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操作塔へ潜入

かちり。


 保守扉の内側で、鍵が回った。


「隠れろ!」


 俺たちは一斉に散った。


 赤い一族は石畳の割れ目へ。


 チュウタたちは草の根元へ。


 二号は俺と同じ苔の陰へ飛び込もうとして、入口で尻がつかえた。


「詰まった!」


「腹を引っ込めろ!」


「引っ込める腹がありません!」


「なら息を吐け!」


「ゴキブリの息はそこから出ません!」


「知ってる! 雰囲気でやれ!」


 俺が二号の頭を押し、ガーロが尻を蹴る。


 ずぼっ!


 二号が苔の奥へ抜けた。


 直後、小さな保守扉が開く。


 中から出てきたのは、人間ではなかった。


 真鍮色の脚。


 丸い胴。


 頭の代わりに、青い光を放つ石。


 先生の工房で見た保守虫に似ている。


 ただし、大きさは俺の十倍。


「外周排水、確認」


 金属の声が鳴る。


「異物、なし」


 俺たち十三匹が、そろって息を止めた。


 異物だらけである。


 保守虫は左右へ青い光を振り、石畳の水量を測った。


 リリアは少し離れた草の陰で、フィアを抱えて伏せている。


 勇者がゴキブリと一緒にかくれんぼをしている。


 今日の朝、誰が予想した。


「排水量、正常。扉、閉鎖」


 保守虫が向きを変える。


 開いた扉の向こうへ戻っていく。


「今だ!」


 俺は苔から飛び出した。


「え、入るの!?」


 リリアの声。


「閉まるんだぞ!」


「だからって今すぐ!?」


「会議してる間、扉に待ってもらえるか!」


 十三匹が保守虫の後ろへ走る。


 ガーロが滑り込む。


 ルビーが翅を畳む。


 最後のチュウタの尻尾が扉を越えた。


 ごとんっ!


 背後で石の扉が閉まった。


 真っ暗になる。


「……帰り道、閉まったな」


 チュウタが言う。


「言うな」


「外から開けられへんかったな」


「言うな!」


「先に言うといたら、今から気合い入れられたのに」


「気合いより先に扉が閉まったんだよ!」


「じゃあ次からは気合いを先に用意しておきます」


「次があってたまるか!」


「大将、いつも入ってから考えますね」


 二号まで言う。


「考えてる! まず入る、次に考えるって二段階で!」


「一段目が早すぎるんです!」


「二段目はいつ来るんです?」


「今来た! 俺たちは今、扉の中にいる!」


「それ、結果論では?」


「結果も立派な思考の一部だ!」


「都合のいい哲学!」


 保守虫の青い光が、通路の角へ消えた。


 俺たちは、完全な暗闇へ取り残された。


     ◇


 闇は、ゴキブリの敵ではない。


 人間だった頃は、暗い部屋へ入れば壁のスイッチを探した。


 今は触角を左右へ広げる。


 右に石壁。


 左に金属管。


 床は濡れている。


 遠くで、規則正しい歯車の震え。


 目を閉じても、世界が輪郭を持って腹へ届く。


「見えないから、見えるものが増えたな」


「格好いいこと言ってますけど、壁に触角刺さってますよ」


「これは測ってるんだ!」


 壁から触角を抜く。


 少し痛い。


「目的を確認する」


 俺は声を落とした。


「一つ、北管へ流れ込む薬を止める方法。二つ、浄火教団が地下へ何をしているか分かる記録。三つ、帰り道」


「三つ目、もっと上でええんちゃう?」


「入る前なら一番だった!」


「入った後は?」


「証拠を持って帰らないと、閉じ込められ損だ!」


「大将らしいですね」


「褒めてないだろ!」


 役割を分ける。


 ジロは分岐を記録。


 チュウタたちは床下の振動を読む。


 ルビーと赤組は上の空気と巡回を探る。


 俺たち黒組は、機械の隙間を進む。


 白い粉への濡れ布も確認した。


 蜘蛛糸の命綱も結んだ。


「今度こそ、入る前に考えたぞ」


「もう入ってます」


 二号の指摘は聞かなかったことにした。


     ◇


 操作塔の中は、巨大な時計だった。


 壁一面で歯車が回る。


 がちん。


 ごうん。


 俺の身体より大きな歯が、噛み合っては離れる。


 床を歩けば巡回兵に見つかる。


 管の上は、赤く焼けている。


 残る道は、回転する歯車の隙間だった。


「あの歯へ乗る」


 俺は言った。


「潰されますよ?」


 二号が聞く。


「噛み合うまで十二拍ある」


「十一拍に見えます」


「十二だ!」


「十一です」


 がちん!


