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檻の中の握手

檻というものは、運ばれる側のことをまったく考えていない。


「ギャッ!」


 教団兵が一歩進むたび、俺は木の床を右へ左へ転がった。


 ごとん。


 ごろん。


 がつん。


「もっと静かに歩け!」


 もちろん伝わらない。


「大将、暴れるな」


 二重底の下から、ガーロの声が震動で届く。


「俺が暴れてるんじゃない! 世界が揺れてるんだ!」


「クロ、左へ寄って」


 ルビーが言う。


「次、右へ傾くよ」


「運んでる人、右脚を引きずってるから」


 なるほど。


 右脚が着く直前に、俺は左の格子へしがみついた。


 どすん!


 身体が一度浮き、格子へ腹から貼りつく。


「ギィッ!」


 わかっていても痛いものは痛い。


 檻の外から見れば、捕まったゴキブリが一匹、必死に格子へしがみついているだけだ。


 まさか底板の下に、ガーロ、二号、ルビー、ピノが重なっているとは思うまい。


 いや、重なっているのは予定と違う。


「二号、翅が顔に当たる」


「ピノ、動くな。角が腹に――」


「角じゃない、工具!」


 ぎゅうぎゅうである。


 仲間を五匹に絞った判断は正しかった。


 もし二十匹入れていたら、教団と戦う前に仲間同士で平たくなっていた。


 俺はもう十分平たい。


     ◇


 檻が地面へ置かれた。


 ごどんっ。


 木枠から細かい埃が落ち、俺の触角を白くした。


「連れてきました」


 兵の声。


「村長は?」


「村へ戻しました。住民は家から出ないと申しております」


 嘘だ。


 村人はもう避難を始めている。


 檻へ入る直前、村長の指と触れた一瞬を思い出す。


 震えていた。


 それでも離さず、最後に三度、格子を叩いた。


 一度目は、避難開始。


 二度目は、南路確保。


 三度目は――帰ってこい。


 命令ではない。


 約束だった。


 俺は触角を格子へ当てた。


 三度返す。


 もう村長には届かない。


 それでも返した。


「害虫一匹のために、ずいぶん立派な檻を作ったものだ」


 ヴァルガが近づいてきた。


「言葉がわかるそうだな」


「ギ」


「返事まで真似るか」


 真似ではない。


 言葉だ。


 だが、いま説明してやる必要はない。


 俺は怯えたふりをして檻の奥へ下がった。


 本当にも怖いので、演技は簡単だった。


 床の下から、熱い風が上がってくる。


 焼けた油。白い粉。古い金属。清め薬。そして、生き物の卵に似た湿った臭い。


 ここは操作塔の地下だ。


 目の前に、それがあった。


 白い卵。


 人間の背丈の二倍はある。半透明の殻の内側で、黒い影がゆっくり動いている。


 どくん。


 卵が脈打つ。


 床全体が持ち上がったような振動が、六本脚から腹へ突き抜けた。


「ギ……」


 これは設備ではない。


 生きている。


「祭りの恐怖が足りなかった」


 ヴァルガが卵へ手を置いた。


「だが、恐怖の象徴そのものを炉心へ与えれば目覚める」


 俺を見る。


「村人が愛した精霊が、ただの害虫だった。その絶望まで、すべて清い火へ変わる」


 とんでもない勘違いだ。


 村人の恐怖は減っている。


 逃げる準備をしているから。何をすべきか知っているから。そして俺たちを、名前のある相手として見始めたから。


 だが卵の鼓動は速い。


 どくん。


 どくん。


 檻を運んだ兵が怯えている。


 ヴァルガの周りにいる神官たちも、卵を見て恐れている。


 こいつは敵味方を選ばない。


 近くにいる生き物の恐怖を、全部吸っている。


「始めろ」


 ヴァルガが杖を上げた。


 白い管へ光が走る。


 いまだ。


 俺は布の切れ目へ突っ込んだ。


 びりっ!


 二秒。


 檻の外へ転がり出る。


「なにっ?」


「拘束性能、零やったな!」


 二重底が跳ね上がった。


 ガーロが底板を背負って飛び出す。ルビーが風で藁を巻き上げ、兵たちの目へ叩きつける。二号は金属管へ飛びつき、警鐘と同じ音を三方向へ響かせた。


 カン! カカン! カァン!


