第7話 ナロウケイ
斜陽に伸びる影の域。
高い城壁の日陰が、どこか寒々しい空気感の六人を捕らえる。陽が当たらないというだけでなく、たぶん前の話のオチがスベったのだろう。それにその中の一人であるポンコツアホ毛ドジっ娘ヒロインは怒ってもいた。
そしてポンコツアホ毛以下略は、ブカブカで重たい父の白コートを揺らし、プンスカと叫んだ。
「私、ドジっ娘じゃありませんっ!」
「ポンコツなんは公式やしなってそーゆー問題ちゃうねん」
「もーヤダ、頭痛い」
セシルが丁寧にツッコミを入れ、ドナは投げやりに雨雲のソファーへ。
ポンコツ以下略を言い放ったフェオがかまわずに続ける。
「かつて、同じように聖痕と属性を備える者がいた。彼女は『番の巫女』だった」
「巫女……番の?」
「フーちゃんとムーくんみたいなことですよね」
眉をひそめるグランに助け船を出したつもりが、まったく伝わらず。「ムーくんとは誰だ?」と聞き返される。そういえば知らなかったっけ。
なぜオスの名前にだけ反応するのか、というのは置いといて。
「機会があったら紹介しますね。お父様もすぐ好きになるだろうし」
「? どういう意味だ、リア?」
「今はナイショ、後のお楽しみです」
フフンと楽しげに鼻を鳴らし、リアは話を戻した。
「それで、その巫女ですけど……誰かの奥さんってことですか?」
「まさか、番と称した生贄ってんじゃないだろうね」
「違う。彼女は縁の役割だった」
「いや、どういう意味じゃ?」
ゲンドゥルがもじゃもじゃの髭を撫でながら尋ねるも、何かに気付いたらしいドナが口を挟む。
「精霊と、縁を結ぶ巫女。まさか女魔法使い?」
「ドナみたいな?」
「あたしゃ魔術師だよ」
「いやおんなじやん……え、ちゃうの?」
リアはすぐ隣から見上げてくるセシルと互いに首を傾げ、同時にドナへと視線を送った。ちょっと面倒くさそうな顔。
しかし同じくグランとゲンドゥルからも視線を集め、さらにはフェオの促すような沈黙に観念したのか、肩を落として講義開始。
「話の腰折りたくないから手短に話すけど、まず魔法がパンだとする」
「初手で腰さば折りやん」
「黙ってな。最終的に、パンを食って腹を満たすことが魔法の結果になる。火を喰らわして焼き殺すのといっしょさね」
「さっき消し炭にされそうじゃったしな、わしらモゴォッ!?」
「ちょ、姐さんニャんでウチモゴォッ!?」
ドナに強制退場――顔に煙が巻きついてモゴモゴ――させられた二人を見て、リアは自然と背筋を正した。お口もチャック。隣の父も娘にならい、親子そろって従順な生徒に。
ドナはどこか満足げに指を二本立てた。
「パンを手に入れる手段は二つ、買うか作るか。そしてパン屋の職人に魔力を払い、魔法を買うのが魔法使い。対して、パン窯やらの初期投資に魔力を使うけど、後は材料費だけで手作りするのがあたしら魔術師だ」
「……ハイ先生っ! よくわかりません!」
「ん。正直でよろしい」
重々しい頷き。イヤイヤなふうで意外とノリノリ。
「まず何より、目的が違う。魔法使いは魔法そのものが目的。美味いパンには高い魔力を、魔力がなけりゃ安いパンでも。なんなら魔力で職人すら雇っちまう。対してあたしら魔術師は、美味いパンを作るのが目的。つまりパン屋になりたいのさ」
「……お父様、わかりましたか?」
「うむ。先生がパン屋を開く時は我が家で援助します」
「みんなで食べに行きますねっ!」
「例えに決まってんだろこのポンコツ一族がぁ!」
四百年の歴史に丸ごと泥を塗る親子を見かねたか、フードの奥からフェオがポツリ。
「降ろすか、昇るかだ」
