第17話
ありがとうございます!
ーーーあの髪の色……まさか蒼乃か?いや、あいつの髪はあんなに長くなかった。ならあの人は一体……
「やっぱり空さんはかっこいいなぁ……」
最初の歓声に比べ、今はざわめきと言ったぐらいまで周囲の声量は抑えられていたので、光輝の呟きは悠里の耳まで届いた。
「そうだ、さっきから聞こうと思っていたんだが、その空さんってのは一体誰なんだ?」
「あれ、悠里知らないの?仕方ないなぁ…じゃあ教えてあげるよ」
「ふん!」
「痛!?なんで蹴るの!?」
悠里は光輝のドヤ顔がかなりうざかったため、その顔面に拳を叩き込みたくなったが、その気持ちをぐっと抑え、脛を蹴るだけで勘弁することにした。
「……そこに光輝がいるから……かな」
「今までの人生の中でトップを争う理不尽さなんですけど!?」
どうやら悠里の優しさは光輝に伝わらなかったらしい。光輝にとってはどちらも優しくないので当然と言えば当然だが。
「ほら、それより早く空さんって人の話をしてくれ。あんまりお前と遊んでる時間はないんだ」
「悠里だけには言われたくないんだけどね!?はあ……じゃあ話すけど、僕もそんなに詳しいわけじゃないからあんまり期待しないでね?まずは、名前からかな、フルネームは蒼乃空だよ」
「蒼乃……?それって1組の蒼乃と何か関係があるのか?」
「あ、そっちは知ってるんだね。うん、悠里の考えてる通りだよ。空さんは蒼乃可憐さんのお姉さんなんだ。真ん中で指示を出してた人だね」
「なるほど……空さんが蒼乃の姉ってのはわかった。ただ、なんで空さんはこんなに有名があるんだ?ただ美人なだけって訳じゃないんだろ?」
「うーん、まあ確かにそれも理由の一つではあるけどね。1番の理由はそれじゃない。ふふ、じゃあ教えちゃおっかな、蒼乃空さん……そう彼女はね?なんと……「姉さんはこの朱雀において最も強い対魔士なのよ」」
光輝が再び絶妙に人をイラつかせる顔をしながら、タメを作っていざ言おうという時、それを遮るように会話に割り込む声が入った。
ざわめきの中においても、よく通るその鈴のような声を発しながら現れたのは、今話題に上っている蒼乃空の妹、蒼乃可憐である。
「お、噂をすればだな。用事ってのはもう良いのか?」
「そうね……もう良いと言うよりも、それどころじゃなくなったってところね」
蒼乃の目線はまだかなりの距離があったはずだが、この数分でその距離を大幅に詰め、後少しで戦闘に入ろうとしている対魔士達に注がれていた。
「ん?ああ、もしかしてお姉さん絡みの用事だったのか?」
「そんなところよ」
「そうか、それはタイミングが悪かったな。おっと、そう言えばこいつらを紹介してなかった。こっちにいる野郎二人が俺のクラスメートの和也と光輝。で、こっちにいるのが俺の妹の美嘉だ」
「は、はは初めまして!さ、坂織光輝って言います!よろしくお願いいたしますっ!」
「俺は火神和也だ。よろしくな!」
「……よろしくお願いします」
「え、ええ。よろしくお願いするわ」
和也に関して言えば、特に変わった様子はなかったが、光輝はなぜかガチガチに緊張しており、美嘉はその瞳に若干敵意の火を灯していた。
「……なんで光輝はそんなに緊張してるんだ?」
「なんでだって!?一部ではその人気からファンクラブもあるって噂の蒼乃さんだよ!?緊張もするよ!ってか悠里は蒼乃さんと知り合いだったんだね?」
「ああ、まあ色々あってな」
話せば長くなると、悠里は説明を放棄する。
「それはそうと美嘉。何でそんなに敵意むき出しなんだ?」
「何でもない」
「でも、いつもより声のトーン低」
「何でもない」
「でも、」
「何でもない」
どうやら意地でも言う気がないらしい。先に折れたのは悠里だった。
「(この人は危険。要注意……!)」
「私、何かしたかしら?」
じっと見つめてくる美嘉の視線に、少し不安になる蒼乃だった。
「さて、そろそろ本格的に戦闘が始まりそうだ」
悠里の声で目的を思い出した一行は、皆押し黙り、対魔士達の一挙手一投足に注目する。
最初に動いたのは、対魔士達の中で最も後方にいた者だった。手に持っていた弓に素早く矢をつがえ、弦を引き絞る。心なしか悠里には弓全体が淡く光って見えた。
ーーーあの光は……あの人の能力か?
「いえ、違うわ」
悠里としては心の中だけで思ったつもりだったが、いつの間にか声に出ていたらしい。
「違うって……それじゃああの光は一体…」
「ちょっと待ってね」
蒼乃は一言悠里に断りを入れると、胸元から首にかけてある美しい黒色のペンダントを取り出した。
「見てて。
顕現せよ、その形は剣、我の行く道を切り開く剣、来て………グラディス!」
蒼乃がそう唱えると、その青色のペンダントは眩い溢れんばかりの光を発し、その形容を変化させる。光が収束するとそこにあったのは、柄から切先にかけて黒一色で構成された剣が蒼乃の手に握られていた。それは見ているだけで吸い込まれそうな危うい美しさを持っていた。
「す、すごい」
「そ、それは?」
悠里達が呆然としながら、やっとの事で言葉を捻り出す。
「これは対魔士専用武器……魔闘具よ」
「……一体どう言う仕組みになっているんだ?」
「従来の武器では、対魔士の戦闘の負担に耐えられないっていう事はずっと前から言われていたのよ。それで研究者達はずっと対魔士の能力を最大限に引き出せる武器を研究していたの」
「その結果できたのが……魔闘具」
「そういう事ね。私が唱えた呪文はパスワードみたいな物。この魔闘具は私専用になってるから、私の魔素とさっきの文言が無いと使うことはできないの」
「だけどそんな物聞いたことないぞ……。あ、まさかまた5組だけ除け者にされてるのか…?」
「いえ、そうじゃないわ」
「だったら何でだ?」
「使っている材料がとても希少な物なのよ。だから大量生産できないの。対魔士の中でも持ってない人はまだまだいるわ。私が持っているのは、モニター……つまり試作品を使わせてもらってるの。データを提供する代わりとしてね」
「ふーん、なるほどな」
「大量生産の目処が立てば、皆のところにも回ってくると思うわ」
疑問が解消した悠里は、再び戦況を見ようと戦闘が行われている場所に目を向けた。
ありがとうございました!




