第6話 聖痕と属性
第一部より再登場。
「おお、姫様! 姫様じゃ!」
きっと、多くの読者――『ちなブクマの数ゼロやで?』お黙りっ――にすっかり忘れられているであろうその人、ゲンドゥルは。
「姫様、どうしてここ、に……」
――我は問う。飽くなき餓えたるその火の名を。
「……なぬ?」
「――――『貪欲なるもの』」
その久しぶりの登場を描写する間もなく、ドナのわりとガチ目な魔法に襲われた。
「ぬおおおおおおっ!? い、いきなり何すんじゃいこのクソババアッ!」
遅ればせながら描写すると、牧羊犬に追い立てられる白い子羊ならぬ巨羊のよう。
白い髪に白い髭、白いコートを着たずんぐりむっくりがズシズシズシンッ。夕暮れ近いのどかな牧草地で馬から降りたとたん、巨大な剣を背負いながら大きな犬に追われるはめとなっていた。しかも犬は炎そのもの。危険極まりない。
雨雲で犬の散歩をする魔女が、そんな凶行に至った理由がこちら。
「クソジジィ、あんたよくもリアに変なこと吹き込んでくれたね。誰が愛人だって?」
「なんの話じゃ!? んなことわしゃ一言も……あ、言ったかも」
「ちなみにいつ頃?」
「十年前とかじゃな」
――ズシズシボォボォズシンッ……ボワァッ!
「六歳児になんてこと教えてんだいこのクソジジィがあああっ!」
「それに関しちゃ言い訳できんが強火すぎじゃろおおお!?」
「ハニャ? 爺さん、ニャ、ニャんでこっちに……ストップストップ姐さんウチ関係ニャいがな! ちゅーか絶対これ作者がキャラ多くてめんどくさなったパターンのやつぅぅぅ――――……」
草原の遥か彼方へ。声は、そこでいい感じに途切れた。少し遅かった気もするが。
そして、リアは思った。焼け野原にならなくて良かったー、と。炎がワンワン駆け回っても緑はそのままなのだ。魔法って便利だねっ。
というわけで、三人のことは放っといて。
「お父様っ!」
「リア、なぜここに?」
短く刈り上げた金髪碧眼の偉丈夫が愛馬から降り、赤銅色に染まる肌の顔に怪訝さを浮かべながらも自然と両手を広げる。なので、長いポニーテールを揺らしてダイレクトアタック。厚い胸板へボスンッ。背に負う真っ黒な両手剣を避けて両手をギュッと回せば、そっと応えてくれるたくましい腕。
一年ぶりみたいなテンションだが、会うのは今朝ぶり。巨馬のバランも後ろで「またやってんなこの親子」と言いたげだった。
「お父様こそどうしてこちらへ? お忙しいのでは?」
「いや、それは……」
歯切れの悪い重低音が、短い髭で囲う口からこぼれる。
彫りの深い顔立ちが渋面に。一重の大きな竜眼はやや泳ぎ、片方だけ跳ね上がる秀眉。普段の精悍さは見る影なし。
父が、隠し事をする時の顔。
「お父様?」
捕まる腕に背を預け、やや身を離しながら小首を傾げる。
すると上からでなく、背中に一雫。
「俺が呼んだ」
「え、フェオが?」
腕の囲いが解け、リアは振り返った。
目に入れても痛くない娘の後ろ姿に、親バカの目がクワッ。
「こんな場所で、お父様に用事が?」
「……俺は、約束を反故にしたつもりはない」
すかさずギラッ。竜の肝すら冷やすほどの苛烈な眼差しが、愛娘と言葉を交わすイケメンな馬の骨へ。
「? 約束って?」
戻ってチラリ。腋まで見せるノースリーブのシャツを着て、短い乗馬用女袴からまぶしい太ももを晒す愛娘へ。
「だが、俺にはすでに果たすべき約束がある。それに……いえすろりーた、のーたっちだ」
ギラッ、チラリ。
「もう、答えになってないですよ。また変な言葉でごまか、し……」
ギラチラリギラ。
背後の忙しなさなどつゆ知らず、リアは無意識のうちに己の胸元を掴んだ。しわを作るシャツに、締めつけられる胸の内。
フードを引っ張り項垂れる彼が、泣いている子どものように見えた。
「……それよりだ」
手を解き、足を踏み出しかける。
「今は、リアのことが先だろう? 二代目」
――バサッ。
しかしリアは、背中から掛けられた白コートの重みで立ち止まった。
「ゲンドゥルと先生の言うとおり、やはり事情にお詳しいようですな」
「勘違いしているお前たちよりはな」
「? 勘違い、ですと?」
「そんなしゃべり方しなくていい。お前は偉いんだろ、二代目」
「では、お言葉に甘えさせてもらおう」
――ザスッ!
