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第32話 竜の秘宝②

「――――おいドナ、前回はよくも僕を肉塊《いす》扱いしてくれたな! 君を詐欺罪とシンプル暴行罪で訴えます! 理由はもちろんおわかりですね? 君が読者を『なんかすごい魔法』というなんの設定もない印象操作でだまし、僕を肉塊にしたからです! 覚悟の準備をして待て待てドナせめて最後まで言わせ……ん? 暴力《これ》は、救済……? 僕の出番がなくてかわいそうだから? おいなんだその理不尽すぎる動機はふざけるなよドナというかさくしぁwせdrftgyふじこlp!?」






 開け放たれた夜の城門。その前に集う騎馬の群れには、白コートを着た騎乗者たち。いずれも背には双炎十字。四方の篝火《かがりび》が照らし出すその光景をやや後方から、かつてライアンだった肉塊《いす》に引き続き座りながらドナは眺めていた。

 そして彼らを前にする彼らの長、剣聖グランが重低音で号令をかける。


「――――良し、では行けっ! トール教の関係施設にも一切手心を加えるな! 必ずや、リアを見つけ出すぞ!」

『応ッ!』


 勇ましい鬨《とき》の声を見事にそろえ、戦さながらに城門から出撃する双炎十字騎士団《ブレイクルセイダーズ》。

 グランだけではない。どうやら皆、気持ちはひとつらしい。


「愛されてんね、リアは」

「まぁプライドもあるんちゃうの?」


 水を差したのは隣のセシル。

 そして補足し、冷や水をぶっかけてきたのは、真っ先に城壁から飛び降りたはずのフェオ。


「白昼堂々と本拠地を襲われたんだ、コケにされたと感じるのは当然だろう。リアが誘拐されたかどうかはあまり関係ない」

「……あんたらさ、そこは別に『そうだな』で良くない?」

「? そうだな、リアが最上位の庇護対象であることは否定しない。騎士団《かれら》の騎士道精神を捧げやすいお姫様(プリンセス)は性質上、どうしても王女よりリアになる。あるいは王家との軋轢《あつれき》を生みそうな関係だが、この国にとって双炎十字騎士団《ブレイクルセイダーズ》はトール教団の聖騎士同様に不可侵の存在だ。そもそも騎士団発足の歴史がこの国の成立以前であり、女神に代わる民の信仰対象となった剣帝ガルドの使徒として――」

「ええい『そうだな』から始めろとは言ってないんだよ!」

「ライアンの出オチ(オープニング)並の長ゼリフやんけ……。ま、まぁ良かったわ、何事もなさそうで。一時はほんまに戦争なるかおもたけど」


 セシルが強引に結論付けるも、易々とは頷けず。


「安心するにゃまだ早いよ。戦の準備に人員を割かず、リアの捜索に全力なところを見るとそう思いたくもなるけど……」


 トール教によるクルス家への異端認定は、もはや一族郎党の問題には留まらない。

 彼らの血筋はトール教の支配に唯一打ち勝った象徴であり、反トール教を掲げてくすぶる火種が進退窮まった英雄《グラン》の元に群がるのは確実。大義名分を得たトール教圏国家群に対する反トール教連合軍の構図となり、この国どころか世界中を巻き込む事態になる。


「せやけど大丈夫なんちゃうの? 剣聖はん、団員になんの説明もせえへんかったし」

「騎士団《あいつら》は最初から腹くくってるよ。忠誠というより、むしろ信仰さね」

「……だ(・)か(・)ら(・)説(・)明(・)し(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)のかもしれない」

「? それ言うてること同じ……あ」


 セシルが気付いたのは、フェオの言葉の意図ではなかった。



――カッポ、カッポ。



 ゆっくりと歩み寄る巨体の馬。組まれた三脚の上で燃える焚き火に挟まれ、艶めく赤褐色の毛並み。額の白斑は大きな星。希代の名馬、アルデバランだ。

 その愛馬に乗る偉丈夫が顔を陰らせ、こちらを見下ろしていた。


「ご心配をおかけしました、先生」


 立ち上がる魔女が肉塊《いす》を踏んで――「プギョラッ……!?」――しまったのは、出番という名の慈悲であり事故。


「大丈夫だったのかい? お上《かみ》連中はなんて?」

「私に、聖都本部《ヴァルテニア》へ行けと」

「なっ……!?」

「あ、あいつらの総本山ですやん! 剣聖はんに自首しろてか!?」

「あくまで使者としてですが、全面戦争は避けたいようです。ただ、半分以上の大臣と陛下には反対していただけました」

「あ、あっそう……」


 とホッとしたのも束の間。

 グランが足を後ろに上げ、馬から降りる。


「ありがたいことですが、引き受けることにしました。夜明けを待たずに出立します」


 ドン、と着地。手綱をまとめて首筋を撫でると、その労いにバランが首を下げる。ブルルッと鼻息。

 そんな微笑ましい様子をたっぷりと見てから、やっと頭が追いついた。


「は!? どういうことだい!?」

「ですから、トール教団の聖都ヴァルテニアへ向かいます。リア捜索の指揮権はゲンドゥルに預け……まぁ、団長も当主の座も弟にすべて譲ると宣言してきましたから、私にもうそんな権限はないのですが」

