィアは、優しく微笑む。
「“マーベラス・サンシャイン“!!」
呪文と共に、アマルフィアの手から眩い光が溢れ出す。それに呼応するかのように受験者たちの魔鉱石が光り出す。
「なっ、なんだいっ!ちっ、力が吸われる……っ!」
咄嗟に叫ぶミリカ。
彼女だけではない、魔鉱石はアマルフィアの魔法に反応し、受験者それぞれの魔力を吸い取られるような――いや、“削り取られる“ような感覚だった。
「皆の者、儀式が終わるまで魔鉱石を掲げ続けよ!魔宝石が覚醒するまで決して腕をおろしてはならぬ!」
ラバニの低い掛け声とともに、受験者たちの呻き声や悲鳴が響き渡る。
「ぐぁぁあ……!」
「腕が……っ、千切れる……っ!」
阿鼻叫喚が場内を支配する。
「ぬぅぁぁっ!」
陽出も例外では無かった。指先から全身にかけて血を抜かれていくかのような鋭い痛みに、意識を保つだけで精一杯だった。
カッ――
その刹那、強い閃光が陽出の魔鉱石から放たれる。
「えっ……?」
まばゆいきらめきを放ち、場内を温かく包み込む光りは黄金色の宝石へと姿を変え始める。
「あら、やっぱりあの子が一番乗りなのね。」
アマルフィアは目を細めて笑う。
「えぇ、想定通りに。」
ラバニも瞬きひとつせず頷く。
――ピカッ
陽出の魔鉱石に呼応するかのように、次々に他の魔鉱石も光を放ち始める。
「オ、オレたちのも光り出したぞ!」
マーヴェンとミリカの魔鉱石も強い光を放ち出す。
「おめでとう。貴方たちはたった今、魔宝石を手にしました。これで立派な魔導士の仲間入りです。」
アマルフィアの祝福を合図に、受験者一同の歓喜の声が溢れかえる。
「一時はどうなるかと思ったけど……、結果何とかなってよかったよ。」
落ち着いた声で言うも、ミリカは嬉しそうに炎のようにきらめくオレンジ色の魔宝石をかざす。
「終わりよければ全てよし、だろ!これでオレも……!」
海を写したかのような青い魔宝石を握り、マーヴェンもニッと笑いかけてくる。
陽出は手のひらに現れた魔宝石を見つめる。
金色にきらめく魔宝石。ずっと手にしたかったはずなのに。祝福してほしい家族はいま、誰もいない。
祝福に包まれた会場内、陽出だけ心の中に風が吹いているような気がした。
――
翌朝、陽出は再び、一人きりで王宮に訪れていた。祖父、浩宇の見舞いに来るためだ。
案内されたのは相変わらず、城の中のはずなのにだだっ広く広がる庭の中。小屋の中で穏やかに眠る浩宇は変わらず寝息を立てていた。
「ねぇおじいちゃん。僕、試験に合格したんだよ。」
手を握り話しかけるも、浩宇は静かな呼吸音とわずかな熱を手のひらから返すだけだった。
浩宇が倒れてからもう二ヶ月、魔力不足と診断されずっと点滴を打たれているのにいまだ目を覚ます様子は無かった。
魔物との戦いによる後遺症なのか、はたまた治療がうまくいってないのか。陽出には分からないことばかりだった。
「倫吾が……、助けてくれたんだ。また、助けてもらったんだよ。……なのに。」
涙が溢れないように、歯を食いしばりながら声を絞り出す。
あれから倫吾と会えぬまま。家に一度帰ったものの、結局朝になっても帰ってこなかった。
「おじいちゃんも……、リンゴもいない家は寂しいよ。……早く目を覚ましてよ。」
祖父の右腕に縋るように突っ伏する。あのカラカラとした笑い声も、陽だまりのような優しい言葉も、どこにもなかった。
《うんうん、涙ぐましいですねぇ。》
突然部屋にこだまする低い声と、床一面に大きな緑色の魔法陣。
こちらが振り向く隙もなく、部屋中に突風を撒き散らしながら黒い煙が浮き上がる。
