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魔物が隊列を組んでいる

隊列を調べに来た俺は、先頭の魔狼に踏まれていた。


 ずしんっ!


「大将ぉぉ!」


「まだ生きてる! でも重い! 肉球ってもっと柔らかいんじゃないのか!」


 黒い前脚が、俺の真上で止まっている。


 正確には踏まれていない。


 石と肉球の間、爪一本ぶんの窪みへ身体を伏せている。


 腹は地面へぴったり。


 翅は甲殻の下へ畳む。


 触角だけを横へ寝かせ、魔狼の足裏から伝わる振動を拾う。


 どくん。


 三十二拍。


 どくん。


 心臓ではない。


 もっと硬い。


 黒い石が身体のどこかで脈打っている。


「観察は終わったか!」


 道脇の草陰からカイルが怒鳴る。


「今、場所を探してる!」


「踏まれてから探すな!」


「踏まれないと足裏の振動が分からないだろ!」


「その理屈で死んだら絶対笑ってやるからな!」


「死んだやつは笑われても言い返せないだろうが!」


「幽霊になって化けて出る!」


「化けて出ても五センチじゃ怖くないぞ!」


「地味に一番傷つく反論だな!」


 三十二拍目。


 魔狼の脚が持ち上がった。


 俺は窪みから飛び出す。


「今だ、引け!」


 ガーロ隊が草陰の縄を引く。


 俺の胴へ結んだ糸が張り、一気に道脇へ滑った。


 直後、二匹目の装甲甲虫が同じ場所を踏む。


 がつんっ!


 石の欠片が背中へ飛んできた。


「痛っ! 撤退成功なのに最後だけ痛い!」


「大将、自分で踏まれに行く偵察を成功に数えるな」


 ガーロが俺の甲殻から石粉を払う。


「黒石は先頭の魔狼、左胸の下だ。足へ命令の振動が降りてくる」


「ほかの十一体は?」


「同じ拍で返してる。たぶん全員に石がある」


 西門から半日ほど離れた旧街道。


 魔狼三体。


 鎧甲虫四体。


 沼蜥蜴五体。


 生息地も食性も違う十二体が、縦一列で北東へ歩いている。


 互いに威嚇しない。


 餌の匂いへ顔を向けない。


 傷ついた個体を待たない。


 三十二拍ごとに、同じ脚から踏み出す。


 生き物の群れではない。


 十二の身体を使った一本の命令だ。


「進路の先は?」


 俺が聞くと、セナが地図を草の上へ広げた。


「このままならベルガ北東の旧排水口。今は鉄柵で塞がれてるけど、地下養殖場の管へつながる可能性が高い」


「街へ戻ってるのか」


「戻る、というより配置されに行ってる」


 フィアが魔物たちの背を見つめる。


「あの子たち、自分で歩いてるの?」


「身体は自分のものだ。でも、止まりたいかどうかは聞けない」


 魔狼の後脚が少し引きずられている。


 沼蜥蜴の一体は乾いた道に合わず、鱗の間から血が滲んでいる。


 それでも同じ速さ。


 同じ間隔。


 腹がむかむかする。


 敵なら倒せばいい。


 でも、あれは敵にされている生き物だ。


「街へ入る前に止める。できるだけ殺さない。黒い石を遮る」


「十二体すべてへ近づくのか?」


 カイルが剣の柄へ手を置く。


「一匹へ近づくだけでも、今みたいになるぞ」


「今のは調査だ。次は踏まれない」


「信用できん」


「俺も自分を完全には信用してない!」


「堂々と言うな!」


 二号が金属管を掲げた。


「なら、行進そのものを止めましょう。作戦名、《一、二、三、四、歩くんやめて休憩せえ》!」


「命令石が歌を聞くならな」


「聞かせたらええんです!」


「作戦名、また長いぞ」


「短くします。《休め》!」


「二文字になった!」


「シンプル・イズ・ベストです」


「さっきまで一、二、三、四とか言ってただろ!」


「あれは前奏です」


 嫌な予感がした。


 だが二号の音は、蝙蝠の群れも培養弁も動かした。


 試す価値はある。


「まず弱く。遠くからだ。変化があったらすぐ止めろ」


「了解!」


 二号が草の根へ管を当てる。


 地面を伝う低い音。


 こん。


 三十二拍。


 こん。


 魔物の列が止まった。


「効いた!」


 二号が声を上げる。


 全員がこちらを見た。


 十二対の目。


 黒石が一斉に赤く光る。


 次の瞬間、行軍速度が三倍になった。


 どどどどどっ!


「逆に元気になったぁぁ!」


「二号、音を止めろ!」


「止めても走ってます!」


「作戦名の休憩部分はどこへ行った!」


「魔王軍へ関西弁が通じへん!」


「そこじゃない!」


 十二体が土煙を上げる。


 旧排水口までの時間が、一時間から二十分へ縮まった。


 試作一号、大失敗。


 俺たちは全速で追った。


     ◇


 ゴキブリの高速疾走なら、魔物の足には負けない。


 負けないはずだった。


 ただし草原は、人間の道の端まで平らではない。


 小石は岩。


 枯れ枝は倒木。


 朝露の残りは池。


 俺は六本脚で石を駆け上がり、枝の下へ潜り、水滴を避け――最後の一滴だけ真正面から浴びた。


 ばしゃっ!