「弟って、あの風来坊《ヴァリー》に? いや、じゃなくてあんた、いったい何を――」

「足(・)手(・)ま(・)と(・)い(・)は(・)要(・)ら(・)な(・)い(・)か」


 それは、だ(・)か(・)ら(・)説(・)明(・)し(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)の答え。

 ハッとするドナの前に黒ローブが進み出ても、グランは馬の首筋を撫で続けた。


「一人で行ってどうするつもりだ」

「一人ではない。このアルデバランが供だ」


 反応して上がる長い首。自らの名を認識する利口な動物、というだけでは済まない気高さで黒いたてがみを揺らすバラン。見下ろす揺るぎない瞳。だが、いずれにせよ一騎であることに変わりなかった。

 振り返らぬ馬の主人《あるじ》へとフェオが続ける。


「皆殺しにでもする気か?」

「……皆殺し? 違うな」


 やっと振り返ったその姿に、声に、セシルの猫耳が後ろへと倒れるのがわかった。自分が気圧されているのも。

 そして、娘をさらわれた父親は言った。


「――――根(・)絶(・)や(・)し(・)だ」


 焚かれし火を竜眼に映し、宝を奪われた竜が如く。

 まるで、人の世の終わりを告げるように。


「……二代目、今のお前は冷静じゃない」


 なだめようとするフェオに会話を任せつつ後ろに下がると、セシルが小声で――踏まれた肉塊が「プギョエッ……!?」と――ささやく。


(え、どうなん? そんなんできるん?)

(聖都を単騎で落とせるかって? 無理に決まって……とも言い切れないんだよね)


 問題は教皇。四大魔術師の一人『小人の女王』をどうするかだ。

 そのうえ、もう一人。


「やつらがなんの準備もしていないと思うか? それにおそらく、魔法学校の校長……『時の測り手』も出張って来るぞ」


 フェオの言い分に、ドナは苦渋の顔を作って同意とした。

 トール教が冒険者ギルドと同じく設立した魔法学校。そこの校長として、代々受け継がれし『時の測り手』たる力。つまり向こうには四大魔術師が二人。


(いざトール教を敵に回すと、こういう形になっちまうわけか)


 どんな協力体制かは知らない。完全に言いなり、というわけではないだろう。ただ『時の測り手』はどうにも、時間や歴史の正確な記録を使命としているらしく、そのため今の地位についた節がある。自らの都合で手を貸す可能性はかなり高い。

 だがその二対一の形(パワーバランス)も、四大魔術師をもう一人加えれば解決する。


「……ゲ」

「うーん、妻子持ちらしからぬ熱視線やな」


 そんな視線を風織りの魔女(こちら)へジッと定めるグラン。どないすんの、と見上げてくるセシル。

 煙管《キセル》を出して軽くため息。


「ま、仕方ないか。付き合ってやるよ」

「ありがとうございます先生」

「正気か、ドナ」


 相反する男二人の視線を受け止めながら、ドナは紫煙を燻らせた。


「実際、リアを見つける方法としても一番手っ取り早いだろ」

「冗談はよせ。おそらくこの異端認定は最初から計画されていたものだ」

「だろうね。通達までが早すぎる」


 松明持ちの騎士(ナイト・オ・ウィスプ)とのかかわりうんぬんは後付けで、どのみち提灯騎士《ランタンナイト》がやられた時点で段取りは済んでいたのだろう。司祭《フリスト》の視察は作戦失敗の確認。

 次善の策が全面戦争とは夢にも思わなかったが、それだけ向こうも本気ということ。


「わかっているならなぜ。本拠地《あっち》には四大魔術師だけじゃなく、数百人規模の司祭が待ち構えているんだぞ」

「おやあんた、『天』のルーンマスターのもうひとつの名をご存じない?」


 ドナは少しおどけて言ってみせた。

 太陽、月、天、地。最上位の四大ルーンマスターたる四大魔術師が今の名で呼ばれているのは、それぞれの強力な魔法が由来。『風を織るもの(ヴィンドオヴニル)』だから風織りの魔女といった具合に。

