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陽の昇る国  作者: とのぶんつ
魔宝石試験編
10/12

第十話 第二次試験 -前編-


 【問48:魔宝石の性質について書き記せ】


「魔宝石の性質……、同じ宝石でも所有者によって大きく変わり魔法の形態にも大きく関わる……。」

 錦戸陽出(にしきど ひので)は万年筆を必死で動かす。握る筆は汗で濡れ滑りそうになるのをひたすら抑えながら紙に食らいつく。

 魔宝石試験の筆記試験も佳境を迎えていた。例年通りなら全50問、なんとか全問到達できそうだ。


 【問49:魔宝石と己の魔力を共鳴させる術について書き記せ】


「魔道変幻……、魔力を身にまとい魔宝石の力を引き出す……。」

 どれくらい時間が立ったのだろう、最終問題まであと一問というところまで辿り着いた。


【問50:魔宝石の覚】


 ――キィィィィン


 あと一問、というところで突然つんざく音が耳の中に響き思わず耳を塞ぐ。


 ――ブォン


 緑色の魔法陣が陽出の足元に現れ、嵐のような黒い煙に包まれる。

「まっ……またっ!」

 あっという間に闇の中へ包まれ、風圧に押しつぶされそうな感覚にギュッと目を瞑る。

 恐る恐る目を開けると、今度は薄暗い森の中。

「……どこだろ、ここ。」

 周囲を見渡すと、木の陰にもたれかかっている色白で赤髪の少女。そばの水辺には、上半身だけ身を乗り出し倒れている褐色でターコイズのような鮮やかな青髪の青年。

「え、え、どういう状況なのこれ。」

 陽出がおろおろとしている間に少女の方が目を覚ます。「うーん……、あったま痛い……。」

 額に手を当て首を振る少女。赤い髪の毛は後方からポニーテールに束ねており、ゆらゆらと揺れている。

「ん、アンタも受験生?どこなんだいここは。」

 長いロングスカートの土を払うように手で叩きながら少女は辺りを見渡す。突然話しかけられ、陽出は肩を震わせながら勢いよく首を横に振る。

「ぐぅ……、あ、あれ?ここは?」

 水辺に倒れていた青年も目を覚ます。濡れた褐色の肌は大きな筋肉に覆われ、首元からストールを垂らしている。青年は頭に巻いた黄色いヘアバンドの位置を整えながらキョロキョロと辺りを見渡す。