「侵入者だ!」


「何匹いる!」


「見えない!」


「四匹!」


「五匹や!」


 二号、訂正しなくていい!


「弁へ!」


 俺たちは三方へ散った。


     ◇


 第一弁は、卵の左側。


 ガーロが取っ手へ顎をかける。


「大将、順番は!」


「青、赤、白!」


「全部白いぞ!」


 教団が塗り直していた。


 セラから教わった色分けが、何の役にも立たない。


「ひどい!」


 ピノが管の刻印を読む。


「色の下に古代番号がある。左が三、中央が一、右が二!」


「順番は一、二、三やな!」


 二号が走る。


「待て。セラは青、赤、白と言った。番号順とは限らない」


 俺は管へ触角をつけた。


 三本の振動を聞く。


 左は、細かく速い。村の広場から来る感情導管。


 中央は、重い水音。北井戸の回収管。


 右は、ほとんど動いていない。廃水路だ。


 閉じるのは恐怖、次に水。


 最後に廃水を開く。


 色ではない。


 役目の順だ。


「左を閉じろ!」


 ガーロが弁へ全体重をかけた。


 ぎぎぎぎぎっ。


 錆びた軸が軋む。


 動かない。


「二号、振動を合わせろ!」


「任せろ!」


 二号が管を叩く。


 こん。こん。こん。


 ガーロの顎が押す周期と、音を重ねる。


 俺とルビーも取っ手へ脚をかけた。


「せーの!」


「ギギギギギッ!」


 がごん!


 弁が回った。


 広場からの冷たい振動が止まる。


「次、北井戸!」


 中央弁へ走る。


 そのとき。


 卵の殻に、細い線が入った。


 ぴしっ。


 全員の脚が止まる。


 もう一本。


 ぴし、ぴしぴしっ。


「孵化が始まった!」


 ピノが叫ぶ。


「まだ二本あるぞ!」


「止めても遅い!」


「遅くても止める!」


 俺たちは中央弁へ飛びついた。


 背後で、卵が割れた。


 バギィィィンッ!


 白い殻の破片が横殴りに飛ぶ。床石へ突き刺さり、石片が雨のように跳ねた。衝撃が管を震わせ、俺たち五匹の身体をまとめて浮かせる。


「伏せろ!」


 ガーロが片翅を広げ、ピノを庇った。


 俺は床へ腹を貼りつけた。薄い身体の上を、白い破片が唸って通る。


 人間なら避けられない高さ。


 ゴキブリだから、床との隙間へ逃げ込める。


 怖い。


 だが、この低さが俺たちの盾だ。


 殻の中から、巨大な脚が出た。


 一本。


 二本。


 六本。


 白い甲殻。鎌のような前脚。口元には左右一対の黒い牙。膨らんだ腹の両側で、透明な袋が毒液を揺らしている。


 俺たちと同じ六本脚だ。


 親近感はない。大きすぎる!


「白燼炉心獣……」


 ヴァルガの声が震えた。


「目覚めた。ついに、浄化が――」


 炉心獣の前脚が振られた。


 ヴァルガの横にあった石柱が、斜めに切れた。


 ずずっ。


 次の瞬間、柱の上半分が床へ叩きつけられる。


 ズガァァンッ!


 操作塔が揺れ、天井から白い粉が噴き出した。


「浄化する相手を選んでないぞ!」


 兵たちが逃げる。


 炉心獣は恐怖の大きい方へ頭を向けた。


 村だ。


「止めろ!」


 ヴァルガが杖を振る。


 白炎が炉心獣の背へ絡む。


 獣は止まらない。


 炎を吸い込み、さらに甲殻を厚くした。


「命令を聞け!」


 ヴァルガの声が裏返る。


 炉心獣は壁へ突進した。


 石が内側から膨らむ。


 みしっ。


 びきびきびきっ。


 そして。


 ドガァァァァンッ!


