第3話 ババ抜き対決! 前編
フェオが引きこもって一週間あまり。実は数回ニアミスしていた。
一回目。ガルドの墓へ供える花のために庭園を訪れたらしい彼が、庭師へと交渉。
『え、ていうか誰?』
そんな不審者情報がリアの耳に届き、自ら花を持参して飛んでいくも彼は姿を消していた。
翌日。ウロウロしながら待ちぼうけるも現れず。かと思えばその場を離れたとたん、彼がもし来たら渡してくれとメイドへ頼んだ花をもらいに参上。
『姫様!? あの、なんかすごいイケメンが来たんですけど!?』
その翌日も、昼食を取るために離れたところを狙い澄ましたかのようにまたまた参上。避けられていると気がつくまでに三日を要したリアだった。
それから四日目。虫取り網まで手にして待ち構えるも成果なし。しかもその姿を執事に見られた。
『なんとお労しい……やはり、冒険者になどなるべきではなかった!』
そして姫様ご乱心の報が屋敷を駆け巡ったことは記憶に新しいので早く忘れたい。
「――――そんでたまらずついに昨日、夜這いならぬ朝這いしに行ったけど、またフラれちまったってわけかい。せっかく肌の露出も増やしたってのにねぇ」
「変な言いがかりつけるのやめてもらえます!?」
麗らかな午後、花咲く庭園の東屋にて。白いガーデンテーブルを囲む女が四人。
そのうちの一人であるリアは高く結わえた長い金色ポニーテールを揺らし、袖のないブラウスから出た二の腕と短い乗馬用女袴から伸びる太ももを両手でそれぞれ隠した。いつでもフェオを追える格好にしていたが、確かに肌を出しすぎかも。
だがしかし、だ。
「そもそもドナに露出がどうのって言われたくないんですけど」
「おや、言うね小娘。人を露出狂みたいに」
手にするトランプ数枚を差し出しながら口を尖らせると、左隣で応じた女性がリアの手札から一枚引く。
深紫のピッタリドレスにつばの広い三角帽子、波打つ豊かな黒髪。『紫煙の魔女』改め『風織りの魔女』兼、亡き祖父の愛人疑惑があるドナだ。
「言っとくけど、あたしのこれはサービスさね」
白い椅子に腰かける彼女が腕を組み、次いで足を組む。
持ち上げられる大きな胸には深い谷間。際どい位置までひけらかす深いスリット。この見事な曲線美を見せつけられるたび、会ったことのない祖父への好感度が下がる一方。
「ま、痩せっぽちのあんたにゃ叶わぬ夢だろうけど」
「……なんかドナ、今日イジワルじゃないですか?」
「アホお前、少しは姐さんの気持ち察したれや」
そう言って、ドナが差し出した手札から一枚カードを引く向かい側の女性、見た目は幼女。猫耳族のセシルだ。
若草色の外套から短い腕をテーブルに突き出し、スペードとハートのキングをポイッと放る。そしてクリッとした猫目を神妙につむり、栗色ボブの上に生やすきれいな三角耳を悲しげに垂らした。
「若くてピチピチな肌が、日焼けも気にせんと目の前で晒されとんのやぞ? 自分が失ったもんに嫉妬してイライラすんのもしゃーないやんけ。それを受け止めるんが人情であり、若人の役目……姐さん? ニャ、ニャんで怒ってるニャ? ウチは姐さんの気持ちを代弁しただけだニャ?」
「余計なお世話なんだよ!」
アイラインの濃い垂れがちな目尻を思いっきり吊り上げるも、いつもの問答無用な魔法はなし。たぶん図星で、認めたくないのかも。いろいろ察したリアは口を固く閉じた。
次に口を開いたのは、最後の四人目であるアリスだ。
「ていうか今さらだけど、なんでババ抜き?」
猫耳を伏せるセシルの手札からカードを引き、ペアとなったエースを場に捨てる黒髪ゆるふわボブメイド。違法改造していないので、本日デートの予定はないらしい。
「やだもうアリスってば、そんなの決まってるじゃない」
「理由あったんだ」
