第4話 ババ抜き対決! 後編
ライアンが、双炎騎士の見習いだった。
要約するとこうだ。
「ほな、修業がきつくて逃げ出したん? スカウトされたのに? ほんで実家にも帰ってへんから保護してくれて、知り合いの師匠に頼まれた、と。家出少年かあいつは」
「でも五年前なら、私と同じ年頃ですよね。親御さんも心配したんじゃ?」
「世の十六は働いとるんやで、お嬢様。しっかし姐さんも世話焼きやなー、保護した時になんで突き出さんかったん?」
「いや、あんだけ『帰りたくない!』って泣きつかれちゃねぇ……」
「ほんで冒険者として育てて、現在の下半身ゴブリンゲス野郎に至る、と」
「あたしがエロガキ育てたみたいにまとめんじゃないよ。あんたもいただろうが」
「え? ていうかセシルっち、今そこで死んで……あれ、血だまりも消えてる!?」
「それ気にしたら負けだよ、アリス」
リアは冷たい先輩風を吹かせ、困惑し続けるアリスの手札からカードを一枚引いた。彼女はこれで四枚。自分は三枚で、一枚はジョーカー。戦いも佳境へ。
だがそれよりも、リアには引っ掛かることがあった。
「今もライアンを諦めてない師匠って、本当にヴァリー叔父様なんですか?」
「? そうだけど?」
弟子探しの旅に出ている遊歴の騎士、ヴァルトリウス・クルス。『吠え猛るヴァルトリウス』とも呼ばれる双炎十字騎士団の隊長の一人であり、剣聖グランの弟だ。つまり叔父。
よく知る人物なだけに、どうも違和感が。
「叔父様は、器が大きいというか底が抜けてるというか……あ、これはお父様が言ってたんですけどね? とにかくそんな人で、逃げた弟子を無理やり追い回すような人じゃないと思うんですけど」
「あたしも最初はそう思ったさ。けど、ライアンは特別だったみたい」
「特別?」
手札を差し出すと、ドナがジョーカーを避けてカードを引く。
「そ。才能というか、いわゆる潜在能力? かなりの逸材だってんで、かわいい姪の婿にしようと厳しく鍛えてたらしいよ」
ドキッとした。だけど、甘いものではない。才能。
疼いたのは嫉妬だ。
「それがあんたも関係してるって理由だけど……ま、才能はあっても根性はなかったって話さね」
ペアのカードが捨てられ、これでドナも残り三枚。
セシルが手持ち無沙汰に言う。
「あいつに才能てほんまかいな」
「そこらへんを見抜く目に関しちゃヴァリーに間違いはないよ」
「やけど人を見る目はないんちゃう? あのエロガキを婿て」
「そこはまぁ……この前の依頼もリアを一目見たとたんに豹変しやがったからね、あいつ。『ゴリラの一族はゴリラ』だのなんだの言ってたくせに」
「そういや最初は猛反対やったな、それがいきなり恋人云々と持ち出して。婿の話が惜しくなったん?」
「『次期団長となれば師匠に怯えず美少女も嫁にできて一石二鳥、グフフッ!』て笑ってたよ」
「いやキッショ」
「脳みそまでゴブリンじゃないですか、脳ゴブ。でも実際、リアの婿問題は悩みの種ですよ」
アリスが一人あがっていたセシルを飛ばし、白いガーデンテーブル越しにドナの手札から一枚引く。
「お館様は決めるどころか探す気すらないですし。自分より強い者でなければ認めないの一点張りで」
「親バカの手本やな。ちゅーか、剣聖より強いやつてこの世界におんの?」
「あたしゃルナがいい線いくと思うがね」
リアは暗い気持ちになり、少しふさぎ込んでいたので三人の会話はあまり耳に入ってこなかった。
しかし、話が変な方向へ。
「ルナちゃんがお婿さんは乙女の夢的にアリですけど、そ・れ・よ・り・もー……」
黒い羽と尻尾をニョキニョキ生やし、自称小悪魔メイドがこちらへほくそ笑む。嫌な予感。
二枚のカードが場へピシャリ。
「リアの王子様は? お館様も一目置く存在だって聞きましたけど。この子ったら全然教えてくれないんですよ、せっかく恋バナできると思ったのにっ! で、どうなんですか? お館様認めてくれそうですか? 優しい? イケメン? 高身長?」
