第140話 システムの超越者
玉座の下から現れた薄暗い通路。そして魔王城に似つかわしくない、どこかで聞いたことがあるような安っぽい軽快な音楽。
そのリズムにのって、何者かがノリノリで歩いてくる。
(なんだ!? 新手か!? まだログアウトさせてくれないのかよぉ! 今のキョウは瀕死なんだ、頼むから強い奴はやめてくれ!)
「違うニャ! 本来は魔王がラスボスのはずなのニャ! あんな奴、データに存在しないのニャ!」
天井から、無駄に眩しいスポットライトが当たり、通路を歩いてきた人影の姿が顕になった。
赤いガウンを羽織り、フードを目深に被っているため、その表情は伺えない。
「え、あいつなんなのニャ!? 世界観がバグってるニャ!」
その、ファンタジー世界から一光年もかけ離れた姿の男は、音楽のリズムに合わせて、ボクサー気取りでシャドーをしながら歩いていた。
(動きのキレ……まさか、手練れか!?)
その男がキョウの目の前まで到達したとき、突然音楽がブツッと鳴り止んだ。
そして、ガウンをバサァッと剥ぎ取り、両腕を高らかに上げた。
「「「オォォォォォ!!!」」」
天井のスピーカーから、明らかに音質の悪い歓声(録音)が流れた。
現れたのは、黒いラッシュガードに白いショートパンツの男だった。
肩まで伸び切ったボサボサの髪と、引きこもり特有の青白い顔。力を感じさせないもやしっ子のような身体に纏った黒いラッシュガードには、白のマジックで『超越創造主』という文字が手書きで書いてあった。
(……は? 誰だこいつ? ダサい……なんか明らかに魔王よりも弱そうなんだけど?)
理解できない状況に、京介も信徒達も、ポカーンとしていた。
到底裏ボスとは思えない見た目の、その格闘家気取りの男が、手にしていたマイクを構えると、天井付近から、「キィィィィンン!」と不快なハウリングが聞こえてきた。
カラオケボックス並みにエコーがかかったマイクで、その男が気持ちよさそうに叫びだした。
「よくここまでたどり着いたなぁあぁあぁ、ウガ夫ぉおぉおぉ!! オレがぁがぁがぁ、チョウ・メードォドォドォ! この世界の創造主だぁだぁだぁ!!!」
(その声、チョウかよぉぉ!! お前、そんなオッサンだったのかよ! 自称知将ポンコツ四天王のくせに、なんだその格好は! イメージ崩れるわ!)
信徒達が呆気にとられる中、チョウ・メードがマイクを持ったまま自分語りを続けた。
「運営にバイトとして潜入した、このオレがぁがぁ、まんまとこのMDOを乗っ取ってやったんだぁだぁだぁだぁ! そして、オレの望む『最強の格闘技RPG』に作り変えてやったのさぁさぁさぁさぁ!」
(バイトごときが何してんだよ! ヒメちゃんと僕がこうして閉じ込められてるのも、全てお前の自己満足のせいか!!)
チョウ・メードは、キョウの目の前まで歩いてくると、ゼロ距離からキョウの顔をのぞき込んで、マイクの電源をカチッと切って地声で話しかけてきた。
「そうだよ。 全てオレがやったんだ。……へへっ、驚いた?」
(お前! 僕の心の声が聞こえてるのか!?)
「当たり前だろ。そこの猫が出来ることが、オレに出来ないはずないだろ? オレは、この世界の創造主だからな」
(貴様ぁぁ!!! バイトリーダー気取りかよ!)
「はっきり言おう。オレのステータスは魔王よりも低い。でもな、オレはシステムを自由に操れる『管理者権限』を持ってるんだ。お前の得意な力押しでは勝てないぞ!」
チョウ・メードは、キョウの顔をのぞき込んだまま、周りに聞こえるように再度マイクのスイッチを入れ、盛大に煽り始めた。
「ウガ夫ぉおぅおぅ、どうだぁだぁだぁ! 動けまいまぃまぃ!? 今は、『強制会話イベント』中だからなぁなぁなぁ! うぷぷぷっ! 散々邪魔してくれたお前を、データごと消去してやるぅるぅるぅ! これから始まるのは、戦闘ではないなぃなぃなぃ! 一方的な処刑だぁだぁだぁ!! この世界では、オレに逆らえるヤツなんていないん――」
ゼロ距離なのにも関わらず、マイクで叫んでいるチョウ・メードに過去の恨みも重なって苛ついたのか、キョウが吠えた。
「ウガァァァァァ!!(なんかうるさい!)」
「え、ちょっと! なんで!? システム上、絶対動けないはずなのに!?」
驚くチョウを無視して、キョウが目の前のチョウ・メードを軽くぶん殴った。
ドゴォォォンン!!!