 しかし古来より、最も破壊的な『天』のルーン魔術を操る恐ろしい魔女に限っては、別の名があった。


「……『天災魔術師《カタストロフィニア》』か」

「そゆこと」


 パチッ、とウインクしてから表情を改める。


「巻き込む味方がいないうちなら、あたしも全力が出せる。合戦が始まってからじゃ遅い」


 屋外限定の注釈付きだが、不死たる理由の治癒能力も使わせぬまま殲滅可能。そして指導者《あたま》をやればトール教圏国家も一枚岩ではなくなり、戦争どころではなくなる。これは死者数を減らす合理的な先制攻撃。

 という建て前ではなく、口から出たのは本音だった。


「……こっちはレニまでやられてんだ。それに、ボーも死にかけた」


 なんだかんだ頭にきてるのは自分も同じ。根(・)絶(・)や(・)し(・)、とまでは断言できないにしても。


「――――更(・)地(・)にしてやるよ、やつらごと」


 この落とし前は、きっちりつける。


「いや姐さんそれ根(・)絶(・)や(・)し(・)と言うてること同じ……ハイハイ、ウチも喧嘩は買う主義でっせ」


 ギロリとにらめば、呆れながらも止めない猫耳幼女含めて賛成が三人。その場に残るはあと一人。

 もちろん肉塊《ライアン》でないのは言うに及ばず。


「……貴殿はどうするのだ」


 前虎後狼ならぬ、前竜後魔。オマケの猫。

 挟まれる形となったフェオはグランに迫られ、フードを目深に引っ張った。


「リアを捜す」

「ここまでやって見つからぬのにか。これもひとつの手段だ」

「まだ時間はある。虐殺など手段じゃない」

「時間はあるだって? その根拠は」


 ドナが尋ねると、フードの奥の視線が夜空へ。半分に欠けた月が浮かんでいた。


「片割れ月の上がる夜。召喚の儀はその時にしか行えない」

「ってアホかお前それ今晩やんけ!?」

「二日では絶対に無理だ。道具はそろえられても、魔法陣が用意できない。よしんば陣が描かれていても、魔力が満たされていない」

「じゃあ、あんたの読みだと準備が整うのはいつ頃?」

「どれだけ早くても、次の片割れ月にすら間に合わない。おそらくはその次でギリギリ」

「つまり、一か月ぐらいか……それまでリアは大丈夫って言いたいわけね」

「ああ」


 最初にそれ言え、と思わないでもなかったが、フェオにも焦りがあったのだろうと納得することにした。

 だから激昂したのは、無事を保証された娘の父親。


「涼しい声で何が『ああ』だ……!」


 グランが歩み寄り、黒ローブの胸倉を掴む。フェオはよけようとしたが逃げられなかった。


「たとえ命が無事でも、何もされないなどと言い切れるのか!? すでに娘は血を流しているのだぞ!」


 あるいは、よけようとする意思をこらえたのだろうか。その怒りを受け止めようとして。

 いずれにせよ熱くなりすぎ。


「それはおそらく手違いだ。召喚が成功するためには身を清く、十全でいさせる必要が――」

「何が手違いだ! 御託をペラペラと……!」


 無抵抗な灰銀の足がつま先立ちになりかけたところで、ドナは間に割って入ろうとした。

 ただ、それよりも早く。


「ちょっとグラン、落ち着い――」

「待って! 止まって!」


 セシルではない。もちろん肉塊《ライアン》でも。グランはつい止まったようだが、そもそも彼に対する仲裁ではなかった。


「ちょっと待ってってば、お母さん!」

「? アリスちゃん?」


 猫耳族ほど優れた聴覚でなくてもわかった。

 暗闇の向こうから声を上げ、篝火《かがりび》の明かりが届く位置で誰かを後ろから捕まえる黒髪ゆるふわボブメイド。リアと同じく行方不明となったデレクの双子の姉、アリス。


「キャッ!」


 そんなアリスを派手に突き飛ばし、こちらへズンズン歩いてくる白と黒の質素なエプロンドレスに身を包む侍女長。双子の母親、テス。

 親の躾にしてはあまりにも無体。


「だ、大丈夫かいなアリスちゃん!」


 真っ先に駆け寄るセシルとすれ違うが彼女は目もくれず、一心不乱にこちらへと迫った。その様子に声をかけることすらはばかられ、目の前を通り過ぎても止めることすら叶わず。

 テスはあっという間に、フェオを放して目を丸くするグランの前に跪いた。


「テス、どうしたのだ? レニに何かあったのか?」

「……お館様」


 両膝をついて垂れる頭《こうべ》。余さず髪を覆う白いカバーキャップによって、やけに目立つ差し出された首。


「どうか、私めを殺してください……!」


 パチパチと焚き火の音だけが爆ぜる一瞬の静寂を、片割れ月が冷たく見下ろしていた。

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