パッチリ黒目をパチパチまばたき。どうやら考えなしと思われていたようだ、失礼な。ここはその畏まらぬ口振りもついでに改めさせるため、主人の威厳を見せつけるべきか。
そしてリアは、拳を固く握った。
「ババ抜きなら私が勝てるから! なんたって、負けたことないもんね!」
「ずっとジョーカー持っとるやつとは思えんイキりっぷりやな」
「そんだけわかりやすいのにどうやって勝ってきたんだい……」
「みんないつも負けてあげてるんです、わざと」
「そうなの!?」
驚愕の真相に、主人の威厳も意気消沈。
アホ毛と肩をシュンとさせ、アリスの手札からカードを引く。ペア成立ならず。
「それにしても、あんたら朝からいんだろ? こんだけ待ってて現れないなら、もう今日はフェオも来ないんじゃないかい?」
今度はリアの手札からドナが引く。彼女もペアはそろわなかったようだ。
「まあどっちでもええけどな、ウチは。おやつにありつけたし」
右回り。お次はセシルの順番。茶と菓子の尽きたティーセットが乗る台車を横目に、成立したペアのカードをポイッと高く放る。テーブルの真ん中まで短い腕では届かないのだ。
しかし、リアは見逃さなかった。その二枚を囮にして、ピッ、と器用に滑らせた一枚を。
「セシル、またズルッ!」
「チッ、目ざといやっちゃのー」
アリスが捨てたダイヤとクラブのエースに紛れ込むハートのエースを、テーブル越しにセシルへと突き返す。危ない危ない。こちらにスペードのエースがあるから、最後に余っちゃうところだった。この猫耳幼女に油断は禁物。
ムムムと眉をひそめるリアの隣で、アリスがセシルの手札から一枚引きながら猫撫で声を出した。
「バレちゃったねーセシルっち。このお姉ちゃん怖いから気をつけようねー」
「わかったニャ! でもアリスちゃんがいるからウチ、怖くないニャ!」
突如変わる世界線。
リアの二週間冒険者生活で護衛を務めたドナとセシルも、フェオと同じで別れることなく屋敷へと滞在していた。そんな中、客人として――外で出来た姫様初のご友人と勘違いして気合い入りまくりな―― 歓待を受けたセシルが宣言。
『ウチ、今日からこの家の子になるニャ! よろしくニャ、お姉ちゃん!』
絶句するリアだった。
やがて妹身分は無理だと悟ったのか、次に狙うは家猫身分の模様。この一週間、猫を被って屋敷中の人間に愛想を振りまいていた。
「? どしたのリア、そんな青ざめちゃって。ほら、早く一枚引いてよ」
「おうおうチャッチャせんかいわれコラあぁん? アリスちゃんが困っとるやろがい」
だけど被るなら被りとおせやと思う今日この頃。
「目を覚ましてアリスこっちが本性だよ!? というかもう堂々とさらけ出してるよね!?」
「んー、何言ってるかわかんなーい。ていうか目ヤバ。怖いねーセシルっち?」
「アリスちゃんの言うとおりニャ!」
「その『ニャ』って語尾ほんとやめて!?」
たまに『ござる』が出る少女はそう言い放ち、それはそれとしてカードを一枚引いた。
「……メイドのくせに主人をからかうとはねぇ。あんた、本当にあのテスの娘かい?」
手札からペアを探していると、呆れた調子でドナが言う。
セシルが着々と家族化計画を進める一方、彼女は今も名前を出したアリスの母親などと旧交を温めていた。ほかにもゲンドゥルや、年配の者たちと連日開かれるお酒の席。部屋で療養する母の元へもたびたび顔を出していたらしい。
だから実は、ティータイム中にセシルを伴って現れたドナと、こうして面と向かって話すのは久しぶりだった。
「肝が太いところは母……侍女長譲りと評判ですよ?」
「確かにあんたは図太そうだけど、あっちは頑固なだけじゃない?」
「アハハ、さすがドナ様。よくご存知で」
いくつもの問題が宙ぶらりんのまま。だけど、何から聞けばいいのやら。クイーンのペアを見出すもリアは悩み続けた。
