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地上の寝床大作戦

「暑い! 瓶の中、暑すぎる!」


 俺は透明な地獄から飛び出した。


 ごろごろっ!


 草の根へ転がり、六本脚を全部空へ向ける。


「焼ける! 背中も腹も触角も、まんべんなく焼ける!」


「大将、完成したばかりの寝床から三秒で退去!」


 二号が記録用の泥札を掲げた。


「記録するな! 先に水!」


 チュウタが水袋を傾ける。


 冷たい一滴が背の殻へ落ちた。


 じゅっ、と鳴った気がした。


「今、俺から湯気出た?」


「気のせいや」


「絶対出た!」


「黒焦げから蒸し黒焦げになっただけ」


 ルビーが瓶の口から出てくる。


「料理みたいに言うな!」


 赤風巣から村へ続く石垣の外れ。


 俺たちは明日の浄化祭を監視する地上拠点を作っていた。


 祭りの広場まで人間なら百歩。


 俺たちには大遠征だ。


 毎回クロニアや赤風巣へ戻れば、往復だけで日が暮れる。


 だから地上に寝床が要る。


 雨に流されない。


 猫に掘り出されない。


 人間の掃除で捨てられない。


 夜は湿り、昼は焼けない。


「注文が多すぎる!」


 俺は空き瓶を前脚で叩いた。


「人間だった頃、寝床に必要だったのは屋根と布団だけだぞ!」


「人間の家も掃除されたら捨てられるん?」


 チュウタが聞く。


「家ごとは捨てられない!」


「なら人間の家、強いやん」


「今さら人間の身体が羨ましくなってきた!」


 透明な瓶は、雨を防ぎ、中も見渡せる最高の拠点に思えた。


 だが日差しが入ると、熱が逃げない。


 地下生まれの黒組は三秒。


 熱に強いルビーでも十二秒で出た。


「一号案、《透明宮殿》は失敗」


 ジロが記録する。


「名前は最高だったのに!」


「名前だけで住めるなら、俺たちとっくに王様や」


「王様も暑かったら逃げるだろ!」


「王様が三秒で逃げる宮殿、歴史に残りますね」


「残さなくていい記録もある!」


「二号案へ移ります」


「次こそ、昼寝できる家にしてくれ!」


     ◇


 二号案は倒木の中だった。


 人間の腕より太い朽ち枝が、石垣へ斜めに倒れている。


 中は空洞。


 入口は細く、俺たちなら通れる。


 木の厚みで日差しも防げる。


「完璧だ」


 俺は暗い空洞へ腹をつけた。


 湿っている。


 狭い。


 天井がある。


「ここだ……俺が地上に求めていたもの、全部ある……」


「景色は?」


 ルビーが聞く。


「いらない」


「地上まで来て?」


「空は外で見る! 寝る時まで空はいらない!」


 二号が茸味噌袋を置く。


 先生の頭は中央の木台へ。


 ジロが広さを測る。


「十三名、ぎりぎり入ります」


「先生の右腕は?」


『私の一部だ!』


「別に置くと十四個になります」


『数え方を統一しろ!』


 全員が入る。


 狭い。


 二号の腹が俺の背へ載る。


 チュウタの尾がルビーの触角へ絡む。


 ガーロの片翅は壁へ押しつけられる。


「ぎりぎりって、こういう意味!?」


「体積上は入っています」


 ジロが言う。


「寝られない!」


「順番に寝る?」


「立ってる組はどこへ行くんだ!」


 それでも雨避けとしては使える。


 入口へ菌布の幕をつけ、床を平らにする。


 チュウタが木屑を掘った。


 ぼこっ。


 奥の壁が崩れる。


 黒い小さな虫が何十匹も飛び出した。


「住民おった!」


「先客だ!」


「家を奪うな!」


 俺たちは全員、外へ飛び出す。


 小虫たちは倒木の反対側へ逃げた。


「追い出してしまった……」


 二号が茸味噌袋を抱く。


「半分返そう」


 倒木の奥側を小虫の巣として残し、苦草の細い線で区域を分ける。


 こちらは入口近くの三分の一だけ使う。


「二号案、《勝手に入居してごめんなさい共同住宅》」


「長い!」


「でも正確です」


「寝床の名前に謝罪を入れたくない!」


「では省略して《ごめん住宅》」


「短くなっても謝罪は残ってる!」


「大事なところやから残しました」


「大事にする場所、そこじゃない!」


 小虫は樹液片を受け取り、奥へ戻った。


 追い出さずに済んだが、十三名の広さはない。


「二号案も単独では失敗」


 ジロが書く。


「単独では?」


「使える部分はあります」


 空き瓶は雨へ強い。


 倒木は熱と光へ強い。


 石垣は、人間の掃除でも動かされにくい。