「ぶぎゃおぇぇぇぇ!!! 会話イベント中に、なんで動けるんだよぉぉぉ!!!」
キョウの理不尽な拳によって弾き飛ばされたチョウ・メードは、信徒たちが陣取るエリアへと一直線に飛んでいった。
その落下地点にいたのは、ラブリーだった。
「はっ! キョウ様からの愛のパス!」
ラブリーは目を輝かせて受け止めようとするが、すぐに絶望的な顔をして自分の華奢な身体を見下ろした。
「いけませんわ! 今の私は、こんなに『醜い』姿(美少女)……! あのかつての『愛らしく強靭な肉体』(筋肉おっさん)があれば、大胸筋で優しく受け止められましたのに!」
(お前の美的感覚、バグりすぎだろ! 今のほうが1億倍可愛いから!)
「くっ……この貧弱な身体では、魔法で防ぐしかありませんわ! ラブリー・バリアー!」
ラブリーが涙目で杖を振る。展開されたハート型のバリアは、しかしあまりにも薄かった。
パリンッ。
チョウ・メードの爪先が触れた瞬間、飴細工のように砕け散るバリア。
「ひゃうっ! やっぱりこの姿は弱くて役立たずですわぁぁ!」
ラブリーは自分の「醜さ(美しさ)」と無力さを嘆き、頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
だが、そのおかげでチョウ・メードの体は、震えるラブリーの背中の上を滑走路のように滑空し、そのまま後方へ流れていった。
(避けた!? いや、自分の見た目に絶望して腰抜かしただけかよ!)
ラブリーを通過したチョウ・メードは、もはや芸術的とも言える長すぎる断末魔を上げながら、壁で伸びていたチョットツに折り重なるように激突。
気絶しているはずのチョットツが、なぜか歓喜の声を上げた。
「この圧力も……ゾクゾクするぅ!!」
(またやべぇ寝言言ってやがるぞ……あいつもブレないな)
呆れている京介の目の前で、チョウ・メードが呆気なく光の粒子に変わり始めた。
(やっぱよっわ!! 一瞬で終わったぞ!? ラスボスになっても最弱かよ!)
「お、覚えてろよぉぉぉ! ウガ夫ぉぉぉ! 次こそはぁぁぁ!」
その光景を見ていたロジックが、もはやテッパンとなった『眼鏡ずり落ち考察芸』を、ここ一番のキレで見せた。
「会話イベント中に、裏ボスをワンパンで瞬殺するとは!? マスターは、システム上の『行動不能時間』の僅かな隙間、1フレームのラグを見切って攻撃を叩き込んだのだ! システムをも超越する神業……! これは、60巻では足りないぞ、全100巻の大長編にするのだ!」
「さすがです、ロジック様♡! その深い考察、痺れます!」
(いや、だからそんな高度なことしてないって! ていうかリアリーも通常運用に戻ってるじゃないか!)
チョウ・メードが消えると同時に、唐突に安っぽいファンファーレが鳴り、エンドロールが流れ始めた。
「マスター!! また神攻略を見せて下さい!」
「2周目で待ってますよ、マスター!!」
「マスターが起こす奇跡をまた期待してます!」
信徒達がキョウに口々に称賛の声をかけながら、次々とログアウトしていった。
(よし! やっと……やっと終わったんだ……。今度こそ、ヒメちゃんと僕もログアウトできるぞ!)
「京介、受験が終わったらまた来るのニャ。今度はバグのない普通のMDOをプレイするのニャ。待ってるニャ」
(いや……もう二度とゴメンなんだが? こんなクソゲー、アンインストール一択だろ)
「おぬしのお陰でバグは直ったし、黒幕も倒したのニャ。普通にファンタジー世界を冒険できるのニャ。多分……」
(多分って! 運営のことなんか一生信用できるかぁぁ!!)