「最後の三つはともかく、フェオは認める以前の問題ちゃう?」
「? セシルっち、どうして?」
「知らんのかいアリスちゃん、だってあいつ――」
松明持ちの騎士。その単語が出てくる予感がして、リアは遮った。
「ド、ドナってルナとも知り合いなんですか!?」
だが、早とちりだった。口止め済みのセシルが「剣士やなくて魔術師て言おうとしただけやがな」と拗ね気味にボソリ。まずい、強引に映ったかも。
リアは怪しまれないか心配になったが、とっさにしては良い話題選択だったらしい。
「そういえば、確かに。ルナちゃんも古株と言えば古株だけど……」
真ん丸な目でドナを見つめ、こちらへ手札を差し出すアリス。残り三枚。カードを引こうとしたところでリアもハッとする。
天才女剣士ルナマリア・ルー。『女狼騎士』として世に名高い彼女を愛称で呼べる者は限られている。六歳からの二十年間、門弟としてこの屋敷で育ち、もはや家族同然なクルス家の面々か。もしくはこれまたこの屋敷で生まれ育ったアリスなどのみ。
そんな彼女を、愛称呼び。
「当たり前さね。ルナはあたしが拾ったんだから」
『……ええっ!?』
「正確にはグランとヴァリーもいたよ。あの兄弟の武者修行中の話……あ、レニとテスもいたね。駆け落ちの最中だったから」
「お館様とヴァリー様に、奥様とお母さんまで? 聞いたことないですそんなの」
「大っぴらに言うもんでもないさね」
これ以上はノーコメントと言わんばかりに目を閉じるドナへ、アリスと違う驚愕ポイントを指摘。
「ドナ、お祖父様だけじゃなくてお父様とも冒険を?」
「おや、知ってたのかい? なら話は早い。つまり、あんた含め親子三代の付き合いってわけさ。あんたが生まれる前はずっとこの屋敷に厄介になってて、古株連中はその頃の――」
「え、お祖父様の愛人として同居を!?」
――ブフゥ――――ッ!
と吹き出すセシル。
ドナが無言でハンカチを取り出し、顔をフキフキ。青筋ピキピキ。
「そんな与太話どこで?」
「え? えーっと、ゲンさんが……」
「あのジジィ後でシメる。で、あんたは何笑ってんだい?」
「いや姐さんが愛人てピッタリやなーおもて。正妻のこと呪い殺しそうやん」
「存命だし親友だよ正妻とは……!」
つまり祖母。現在は祖父の故郷で離れて暮らしている。それにしてもまさか親友とは。
だとすると、愛人情報はウソなのかな。
「……ま、グランの愛人説と違って、そこまで頭ごなしに否定できないか。昔、あんたの祖父さんに惚れてたのは事実だからねぇ」
「ハイハイその話聞きたーい!」
「ハイハイまた今度。とにかく愛人じゃなくて、あたしゃ真理を探究してたのさ」
「真理を探究?」
軽くあしらわれてふくれっ面のアリスから、改めてカードを引く。ペア成立ならず。
「よくわからないけど、なんで家で?」
「剣聖ガルドが遺した書を読んだことあるかい?」
「は、はい」
質問を質問で返されるも、リアは素直に頷いた。
流派の開祖たるガルディン・クルスが遺した秘伝書。その名も火継八景の書。それは「鍛・兵・山・竜」の四章と「星・月・地・天」の四章からなる上下巻、つまりは双炎隻流の実用書だった。実践できないなりにせめて理解しようと愛読したものだ。
「じゃあ原本は? ガルド直筆のもん、目にしたことあるかい?」
「それはないです。写しと違うんですか?」
「内容は同じらしい。ただ……」
手札を差し出すと、ずっとジョーカーの隣にあったスペードのエースをドナがさらっていった。
「全部、固有文字で書かれているんだ」
「ええっ!?」
と、驚いてはみたものの。
「なんでしたっけそれ?」
「おいボケるとこちゃうぞ!?」
「セシルっちはわかるの? 私もわかんないんだけど」
「アリスちゃんもかい。固有文字はあれやがな、こう、自分が自分でなくなるっちゅーか、グワーっとなるっちゅーか」
