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浄火教団

「先生の頭から煙が出てる!」


「火事の続きか!?」


『違う! 通信板が熱いのだ!』


 赤風巣の消火から一刻後。


 俺たちは焼け残った瓦の陰で、スケルトン先生の頭を囲んでいた。


 その額には、古代通信板が載っている。


 さらに通信板の上には、放火犯が落とした金属徽章。


 頭蓋骨、石板、金属板の三段重ね。


「先生、祭壇みたいですね!」


 二号が言う。


『誰が祭壇だ! 重い! せめて徽章を降ろせ!』


「動かしたら通信が切れます」


 ジロが真顔で答える。


『では先に私の首を持ってこい!』


「首、地下です」


『知っている!』


「じゃあ何で毎回言うんです?」


『言わずにいられんのだ! 自分の首が遠いというのは、思っていたより苛立つ!』


「その苛立ち、俺たちには分かりません」


『分からんでいい! 羨ましい話だ!』


 しゅううう……。


 通信板の縁から白い蒸気が出る。


「やっぱり燃えてない?」


『魔力の熱だ! 水を一滴!』


 二号が水袋を傾けた。


「多い多い!」


 ばしゃっ。


 先生の頭が水滴へ包まれる。


『ごぼぼぼぼ!』


「骨なのに溺れた!」


『喋れんと言っている!』


 俺とチュウタで先生を水から引き出す。


 火事で半分焼けた町を直しながら、正体不明の教団を調べている。


 真剣なのだ。


 本当に真剣なのだが、知識人を三段重ねにして水没させている光景だけ見ると、まったくそうは見えない。


「先生、ごめん」


『謝る相手が違う。水を注いだのは二号だ』


「大将が水って言いました!」


「一滴って言った!」


「袋から一滴だけ出すの、難しいんです!」


「だから小皿を使え!」


 ザハルが焼けた梁を運びながら、こちらを見る。


「お前たちは、いつもこうなのか」


「違う」


「だいたいこうや」


 ルビーの返事が重なった。


「どっちだ」


「今日は少しまし!」


 言ってから、俺は自信をなくした。


     ◇


 クロニアとの通信がつながった。


『こちら地下分析室。先生の映像が上下逆です』


 ピコの声。


「先生をひっくり返せ!」


『私を通信台扱いするな!』


 頭蓋骨を半回転する。


『今度は横です』


「先生、向き分かる?」


『私からは正面だ!』


 三回回し、ようやく通信板の像が正しくなる。


 クロニア側にはピコ、ラットキング、学校の古代文字班が集まっていた。


 焼けた赤風巣の映像を見て、向こうの声が止まる。


『負傷者は』


 ラットキングが最初に聞く。


「軽傷二十二。煙を吸った幼体五。重傷と死者はゼロ」


 ミナが答える。


『十五匹は』


「全員いる」


 ガーロが言う。


 通信板の向こうから、息を吐く音が重なった。


 ピコがすぐ炭筆を動かす。


『必要な物を言ってください』


「菌布、濡れ梁、遮熱泥、食料三日分」


 ザハルが口を挟む。


「食料は二日分でいい。樹液庫の半分は残った」


『初回支援は三日分です』


「なぜだ」


『クロニアでは、火事の後に食堂が二日休むと、三日目に全員が料理へ口を出して喧嘩になります』


「その根拠、俺たちの町だけでは?」


『記録ですので』


 ジロと同じ言い方をする。


 ピコ、変なところを学んでいる。


「三日分もらっとけ」


 俺はザハルへ言った。


「余ったら共同料理にする。赤風蜜味噌、好評だったろ」


「湿った食料を主食にする気はない」


「三枚食べたってサラから聞いたぞ」


「裁判の証拠確認だ」


「同じ皿を三回確認したのか?」


「慎重な長やな」


 ルビーが笑う。


「四回目もあったって聞いたけど」


 二号が余計な一言を足す。


「……鮮度の確認だ」


「三回目までは味の確認、四回目からは鮮度の確認って、都合よすぎません?」


「黙れ」


「はい」


 ザハルは返事をせず、必要物資へ食料三日分を追加した。


 素直ではない。


 でも、幼体へ食べさせる分を断るよりずっといい。


「次に、これを調べてくれ」


 徽章を通信板へ載せる。


 白い炎。


 その周りを閉じる輪。


 管理所の白炎紋には輪がない。


 ピコが高所用文字鏡を使い、表と裏を写す。


『裏に古代文字があります』


「読める?」


『半分。先生、光を斜めから』


『頭の上に徽章があるのだぞ。私自身には見えん』


「俺が右腕を動かす」


 先生の右手へ魔光苔を持たせる。


 右から。


『違います』


 左から。


『もう少し下』


「先生の鼻の穴?」


『そこは鼻ではない!』


「頭蓋骨の真ん中にある穴を、他に何て呼ぶんだ!」


『鼻孔だ! 鼻はないが、跡は残っている!』


「跡があるなら鼻でいいだろ!」


『名前と機能を混同するな!』


「先生、こんな時まで細かい!」


『こんな時だからだ! 正確さを失ったら、ただの喋る石になる!』


 ルビーが徽章を少し傾ける。


 細い傷に光が入り、文字が浮いた。


『火によって穢れを閉じ、世界を清めよ』


 ピコが読む。


 風の音が、急に大きく聞こえた。


 燃えた樹皮の匂い。


 黒くなった瓦。


 煙を吸って眠る幼体。


「それが教団の言葉か」


 ザハルの声が低くなる。


『浄火教団』


 先生が答えた。


『古代の浄化技師から分かれた一派だ。本来の浄化は、水から毒を分け、再利用できるものを残す技術だった』


「俺たちが直した炉と同じ?」


『同じ起源だ。だが長い年月で、彼らは「分ける」より「焼く」方を選んだ。病、毒、魔物、虫。危険と決めたものを火で消せば清くなると考えた』


「雑すぎる!」


 俺の触角が瓦を叩く。


「病気の原因を調べるより、目についた虫を焼く。水路を直すより、巣ごと燃やす。それで浄化って言えるのか!」


『彼らには言えるのだろう』


 先生の眼窩が暗くなる。


『三十一年前、再処理炉の停止後に白い粉の事故が増えた。住民は原因を知らず、浄化設備の周りで病と魔物が増えたことだけを見た。技師の説明より、すべて焼けば安心だという言葉の方が広がりやすかった』