 三つをつなげばいい。


「三軒建てるんじゃない」


 俺は倒木、瓶、石垣へ線を引いた。


「役割を分ける。寝る場所は倒木。瓶は日陰へ埋めて水と食料庫。石垣の隙間は非常口と祭りの監視所」


「離れてるで」


 チュウタが言う。


「地下道でつなぐ!」


「地上まで来て地下を掘るん!?」


「地上が危険すぎるんだよ!」


「結局、地下好きやん」


「ゴキブリだからな!」


 言ってから、少し胸を張った。


 人間だった俺なら、地上拠点と聞いて立派な小屋を作ろうとしただろう。


 今は違う。


 見栄えのいい一軒より、隙間でつながる三か所。


 狭くて、暗くて、逃げ道が多い。


 俺の身体に合う町だ。


     ◇


 建設が始まった。


 チュウタ、ニイ、トトが土を掘る。


 俺、二号、クル、バサ、トワが管の幅を測り、崩れそうな根を探す。


 ガーロは後ろから補強箇所を確認。


 ミナは傷ついたルビーを監視しながら菌布を切る。


 先生の頭は瓶の中。


『なぜ私はまた熱い場所なのだ!』


「温度計」


『魔法具を使え!』


「先生の方が文句で分かりやすい」


『私を測定器にするな!』


 空き瓶を倒木の影へ転がす。


 人間なら片手で拾える物を、十三名で押す。


「せえの!」


 ごろっ。


「止めろ!」


 ごろごろごろっ!


「止まらない!」


 瓶が斜面を下り始めた。


 先生の頭を中に入れたまま。


『うわああああ!』


「先生!」


 チュウタが前へ回り、土魔法で小さな堤を起こす。


 どんっ!


 瓶が土堤へ当たり、跳ねた。


 ルビーが風を横から当てる。


「右へ戻す!」


「右って誰の――」


「今は見たら分かるやろ!」


 赤い風で瓶の向きが変わる。


 ガーロ、バサ、トワが補助糸を引く。


 ぎぎぎっ!


 石垣の直前で止まった。


 先生の頭が瓶の中で、天地逆に転がっている。


『出せ』


「温度は?」


『先に出せ!』


 日陰へ移した瓶の中は涼しかった。


 外側を遮熱泥で半分覆い、口を下向きに埋める。雨水は入らず、湿気だけが残る。


 倒木から瓶へ、瓶から石垣へ、三本の細い地下道をつなぐ。


 一本は通常路。


 一本は水が入った時の高所路。


 一本は荷物を捨てて逃げる最短路。


「逃げ道、多すぎへん?」


 ルビーが聞く。


「少ないよりいい」


「どれ使うか迷うで」


 二号が入口へ歌札をつける。


「食料は一番、水なら二番、猫なら三番!」


「分かりやすい!」


「火事なら?」


「全部!」


「分かりにくい!」


     ◇


 完成前に、試験をする。


 第一試験、雨。


 ルビーとサラが葉袋の水を上から落とした。


 ばしゃっ!


 人間には一杯にも満たない。


 俺たちには豪雨だ。


 水塊が倒木を叩き、瓶の外側を流れ、石垣へ落ちる。


「一番路、浸水!」


「二番へ!」


 高所路へ全員が移る。


 チュウタが排水穴を開けると、水は苦草畑へ流れた。


「合格!」


「一番路の名誉は?」


 二号が沈んだ声で聞く。


「濡れた」


「それだけですか」


「濡れたことが全てだ! 名誉は名前じゃなく結果につく!」


「厳しい世界や」


「地上はもっと厳しい!」


 第二試験、猫。


「猫、どこから連れてくる?」


 二号が聞く。


「連れてくるな!」


 ガーロとチュウタで外から倒木を揺らす。


 ずん、ずんっ!


 爪を想定し、トワが細枝で入口を掻く。


 菌布幕が一枚破れた。


「不合格!」


 入口を直線にしたせいで、爪が奥まで届く。


 二号案で曲がり角を二つ増やし、最後はゴキブリ幅の縦穴にする。


「猫さん、ここまでおいで路!」


「呼ぶな!」


 二度目の枝は曲がり角で止まった。


「合格!」


 そう言った直後、鈴が鳴った。


 ちりん。


 全員の触角が固まる。


「誰か、鈴まで用意した?」


 二号が聞く。


「してない」


 ちりん、ちりん。


 草の向こうから、白い前脚が現れた。


 本物の猫である。


「試験官が来たあああ!」


「呼んでへん!」


「全員、中!」


 倒木の入口へ駆け込む。


 猫の鼻が、俺たちのいた地面へ降りた。


 ふごっ。


 熱い鼻息が枯れ葉を巻き上げる。


 茸味噌の匂いだ。


「二号、袋!」


「瓶倉庫です!」


「何で匂う!」


「食べる時に一枚落としたかも!」


「建設現場で食べるな!」


 巨大な爪が倒木の入口へ入る。


 がりっ!


