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六月二十七日。東京・新宿
「どうも~、カムフラージュです。黒澤です」
「渡部です」
「よろしくお願いします」
「お願いします」
新宿にある小劇場で、黒澤は相方の渡部千恵と漫才をしていた。観客たちはまばらにいる。他にも何人かの芸人たちがいて、順番にコントや漫才などをしていた。
「え~、最近どうです? お腹の方は?」と、黒澤は渡部に訊く。
「お腹の方って?」と、渡部が訊き返す。
「妊娠何ヶ月です?」
「妊娠してないわ! 誰と勘違いしてるん?!」
「あれ? ああそうか! ゴメン、姉貴と勘違いしてたわ!」
「姉貴かい! 急にビックリするからやめて!」
観客たちが笑う。
「で、お姉さん、妊娠してるの?」
「そう」
「何カ月なん?」
「今、六カ月」
「もう半年経つんや! それはお腹も出てきて、今大変なんじゃない?」
「そうみたいだね」
「お姉さん、今何してるの?」
「仕事!」
観客たちが笑った。
「ええ? 今お仕事してるん? 大丈夫なん? そろそろ産休しなくて平気なん?」
「明日から!」
「明日から?! それも急やな! それはご苦労さん」
会場が笑いの渦に包まれる。
その後も、二人の漫才は続く。
「お姉さんの子が産まれたら、黒澤さん、おばになるわけだけど、黒澤さんは理想のおば像とかある?」
渡部がそう振る。
「こんな像かな!」と、黒澤は左の腰に手を当てて、右手で目の辺りにピースする。
「何それ? 平成のギャルかよ!」
渡部のツッコみに、観客たちが大笑いする。
「写真撮るんじゃないんだから」
「え? 違うの?」
「おば像って、ポーズをとるんじゃなくて、どんな人になりたいかって話よ」
「あー、そっかそっか! そっちね!」
「そう」
「えーっと、理想は峯保奈美さんかな?」
「あー、峯さんね。確かに美人だし、スタイル良いし、色気あるし、カッコいいし……」
「うんうん」
「でも、あの人は女優だよ。大女優! いくら何でも理想が高すぎるよ……」
「理想なんだから、いいじゃない?」
「まあね」
「じゃあ、逆に訊くけど、渡部さんはどんなおばさんになりたいの?」
「うーんと、有村架純さんとか広瀬すずさんとかかなあ……」
「アリカスに、ヒロスズ?」
「うん、そう……ってか、橋本環奈=ハシカンみたいに略すなよ!」
「分かりやすくていいでしょ?」
「いや、分かりにくいよ!」
「そっか。ゴメンゴメン」
「いいけど、まあ……」
「てか、渡部さんこそ、理想高くない?」
「理想なんだからいいでしょ?」
「まあね」
「でも、可愛くて、スタイルがよくて、美人で……ってのが、理想のおばさんでもないでしょ?」
「というと?」
「優しかったり、いつもニコニコしてたり、元気だったり、明るかったり」
「うんうん。陽気だったり、ノリが良かったり……」
「そうそう」
「いつもお金くれたり……」
「いつも?」
「そう、いつも!」
「それは大女優とかじゃないと……」
「そう?」
「そうでしょ!」
「だったら、あたし、芸人辞めて、女優になる!」
観客たちが爆笑する。
「へ? 何言ってるの? 黒澤さん?」
「だから、姪や甥たちに、いつもお金が渡せるようになるために今から女優になるんだって!」
「えー、無茶言わないで!」
「本気よ!」
「急だよ!」
「本気の本気よ!」
それから、黒澤はそう「日本語」で言った。
渡部がビックリして、黙ってしまう。会場内もしーんとする。
少しして、渡部が続ける。
「芸人でも十分平気よ! 十分にお金なら渡せるって! だから、黒澤さん、そんなこと言わないで!」
「渡部さん……ありがとう!」
「黒澤さん……どういたしまして」
観客たちが再び笑う。
「どうもありがとうございます」と、二人は観客に向かってお辞儀をした。
観客たちから拍手が湧いた。二人はすぐに舞台裏へ戻る。
すぐに、黒澤はマネージャーの女性に呼ばれた。
午前十一時を過ぎた頃、真平は田宮さんとパトロールをしていた。