「? 降ろす?」
それに昇る。山のこと、ではなさそう。リアにはわからなかったが、ドナはピンときたらしい。
教鞭代わりの煙菅が力なく下へ。
「なるほど、あたしの例えが悪かったかねー……」
しかし気を取り直して、こちらへ尋ねる。
「リア、トランプの裏だの表だのって話は覚えてるかい?」
「あ、はい。数字や絵柄のある真実の世界があって、この世界の目に見えるすべてが思い込み? ウソ? みたいな話ですよね」
「そして、あたしら魔術師は神秘を使って表側に渡る……つまり上位世界へ昇るのが本懐だけど、魔法使いはその逆。表側から裏側へ降ろす、つまり精霊なんかを受肉させることが最終目標なのさ」
「うーん、なるほど?」
疑問符で上がる語尾に、ガックリ落ちる素肌の肩。
「ハァ……もういいよ、魔法使いなんて今どき居やしないんだから」
ドナはもうこちらに目もくれず、雨雲の上でフェオと向き合った。
「とにかく番の巫女ってのは、自らを縁として、精霊を現世へ降ろす究極の魔法使い。そういう認識で合ってるかい?」
「少し違う。彼は精霊じゃない」
「は? 彼?」
「精霊ではなく、肉体を持つ者。人々からは『神の子』と呼ばれた」
「! それって……」
知っている。
女神スルーズの伴侶。いずれ、世界の王となる者。
神の子トール。松明持ちの騎士が殺し、その復活を阻もうとしている相手だ。
「待ちなよ。じゃあ、番の巫女ってのは……」
訝しがるドナの含みを察したのか、フェオが頷く。
だけど彼は、すぐ言葉にはしなかった。目深に被るフードを引っ張り、ためらいを見せた。
「……スルーズだ」
まるでその名を口にするのが、とても、つらいことのように。
「いや、確かに女神スルーズが神の子を呼び寄せたのは知ってるけど、何かの比喩だろ?」
なおも訝しがるドナへ、フェオが首を振る。
「魔法使いとしての極致、精霊降ろし。生まれながらにして定められた、彼女は運命の巫女だった」
「だから待ちなって。肉体を持つ者……人間? それを精霊降ろしで? ただの失敗じゃないか」
「彼は異世界召喚と呼んでいた」
「呼び方なんて今はどうでも――」
「トランプの表と裏。言い得て妙だな、風織り」
黒ローブの懐から取り出されたトランプに鼻白む魔女。
彼女にその裏側を見せつけながら、どこか神秘めいている青年は続けた。
「だが問おう。お前の言う表側の世界とは?」
「あ? そりゃあんた、肉体では行けない上位世界だよ」
「共有文字で開く扉をくぐった者たちに聞いたか? 真実とやらを。たとえば先代の風織りに」
「……声は、もう聞こえないさ。肉体の消滅とはつまり、死んじまったも同然だからね」
「ならばそこが真実かは誰も知り得ない。そもそもこの世界が虚構とするなら、お前たちの存在も肉体も虚構かもしれない。どこまでが裏側で、どこからが表側か。誰も答えを知らない」
「ご高説、痛み入るよ。だけど、こちとら押し問答する気は――」
「だがトールだけは、答えを知っていた」
「――は?」
ピッ、と裏返されたのは、トランプのカード。
「彼こそが真の肉体をもつ、表側の住人。この裏側の世界では異物となる……『勇者』だった」
ドナが戸惑っているのがリアにもわかった。隣で黙り込むグランも含めた自分たちと同じく、フェオの言うことが理解できないらしい。
しかし彼女はやがて、自らの思考の海から答えを見出した。
「真の肉体? 虚構……なら、共有文字の先も? それに表側……っ! まさか、固有文字の扉――」
そこへ、グランが割って入る。
「申し訳ないが先生、話が逸れています」
――ブンッ!