 歯車が噛み合う。


 俺たちは数えた。


「一、二、三、四……十一!」


 二号が勝ち誇る。


「今のは機械が急いだ!」


「機械にも負け惜しみするんですか!」


「十一拍で行く! 二号、先頭!」


「負けた腹いせだ!」


 二号が歯車へ跳ぶ。


 回る床へ六本脚を広げ、身体を低くする。


 一拍。


 二拍。


 俺も続く。


 足元の鉄が持ち上がる。


 世界が横へ傾く。


 人間なら落ちる角度でも、俺たちの爪は金属の細かな傷へ引っかかる。


「七!」


 次の歯へ。


「八!」


 隙間を越える。


「九!」


 二号の後ろ脚が油で滑った。


「うわっ!」


 俺は前脚で二号の翅をつかむ。


「十!」


 二匹で飛ぶ。


「十一!」


 石の縁へ転がった。


 背後で歯車が噛み合う。


 がちいいんっ!


「危なあああい!」


「静かに!」


「大将が一番うるさいです!」


 全員が渡りきる。


 最後のガーロは、回転する歯の上で片翅を広げた。


 風を受け、身体を半回転させる。


 そのまま石の縁へ着地。


「格好いい……」


 二号が呟く。


「飛べなくても、回るくらいはできる」


 ガーロは平然と答えた。


「後で俺もやる」


「大将はやめとけ。落ちる」


「即答するな!」


「即答するくらい確信あるんです」


「確信の根拠を聞いていいか」


「大将、昨日も水たまりで滑ってました」


「関係ない事例を出すな!」


「関係大ありです。滑る才能があるんです」


「才能の使い道が悪すぎる!」


 歯車を越えると、熱い管が三本並んでいた。


 上を歩けば、腹が焼ける。


 下へ落ちれば、白い薬液槽。


 管と管の間は、俺の身体一枚分しかない。


「得意分野だ」


 腹を横へする。


 薄い身体を隙間へ差し込む。


 右の翅が熱い。


 左の脚へ冷たい薬の湯気。


「熱っ、冷たっ、熱っ、冷たっ!」


「感想が忙しい!」


「一言でまとめてください」


「無理! 身体が先に叫んでる!」


「じゃあ叫びだけでも短く!」


「熱冷!」


「略しすぎて意味不明!」


 前脚二本で管を押さえ、中脚で身体を送り、後ろ脚で仲間を引く。


 六本脚が、初めて全部違う仕事をしている。


「人間の身体じゃ、絶対に通れなかったな」


「急に何です?」


「いや。この平たさ、今日はちょっと好きだ」


「昨日は?」


「雨に殴られて嫌いだった!」


「評価が天気次第!」


 俺たちは笑いながら、灼熱管を抜けた。


 管の先に、三つの真鍮弁が並んでいた。


 青。


 黄。


 白。


 それぞれ人間の拳ほどもある取っ手だ。


 白い弁から、嫌な匂いがする。


 赤風巣へ流れ込んだ殺虫液と同じだ。


「北管はこれやな」


 チュウタが床へ頬をつける。


「白だけ振動が北へ走ってる」


「回せば止まる?」


 二号が取っ手へ前脚をかけた。


「待て!」


 俺はその脚を引いた。


 弁の根元から、細い銀糸が壁の鐘へ続いている。


「回した瞬間、あれが鳴る」


「では糸を切れば」


「切れた時にも鳴る仕掛けかもしれない」


「面倒ですね」


「作った奴を褒めたくないが、よくできてる」


 弁を止めたい。


 今、ここで。


 それだけで北へ流れる薬は減る。


 だが警報が鳴れば、証拠を探す前に全員が囲まれる。


 一つを急いで、二つとも失うわけにはいかない。


「手順を持ち帰る」


 俺は弁の周囲を触角でなぞった。


 白弁の下に、小さな鍵穴がある。


 鍵穴の上には三本の刻み。


『供給』


『循環』


『排出』


「ただ閉じるだけでは駄目だ。供給を閉じる前に循環へ逃がす。それから残った薬を排出槽へ送る」


「順番を間違えたら?」


「管の中で圧が上がる。最悪、北管が地下で破裂する」


「止めに来て、町へ全部ぶちまけるところでした!」


 二号が白弁から飛び退いた。


「触る前に読む。第何条やった?」


 チュウタが笑う。


「生き残りメモ第二条!」


「第一条は?」


「逃げ道を三つ持て!」


「今、一つもないで」


「だから思い出させるな!」


 ミナが茸蝋を取り出した。


 温かい管へ近づけて柔らかくし、鍵穴へ押し当てる。


 冷たい濡れ布で包むと、鍵の形がきれいに残った。


「ピコなら作れる」


「手順は?」