三十分ほどして、真平たちの無線機から女性の声がした。
「こちら、島本。今しがた、新宿にある小劇場で、お笑い芸人のカムフラージュの黒澤厚子さんがお笑いライブ中に、『日本語』を喋ったと、彼女のマネージャーから連絡が入りました。至急、そちらに向かってください」
「了解しました!」と、真平は応答する。田宮さんも頷いた。
それから、真平たちはすぐに新宿にあるその劇場へ急いだ。
十五分ほどして、真平たちはそこへ着いた。
劇場に入り、受付にいた男性に真平が「警察です」と声を掛けると、「こちらへどうぞ」と彼は言って、二人を案内した。
控室の前で立ち止まり、その男性が扉をノックする。
「はい」と、中から返事があったので、「警察の方がお見えです」と男性が言った。
「どうぞ」と女性の声がしたので、「失礼します」と、男性は言って扉を開ける。二人もそこへ入る。
「永尾です」と言って、真平は胸ポケットから自分の警察手帳を見せる。その後、田宮さんも真平と同じようにした。
「マネージャーの大竹です」と、女性の一人が言った。
それから、「黒澤です」と、眼鏡の女性が挨拶する。もう一人のぽっちゃりした女性が「渡部です」と、頭を下げる。
「黒澤さん、『日本語』を喋ってしまったというのは、本当ですか?」
真平が黒澤さん訊いた。
「ええ……」と、彼女は頷いた。
「お二人は、お聞きになっていましたか?」
今度は、大竹マネージャーとその相方の渡部さんに訊く。
「聞いていたというより、見てました!」と、大竹マネージャーが答える。
「私は直接聞いちゃいました……」と、渡部さんが俯いて言った。「漫才中に、急に黒澤さんが言ったから私も頭が真っ白になっちゃって……」
「その後、渡部さんが機転を利かせて、漫才を続けてくれたんですけど……」と、黒澤さんが続けた。
「分かりました。詳しい話は署でお聴きしますので、こちらへついて来て下さい」
真平がそう言い、その部屋を後にして、外へ出る。田宮さんとそこに居る三人も外へやって来た。
パトカーに黒澤さんが乗る。大竹マネージャーと渡部さんがそこで立ち止まっていた。
「この車、四人乗りですよね?」と、大竹マネージャーが言った。
「ええ。どちらが乗られます?」と、真平が二人に訊いた。
「私はいいわ。これからの仕事もあるし……」と、大竹マネージャーが言った。「渡部さん、付き添いで乗っていいわよ」
「分かりました」
渡部さんが頷いて、彼女は黒澤さんの横に乗る。
二人が乗ると、すぐに真平たちも乗り、真平は署へと車を走らせた。
署に着いて、真平たちは彼女たちを取調室へ連れて行く。
部屋に入り、二人は奥のパイプ椅子に座った。
待っている間、彼女たちはその部屋の中を見回した。
「実際に来るとすごいね」と、渡部さんが言った。
「そうだね。よくコントで「取り調べ」ってあるけれど、あれは作り物だもんね。いい勉強になるね」と、黒澤さんが言って笑った。
それから、部屋のノックの音がした。部長が来たのかと思ったが、それは田宮さんだった。彼女はお茶を持ってやって来た。田宮さんは二人の前に、お茶を置く。ありがとうございます、と二人は彼女にお礼を言った。
「それじゃあ、取り調べを始めます。よろしくお願い致します」
真平は彼女たちの正面に座り、取り調べを始めた。田宮さんは隅の机に座り、紙とペンを用意した。
「なんだかコントみたいですね」
それから、真平が呟くように言った。
すると、カムフラージュの二人が笑い、田宮さんもくすりと笑う。
「ええ、本当に」と黒澤さんが笑う。
「それでは、黒澤さん、お話をお聞かせください」
真平は黒澤さんを見てそう言った。
三十分ほどして、取り調べが終わった。
カムフラージュの二人は、取調室を出ると、外へ行く。外には男性警察官の二人が待ち、一台のパトカーが停まっていた。二人はそのパトカーに乗る。それから、そこに居た二人の警察官たちもそのパトカーへ乗り、その車は発進した。
その翌日、テレビのニュースで、カムフラージュの黒澤さんが死亡したと報道された。相方の渡部さんは泣きながら相方の死をコメントしていた。