「また水かぁぁ!」


 身体が葉の裏へ張りつく。


 ガーロ隊が左右を抜ける。


「大将を回収!」


「先へ行け!」


「回収してから行く!」


 三号と四号が触角を掴み、葉から引き剥がす。


 昨日は水祭りで二回流され、今日は朝露。


 きれいな水を取り戻した結果、水との相性が悪化してないか?


「大将、愚痴は走りながら!」


「今まさに走ってる!」


 ルビー隊が上空から赤糸を落とす。


「進路変更! 魔物は北の石橋へ向かった!」


「旧排水口の手前だ!」


 石橋は幅が狭い。


 十二体が一列のままなら通れる。


 だが、そこで動きを崩せる。


「チュウタ、橋の手前へ三種類の足場を作れ!」


「三種類?」


「硬い土、柔らかい泥、小石だ! 同じ歩幅で進めない道にする!」


「脚の違いを使うのか!」


 ネズミ隊が街道脇から斜めに掘る。


 表面を崩さず、下の土だけを柔らかくする。


 ルビー隊が川岸の湿った砂を風で運ぶ。


 銀狼の牙が人間サイズの石を動かし、橋の入口を半分塞ぐ。


 俺たちは細い小石を隙間へ並べる。


「間に合うか!」


「あと四分!」


 ジロが即答する。


「四分しかないのか!」


「聞かれたので答えました」


「もう少し安心する言い方を!」


「失敗確率六十八パーセント」


「増えた!」


「大将が喋っている間に」


「作業する!」


 最後の小石を置く。


 土煙が近づく。


 先頭の魔狼が硬い土へ乗る。


 三十二拍。


 次の鎧甲虫が柔らかい泥へ。


 脚が深く沈む。


 沼蜥蜴は湿った砂で速くなる。


 列の間隔がずれた。


 黒石が赤く光る。


 全個体が無理やり同じ歩幅へ戻ろうとする。


 魔狼は後ろへ引かれ、甲虫は泥を掻き、蜥蜴は前の甲殻へぶつかった。


 ぐわしゃっ!


 十二体の列が、橋の前で団子になった。


「止まった!」


 ガーロ隊が鉛布を持って飛び出す。


 だが黒石の光が強まった。


 魔狼が倒れた姿勢のまま前脚を動かす。


 甲虫の角が隣の蜥蜴を押し上げる。


 互いの身体を踏み台にし、一本の塊で進もうとする。


「まだ命令が生きてる!」


 足場で脚はずらせても、石は止まらない。


 ガーロ隊が近づけば、甲虫の脚が横へ振られた。


 がきんっ!


 盾片へ当たり、ガーロが土の上を滑る。


「ガーロ!」


「無傷だ! だが近寄れん!」


 試作二号も、半分失敗。


 時間だけは稼げた。


 その時間で考えろ。


 十二個の黒石。


 三十二拍。


 全員が同じ命令を受けている。


 昨日、鉛箱の三個は北東へ向いた。


 命令源から信号を受けているなら、こいつらは遠くの声を聞いている。


 なら、もっと近くから別の声をぶつければ。


「先生、回収石を一個だけ持ってきてるか!」


「鉛箱のままです!」


「小窓を橋と反対へ向けろ!」


「偽の命令源にするのですか?」


「命令は出せなくても、反応を返せるかもしれない!」


 二号が金属管を構える。


「今度こそ休憩の歌を!」


「同じ音は駄目だ! 本物より一拍遅らせろ!」


「三十三拍?」


「そうだ。きっちり数えるな。途中で速くしたり遅くしたりしろ!」


「音楽家へ一番難しい注文や!」


「お前の歌は普段からずれてる!」


「それなら得意です!」


 褒めてない。


 でも、今はそのずれが要る。


     ◇


 先生が鉛箱の小窓を南西へ向ける。


 二号、三号、四号が地面へ管を当てた。


 最初は三十三拍。


 こん。


 次は三十拍。


 こん。


 次は三十五。


 黒石の返す振動が乱れる。


 橋へ向かっていた魔狼の頭が、後ろへ向いた。


 鎧甲虫は右。


 沼蜥蜴は左。


「効いてる!」


「まだだ! 今は命令が二つで喧嘩してるだけだ!」


 魔物たちの身体が震える。


 一歩進みたい脚。


 別方向へ向きたい首。


 このまま長引けば、自分の身体を壊す。


「鉛布を十二枚、一斉にかける! 近い順じゃない。合図で全員同時だ!」


 役を分ける。


 ガーロ隊四匹は魔狼。


 ネズミ隊四匹は鎧甲虫。


 ルビー隊と銀狼の牙は沼蜥蜴。


 俺たちは列の中央へ。


「カイル、人間側の動きが早すぎる! 俺たちに合わせろ!」


「お前らが小さすぎるんだ!」


「今さら身体へ文句を言うな!」


「文句じゃない、事実だ!」


 ダンが盾を地面へ寝かせた。


 俺たちはその上へ乗る。


 ルッツの風が盾の下へ入る。


「飛ばすぞ!」


「今日はもう飛びたくない!」


「時間がない!」


「優しく飛ばせ!」


「そんな飛ばし方は知らん!」


 風が爆ぜた。


 ぶわんっ!


