詰まりの山は宝の山
宝の山へ最初に飛びついたのは、もちろん俺ではない。
「銀やぁぁぁ!」
カサカサ二号だった。
「待て、触るな!」
俺が止めるより早く、二号の六本脚が詰まりの隙間へ消えた。
錆びた鍋。
割れた瓶。
黒ずんだ布。
白い骨。
その奥で光っていた銀色の板へ、二号が前脚をかける。
「大将、これ抜いたら一生遊んで暮らせ――」
ごごっ。
山の中で、嫌な低音が鳴った。
俺の六本脚へ、押し殺していた水圧が一斉に伝わる。
「抜くなぁぁぁ!」
「もう抜けかけてますぅぅ!」
「戻せ! 今すぐ! その銀を元の汚い場所へ戻せ!」
「宝への言い方がひどい!」
銀板が指一本ぶん動いた。
その隙間から、細い水が噴いた。
しゅっ、と一本。
次の瞬間、錆びた金属片が内側から押され、ががががっ、と詰まりの山全体がこちらへせり出した。
「二号を引け!」
ガーロが二号の後脚へ噛みつく。
三号と四号がガーロを引く。
俺も加わろうとして、傷んだ左触角で距離を読み違えた。
前脚が空を掻く。
「うおっ!?」
斜面から滑った俺を、チュウタの尻尾が横から叩き上げた。
「宝より先に隊長を拾わせんな!」
「拾われる予定はなかった!」
「落ちたやつは大体そう言う!」
俺たちが飛び退いた直後、鍋と瓶と骨が崩れた。
がらがらがら――ばしゃんっ!
濁った水が足場を洗い、茶色い瓶が石壁へ当たって砕ける。
人間には膝下にも届かない水だろう。
五センチの俺には、鍋と岩とガラス片を巻き込んだ洪水だ。
俺たちは壁へ駆け上がった。
チュウタは水へ踏ん張り、尻尾で木片を弾く。
ルビー隊が風を下へ叩きつけ、流れてきた瓶の進路を変えた。
最後に、銀色の板が元の位置へかくんと戻る。
水の噴き出しが細くなった。
「……宝の山じゃない」
俺は壁へ張りついたまま言った。
「抜いたら死ぬ山だ」
二号が逆さになって触角を垂らす。
「宝いうんは、大体そういうもんです」
「その悟った顔で最初に触ったの、お前だからな?」
「悟りは大体、痛い目のあとに来ます」
「先に悟ってから触れ!」
「それやと悟れません」
「屁理屈がすらすら出るな!」
◇
腐食カニが削った壁の向こうには、昔の副水路があった。
ただし、今は完全に塞がっている。
上から落ちてきたごみが何年、いや何十年も積み重なり、水と油で押し固められていた。
人間の俺なら、ごみの山を見て「汚い」で終わったかもしれない。
今の俺には、一本の針金が橋の梁に見える。
瓶の首は配水管。
布の切れ端は百匹ぶんの外套。
平たい金属片なんて、床板、盾、鍋、屋根、何にでもなる。
身体が小さいと、世界の値段が変わる。
ごみ一山で町が建つ。
だからこそ、片っ端から抜きたくなるのだが――抜けば俺たちも流される。
「まず、水圧を逃がす」
ノーラが人間用の測り棒を副水路へ差し込んだ。
棒の目盛りが、ゆっくり上がる。
「詰まりの向こうに溜まっている水は、少なく見ても荷車三台分。まとめて抜ければ第一支線まで洗われる」
「荷車三台分……」
チュウタが喉を鳴らした。
「飲める?」
「飲んだら腹の中へ町ができるぞ」
「それは楽しそうだな」
「病気の言い方を明るくするな!」
先生が詰まりへ光を当てた。
「材質は少なくとも五種。鉄、銅、ガラス、布、骨。その間を油泥と髪がつないでいます。一か所を引くと、隣も動きます」
つまり、積み木だ。
泥と腐敗臭で固めた、抜いたら全員死ぬ巨大積み木。
「下から取るのは危険。上から崩しても水が来る。なら、横へ逃がし口を作ろう」
俺は立体地図の二層目を叩いた。
詰まりの左には、幅の細い点検溝がある。
人間の腕さえ入らない。
だが、ネズミ族なら掘り広げられる。
俺たちなら、そのさらに奥の石継ぎを通れる。
「チュウタ隊は点検溝を沈殿槽へつなげる。ただし一気に穴を開けない。指一本ぶんずつだ」
「俺の指か、お前の脚か?」
「お前の指。俺の脚だと、朝まで経っても終わらん」
「分かった。三本ぶん一気に――」
「一ぶんずつと言った!」
「細けえ!」
「さっき荷車三台ぶんと聞いただろ!」
ガーロ隊は詰まりの表面へ、脱皮殻から外した曲がった脚を並べる。