「なんだい、まだ他にもいたのか。突然出口のない部屋に入れられたと思ったら今度は森の中かい。全くどうなってんだこの試験は?」

 少女は頭を掻きむしりながら叫ぶ。青年は濡れた手で額を拭いゆっくりと岸に身を乗り出す。

「えっ……。」

 現れたのはコバルトブルーにきらめく尾鰭。鱗一つ一つが光を跳ね返していた。

「ん、なんだお前。人魚見たことねぇのか?」

 青年は尾鰭をひらひらと動かしながら陽出に問う。

「い、いや。そう、なんですけど……。」

 よく考えたら、今更驚くまでもないことかもしれない。陽出はまじまじとその姿を観察しながら頭を掻く。


 ――第一次試験、ご苦労であった。


 再び脳内に低い声が響く。


 ――続いて第二次試験に移る。貴殿らに科す課題は一つ、魔物一体を戦闘不能にせよ。なお、パーティー全員の生存を合格条件とする


「魔物……?」

 三人揃って首を傾げる。

「っていうか、一次試験あれで終わりなのかい?随分と向こう都合で進む試験なんだね。」

 赤髪の少女は腕を組みながら吐き捨てる。

「それよりパーティーってなんだ?俺ら三人のことか?」

 人魚の青年が口を開いた瞬間、それぞれの右手首に何やら紋章が浮かび上がる。三人揃って金色にきらめく星型だ。

「……同じパーティーの証、なのかな。」

 ぼそりと、陽出がつぶやく。それ以外のヒントがない以上、そう考える他ない。

「まったく、何もかも説明が足りてないよ。結局なんだい?魔物一体ってなんだ、小ぶりのやつでも倒せば合格なのかい?」

 少女は額に手を当てため息をつく。

 鼠色の空は重く冷たく、ジメジメとした空気を閉じ込め続けている。

「こうしてても何も始まらねぇし、行こうぜ。」

 人魚の青年はふわりとストールをたなびかせ、宙を泳ぐように体がふわりと浮き始める。やれやれと首を振りながら少女もその後を続く。

 陽出は張り付いた表情筋を抑えながら最後尾を歩く。それ以外の方法を陽出は思いつかなかった。


 ――


 どれだけ歩いただろうか、一行は魔物どころか他の受験者にすら遭遇しないまま道なき道を進んでいた。その間に会話はほとんどなく、息苦しい沈黙が続いていた。

「なにもいねぇな。」

 短い会話の切り目は、あっという間に静寂で塗りつぶされる。もう三回はこのやりとりを繰り返している。いい加減、限界が近い。

「あ、あの……っ!」

 思ったより大きな声が出た。陽出の声に近くに止まっていた鳥が一斉に飛び上がる。

「なんだい?そんな大きな声を出して。」

 少女が呆れた顔して振り返る。

「え、えっと……。自、自己紹介が済んでなかったよなって。」

 仰げば霞んでしまうような声。少女の呆れ顔がどんどん重くのしかかる。

「ぼ、僕……っ、陽出……っ!……っていいます。」

 しゃくり上げるように吃る声。僧帽筋は必要以上に働き首が縮んでしまったかのようだ。少女は突っ込むのも疲れたのかやれやれと首を振る。

「……ミリカ。ミリカ・パリッチだ。」

 ミリカはスカートを翻し、木の根を飛び越える。

「オレは……、マーヴェン。」

 木の枝を器用に交わしながら宙を泳ぐマーヴェン。ぎこちない空気がより一層張り詰めるのを感じる。


 ――どうしよう、助けてリンゴ……っ!


 心の中で幼馴染に必死で助けを求めるが、返事は湿った風しか受け付けてくれない。足取りのように重く鈍い空気に陽出は汗を流す。

 せめて魔物の一匹くらい現れてくれればまだ救われるというのに。


 ――コツン。


 陽出のつま先が何かにぶつかる。石ころでも蹴ったかなと足元に目を映す。

 黒い毛むくじゃらにべっとりと地面を濡らす深紅。

 

「ひっ……ひゃぁぁああああ!!」


 森全体にこだまするかのような陽出の高い声。陽出は勢いよく仰け反りながら尻もちをつく。

 死体だ。しかも首から下がもげており胴体が無い。

「な、なにごとだいあんた……っ!」

 駆け寄ってきたミリカの顔がみるみると青くなる。死体の目はあさっての方角をさしており、よほど遠くから飛ばされてきたのかベコベコにへこんでいた。

「……そこまで時間が経ってなさそうだな。こいつ受験者か?」

 頭部を観察するマーヴェンは顎に手を当て呟く。無惨な姿を晒す生首はぴくりとも動かないものの、雄弁にこの先の危険を語っていた。

 これから自分達もそんな魔物を相手にしなくてはならない。その事実に陽出は震える膝を抑えられずにいた。

「ほら、行くよ。ここまできた以上進む他ないんだ。」

 青白い手を差し出すミリカ。その顔は生気がなく息も凍えていた。抜けた腰を奮い立たせ、足を引きずる陽出。

 命懸けの試験を生き残るには進むしか道は残されていなかった。


 ――


 どれくらい歩を進めたのだろうか、森の中は暗闇のグラデーションに閉ざされていくばかり。風は音を遮り、息は喉を締め付ける一方だ。

「随分進んだのに何も出てこねぇんだな、ほんと。」

 ふよふよと浮遊するマーヴェンは尾鰭で円を書く。

「全く、あんなもの見た後でよく平然といられるね。人魚ってのは頭の中までお気楽なのかい?」

 震える声は白くたまり、ミリカの胸元で散っていく。鉛のような空気が更に重くなるのを陽出は感じていた。

 ――全員生き残って魔物を倒す。聞こえはいいが、ここまで魔物一匹見つからない。しかも制限時間すら分からないこの状況でパーティー全員が不合格になってしまう可能性もあるのだ。ミリカが焦る気持ちもわかる。

「……なんだろう、この感じ。」

 ポツリと陽出は呟く。この冷たく暗い森の中、終わりの見えない獣道。見たこともない草木、来たこともない場所であるはずなのに。

 何より、誰かに監視されているかのような不気味さがまとわりついてくる。

「……来たな。」

 ふと、マーヴェンが立ち止まる。空気は依然しんと静まり返り、命の気配一つは感じられない。

「ちょっと、来たって何が……。」

「静かに。」

 身を乗り出すミリカを太い腕で静止するマーヴェン。

 しんと突き刺す冷たい空気に震える木々の葉、それらが一気に――


 ――グルニャァァァァァア!!!


 塊のような巨大な雄叫びが勢いよく森の中を駆け抜ける。葉がぶつかり合い一斉に泣き叫ぶかのようにざわめく。

「あ……、あぁ……!」

 陽出は思い出す、あの日の恐怖を。まるで追体験するかの如く差し迫る脅威に震えが止まらなくなる。


 ――バキッ、バキバキッ


 大木をちぎるようにそれは現れる。

「なんだいコイツ……!こんなでかい魔物見たことないよ……!?」

 ミリカはスカートを掴み仰け反る。見上げた先には自分たちの背丈を足してなんとか届きそうなほど大きな姿。毛むくじゃらな体、そして闇に光る金色の瞳。


 あの日見た化け猫の魔物と瓜二つだった。


「グルニャァァァァァオオッ!!」


 黒く歪んだモヤを宙にばら撒きながら、つんざく咆哮を森全体に響かせる。ビリビリと全身の神経を揺るがすそのオーラが、自分たちの平常心を削る。

「はぁっ、はぁっ……!」

 絞り出すような呼吸に胸を抑え、震えながら立つことしかできない陽出。脳裏によぎるはあの日の悪夢。目の前に立ち塞がる恐怖に陽出は頭の中が真っ白になる。

 逃げないと、逃げないといけないのに。

 足に力が入らず、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

「何してるんだ!ほら、逃げるよッ!」

 咄嗟にミリカは陽出の手を掴む。

 我に帰った陽出は二人とともに脚をぎこちなく動かしていた。差し迫る身の危険に三人は背を向ける他なかった。


 ――


「はぁっ、はぁっ……!」

 どこまで走ったのだろうか。陽出たちがどれだけ森の中を駆け抜けても、空を覆う生い茂る黒い葉は重く深く絡み合うばかり。


 ――グニャァァァアオ!!!