「分かりやすい間違い、か」


 ジロが記録する。


「正しい仕組みは長い。恐怖は一言ですむ」


「だからって許せるか」


 ザハルが前脚で徽章を弾いた。


 金属板が石へ当たる。


 きんっ。


「火には火を返す」


「待て」


「また止めるか、湿った慎重派」


「その呼び名、定着させるな! それに、止めたいんじゃない。勝ちたいんだ」


「同じだ」


「違う。丘へ突っ込んで放火犯を一人追っても、教団は残る。次は別の巣へ火をつける」


「では何をする」


「どこにいて、何人いて、次に何をするか知る」


 俺は徽章へ触角を向けた。


「火を返す前に、火の出どころを見つける」


     ◇


 徽章には、もう一つ仕掛けがあった。


 先生が微弱な魔力を流すと、閉じた輪が赤く光った。


 ぴいん。


 通信板も同時に震える。


『地下の第二浄化炉と反応しています』


 ピコが言う。


「距離は?」


『分かりません。ただし、徽章の魔力波と、第二炉を外から再起動した命令波が一致します』


 北壁へ白い粉を流した者。


 熱波を起こした地上操作。


 赤い一族を狩った虫狩り。


 赤風巣へ火を放った教団。


 ばらばらだった出来事が、白い炎の輪へ集まる。


「教団が炉を動かした?」


『少なくとも、同じ術式を使っている者です』


「確率は八十二パーセント」


 ジロが言う。


「高いな」


「残り十八は?」


 二号が聞く。


「教団から道具だけ盗んだ別勢力」


「敵が増える可能性!」


「喜ぶところではありません」


「声が明るかったぞ!」


「新しい謎に興奮しました!」


「ピコみたいになってる!」


 通信板の向こうでピコが抗議する。


『私は爆発する謎だけ好きです』


「もっと悪い!」


 徽章の光が強くなる。


 赤い線が、金属の輪から北東を指した。


 針だ。


「教団の拠点を示してる?」


『おそらく集会地です。所属者を招集するための導き針』


「便利な落とし物だな」


「罠かもしれん」


 ガーロが言う。


「だから全員では行かない。偵察だけ」


「大将が言うと、偵察だけで終わる確率は?」


 ジロが自分で記録板を見る。


「十四パーセント」


「低すぎない!?」


「過去の記録ですので」


「今回こそ上げる!」


 まず、赤風巣の修理を終わらせる。


 怪我人と幼体を安全な場所へ移す。


 クロニアから届く物資を受け取る。


 その間に、教団の針が示す方向をルビーとトワが上空から調べる。


「大将」


 ガーロが俺を見る。


「自分で行かないのか」


「行きたいよ! 今すぐ走って、何があるか覗きたい!」


「ほう」


「でも俺が今抜けたら、地下から来る物資の受け取りと修理班の役割調整が止まる。だから任せる」


「成長したな」


「その言い方、腹立つ!」


 ルビーが飛び立つ。


 トワは枯れ葉の裏へつかまり、風に乗る。


 地上の目と地下の目。


 二匹の偵察を見送り、俺たちは修理へ戻った。


     ◇


 クロニアから最初の転送物資が届いた。


 菌布二十枚。


 遮熱泥十袋。


 濡れ梁六本。


 食料――茸味噌壺、十八個。


「多くない?」


 俺が通信板を見る。


『三日分です』


「赤風巣の全員分だぞ?」


『二号さんが人数を百八十と送りました』


「二号!」


「だいたいです!」


「赤風巣は百二十六匹や!」


 ルビーが偵察から戻り、即座に突っ込んだ。


「五十四匹分、多い!」


「祭りができます!」


「今から教団を調べるんだぞ!」


「腹が減っては偵察できません!」


「調べるのはルビーとトワだ! お前は留守番!」


「留守番も腹減ります!」