腐食カニを誘った、あの偽カニ先輩の残骸だ。
昨日までは囮。
今日は詰まりを押さえる櫛になる。
「六本を差し込み、動く物だけ一本ずつ抜く」
ガーロが部隊へ役を振った。
「赤班は金属。青班は瓶。三号、四号は布を切る。骨は勝手に持ち出すな。大将は――」
「俺も前へ行く」
「傷んだ触角側を俺へ向けろ」
「そこまで指定されるのか」
「昨日、壁へ二回ぶつかった」
「一回だ!」
「壁一回、俺の尻一回だ」
「あれは壁に数えない!」
「俺の尻を何だと思っている」
ガーロが本気で怒ったので、左側の索敵を任せた。
一匹で進めないのは悔しい。
いや、違う。
一匹で進む必要がない。
傷んだ触角の先が熱を持つたび、そう言い直す。
◇
排水穴の試掘は、最初の一穴で失敗した。
チュウタが石継ぎへ爪を入れる。
こりっ。
小石が抜けた。
その瞬間、針のような水が穴から飛び出し、真正面のチュウタの鼻へ命中した。
「ぶひゃっ!」
巨体が後ろへ転がる。
「大丈夫か!」
「鼻の穴に下水が入った!」
「命は!?」
「生きてるけど、今すぐ鼻を捨てたい!」
「鼻を捨てたらお前の長所が半分消えるぞ!」
笑っている場合ではない。
細い噴流でも、俺たちには槍だ。
セラが瓶の首を持ってきた。
割れ口へ粘液を塗り、石穴へ斜めに差し込む。
噴いた水が瓶首の内側を通り、下の受け溝へ曲がった。
「最初の廃材が、もう役に立った」
俺が言うと、セラは濡れた前髪を押さえて笑った。
「捨てた物でも、流す向きを与えれば設備になります。黒い技師殿がいつもやっていることでしょう」
「今日は銀色の宝を手に入れる日だぞ。いいことを言って俺の取り分を減らすなよ」
「まだ所有権の話をしていません」
ノーラの声が背後から落ちた。
俺の触角が固まる。
「……拾った者の物では?」
「ここは市の水路だ」
「腐食カニを捕まえた者の物では?」
「捕獲報酬は別に出す」
「では、詰まりを取った者の――」
「記録、鑑定、持ち主確認のあとで分配する」
「正論で夢を小さくするなぁぁ!」
二号が肩を叩いてきた。
「大将、世の中は厳しいですね」
「最初に銀を抜こうとしたやつが慰めるな!」
それでも、ノーラの決め方は正しい。
落とし物には持ち主がいるかもしれない。
俺たちにとって建材でも、誰かにとっては大切な物だ。
全部を宝と呼んで持ち帰れば、信用まで詰まりの中へ捨てることになる。
俺たちは抜いた物を五本の分別路へ流した。
赤い札は金属。
青は瓶と陶器。
白は布と縄。
黄は骨。
黒は腐敗物と危険物。
ぷるぴか隊が、泥のついた物だけを順番に掃除する。
一号が先頭。
三号は菌線の境目を試し、十七号は金属の隙間へ潜る。
「十七号、働き方が地味に優秀だな」
「大将と同じです」
「俺はもっと派手だ!」
「昨日はカニの殻の中でした」
「外から見えなかっただけで派手だった!」
濁った布が灰色へ戻る。
鍋の縁から油泥が剥がれる。
瓶の内側へ入った十八号が、黒い汚れを丸ごと食べて透明な姿で出てきた。
作業が進むほど、山の中の水音が高くなる。
ちょろちょろが、ざあざあへ変わる。
「櫛、二番が動く!」
ガーロが叫んだ。
脱皮殻の脚が一本、外へ押し出される。
「支え直せ!」
ネズミ隊が縄を引く。
赤翅隊が上から風を当て、崩れる瓶を横の籠へ送る。
俺たちは詰まりの内側へ入った。
ゴキブリ一匹がやっと通れる隙間。
背中と腹が同時に泥へ触れる。
呼吸孔を覆う布へ、生温かい臭いが染みた。
嫌だ。
ものすごく嫌だ。
人間だった頃なら、金を払っても入りたくない場所だ。
なのに今は、六本脚が石のわずかな凹凸を掴む。
薄い腹が水圧を受け流す。
触角一本ぶん先に、どの金属が震えているか分かる。
「右の鉄輪は抜くな! 奥の鍋とつながってる! 上の布だけ切れ!」
三号と四号が布を噛み切る。
外で二号が拍を鳴らす。
一本、待て。
二本、引け。
三本、全員退避。
言葉が届かない泥の中でも、床の振動なら腹へ届く。
俺たちは一つずつ詰まりをほどいた。
敵を倒す戦いではない。