「それで、貴殿は何を知っている?」
パッド入り防御ジャケットの切られた肩口から伸びる丸太のような腕が、抜き身の黒く長い魔剣を柔らかな地面へと突き刺す。
その後ろで――なぜかフェオとの間を遮られ――リアはキョトンとした。今なんで羽織らされたの、白コート。
「それよりも、お前が先に説明してやれ」
「何?」
「リアもそれを望んでいるはずだ」
今すごく説明してほしいのは白コートのことなんだけど、のろのろと振り返った父がなんとも苦渋に満ちた顔をしているので言い出せなかった。
「リア、先生からは?」
「私の呪いのこと、ですか? いいえ、まだ何も」
「そうか……先生には任せろと言われたが、やはり私が伝えるべきだろう。私では正直うまく説明できないのだが、聞いてくれるか?」
「は、はい、もちろんっ」
大きく頷き、グッとあごを引く。心身ともに構えはバッチリ。
だけどやっぱり邪魔なので、裾が地面につきそうなコートを返そうとすれば。
「結論から言うと、お前は不幸を引き寄せるのだ」
キュッ、と襟元を締められた。
「……あの、お父様?」
「信じられないのも無理はない。荒唐無稽な話だからな」
いやそうじゃなくて襟元、とも言い出せぬまま、半ば無理やり袖へと腕を通される。
「十年前、さらわれたお前が無事に帰ってきてから、なぜかお前の身の回りで良くないことが頻発した」
逆の腕も通され、余った袖がダルンダルン。
前もベルトでパチンパチン。
「最初は偶然かと思ったのだが……普段は寄りつかない魔物が、お前のいる時に限って城壁を乗り越え、そのまま襲うことさえあった。ただ事ではないと思った私は、旅に出ていた先生を呼んで相談したのだ」
白い布を被ったら仮装みたい、などとぼんやり思っていたので話がやや上滑りしていたが、リアはなんとか自らの記憶を掘り下げて尋ねた。
「魔物にって、そんなことありましたっけ?」
「あの頃は、お前も大変だったからな。あまり覚えていないのも無理はない」
「だが、最近のことは覚えているだろう」
見えない位置からフェオが口を挟む。
立ちふさがる父の目が、なぜかギラッ。
「冒険中、道端で魔物どころかドラゴンにすら襲われたはずだ」
「え? あ、そうですね。そのせいで疫病神だのなんだの……って、あれ本当に私のせいだったんですか!?」
「ダンジョンの罠にことごとく引っかかったのも、おそらく半分ぐらいはそのせいだろう」
「じゃあ残り半分は?」
「……リアの性格?」
それもう十割自分のせいでは、とすぐにツッコめなかった。
会話相手が見えなかったからだ。
「ついでに、夜の王都で何度も変な連中に絡まれそうだったのも……何をしている?」
左右斜めへピョコピョコ跳ねる娘と、シュババッと鉄壁なる防御を見せる父親に、フェオが首を傾げる。こっちが聞きたい。
「あの、お父様? どいてくれないと話しづらい……というか、重たいので白コートもう脱いでも――」
「ダメだ」
娘史上初めて父が怖いと思うほどの食い気味だった。
そんな親バカの背中を不思議そうに見つめていたフェオが、何かに気付いて言葉を続ける。
「そして、相談された魔女が出したのは『ただの呪いじゃない』という答えだった」
「例えば今、あんたが指にはめてるそれとかね」
自然と継いだのは、犬の散歩から帰ってきたドナ。ただいまもなしに向けられた煙管の意味を察して――そして黒焦げな二つの物体は見なかったことにして――リアは腕を上げた。
袖余りがズルリとめくれ、現れる右手。人差し指にはルビーの輝き。提灯騎士から盗んだ指輪であり、廃坑のダンジョンで得た唯一の戦利品。
そのうち外れると言われたのだが、まだ外れていなかった。
「つまり、これよりも強い呪いってことですか?」
「いや、根本的にちが……んんっ?」