「病に伏せた祖父と意志を継ぐ孫、うーん、素晴らしい!今回の魔宝石試験は大成功と言えるでしょうな。」
黒い煙は離散し、ラバニが姿を現す。陽出は顔を拭い、静かに振り向く。
「おや、あれほど怯えていたのに随分と勇ましくなって。あの野良犬は……戻らなかったのかね?」
冷ややかに鼻を啜る黒ウサギに、陽出はぴくりと目をしかめる。その様子すら面白いのか、ラバニは口角を三日月のように吊り上げる。
「……戻ってくるよ。リンゴは必ず。」
その星空のような瞳はまっすぐと、ラバニを見つめていた。
「美しい瞳の持ち主だな、君は。」
くるりと向きを変え、ラバニはスタスタと窓際にもたれる。そして、胸ポケットから己の持つ緑色の魔宝石を取り出す。
「魂を削られた自覚はあるだろう?……あれが魔宝石だ。君の魂は、なかなか美しい光をしていたよ。」
ラバニの魔法石が深い緑色に怪しくかがやく。
「君はいったい、魂の奥底から何を削り取られてそのかがやきを生み出したのだろうな。」
陽出は手のひらできらめく金色の魔宝石を強く握りしめる。
彼が何を言いたいのか、何を考えてるのか皆目見当もつかなかった。
「……何が目的なんですか。」
詰まる息を絞り出すように問いかける。
「……あの場で回収してもよかったがね。人目が多すぎる。」
ラバニは目を細め、口角からギラリと白い歯を露出させる。
「簡単な話だ、この国に貢献なさい。」
ツカツカと足音を立てながら陽出の元へ歩み寄る。釣られて陽出も思わず退く。
「え……。」
目の前の黒ウサギが何を言っているのか理解できなかった。そんな陽出を置いてけぼりに、ラバニはつらつらと言葉を並べる。
「君が引き当てたその色……、やはりトパーズか。王族ですら長いことお目にかからなかった代物だ。」
ぐいっと顔を魔宝石に近づけて、ニヤリと笑う。その大きな影に陽出は隅へ追いやられ、逃げ場をなくす。
「“ただの出来損ないでいる権利”はすでに剥奪されているのだよ。」
黒く細長い毛むくじゃらな指を陽出の胸に突き刺し、ラバニは酷く冷たい声で言い放つ。
「これは命令だ。貴様の祖父を守りたくば国のためにその力を捧げるのだ。」
陽出はまっすぐとラバニを見上げる。紅く濁った瞳は血のように生臭く、歪んでいた。
「それとも、拒むのか?」
地獄の底から這い上がるような声だった。
一瞬の沈黙。しかし、ラバニの眼差しは紅くかがやき、陽出の頭の中は、霧がかかったかのように思考がまとまらない。
逃げたくても体が言うことを聞かなかい。陽出は無意識に首を縦に動かす。訳もわからず頷くことしかできなかった。
すると、ラバニはニヤリと笑い再び陽出の胸に緑色の魔法陣を召喚する。
「ぐぁぁあ……ッ、あぁぁぁぁぁッッ!?」
魔法陣は紅い眼の形を描き、陽出の胸の中に刻まれる。
まるで胸を灼熱を帯びた鉄で貫かれたかのような激痛が走り、膝から崩れ落ちる。
「貴様のそのかがやき、消してしまうには口惜しい。せいぜい国に役立てるのだな。」
痛みだけでは無い。加えて“何かが書き換えられていくような感覚“が胸の中で蠢いていた。
「貴様はこれで王国の所有物だ!」
ラバニは高笑いをしながら指を鳴らす。
足元に魔法陣が召喚され、黒いモヤに勢いよく包まれる。そして、あっという間に吸い込まれていく。
《どこへ行こうと逃げられまい!祖父の命は常に我々が握っていることを忘れるな!》
再び静寂が部屋の中に支配される。陽出はそっと、服を捲り胸をのぞく。
そこには先ほど刻まれた紅く禍々しい目玉の紋様。陽出はただ、呆然とその場に座り込む。
何も考えられない。耳障りな自分の呼吸音だけが、やけに大きく響いていた。




