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2050  作者: 落川翔太
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「今晩、空いてる?」

 その日の朝礼が始まる前、真子の隣に座っていた河野礼人(こうのあやと)が耳打ちした。彼は、生活安全課で、茶髪のホスト風の男である。

「なんで?」と、真子は訊き返した。

「話したいことがあってさ」と、彼は言った。

「別に……時間はあるけど」

 真子がそう言うと、「じゃあ、六時に『奈落(ならく)』で飲もう」と、彼は言った。「奈落」とは、警察署から少し歩いた所にある居酒屋である。

「分かった」と、真子は答えた。

 朝礼を終えて、真子は真平と二人でいつものようにパトロールへ向かった。その後、食堂でランチをして、取り調べや調書の作成などの仕事をこなした。

 そして、夕方になり、真子は生活安全課の部屋の自分のデスクでパソコンとにらめっこをする。それから三十分ほど仕事をした後、真子はちらりとパソコンの右下の時計を見た。午後五時四十五分だった。

 まだ仕事は終わっていなかったが、河野との約束を思い出し、続きは明日やるとしてそこで仕事を中断することにした。

 パソコンを閉じ、席を立つ。それから、真子は真平に一言声を掛けようと思った。

「真平さん、今夜ちょっと友達と会う約束があって。先帰るね」

 真子がそう言うと、「そっか。分かった」と言って、彼は手を上げた。

 真子は微笑んで手を上げた後、コートと荷物を持って、そこを出た。

 六時になる五分前に、その居酒屋に到着した。早速、店の中へ入る。

「何名様ですか?」と若い男性店員に訊かれ、「待ち合わせです」と真子が答えると、「田宮さん、こっちこっち」と、奥から河野が手を上げて言った。

 河野に気付いて、真子は男性店員にペコリと頭を下げて、すぐに彼のもとへ向かった。

「こんばんは」

 真子は彼にそう挨拶をして、席に着く。

「何飲む?」と、河野がフランクに訊いた。

「うーんと、ハイボールで」

 それから、「すいません」と、彼が近くを通った店員の男性に声を掛けた。

「はい?」

「ハイボールと、生を一つ」

「はい。かしこまりました!」

 その男性店員はそう言うと、そこを立ち去り、厨房に注文を通した。

「永尾って、男はどうなんだ?」

 早速、河野がそう訊いた。

「永尾じゃなくて、永尾さんね? 私達よりも年上なんだから……」と、真子は正すように言う。「素敵な方よ」それから、真子はそう答えた。

「素敵って? どういうところが?」

 河野は質問する。

「仕事熱心だし、丁寧だし、なにより優しいのよ」と、真子は答えた。

「俺も仕事熱心だと思うけど……」と、河野は言う。

「熱量が違うわ。一緒に働いたら、分かるけど」

「あ、そう……。でも、そういう男って、君のことをよく見てくれているのか? プライベートはどうなんだ?」

「仕事は仕事。プライベートはプライベートよ。デートとかも頻繁にしてるし、時々だけど夜とか一緒に過ごすこともあるよ」

「結婚とか考えてるの?」と、彼が訊いた。

「ええ、考えてる。っていうか、もうすぐしようって、二人で話してるの」

「へー、それはおめでたい話だな」

 彼はにやりと笑って言った。

「でしょ?」

「俺としては、悔しい話だけどな」

 それから、彼が呟くように言った。

「悔しい? どうして?」と、真子は訊いた。

「そりゃあ、君の元カレとしてだよ」と、彼は言った。

「え? それ本気で言ってる?」

 真子は訊いた。正直、彼がそんなことを言って、気味が悪いと思った。

「本気で言わないで、何だっていうんだ」と、彼は言う。

「いや、引くよ。実際、引いてる。元カレなら、『おめでとう』って素直に言えばいいでしょ? てか、何でそんなことを言うの?」