 曲がり角一つ目で止まる。


 猫は角度を変えた。


 二本目の爪が上から土を掘る。


 ざくっ、ざくざくっ!


「想定より賢い!」


「猫に失礼やろ!」


「褒めてる場合か!」


 土の天井が震える。


 このまま掘られれば、寝床ごと露出する。


「三番路から石垣へ逃げる!」


「拠点は?」


 二号が聞く。


「命が先!」


 走りかけた時、ルビーが空き瓶側の細管を見た。


「匂い、あっちへ流せへん?」


「猫を瓶へ誘導するのか?」


「瓶は埋まっとる。爪で取れへん」


「でも食料が!」


「食料庫は二重蓋や!」


 俺は二号が落とした茸味噌片を細糸で引き、空気管へ入れる。


 ルビーが倒木側から弱い風を送った。


 匂いが通常路を逆に流れ、瓶の口へ出る。


 猫の鼻が上がった。


 ふん、ふんっ。


 爪が止まる。


 白い顔が瓶倉庫へ移った。


「今や!」


 チュウタが土魔法で、掘られた入口を内側から埋め戻す。


 クルとトワが菌布幕を張り直す。


 猫は瓶を前脚で転がそうとした。


 ごつっ。


 半分埋めた瓶は動かない。


 何度か鼻を鳴らし、やがて飽きた。


 ちりん、ちりん。


 白い影が遠ざかる。


「……生きてる?」


 二号が聞く。


「十三、いる」


 ガーロが即答する。


「拠点は?」


「入口に爪痕。内部損傷なし」


 ジロが調べる。


「本物の猫試験、合格!」


「合格だけど、二号!」


「はい!」


「食べこぼし禁止!」


「地上の生存メモ第五条にします!」


「今まで入ってなかったの!?」


 曲がり入口と埋設瓶が、本物の猫にも耐えた。


 怖かった。


 腹の裏がまだ冷たい。


 それでも、一度逃げるしかなかった巨大生物を、今度は寝床の工夫でやり過ごせた。


 俺たちは猫より弱い。


 だから猫と殴り合わない家を作った。


 第三試験、人間の掃除。


「これはどうする?」


 俺たちが相談した時、本物が来た。


 ざっ、ざざっ!


 巨大な箒が草をなぎ払う。


「試験開始が急すぎる!」


「全員、三番路!」


 十三名が最短路へ飛び込む。


 箒の枝が倒木を叩く。


 ばさあっ!


 枯れ葉と小石が飛ぶ。


 最初の空き瓶があった場所は、一掃された。


 だが日陰へ半分埋めた瓶は動かない。


 倒木はただの朽ち枝に見える。


 石垣の監視口も菌布の迷彩で隠れている。


 人間の足音が遠ざかった。


「十三、いる」


 ガーロが数える。


「拠点も、いる!」


 二号が叫ぶ。


「家は一匹に数えない!」


「でも残りました!」


 俺たちは地下道から顔を出す。


 三層拠点は、雨、猫の爪、人間の箒を越えた。


「完成だ!」


 歓声が上がる。


「猫と箒に勝ちましたよ、大将!」


「勝ったというか、隠れて耐えただけだ」


「それを世間では勝ちって言うんちゃう?」


「地味な勝ち方だ」


「地味でも勝ちは勝ちです! 祝杯!」


「材料、水しかない!」


「水でも杯は杯です!」


 名称は《地上前線拠点一号》で決まりかけた。


 二号が反対した。


「《倒木瓶石垣スーパー宿》!」


「絶対に嫌だ!」


「では《地上の我が家》!」


 全員が少し黙った。


「……それでいい」


 地上に、帰ってこられる場所が一つできた。


     ◇


 瓶倉庫へ食料を運び込んでいると、奥でトワが何かを見つけた。


「大将。瓶の底にあります」


 遮熱泥の陰に、小さな布の塊。


 人間には手のひらより小さい。


 俺たちには、自分と同じくらいの大きさだ。


 引っ張り出す。


 青い布の服。


 糸で作った茶色い髪。


 片方だけ残った黒い石の目。


「人形だ」


 汚れているが、何度も抱かれた匂いがする。


 土、花、甘い菓子。


 それから、人間の子どもの手の匂い。


「捨てられたん?」


 二号が聞く。


「違う」


 服の端には、探すように何度も土を触った新しい匂いが残っている。


「落としたんだ。持ち主は、まだ探してる」


 明日は浄化祭。


 人間へ近づけば危険だ。


 それでも、この人形を待つ子どもがいる。

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