 塔の壁が村側へ吹き飛んだ。


     ◇


「来るぞ!」


 レンの声が村へ響いた。


 白い大型魔物が、崩れた操作塔から這い出してくる。


 六本の脚が畑へ刺さるたび、土が波のように盛り上がった。黒い牙の隙間から白い毒霧が漏れ、草の葉を灰色に変えていく。


「第一避難班、南林へ!」


 村長が叫ぶ。


「病人は乾燥棚の担架! 水係は霧へ近づくな!」


 一晩練習した動きが始まった。


 子どもたちは小さな荷袋を背負い、家ごとに列を作る。木こりたちが修理済みの乾燥棚から風板を外し、即席の盾にする。南井戸から運ばれた水が、街道へ並ぶ。


「村人が逃げ切るまで、ここを通しません!」


 リリアが一人、炉心獣の前へ立った。


 聖剣を抜く。


「はああああっ!」


 横薙ぎの光が走る。


 白い甲殻へ食い込み、山のような身体を半歩押し戻す。


 ガギィィィンッ!


 衝撃が畑の土を円形に吹き飛ばした。


 甲殻に、大きな亀裂が入る。


「やった!」


 レンが叫ぶ。


 亀裂が白く光った。


 地面の下から恐怖の魔力が流れ込み、割れた殻を塞ぎ始める。


「再生する……!」


 リリアが剣を構え直す。


 それでも、燃料を止めなければ終わらない。


「中央弁だ!」


 俺たちは崩れかけた塔の中で、まだ弁へしがみついていた。


 ガーロの甲殻へ石粉が積もっている。ルビーの翅は片方裂けた。ピノの工具袋はどこかへ飛んだ。二号だけは、なぜか檻の藁を頭に巻いている。


「何だそれ!」


「防具!」


「燃えるぞ!」


「ほな取って!」


「自分で取れ!」


 俺たちは中央弁を押した。


 動かない。


 第一弁より太い。水圧が反対から押し返している。


「チュウタ!」


 俺は床を五回叩いた。


 緊急合図。


 返事が来る。


 下から、どどどどどっ、と土を削る振動。


「呼んだか!」


 床石が盛り上がり、チュウタの頭が突き出した。


「遅い!」


「怪物が歩くたび、土の層が逃げるんだよ!」


「押せ!」


 チュウタが弁の軸へ前歯をかける。


 ガーロが取っ手。


 ルビーが管の逆風を止める。


 二号が全員の力へ音を合わせる。


 ピノが古代文字を読み、引っかかった安全爪を外す。


 俺は六本脚で軸の振動を読み、一番力が逃げない瞬間を待つ。


「いま!」


 ぎぎぎぎぎぎっ。


 金属が悲鳴を上げる。


 取っ手が少しずつ回る。


「もう少し!」


「歯が抜ける!」


「また生える!」


「張り合うな!」


 がこん!


 中央弁が閉じた。


 北井戸からの流れが止まる。


 外で、炉心獣の再生が遅くなった。


「最後、廃水路!」


 右弁を開く。


 こちらは錆びついていない。


 軽すぎるほど回った。


「簡単やん!」


 二号が勢いよく押す。


 回りすぎた。


 取っ手が外れた。


「あ」


 全員が止まる。


 管の継ぎ目から、白い魔力が噴き出した。


 しゅごおおおおっ!


「開けすぎだあああ!」


 俺たちは風に飛ばされた。


 だが白い流れは、卵の台座から廃水路へ向きを変えた。


 成功である。


 見た目は完全な失敗だが、成功である!


     ◇


 炉心獣の背中から、白い光が抜けた。


 リリアがつけた亀裂が、もう塞がらない。


「いまです!」


 セラが村の丘から赤い布を振った。


 村長が鐘を鳴らす。


 ゴォン!