「あのさ……」と、彼が口を開く。

「何?」

「田宮さん、いや、真子。俺ともう一度やり直してほしい!」

 彼は真面目な顔で言った。

「へ? 何を言ってるの? それ、本気?」

 真子は目を丸くする。

「ああ、本気だよ。俺と結婚を前提に付き合ってほしい!」

 彼は真子をまじまじと見て言った。

 彼からの急なその告白に、真子はビックリした。

「無理よ! だって、私、付き合ってる男性がいるんだよ? だから、無理。死んでも無理!」

 真子は大声で言った。

「真子、お願いだ! 俺、永尾さん以上に君を幸せにするから!」

 彼は必死に懇願する。

「嘘よ!」

「嘘じゃない! 絶対幸せにする」

「だから、あなたとは無理なのよ!」

「どうして無理なんだ?」

「だって、とっくの昔に私達別れたでしょ? あの時、私はあなたのことが嫌いになったの! 嫌いなの!」真子は叫ぶように言った。

「私たちの関係を壊さないで!」

 それから、真子は大声で言った。日本語で。

「え?」と、彼が驚いた。周りにいた人達も、皆、真子の方を見た。二人の会話が気になったからではなく、「日本語を聞いてしまった」からである。

 その後すぐに、真子も自分が「日本語」を言っていたことに気付いた。

「うそ……」

 真子は顔を手で覆うようにして、呟いた。今度は、英語で。

「おい、お兄ちゃん、警察呼べよ!」

 それからすぐその店にいた男性客が若い男性の店員に言った。その店員は頷き、すぐに厨房へ行き、電話を掛けた。

「すみません。居酒屋の奈落です。事件です。たった今、お客様が日本語を使いました。女性のお客様です……」

 真子や河野は警察であるが、その時ばかりはどうすることもできず、警察が来るまでは注文したものを食べながらじっとする他なかった。

 それから、十分ほどしてパトカーがやって来て、二人の男性警察官が店の中に入って来た。

「すみません、警察です。どの方です?」

 背の高い眼鏡の男性警察官の一人が訊いた。

「あちらの女性です」と、先程の若い男性店員が真子を指した。河野はその二人の警察官を見て、目を大きく見開いた。真子もビックリした。

その二人の警察官は、生活安全課の大塚巡査部長と吉田巡査であった。

「大塚さん……」と、真子は呟くように言った。

「え? 河野と……田宮さん?」と、大塚巡査部長も驚いて言った。「二人はここで何をしている?」大塚巡査部長は、首を傾げた。

「実は……」と真子は口を開き、ここであったことを正直に話した。真子はそれを話していて、実に恥ずかしかった。河野も同じ気持ちであろうと真子は思った。

「……なるほど」と、大塚さんは頷いた。

「…………」真子は黙る。河野も黙った。

「……分かった。詳しい話は署で聞くとしよう。とりあえず、ここを出ようか」

 大塚巡査部長はそう言って、外へ出る。真子は彼の後ろに続いた。その後すぐに、河野が会計を済ませ、吉田さんと一緒にそこを出てきた。

 それから、真子はパトカーに乗った。大塚巡査部長と吉田巡査もそのパトカーに乗り、署まで向かった。河野は一人で帰ることにして、三人と店の前で別れた。

 警察署に着いて、真子は大塚巡査部長たちじゃない別の警察官の二人に事情聴取を受けた。もちろん、真平でもなかった。

 十五分程、その取り調べが終わった。その部屋を出る前に、「あの」と、真子は一人の男性警察官に声を掛けた。

「永尾さんと少しお話がしたいのですが……」

 真子がそう言うと、「永尾って、交通課の?」と、彼が訊いた。

「ええ」

「分かりました」

 そう言って、その男性警察官は真平がまだ署にいるかどうかを確認しに行った。しかし、彼はもう帰宅しているようだった。その男性警察官は、彼の自宅へ電話を掛けた。

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