リアの格好に眉をひそめるドナ。それからグラン、フェオと順に見渡した彼女が「あぁ」とつぶやき、悩ましげに目頭を押さえる。
それから「ヨシッ」と頷いた顔には、こう書かれていた。
「あんたの呪いは固有文字によるものさね」
とりま無視で。
「……あの、ドナ? それより助け――」
「ま、消去法だけど。普通の解呪が効かなかったから。そんであたしゃひとまずこの土地に結界を張り、あんたの呪いを解くための旅に出た。十年間、『風織りの魔女』としての魔力はここの結界に注ぎ込んでたから、ただの『紫煙の魔女』としてね」
「それはありがたいんですけど、あの、ドナからもお父様に――」
「その中でひとつ、手段を得た。同じ四大魔術師の『時の測り手』からもらった、固有文字を封じる魔法の道具さ」
あまりの無視っぷりに泣きそうなリアの元へ、ポーン、と何かが放られる。余った袖を揺らしてなんとかキャッチ。きれいな水晶球だ。
その中心に、不思議な文字が浮かんでいた。
――【彪】
「実際、効果はあった。セシルの呪いは解けたんだからね。だけどあんたにゃなんの効果も――」
「漢字?」
「――あん?」
「! リア、固有文字が読めるのか!?」
「ニャんやてぇ!?」
「お、お父様、落ち着い……ってセシルなんでもう復活してるんですか!?」
突然グランに肩を掴まれ、さらには話をまたぎすらせず復活したセシルにまで腰へと取りつかれ、リアは目を白黒させた。焦げてたのに戻ってるし。
「んなこたどうでもええねん! おい、なんて読むんやこれ!」
「いや読み方は……でもこれ、ただの漢字でござるよね?」
「なんやその急なキャラ付けはおい舐めとんかゴラァ!」
「リア……?」
ガラの悪い猫耳幼女はともかく、愛する父に「娘がおかしく……?」みたいな顔をされたのが何よりショックだった。
騒ぎの外からフェオが言う。
「そうか、ガルドの記憶……」
「マジだったのかいその話」
「どの話じゃ?」
「……いっ――」
同じく丸焦げからきれいさっぱり復活したゲンドゥルを見て「お前もギャグ要員なんかい」と思ったリアは、ついにキレた。
「――いい加減にしてくださああああああいっ!」
慣れた手つきでサッと耳をふさぐ面々。そしてトラウマが刺激され、ガバッと猫耳を押さえて地にひれ伏す幼女を見回しながら、肩を上下。
続けて早口。
「こんなコメディ空間でそんなシリアスな話されても頭に入るわけないじゃないですかバカァ――――ッ!」
「それは作者に言えや」
ごもっとも。
しかし、少女は間違っていた。
「……えーっと、とりあえずあたしらの事情はそんなとこだけど」
「貴殿の言う勘違いとは?」
「そもそも、リアは呪われていない」
「え? でも、今までの話じゃ……」
そう言って戸惑う少女が、間違っていたという証拠。
「不幸を引き寄せる。そんな曖昧な効果、固有文字にはない」
「じゃが、確かに姫様は……」
「全部たまたまやったとか?」
「それも違う。言うなれば運命だ」
「ハッ、こりゃまた陳腐な言葉が出てきたねぇ」
「証拠ならある。聖痕と、属性だ」
それは、灰銀の手が指差す先にあった。
「……私の顔? え、どこかに傷が?」
「どこにもあらへんな」
「それに属性ってあんた、精霊魔法なんてもう廃れ……んんっ?」
一斉に全員が目を細める。その先へズームインッ。
すると、そこにはなんと。
「ちょいと、聖痕ってまさか……」
「ほんまに言うてる?」
「な、なんですか、何なんですか!?」
物理法則を無視して疑問符を形作る、アホ毛があった。
「……いや、わけわからんのじゃが」
「貴殿は何が言いたい」
「つまり、こういうことだ」
つまり、少女は間違っていた。
「リアの属性は、ポンコツアホ毛ドジッ娘ヒロインだ」
そこは正しく、コメディ空間だった。