「私が聞きたいのは、娘とどう関係あるのかだけだ」
地面から引き抜かれた黒い魔剣が、重さをものともしない丸太のような片腕でフェオへと突きつけられる。そしてリアは、その大きな背中から立ち上る湯気のような闘気を幻視しながら思った。
なんか、なんだろう。
「無論、貴殿自身も含めてな……!」
変なふうに聞こえるのは気のせいだよね。
「ってお父様!? なんでそんなケンカ腰!?」
「グラン、あんたって子は……」
ドナが目頭を押さえ、リアが諌めようとブカブカのコートを引きずって駆け寄るも、フェオは向けられた剣先を気にも留めず言った。
「俺自身についてはともかく」
「それが一番重要だ」
「グランあんたそれ以上しゃべるとそこの二人みたいに転がすよ?」
ドナがあごをしゃくり、押し黙ったグランの視線の先。そこには巻きつく煙で呼吸困難に陥り、ピクピクと虫の息で地面に転がるセシルとゲンドゥルが。
とりあえず見なかったことにして、リアはグランの腕にぶら下がりながら尋ねた。
「えっとつまり、私がその番の巫女なんですか? 女神様と同じ」
「そうだ。聖痕と属性は違うが」
「あれ? 違うんだ」
「彼女は金髪縦ロールツンデレヒロインだった。それに、悪役令嬢らしい」
「あんた実はふざけてる?」
「? トールの言うことに間違いはない」
なんか思いっきり間違ってそうだがそれはともかく。
彼の様子から感じるのは、揺るぎない信頼。
(だけどフェオは、神の子を殺した松明持ちの騎士で……)
そんな相手を、どうして殺したのか。
リアはその言葉を慌てて呑み込み、明るく振る舞った。
「でもすごい、女神様と同じだなんて! なんか私すごい力が使えたり――」
「特にない」
にべもなけりゃ夢もなし。
頭上の花がヒュルリと風に散ったリアの目の前で、フェオとドナが会話を続ける。
「女神の力は魔法使いとしての巫女でなく、魔術師としての側面によるものだ」
「四大魔術師の一人、元『小人の女王』か。だけど、そうじゃない。だったらほかにも女神はいるはず。風織りの先代とかね。答えは……固有文字にあるんだろ?」
「お前の考えているとおりだ。付け加えるなら、彼女は『聖なる狂気』に目覚めた」
「? それ、あんたがあの亡霊の聖騎士に言ってたやつ?」
「今のところ、そこまで教える必要はない」
「このっ……全部話すっつってたのはウソかい?」
「二代目次第だ」
「あん?」
ガラの悪い声を背中で受け、フェオは夕暮れが伸ばす城壁の影から出た。
茜色に染まった草原で振り返る。
「トール教の狙いは二つ。新たな番の巫女、リアを使った儀式による勇者の復活。そしてこの双炎王国だ」
「何!?」
右手の両手剣を担ぎ、グランが前のめりに。
「どういうことだ、トール教がなぜ娘とこの国を!?」
思わずドナと顔を見合わせる。父にまだ伝えていなかった、十年前の誘拐犯がトール教かもしれないということを。
しかし、冷静さを取り戻したグランが苦々しげに言う。
「いや、話はわかる。神の子の復活が教義であるトール教に、娘が必要なことは。だがなぜこの国まで?」
「シンプルにトール教を広めようって肚かい?」
「それもあるが、それだけじゃない」
フェオはそのまま独り言のように続けた。
「やつらは油断していた。ここは豊かになり、強国となってしまった。もはやトール教圏の近隣諸国もおいそれとは手が出せないほどに。そんな、女神の支配下にない自由な者たちが次に築くのは、独自の文明だ」
グランが唸るように答える。
「侵略戦争が減ったのは確かだ。しかし、女神の支配下? 独自の文明? 貴殿はなんの話をしている」
「トール教はそう考えているだろう、という話だ。おそらく十年ほど前から」
「あっ……」
「それが、あの……」
提灯騎士。十年前、トール教によって生み出されたとされる不死の怪物。
またもや事情を知らないグランが怪訝な顔をするも、なんと言えばいいのかわからなかった。フェオが何を言いたいのかわからなくて。
「そして同時に、それは八百年前から根付くやつらの思考。神の子の復活を掲げるトール教に隠された、もうひとつの教義によるもの」
「隠された教義、ですか?」
「……文明の維持、もしくは停滞。発展することを許さない」
「? いやあんた、何言って――」
「ヒコーキを知っているか?」
「――は?」
「バイクは?」
ドナは、知らなそう。もちろん自分も。父に目を遣るが首を振られた。
フェオが続ける。
「鉄の竜と馬だそうだ」
「鉄の? すごい、なんか強そうですね」
「だが『ナロウケイ』には要らない」
「? ナロウ、ケイ?」
「……この世界の名だ」
そして彼は突然、腰に差す長杖を抜き放って父へと向けた。
「来い、転生者の末裔よ。リアの父として、この国の騎士として、すべてを守り切れるか。俺が見定めよう」
風が足元の草むらを揺らし。
暮れなずむ光の中、一人きり。
「……剣聖との再戦は、そのついでだ」
彼はポツリと、そうこぼした。