 ジロが複写紙へ三つの刻みを写す。


 ルビーは銀糸の行き先を目で追った。


「鐘は上階。風を逆に流せば、鳴る前に舌を押さえられるかも」


 一匹なら、取っ手へ届かない。


 一族だけなら、読めない仕掛けがある。


 でも十三匹で見れば、止め方の形が少しずつ埋まっていく。


「よし。次は鍵と、鐘止めと、排出槽の地図を持って戻る」


「戻れれば、ですね」


「そこは小声で言え!」


     ◇


 足音が来た。


 どん。


 どん。


 人間の巡回兵だ。


 白い外套を着た二人が、灯りを持って通路へ入る。


「定期確認。北管、流量八」


「処理液、濃度十。明日の祭礼分も充填済み」


 俺たちは壁際の細い排気穴へ潜んだ。


 人間の声だけでなく、紙の匂いがする。


 一人が記録板を持っている。


「あれが欲しい」


 俺は囁いた。


「大きすぎます」


「全部はいらない。写す」


 ピコが作った複写紙を出す。


 黒い煤を薄く塗った紙だ。


 文字の上へ押しつければ、凹凸が写る。


「でも近づけへんで」


 チュウタが足元を見る。


 記録板は兵の腰にある。


 俺たちからすれば塔の上だ。


「向こうから下ろしてもらう」


 二号を見る。


「今度は何の声です?」


「猫」


「塔の中に!?」


「だから驚く!」


 二号が腹を震わせた。


「みゃあああお!」


 排気穴へ響かせる。


「猫!?」


 兵が同時に振り向いた。


 一人の腰から記録板が外れ、床へ落ちる。


 ばたんっ!


「今!」


 ルビーが排気穴から風を吹く。


 複写紙が床を滑り、記録板の下へ入る。


 チュウタが細い糸を引く。


 紙が文字の凹凸をこすりながら戻ってくる。


「猫なんていないぞ」


「外から入ったのか?」


「扉を確認しろ」


 兵が去る。


 俺たちは息を吐いた。


「帰り道まで見つけてくれそうやな」


「二号、もう一回鳴けるか?」


「今度は腹がかゆいです!」


「帰ったら茸蜜一杯!」


「二杯!」


「一杯半!」


「交渉成立!」


 こんな所でも値切られた。


     ◇


 記録室は、塔の中央にあった。


 人間用の机。


 壁一面の棚。


 巻物が何百本も並んでいる。


 床下には、古代文字を刻んだ金属板。


 俺たちは机の脚を上り、記録板の写しを広げた。


「読めるところから」


 ジロが文字を追う。


「北管。地下生物区画。処理薬、段階二」


「やっぱり、狙って流していたのか」


「ここ、別の名前があります」


 二号が煤の薄い部分を指す。


 俺は触角で紙を押さえた。


「白燼王の……炉心?」


 空気が急に冷えた気がした。


 白燼王アバドン。


 先生が思い出した、浄化設備の安全制限を外した王。


 死んだ昔の王だと思っていた。


 記録には、こうある。


『地下生物の魔力を処理薬により弱体化し、回収管を通じ白燼王の炉心へ供給する』


「浄化じゃない」


 ルビーが震える。


「私たちを、餌にしてる」


 怒りが腹の奥へ走った。


 白い粉で倒れた仲間。


 殺虫液に苦しんだ赤い一族。


 毒水で熱を出した人間の子ども。


 全部、失敗ではなかった。


 誰かが、炉心へ魔力を送るために続けていた。


「これを持ち帰る」


「人間にも見せるんですね」


「ああ。デニスやリリアが知らないなら、知って選んでもらう」


「知っていて続けるなら?」


 ガーロが聞く。


「その時は、正面から止める」


 机の向こうで、扉が開いた。


 俺たちは巻物の陰へ伏せる。


 白い法衣の男が入ってきた。


 痩せた頬。


 灰色の髪。


 胸には、白炎を輪で囲んだ紋章。


 巡回兵たちが一斉に頭を下げる。


「司祭ヴァルガ様」


 ヴァルガは窓の外を見た。


 雨に濡れた赤風巣。


 青葉の下に集まる幼体。


 その近くに立つリリアの姿まで見えている。


「地上へ逃れた害虫が、勇者へ近づいています」


 兵が言う。


「ならば、予定を早める」


 ヴァルガの声は静かだった。


 怒鳴りもしない。


 迷いもしない。


「地下全域の完全焼却を命じる」


 俺の触角の先で、記録室の赤い針が動き始めた。

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