「留守番の方が動かないだろ!」


「動かなくても心配で減るんです!」


「その理屈だと俺の腹はとっくに底をついてる!」


 ザハルが壺を一つ開ける。


 湿った茸味噌の匂いが、焼けた瓦へ広がった。


 赤い住民たちは嫌そうに触角を反らしながら、皿を持って並び始める。


「嫌なら食べなくていいんだぞ?」


「支援物資を無駄にはできん」


 ザハルは三杯よそった。


「慎重な証拠確認?」


「黙れ」


 修理場に笑いが戻る。


 食事の横では、地下と地上の共同修理が始まっていた。


 濡れ梁をそのまま瓦へ渡すと、赤風巣の風で片側だけが先に乾く。


 ぎしっ。


 梁が反り返り、上に載せた二号を空へ弾いた。


「何で俺が試験役なんですかあああ!」


 ルビーが弱い風で受け止める。


「勝手に乗ったからや!」


「高いところから作業を見たかった!」


「ほな自業自得や!」


 第一号の梁は、弓のように曲がって失敗。


 第二号は遮熱泥を厚く塗りすぎ、重さで瓦の隙間へ落ちた。


『地上では乾燥速度を左右でそろえねばならん』


 先生が言う。


「風を止めればええんやろ?」


 バジャが風穴を全部塞ぐ。


 今度は中が蒸し暑くなり、地下組だけが喜んだ。


「落ち着く……この湿度、実家みたいだ」


「巣を地下にすんな!」


 赤い住民から一斉に苦情が飛ぶ。


 第三号は、梁へ菌布を一巻きし、左右へ細い風よけ板を置いた。乾き具合を見ながら一枚ずつ外す。


 チュウタが下から梁を押し、赤い戦士が上から角度を合わせる。


「右、もう少し!」


「誰の右や!」


「進行方向!」


「町づくりでもそれ言うんか!」


 がこんっ。


 濡れ梁が瓦の溝へ収まった。


 風を受けても反らない。


 菌布は火の粉を受け、表面を焦がしただけで炎を広げなかった。


「使える!」


 赤い住民が歓声を上げる。


「地下の湿気、正式採用!」


「正式採用って誰の権限だ!」


「今この場の空気です!」


「空気に権限を持たせるな!」


「地下の湿っぽさも、たまには役立つな」


 ザハルが言った。


「たまにじゃない! 火事では毎回役立つ!」


「毎回、火事になってたまるか」


「それはそう!」


 焼けた上層へ、菌布梁が一本ずつ並ぶ。


 元の巣と同じには戻らない。


 前より火に強い赤風巣になる。


 燃やされた跡を眺めて終わるのでなく、次に燃やされても守れる形へ変える。


「三色そろって働くとこ、教団の坊さんに見せたいわ」


 ルビーが梁の上から言う。


「見せても分からないだろうな」


「なんでです?」


「あいつらの目には、俺たちみんな同じ『穢れ』の一言で片づく。黒も赤も湿ってるも乾いてるも見分ける気がない」


「見分けたら、焼く理由が減りますもんね」


 二号が珍しく静かに言った。


 その作業を黒と赤とネズミが並んで行うこと自体が、教団の言う「穢れ」への一番気持ちいい反論に思えた。


「それで、何があった?」


 俺はルビーへ聞く。


 赤い触角が北東を指す。


「村の外れに、白い布で囲った広場ができとる。人間が薪と薬樽を運び込んどった」


「教団の集会?」


「もっと大きい。旗が十二本。舞台まである」


 トワが枯れ葉から降りる。


「人間の告知板を読みました。明日の夕方です」


「何が?」


「《浄化祭》」


 先生の通信板が、低く震えた。


「村の害虫、汚れた水、穢れた地下を、聖なる火でまとめて清めるそうです」


 赤風巣を焼いた教団が、次は村人を集めて祭りを開く。


 その薪の下には、クロニアへ続く古い北管が通っていた。

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