 盾が草の上を滑る。


 俺たちは伏せた魔物の中央へ突っ込んだ。


 真正面には鎧甲虫の角。


「右へ!」


 六本脚で盾を蹴る。


 身体が横へ飛ぶ。


 角の下を薄い腹で抜け、魔狼の左胸へ到達。


 黒い脈が甲皮の下で光っている。


「見つけた!」


 俺は鉛布の留め具を噛む。


 二号たちも別の魔物へ取りつく。


 ガーロ隊の足音。


 ネズミ隊の爪。


 ルビーの風。


 カイルの剣が、攻撃ではなく布の端を地面へ縫い止める。


「せーの!」


 十二枚の鉛布が同時に閉じた。


 ばさささっ!


 赤い光が消える。


 魔物の身体が、糸を切られたように崩れた。


 橋の手前へ、重い音が十二回重なる。


 どさっ。


 ごとん。


 ずるっ。


 最後の魔狼が伏せた。


 俺は胸元の布へしがみついたまま、動けなかった。


 心臓の振動が、今度は不規則に返る。


 速い。


 遅い。


 一匹の生き物の拍だ。


「止まった」


 フィアが駆け寄る。


「命令だけが。全員、生きてる」


 歓声が上がった。


     ◇


 魔物を道脇の木陰へ運び、水と治療を与えた。


 黒石は胸、腹、甲殻の継ぎ目へ一個ずつ埋め込まれていた。


 縫い糸も匂い消し薬も、ウナちゃんと同じ。


 先生とフィアが鉛覆いを保ったまま、一つずつ根を外す。


 最初の魔狼が目を開けた。


 俺を見て鼻を近づける。


「食うなよ。俺たちは命の恩人だぞ」


「命の恩人、匂いは嗅いでいい?」


 二号が横から口を出す。


「聞かれても分からん、こっちは魔狼だぞ!」


「本狼に聞いてみたかっただけです」


 鼻息。


 ぶふっ!


 俺は後ろへ転がった。


「匂いを嗅いだだけです」


 先生が言う。


「分かってる! 分かってるけど、顔よりでかい鼻が来たら逃げる!」


 魔狼は前脚の傷を舐め、森の方向を見た。


 命令が消えたら、もう街へ向かわない。


 鎧甲虫は泥へ潜り、沼蜥蜴は川へ入った。


 十二体は、それぞれ違う方向を選んだ。


「ばらばらだな」


 カイルが言う。


「それでいい」


 一列より、ずっといい。


 歩幅も、速さも、帰る場所も違う。


 命令する者には不便でも、生き物はそれでいい。


 二号が胸を張る。


「不揃いの歌が勝ちました!」


「最初に三倍速へした失敗も記録するからな」


「そこは消しましょう!」


「事故記録は次回の安全へ必要です」


 ノーラの口調を真似ると、二号が触角を落とした。


「正しい言葉が一番つらい!」


 どこかで聞いた台詞だった。


     ◇


 黒石十二個を鉛箱へ収める。


 これで第二育成区の空き枠十八個のうち、十二個は行方が分かった。


 残り六個。


 ジロが地図へ印をつける。


「隊列は旧排水口へ向かっていた。配置先はベルガ地下だった可能性が八十七パーセント」


「侵攻の準備か」


 ブラムが低く言う。


「まだ決めつけるな」


 俺は答えた。


 怖い言葉ほど、証拠より先へ走る。


「でも、備える。旧排水口を封鎖し、ほかの入口も点検。市外の群れを増やして見る」


 セナが道の土を指した。


「もう一つ、証拠がある」


 十二体の足跡の横。


 人間型の靴跡が一列、同じ方向へ続いている。


 魔物の前を歩いていた。


 だが土に深く沈まず、草もほとんど折れていない。


「軽い人間?」


「違う」


 俺は跡へ触角を近づけた。


 革の匂いがない。


 汗もない。


 土へ残っているのは、あの匂い消し薬だけ。


「こいつが誘導してた」


 足跡は森へ入らず、旧排水口へも向かわない。


 途中で道を外れ、ベルガ城壁の北側へ曲がっている。


 俺たちは目を上げた。


 遠い丘の上。


 黒い外套の細い影が、こちらを見ていた。


 影は指を二本立てた。


 まるで、十二体を止めた俺たちへ挨拶するように。


 次の瞬間、外套が黒い霧へほどけた。


「斥候だ!」


 ルビー隊が翼を開く。


 魔物の隊列は止めた。


 今度は、命令していたやつが逃げる番だった。

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