 作戦開始の合図。


 チュウタが一晩かけて掘った溝へ、炉心獣の前脚が落ちた。


 ずぼっ。


 巨体が傾く。


「網を!」


 レンと木こりたちが、穀物用の大網を引いた。昨日俺たちが穴を繕った網だ。左右の乾燥棚へ結び、怪物の牙へかける。


「引けえええ!」


 人間が引く。


 床下から、ガーロ隊が結び目を締める。


 空ではルビーの仲間たちが風を送り、毒霧を村と反対側へ押し流す。


 二号の歌が、鐘へ重なった。


「ひとつの脚は溝の中ー! 二つ目の脚は網の中ー! 三つ目以降は多すぎるー!」


「歌詞を考えろ!」


「数える暇ないんや!」


 それでも歌の振動で、地上と地下の引く瞬間が揃う。


 ぐぐぐぐぐっ。


 炉心獣の頭が下がった。


 黒い牙の根元が見える。


 その奥。


 胸の殻の隙間に、青白い魔石が脈打っている。


「リリア!」


 俺は崩れた塔の壁を駆け上がった。


 外へ。


 朝の光。


 巨大な炉心獣。


 リリアがこちらを見る。


「どこですか!」


 俺は触角の間へ雷を集めた。


 魔石へ向けて放つ。


 ぱちん!


 小さい。


 相変わらず、俺の雷は地味だ。


 だが青い火花が、牙の奥へ一本の線を描いた。


「見えました!」


 リリアが地面を蹴る。


 土が爆ぜた。


 白銀の髪が朝日を引き、炉心獣の頭上まで一息で跳ぶ。


 怪物が鎌脚を振り上げる。


 リリアは空中で身体をひねり、刃の上へ着地した。そのまま前脚を駆け上がる。


 人間離れしている。


 いや、勇者だった。


「村を、仲間を――これ以上怖がらせない!」


 聖剣が青い火花の線へ重なる。


 光が落ちた。


 ズガァァァァァンッ!


 牙が砕ける。


 胸の甲殻が内側から弾け、白い破片が空へ噴き上がる。剥き出しになった青白い魔石へ、聖剣がまっすぐ突き刺さった。


 炉心獣が吠える。


 音ではない。


 地面と空気と、俺の甲殻まで震わせる巨大な断末魔。


 オオオオオオオオ――!


 六本の脚が一度ずつ土を叩く。


 一脚目で溝が崩れ。


 二脚目で乾燥棚が軋み。


 三脚目で網が裂け。


 四、五、六。


 そして巨体が、村と反対側へ倒れた。


 ズズズズズ――ドォォォンッ!


