100 夜市と妖猫 (最終話)
最終話です!
異界渡りをしてから早いものですでに四日が経とうとしている、今日は午後からこの上ノ国の妖狐の屋敷に妖猫の当主が来ることになっている。
紫苑は前日から上ノ国の屋敷に入り、大まかな屋敷の作りや注意するべき人物などの情報を月天から教えてもらった。
幸いにも、月天の執務室周辺は常に人払いがされているので屋敷の者たちと顔を合わせて問題を起こすようなこともなかった。
今日の会談は何やら琥珀様が月天に内密で相談事があるということで、表向きは月天への来客ありとだけ予定が記されている。
「紫苑分かってはいると思うが、何を言われても適当に愛想笑いを浮かべておけば良いからな!」
今日何度目になるか数えるのすら嫌になるくらいに何度も言われた台詞を聞きうなずき返す。
「大丈夫、何も言わずに月天の後ろに控えてるから」
「絶対だぞ?彼奴等はときどき突拍子もないことを言い出すからな」
月天が小言を言い始めると、使いの者が来て琥珀とその側近の者が到着したと告げる。
月天が紫苑の方へ目配せすると、紫苑は言われたとおり月天の少し後ろの方で半面をつけて控える。
「構わぬ、中へ入れ」
月天が廊下に控えている使者にそう告げると、障子が開き琥珀が姿を現す。
「いやぁ~、久しぶりだね!今年の俄は例年と違って楽しめたよ!」
琥珀は部屋へと入ってくると、迷うことなく月天の正面に設けられた席に腰を下ろす。
「あ!その後ろに控えているのが紫苑ちゃん?今日はわざわざ同席してくれてありがとうね~今日の話は紫苑ちゃんにも関係があるからさ~」
琥珀が馴れ馴れしく紫苑の名を呼ぶと月天は苛立ちを含ませた視線を琥珀へ送る。
「で?この忙しい時期にわざわざ来るなどなんの用件だ?」
「そんな苛々しなくてもいいのに~久々に友達に会ったんだからちょっとくらい仕事以外の話でもしようよ~例えば恋話とか?」
琥珀がニヤリと笑みを浮かべて言うと、いつの間に放たれたのか琥珀の顔のすぐ横を一枚の札がかすめる。
「お前と友人になった覚えはない。用件が無いのであれば出ていけ」
「も~つまんない男だな~、紫苑ちゃんもそう思うだろ?」
月天が今度こそ殺気を込めて琥珀をにらみつけると、観念したようでやっと本題を話し出す。
「せっかちな月天がこれ以上怒ったら手に負えないからね~仕方ないから用件を言うと、術者を数名ばかり妖猫の里に貸し出してほしいんだ。夏の宵祭があるだろう?今年は俄で同盟が結ばれた事もあって例年より妖怪の出入りも増えそうなんだよ~」
「術者など他の里から借りればよいではないか、なぜわざわざ私に頼む?」
「またまた~、分かってるくせに!術者の質で言うなら妖狐か蛇の一族が秀でてるからね~他の里だと質が劣る分必要になる数も多くなる。できるだけよその里の術者の数は少ないほうがいいだろう?」
「では、月詠様にお願いして術者を借りれば良い」
「いや、月詠様が年中行事以外で会ってくれるわけないの知ってるよね?そんなつれないこと言ってないで頼むよ~そうだ、月天の側近の双子とそこにいる紫苑ちゃんの三人でいいから!ね?」
「貴様、殺されたいのか?」
月天が殺意を向けると琥珀の側に控えていた鐙惚がぴくりと反応する。
「鐙惚、いいから何もするな」
琥珀が今にも腰に差した刀を抜きかねない様子の鐙惚にそう言うと、鐙惚は再び琥珀のすぐ後ろに控える。
「いや~悪いね。うちの側近は冗談が通じないからさ~。で、術者貸し出してくれるの?」
月天は脇息にもたれながらつまらなそうな表情をして琥珀に問う。
「見返りは?まさか無料で貸し出せというわけではないだろう?」
「え~、月天ケチなんだから~。見返りは白桜が夜市で何をしていたか教えるってのはどう?きっといくら優秀な妖狐の影といえども夜市の中までは調べられなかったんじゃない?」
琥珀の顔には先程までの人懐っこい笑みは消え、獲物を見つめるような危ない雰囲気をまとっている。
「さすが妖猫の当主というところか、いいだろう術者は貸し出そう」
「やったー!じゃあ、急かして悪いけど三日後には下の里の夜市地区に来てもらえるかな~」
「分かった、白夜を責任者に据えて後二名送ろう」
月天は話はこれまでと言わんばかりに言葉を区切るが琥珀が怪しい笑みを浮かべ思い出したように話し出す。
「あ!そうそう、幻灯楼の紅って子なんだけど今うちの屋敷に引き取って面倒見ているんだ~急に落籍されたからどうも元気がなくてね~誰か知り合いでも来てくれたら元気が出るかもしれないのにね~」
紫苑は紅の名を聞いて思わず声を出してしまう。
「紅がなぜ妖猫の屋敷に?」
「当主の許可無く話しかけるなどそちらの側使えは礼儀がなっていないとみえる」
鐙惚の鋭い視線が紫苑を捉えるが、それを遮るように月天が手に持った扇を開く。
「ははは、礼儀がなっていないとはよく言う。ここが誰の屋敷なのか考えてからものを言ったほうがいい」
部屋の中に一触即発の雰囲気が漂うが、その雰囲気を崩したのは琥珀だった。
「まあまあ、公の席ではないからお互い水に流そうよ。それに紫苑ちゃんが紅のことを気にかけるのは仕方がないことだろう?幻灯楼では一緒に暮らしていたんだから」
月天はムッとした表情のまま琥珀に話の続きを促す。
「それで?話したいことはそれだけか?ならば今日の会談はここまでだ」