「いや全然わかんないです」
「とにかく魔法じゃボケェ!」
「な、なんで怒るんですか? それに魔法だって言われても……」
「あんたが想像する魔法は共有文字を使ったものだろうけどね。固有文字の効果は千差万別、セシルも間違っちゃいないのさ」
言われて思い出した。フェオの魔法――確か元素文字――を見たドナが言っていたではないか。魔術師が使う共有文字と、呪いや才能といった類の固有文字。
「双炎隻流にもその特性がある。そうにらんで調べてたのさ、あたしは。読ませてもらうまでに時間がかかったし、屋敷の外へ持ち出すのも禁止って言われて、だいぶ長いことここで暮らすはめになったけどね」
「それで、何かわかったん?」
やけに食いつくセシルへ、ドナが引いたばかりのスペードのエースと残り二枚になる手札を両手でそれぞれ掲げる。お手上げポーズ。
「なーんにも。固有文字の文章なんて初めて見たし。翻訳されてるから文字リストはかなり増えたけど、効果までは無理さね」
「……え、待ってください。じゃあまさか、双炎隻流が魔法だと? 固有文字の?」
「あんたの祖母さんの技は完全に魔法、いわば魔法剣だった。ただそう呼べるのは独自の呪、特別な詠唱が必要な『星』からの技に限られる」
ややこしくなってきた。自分でさえこうなのだから、アリスはもうちんぷんかんぷんだろう。
すると案の定、爆弾ならぬ不発弾発言。
「そもそも魔法ってなんですか?」
「アリスちゃん、今その段階の話はしてへんねん」
「じゃあセシルっちは説明できるの?」
「当たり前やんけ。せやけど海は漁師に、山は木こりにってな。バシッと言ったってや姐さん!」
「あんたねぇ……」
呆れをため息ひとつで収め、ドナが指に挟んだスペードのエースを見せつける。
「これ、なーんだ」
そして「三、二、一」と急かされ、リアは考える間もなくアリスと同時に答えた。
『トランプのカード』
見事に被るも食い違い。だが、それはそうだとすぐに納得。
ドナはカードを表にしていない。だから見たままではトランプのカードで、自分はただスペードのエースと知っていただけ。
「はい、それが魔法」
んなアホな、と思った。
「うーん、もしかしてバカにされてる?」
アリスが邪気なく言いながら、小細工なしで手札に収まったスペードのエースをそのまま引く。
「寝ない自信あるなら小一時間かけて講義するけど?」
「遠慮しまーす。ちょっとおバカなのが売りなんで」
「めっちゃ計算高いやんけ」
などとツッコむ間に捨てられる、ハートとスペードのエース。これでアリスは残り一枚。それを、自分が引く順番。二着あがりだ。
「そいじゃ補習はリアだけだね」
不承不承にカードを取り、三枚となった手札をドナへ。ジョーカーは三分の一。敵は残り二枚の、一対一。最終局面。
しかし、リアは気付いていなかった。
「私も遠慮しときます」
「あら、いいのかい?」
ジョーカーに相手の手が掛かるたび、自らのアホ毛がピョコンと喜び跳ねていることに。
「あんたはいろいろ聞きたいことあんだろ? フェオのこととか、自分自身のこととか」
「え……あっ!」
もはや出来レース。ジョーカーを避けられ、ペアが成立。二枚捨ててドナは残り一枚。それを自分が引く順番で、最下位決定。泣く泣くカードを手に取る。
三着あがりのドナが立ち上がって体を伸ばした。
「さーてと、決着はついたしそろそろ行くかい」
「ドナ様、またお酒ですか?」
「もうちょいで夕飯やで? まったく、しゃーないからご相伴に預かりまひょか」
「違うよ。ちょっくら、フェオとの決着もつけにね」
最後に成立したペアを捨て、残ったジョーカーを見つめながら項垂れていたリアは顔を跳ね上げた。
そこへ、待ち構えていたように上手なウインク。
「あんたも来るだろ? 捕まえてやろうじゃないか、愛しの王子様を」