だが、力任せに壊さず、仲間の得意をつないで巨大な山を小さくしていく感覚は、どんな討伐にも負けないほど気持ちよかった。
「最後の大物、来るぞ!」
銀色の板だ。
二号が最初に動かした物。
泥を落とすと、ただの板ではなかった。
幅広い柄がついている。
表には、水滴を囲む三本線の印。
「巨大な銀の匙?」
チュウタが目を輝かせた。
「これで食ったら腹いっぱいになれそうだ」
「匙一杯でお前が埋まるぞ」
ノーラが印を見たまま、口を開けていた。
「東水路局の開通杓だ」
「高い?」
「二十七年前、最初の通水式で使われた。洪水で流され、なくなったと記録にある」
「高い!?」
「市の物だ」
「そこじゃない!」
「大将、匙一杯の夢と市の史料、どっちが大事ですか」
「聞き方が卑怯だ! 両方大事に決まってる!」
「では史料を選んでください」
「分かってる! 言わせるな!」
俺の夢は二度死んだ。
だが、ノーラは銀杓を自分の荷袋へ入れなかった。
泥を拭き、作業員全員に見える場所へ置く。
「発見者はクロニア遊撃隊。回収場所と状態も記録する。市へ返却したうえで、発見報奨を申請する」
「申請、通る?」
「私が通す」
「ノーラ!」
「ただし銀杓そのものは渡さない」
「分かってる! 今だけ夢を見させろ!」
◇
最後の鉄輪を外した。
詰まりの向こうに溜まっていた水が、横の排水口へ流れ込む。
ごう、と瓶首の管が鳴る。
次いで、副水路の中央から濁流が押し出された。
泥、髪、腐った葉だけをぷるぴか隊が追う。
金属と石は分別櫛に残る。
濁りが一段、二段と薄くなる。
やがて、壁の奥まで見通せる細い水路が現れた。
「開通!」
ノーラの声へ、作業員たちが工具を打ち鳴らした。
かん、かん、かかんっ!
俺たちも六本脚で石を叩く。
巨大なごみの山は消えた。
残った物は、持ち主不明品、市の備品、危険物、再利用品へ分かれた。
骨は先生が一本ずつ調べた。
魚、鳥、豚、地下大トカゲ。
人の骨は一本もなかった。
食べ残しの骨は洗浄し、祈りを捧げてから、同意を得た分だけ留め具や支柱へ使う。
「骨を雑に扱わないのは大変よろしい」
先生が頷く。
「では私の肋骨を物干しへ使うのもやめてください」
「あれは本人の同意を取った」
「寝ている間に前脚印を押させたでしょう!」
「起きてたら反対するから!」
「それを同意とは呼びません!」
骨の授業は少し長引いた。
最終的に、クロニアへ持ち帰れる再利用品は、銅線十二巻きぶん、鉄板三十六枚ぶん、瓶首二十一、色ガラス四十七片、麻布百八十枚ぶん、陶器片六籠、動物骨二籠となった。
人間のごみ一山が、小さな町の窓、管、床、濾し布、留め具へ変わる。
ピコは青い瓶底を光へ透かした。
「これ、学校の窓にしたい!」
「暗くならないか?」
「青い朝になる!」
「地下に朝はないぞ」
「だから作るの!」
言い切られた。
そういうことなら、悪くない。
二号は鍋の縁を輪にして、頭からかぶっていた。
「銀の王冠です」
「鉄だぞ」
「夢を小さくするな言うたん、大将ですやん」
「返しだけ上手くなるな!」
「大将の言葉、集めて覚えてるだけです」
「悪用するために集めるな!」
俺たちは第一安全所の壁へ、色ガラスを一枚はめた。
セラの魔光が青く広がる。
泥臭い点検所が、一瞬だけ水の宮殿みたいに見えた。
仲間たちの甲殻も、ネズミ隊の濡れた毛も、先生の頭蓋骨も青く光る。
「宝は銀杓だけじゃなかったな」
俺が言うと、チュウタは銅線を抱えたまま笑った。
「お前、銀を持って帰れないと分かった途端、いい話に逃げただろ」
「うるさい! 本気で感動してたところだ!」
新しく開いた副水路の上には、地上へ続く縦穴があった。
詰まりが消えたせいで、上の音がよく落ちてくる。
車輪。
呼び売り。
子どもの笑い声。
ころん。
赤く塗られた小さな木の船が、縦穴から落ちてきた。
水へ浮かび、俺たちの前を流れる。
「おーい、待ってよ!」
上から幼い声がした。
次いで、古い格子が嫌な音を立てる。
ぎしっ。
俺たち全員の笑いが止まった。
地上の子どもは、赤い船を追っていた。
その足元で、錆びた格子が今にも外れようとしていた。