「いいのかな~聞いておいたほうが良さげな話がまだあるんだけどな~」
「さっさと言え、こう見えて私は忙しい身なのだ」
「もう、仕方ないな~紫苑ちゃんに関係がある話っていうのはさっき話した白桜の件もそうだけど、夜市に数日前から鬼の一族の備品が流れているって噂があってね。それの一つに黒丸様のご側室だった雪華様の日誌が出回ってるって……これが本当なら紫苑ちゃんは気になるんじゃないかな~と思って」
「紫苑は見ての通り、ただの人の子だ。鬼の一族とは関係はない。話は以上なら出ていけ」
月天は今度こそ話はここまでと態度で示すと、琥珀はやれやれと肩をすくめ立ち上がる。
「あ、そうそう!術者は可愛い見習いの女の子なら大歓迎だから……」
琥珀は部屋を出ていく際にそう言って微笑むと鐙惚を連れ部屋を出ていった。
「チッ、琥珀の奴め……」
琥珀達が出ていくと月天は忌々しげに舌打ちをしてすぐに白夜を呼んでくるように従者に指示を出す。
「月天、ちょっと私用事を思い出したから出てくるね」
紫苑は月天が従者に指示を出している隙に席を立ち急いで琥珀達の後を追う。
部屋を出て正面玄関に方へ歩いていると屋敷の者に連れられて歩く琥珀達の姿を見つける。
思い切って後を追いかけてきたが、御当主に向かって私のような下働きの者が気安く声をかけてもいいものかと悩んでいると、紫苑の気配に気づき琥珀が振り返る。
「そんなコソコソと隠れてなんの用事?紫苑ちゃん」
琥珀はいつも通りの人懐っこい笑みを浮かべて紫苑の方を見るとすぐ側まで歩み寄ってくる。
「あ、あの。紅のことで……」
「あぁ、そっち?てっきり雪華様の日誌のことが聞きたいのかと思った。紅は今下の里にある妖猫の屋敷で過ごしているよ。やっぱり遊郭からきたからか屋敷の者ともあまり合わないようでね」
「なぜ紅を身請けしたんですか?まだ禿だっていうのに」
「簡単な話、あの子は私の血を濃く受け継いでいるようだったからね。濃い血はできるだけ手元に残しておきたいでしょ?そんなに心配なら術者として来ると良いよ!きっと紅も喜ぶ。凛や小雪は曼珠の園から出ることはできないからね……」
琥珀の言う通り、紅の元に行けるのは紫苑だけだろう。小雪も凛も曼珠の園の遊女、大門を出ていくのは身請けされた時かその命が尽きた時だけだ。
紫苑がどうするべきか迷っていると、畳み掛けるように琥珀が紫苑に言う。
「それに、月天は決して君には言わないだろうけど、今の妖狐の里は他の一族と少しばかり折り合いが悪い状態なんだ。この状況で貴重な御当主の側付き術者を二人も貸し出したとなるときっと他の里から見た妖狐の里の印象も良くなるだろうしね」
確かに琥珀の言う通り、当主の側付き術者はどの里にとっても重要な存在で、その術者を二人も貸し出すとなれば妖猫の里に貸しを作ることができる。
まだ見習いといえども紫苑も立場上は立派な側付き術者(見習い)だ。月天は紫苑を行かせるつもりはなさそうだが、この話は紫苑にとってかなり絶好の機会なのではないだろうか。
「きっとこれからのことを考えると、君は私たち妖猫の一族には恩を売っておいた方が徳じゃない?妖狐の上役たちは実績もない者を黙って当主の側付きとして置いておくとは思えないからね」
琥珀はそれだけいうと別れの挨拶もそこそこに屋敷を出て行ってしまった。
◇◇◇
琥珀の言葉が頭から消えないまま月天の部屋へと戻ると、少し不機嫌そうに尻尾を揺らしてこちらを見ている月天と目が合う。
「急に出ていってごめんなさい、ちょっと気になったことがあって」
「どうせ琥珀の元に行っていたのだろう?なにを言われたか知らないが、紫苑を貸し出すことはしない」
「月天、私考えたのだけど……このままただ過ごしていては上役の方々に私のことを認めさせるのは難しいと思うの。だからこそ、今回は私のことを認めさせるにも良い機会だと思うの!それに紅のことも心配だし……うまくいけば母様の日誌についても何か情報が得られるかもしれない!」
確かに紫苑の言う通り、このまま見習いとして夢幻楼で働いていても上役たちに紫苑のことを認めさせるのは難しいだろう。
条件だけ考えれば、今回の術者の貸し出しに紫苑を行かせるのはかなりメリットの方が多い。
だからこそ、気になるのだ。まるで紫苑を誘き出すような情報ばかりが不自然なほど揃っている。
「月天、お願い。この機会を逃せばきっと後悔すると思うの。絶対無茶はしないから白夜さんと一緒に行かせて欲しい」
紫苑に真剣な眼差しで見つめられ、月天は観念したように息を吐き紫苑を見つめ返す。
「分かった。そこまで言うのなら白夜とともに今回の派遣に参加することを許そう。しかし、行く前に実力も含め色々と試験を受けてもらう。それを合格することができれば許可をしよう」
こうして思わぬ形で舞い込んだ話が、後になって紫苑の人生に大きな影響を与えることになるとはこの時は知る由もなかった。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます!
たくさんの方に支えられここまで来ることが出来ました!
続編も連載予定ですので、お話気に入っていただけた方はぜひお気に入り登録していただけると嬉しいです!
本当にありがとうございました!