ヒメがキョウとポヌルの方を向いた。
「ポヌルちゃんもキョウさんも、これでお別れね。さようなら。キョウさん、今度はリアルで会えたらいいですね」
「さよならなのニャ! ヒメも元気でニャ」
(そうだね! リアルで会いたいね! 連絡先を――いや、せめてIDだけでも!)
「京介、落ち着くのニャ。ヒメに連絡先は聞けないのニャ。『特定ユーザー間のリアル情報の交換』は規約違反なのニャ」
(くそぉぉぉぉ!!!!!! ここに来て規約だと!? 散々バグを無視してきたくせに、都合のいい時だけ!! 運営めぇぇぇ!!!)
「どんなバグよりも、規約に一番怒ってるのウケるのニャ。それじゃあそろそろお別れなのニャ。受験頑張るニャ。今のおぬしなら絶対に受かるのニャ」
(え? なんでそんなこと言い切れるんだよ。一ヶ月近くゲームしかしてなかったんだぞ。偏差値ダダ下がりだよ)
「今のおぬしの脳は、あの予測不能なキョウの暴走についていくため、スーパーコンピュータ並の処理速度に進化しているのニャ。共通テストの問題なんて、スローモーションに見えてあくびが出るのニャ。それに……」
ポヌルは少しだけ真面目な顔をして言った。
「それに以前までの、真面目なだけのおぬしとは違うのニャ。理不尽を笑い飛ばす『強さ』を手に入れたのニャ。今の京介は最強なのニャ」
(え? そう? ……そんな簡単に行くかな? まぁ、頑張るよ。じゃあな、ポヌル。色々とありがとう。お前がいなかったらクリア出来なかったよ)
「吾輩はデバッガーとしてやるべきことをやっただけだニャ。じゃあな、なのニャ」
ポヌルが手を振ると、視界がホワイトアウトし、『Game Cleared』の文字が浮かんだ。
そして、カシャリと軽い音がして、ついにヘッドセットのロックが外れた。
京介は震える手でヘッドセットをゆっくりと外した。
「あぁ……! この部屋の風景、久しぶりだ……」
部屋の中は、空っぽの2リットルのペットボトルと、完全栄養食品ビスケットの包み紙が散乱している。そこには、およそ一ヶ月間のデスゲームの痕跡がありありと残っていた。
京介は充電器に挿しっぱなしだったスマホを手に取った。沢山の着信やメッセージが届いている。しかし、まず重要なのは日付だった。
ゲーム画面しか見えない京介には、感覚でしか時間の経過を知ることができなかったからだ。
『2026年1月16日 19:18』
「おぉ!? 共通テスト明日だ! ギリギリセーフじゃないか! ……よし、これから徹夜で詰め込み勉強を……」
そこで京介は、ふと思い留まった。
徹夜することに意味なんかない。脳のパフォーマンスを落とすだけの悪手だ。
「……いや、待てよ。今の僕に必要なのは、万全のコンディションだ。どうせ1ヶ月勉強してないんだ。今さらジタバタしても変わらない。今までの自分(と、地獄の1ヶ月)を信じて、今日は風呂に入って寝よう」
◇
午前6時00分。
ピピピピピッ!
目覚まし時計の無機質な音がワンルームアパートに鳴り響く。
京介はアラームを止めると、ガバっと布団から上半身を起こした。
その動きには、一切の迷いも無駄もなかった。
散乱したゴミの山も、今の彼には気にならない。
「そういえば、昨日食料買ってなかったな」
京介は、この1ヶ月間お世話になった、完全栄養食品のビスケットの残りと水で、手軽に朝食を済ませた。
「(モグモグ)……うん、悪くない味だ」
以前なら文句を言っていたであろう簡素な食事も、今の彼にはご馳走だった。
「さて、そろそろ行くか! 魔王城(試験会場)へ!」
支度を終えた京介は、筆記用具だけを持って玄関を出ていった。
その顔には、一ヶ月前の不安げな表情は微塵もない。
理不尽な世界を生き抜いた「狂戦士の魂」を宿した、不敵な笑みが浮かんでいた。