 いまだ化け猫の雄叫びは背後から響き続ける。しかし、いくら走れど出口は見つからない。

「くそ、やっぱり迎え打つしかないんじゃねぇの?」

 振り返るマーヴェンにミリカは叫ぶ。

「迎え打つって、武器もないのにどうやって!石でもぶつけて余計怒らせるつもりかい!?」

 争う暇もなく、化け猫の気配はすぐそこまで迫ってくる。


 足元の太い根に気づくのが一瞬遅れた。


――ガッ


 ミリカの足が引っかかり、そのまま勢いよく地面に叩きつけられる。

「お、おい!しっかりしろ!」


 ――グルニャァァァァァア!!!


 茂みの奥から化け猫が再び姿を現す。目は金色にらんらんと光り、大きな牙の隙間からは涎が垂れていた。

「……くそ!」

 マーヴェンは両腕を近くの倒木に手のひらを向ける。

 

「これでもくらいやがれぇぇぇ!!」


 倒木は音を立てて浮かび上がり、矢のように化け猫目掛けて飛び込んでいく。


――グニャォォォオオオ!!!


化け猫の身体がぐにゃりと歪む。

硬いはずの倒木は、そのまま泥に沈むように飲み込まれ、力なく地面へと落ちた。

 ドシンッッと地面に落下する倒木をよそに、化け猫は三日月のように笑う。


「くそ……っ、そう簡単にはやられてくれねぇか。」


 拳を握り、マーヴェンは化け猫を睨む。

 陽出はぐるぐると回る頭の中で、どこか冷静に考える自分がいることに気がついていた。


 ――あの時と同じだ。

   逃げるだけで終わった、あの時と。

 

 暗い森の中、自分を襲う化け猫の魔物。逃げ回る現状が明らかに自分が経験した出来事に似すぎている。

「だめだ、勝てないよ……。はやく、逃げないと……くッ!」

 転んだ時に挫いたのだろう、立ちあがろうとするミリカの足は赤く腫れていた。

「そんな足じゃ走れねぇだろ!それにこのままじゃ全員犬死にだ!」

 マーヴェンの唸る拳も微かに震えていた。

 陽出は目の前の二人と魔物を交互に見やる。また、自分が一番守られている。誰かの足手纏いでしかいない存在、今までと何も変わっていない。

「そんなこと……ない、僕だって……ここまで来たんだ。」

 陽出はキョロキョロと周りを見渡す。ふと、少し離れた先に青く垂れた蔦を見つける。

「そ、そうだっ!」

 陽出は手を空高く上げ立ち上がる。

「こっち!こっちだよ!」

 そのまま魔物に背を向け走り出す。獲物が逃げると思ったのか、魔物は狙いを変え陽出に向かって突撃する。

「お、おい!」

 マーヴェンの静止を待たずに取り残される二人。

 陽出は蔦に向かって魔力を放つ。


 ――カッ


 青く垂れていた蔦が、内側から閃光を放つ。強い光に魔物は目をくらませる。

「えぇぇい!!」

 陽出は蔦を魔法で引っ張るように揺らす。


 ――ミシ……ッ、ミシッ


 吊るされた大きな蔦は音を立てながら揺れ始める。


 ――グルルル……、フニャァァァァ!!


 魔物は戯れるように蔦へ飛びかかる。まるで、猫じゃらしの虜になるかのようだった。

「いまだ……っ、それっ!」

 蔦をそのまま一気に魔物へ巻きつける。不意をつかれた魔物はジタバタと暴れ、更に蔦は絡みついていく。


 ――グルニャァァァァァゴ!!


 魔物は四肢の自由を奪われ、みるみるうちに大人しくなっていく。

「す、すげぇ……。」

 遅れてやってきたマーヴェンは感嘆の声を漏らす。

「え、えっと。“戦闘不能にする”ってことは無理に倒さなくてもいいってこと……だよね?」

 ちらりと二人の方を見ながら陽出は頬をかく。目を丸くさせたミリカは生唾を飲む。

「……あんた、えらく冷静だけど。初めてじゃないのかい?」

 力なく横たわる魔物から目を伏せるように陽出は笑う。

「……偶然だよ。相手にするのだって初めてだし。」

 肩をすくめながらも、陽出の中の違和感は大きくなる一方だった。あまりにもあっけない。まるで何かを隠しているかのよう。

「もしかして……っ!」

 咄嗟に陽出は魔物の腹を弄る。胃のあたりに残る明らかな硬く温かな感触。

「……これ、」


 指先に触れた感触は、生温かかった。


「誰か……、食べられてる……っ!」

 

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