「ていうかドナ様って、この家とどういうご関係なんですか? 風織りの魔女様だとは伺いましたが、古株たちとは知り合いみたいですし、侍女長からは『大恩あるお方』って厳しく言い含められるし」
「! そうですよ、いったいどういうことなんですか?」
なので、乗っかることにした。カード二枚を強めにピシャッ。
「そもそも、どうして風織りの魔女だってこと隠してたんですか? 知ってたら私だって……」
「それはウチのセリフやで」
「? セシル?」
猫被りをやめ、物憂げにため息をつく猫耳幼女。リアは手札を差し出しながら小首を傾げた。
ドナが黙ってカードを引き、セシルと目も合わせずに言う。
「何か文句でもあんのかい、セシル」
「冷たいのう姐さん、かれこれもう七年の付き合いやっちゅーのに。その間ずっと、ウチはだまされとったわけや」
「あっ……」
とリアは察した。二週間ぽっちの自分より、二人の歴史は長い。
すなわち、秘密にされていた期間も。
「教えてたら、何か変わってたとでも?」
「当たり前やんけ! ウチは――――ウチらは、なんて無駄な時間を……!」
彼女の悲しみはいかばかりか。手札をいじりながらの冷たい物言いに対し、涙ながらにテーブルを叩くその姿を見て、思わず心が痛み――
「サインにグッズに占い屋でもなんでもええ! あの四大魔術師の一人、風織りの魔女様ゆかりの品やって宣伝するだけで、ガッポリ儲けたはずやのに……!」
――痛んだ分の慰謝料でも請求してやろうかと思った。
「とまあ、こんな輩がいるから面倒くさくてね」
「そういえば、ライアンもこんな感じでした……」
「ん、ライアンって誰? 男?」
話に食いつく恋多き友の隣で、泣いていたはずの幼女がケロリ。
「スカしとるけど姐さん、本音はちゃうんやろ? ウチにはわかりまっせ」
「なんだい藪から棒に」
セシルがドナの手札からカードを引く。
「フェオに不老の魔女や言われた時、めっちゃ焦っとったやん。実は年齢バレが怖かったんちゃうの? なんせ風織りの魔女言うたらウン百歳……お、あがりや。いち抜けニャブベラッ!?」
「あたしゃまだ百歳前後さね」
ババ抜きも人生もいち抜けした猫耳幼女が、血文字で『三十前後みたいに言うなや』とダイイングメッセージを遺すものの、そんなことなど知らぬとばかりに「ねえ誰、イイ男? イケメン?」とウキウキ詰め寄ってくる自称愛の狩人。
彼女に「下半身ゴブリン野郎ですよ」と教え、スン、と真顔にさせたリアは、ふと気になっていることを思い出した。
「ライアンは今、ギルドで寝泊まりしてるんでしたっけ? どうして家に来なかったんでしょう?」
ドナが風織りの魔女だと知って一番喜んでいたのは彼かもしれない。
四大魔術師。『時の測り手』に『砂漠の隠者』、そして『小人の女王』と『風織りの魔女』という魔術師の頂点たる四つの名は、古代から近代に至るどの英雄譚にも必ずと言っていいほど登場していた。なんなら祖父の冒険者時代の逸話にも風織りの魔女が出てくる。すっかり忘れてたけど。
(だって、英雄譚というよりハーレムものって感じだったから、あんまり読んでないんだよねぇ……)
祖父には大変ガッカリだ、というのはさておき。
そんな祖父のようなハーレムを築けると妄想していた『赤毛の貴公子』と呼ばれるわりにモテないらしい彼なら、喜び勇んでドナについて回ってもおかしくないのに。
リアが疑問符を浮かべながら見つめていると、ややあってドナが切り出す。
「あー、あの子はねぇ……まあこの際だ、しゃべってもいいかな? あんたも少しは関係してるし」
「? 私が?」
「んー、実はさー」
そして告げられたのは、衝撃の――ようでわりとどうでもいい――事実。
「あの子、元見習いなんだよね。双炎騎士の」