 土煙が畑を覆う。


 風圧で俺は壁から剥がされた。


「ギャアアアッ!」


 空へ飛ぶ。


 今度こそ落ちる。


 黒い影が横から来た。


 ガーロが、残った片翅を広げて俺へぶつかる。二匹まとめて土の山へ転がった。


「大将、生きてるか!」


「お前こそ!」


「俺は生きてる!」


「俺もだ!」


「点呼!」


 叫んだのは同時だった。


     ◇


「ガーロ!」


「いる!」


「二号!」


「ここや! 藁が取れへん!」


「ルビー!」


「いる! 右の翅が裂けたけど飛べる!」


「ピノ!」


「工具がない!」


「お前はいるのか!」


「いる!」


「チュウタ!」


「怪物の下じゃない! 溝の中だ!」


 よし。


 潜入組、全員いる。


 ガーロ隊。


 赤風組。


 ネズミ組。


 一匹ずつ返事が来る。


 声が来るたびに、腹の底の強張りが一つずつ緩んでいく。


 人間側はレンが名簿を読み、村長が避難所から返事を集める。


「四十七世帯、全員いる!」


 死者ゼロ。


 重傷者ゼロ。


 乾燥棚は一つ傾いた。穀物網は破れた。畑には巨大な足跡と溝ができた。


 直せる。


 全部、直せる。


 ガーロが片翅で二号の頭の藁を、ようやく引っぺがした。


「あちち!」


 ルビーが裂けた翅のまま、それでも笑っていた。


「勝ったぞ!」


 レンの声が上がった。


 村人たちが一斉に叫ぶ。


 地面へ何十人分もの足踏みが落ちてくる。


 恐怖ではない。


 喜びの振動だ。


 俺の六本脚へ、腹へ、触角へ、どんどん届く。


 うるさい。


 ものすごくうるさい。


 最高だ。


 リリアが炉心獣の背中から降りてきた。


 俺を両手ですくう。


「クロさん、無事で――」


 手のひらへ載った俺を見て、一瞬だけ顔が引きつった。


「……無事でよかったです」


 いま少し怖がったな。


「怖がってません」


 まだ何も言っていない。


「顔に書いてあります」


 ゴキブリの顔を読めるようになったらしい。


 成長を喜ぶべきか、複雑である。


     ◇


 ヴァルガは、崩れた塔の前に座り込んでいた。


 白い杖は折れ、火傷のある手で炉心獣の殻へ触れている。


「これは……人を守る火だった」


 誰へ言うでもなく呟いた。


「怖れを集め、病のもとだけを焼くはずだった」


「焼く相手を、最初から決めつけたからだ」


 セラが立った。


「炉は生き物を区別していない。お前が区別させたつもりになっていただけだ」


 ヴァルガは反論しなかった。


 リリアが折れた杖を拾う。


「司祭ヴァルガ。村への脅迫、違法な拘束、危険設備の起動について、王国へ同行していただきます」


「私を裁けば、病が消えるのか」


「消えません」


 リリアは静かに答えた。


「だから水路を直し、薬を調べ、次の病へ備えます。あなたを裁くこととは別に」


 剣だけではない強さに、俺は手のひらの上で胸を張った。


「何でクロさんが得意そうなんですか?」


 気のせいだ。


     ◇


 昼前。


 村の広場には、とんでもない量の戦利品が並んだ。


 白い甲殻板、十八枚。


 黒い牙、一本と半分。


 透明な毒袋、二つ。


 脚の鎌、六本。


 青白い魔石、一個。


 人間にとっても大きい。


 俺たちにとっては山脈である。


「これ、どうする?」


 レンが訊いた。


「甲殻は屋根になる」


 チュウタが言う。


「牙は橋」


 ガーロが言う。


「毒袋は風船」


 二号が言う。


「絶対に膨らませるな」


 セラが即座に止めた。


「食えるところは?」


 チュウタが訊く。


「ない」


「本当に?」


「少なくとも、試す前に解毒設備が要る」


「ちょっとだけなら」


「駄目だ」


 相棒の目が死んだ。


 巨大な獲物を倒したのに食えない。


 ネズミにとっては敗北に近いらしい。


「捨てるしかないか」


 村長が甲殻を叩いた。


 こん、と硬い音がする。


「待て」


 オルドが顎を撫でた。


「交易都市の冒険者ギルドなら、魔物の素材を買い取る」


「買う?」


 俺の触角が上がった。


「甲殻は防具、牙は刃物、毒袋は薬になる。魔石は、わしにも値がわからん」


「全部、金になるのか?」


 チュウタの目が生き返った。


「金で食べ物が買える?」


「買える」


「大勝利だ!」


 判断が早い。


「でも、誰が運ぶんです?」


 レンが白い甲殻の山を見上げた。


 全員が黙った。


 倒すところまでは考えた。


 運ぶことは考えていなかった。


 甲殻一枚だけでも、ゴキブリ何百匹分の重さがある。


「ギ……」


「大将、顔が悪いぞ」


「いつもやろ」


 二号。


 記念すべき勝利の日にまで言うな。


 村長が笑った。


「今度は、わしらが手伝う番だ」


 村人たちが縄と荷車を持って集まってくる。


 人間とネズミとゴキブリが、巨大な甲殻の周りへ並んだ。


 俺は一番小さい。


 それでも前へ出る。


「せーの!」


 二号の声に合わせ、全員で押した。


 甲殻の山が、ほんの少しだけ動いた。


 ずずっ。


 昨日までなら、あり得なかった光景だ。


 夜の精霊はいなかった。


 いたのは、口うるさいゴキブリと、食いしん坊のネズミと、怖がりながら手を貸す人間たちだった。


 それで十分だ。


「交易都市へ早馬を出そう」


 村長が言った。


「冒険者ギルドへ、こう伝えるんだ」


 白い甲殻が朝日に光る。


 最弱で嫌われ者だったはずの俺たちが、ここまで来た。


 まだ始まったばかりだ。


「ラナ村に、とんでもない戦利品と――とんでもなく小さな討伐者がいる、とな」

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