第30話 竜の秘宝①
「――――ん? 僕が今なんて言ったか? だから、耳長族の司祭は最初から王都に滞在して……なんで知っているのか? 第一章の最後でギルドの受付嬢に聞いたから。って待て待てドナ、僕は第14話でちゃんと伝えようとしたぞ!? なのに君が魔法で口をふさぐわ、第16話では椅子に縛ったまま三階から吹き飛ばすわっておいなんだそのいかにも凶悪な魔法は見たことないやつなんだが!? おおお落ち着け、話せばわか……誰か弁護士をっ! ここに弁護士を呼んでくぁwせdrftgyふじこlp!?」
夜空に近い境界線上。王都とクルス家の敷地を隔てる堅固な城壁最上部の通路で、かつてライアンだった肉塊に座りながらドナはため息をついた。
「そうだよねぇ……よく考えたら、あの提灯騎士を倒した時点でトール教が動き出しててもおかしくなかったんだ」
「? どういうこっちゃ、姐さん」
低い胸壁の狭間――凹凸状になる通路壁面の凹部――に幼い体を収めてあぐらをかくセシルが、地上に向けていた視線をこちらへと寄越す。しかし説明するのも億劫で、ドナは三角帽子のつばを下げた。
すると、胸壁の凸部に登って立つフェオが代弁。
「仕掛けた罠が壊されたんだ、様子を見に来るのは当然だろう。いずれにせよ、女神の目が生じた時点でリアだけでも避難させるべきだった。一週間の猶予など見積りが甘すぎる」
星空に紛れる黒ローブを着て、半分に欠けた月の下。なぜかの直球批判付き。
いら立ちながら言葉を返す。
「あんたも司祭が王都にいたこと見逃してたんだろ? 上から目線で物言ってんじゃないよ」
「凸部からだと目線は上になる」
「突き落とされるのがお望みかい?」
「望んでいない。こっちのほうが二代目の帰還を早く察せるだけだ」
フードを被ってこちらも見ず、共通の待ち人の名を口にするフェオに、思わず煙菅をスチャリ。
取り成したのはセシルだった。
「やめとけや二人とも、内輪揉めしとる場合ちゃうやろ。ほんま、気ぃ滅入るわ……」
おふざけなしで猫耳ぺしょり。あのセシルが。
今回ばかりは相当こたえているらしいと察して――肉塊が「僕のも内輪揉めでは?」と思ったかどうかは知らず――ドナは優しく声をかけた。
「まだ気にしてんのかい? 誰もあんたを責めちゃいないよ。ボーだって言ってたじゃないか、あんたには感謝してもしきれないって」
「そら兄さんはデキた人やからそう言うけど、アリスちゃんとかめっちゃ泣いてたし……」
そのアリスの双子の弟であるデレクとともに、リアが失踪してから二日以上が経過。犯人はトール教という線で固まってはいたが、いくつか謎は残されていた。
聖騎士五名は捕縛。つまりフリストという司祭が単独で二人をさらい、確実に追い払ったというフェオの目を盗んで、騎士団の包囲網も突破したことになる。果たしてそんなことが可能なのか。
それに、身軽なレニを車椅子へ置き去りにしてまで、なぜデレクを。
「……とにかく、アリスは弟と親友が同時にいなくなったんだ。そりゃ泣きもするさね」
「せやけど尋常やなかったやん泣き方。ほんまなんであん時ウチは、アリスちゃんの弟に任せてしもたんやろ……」
最後にその場を見たセシルも心当たりはないらしい。
そしてついでに、もうひとつの謎。
「それこそあんたのせいじゃない。正しい判断どころか、よく決断したよ。耳長族の司祭相手に戻ろうだなんて」
「結局、この遅刻魔がとっくに兄さん助けとったけどな」
なぜボーを「兄さん」呼び、ではなく。
「……遅れたくて遅れたわけじゃない」
なぜリアを監視しているはずのこいつは、遅刻したのか。
「そういえば聞いてなかったね、言い訳を。ここ二日ずっと忙しくて」
寝ずの捜索を丸二日。なのに手掛かりひとつなしで、さらに三日目突入の今夜は捜索が強制的に一時中断。
その問題はひとまず置いて。
「あるんなら聞いてやろうか? してごらんよ、言い訳」
肉塊が「僕には問答無用だったのに?」と言いたげなのも置き去りにして、フェオが告げる。
「監視カメラが逃亡していた」
「? かめら?」
「これだ」
意味がわからず眉をひそめると、外壁に吊るされていた何かがサッ、プラーン。
「クァー……」
縄で縛られたカラスだった。逆さ吊りの。
「あんたの使い魔?」
「対象に接触した挙句、監視の役割を放棄してその場から逃亡。気付いた時には遅かった。焼き鳥にしてやろうかと思った」
「クァッ!? ク、クァ――――ッ!」
バタバタ暴れ始めたカラスが大人しくなるまで、縛った縄をブンブン。動物愛護団体が黙っていない構図。そして目を回したカラスが「クァアァアァー……」と弱ってから、再び外壁へと逆さ吊りの刑。よほど腹に据えかねているらしい。
たぶん、己の不甲斐なさに。
(八つ当たりしてるのはいっしょか……確かに、内輪揉めしてる場合じゃないね)
人のふり見て我がふり直し、肉塊からすればもう少し早くたどり着いてほしかった結論に至ると、それでも椅子扱いをやめないドナは歩み寄りだけ見せた。
「全部が間に合わなかったわけじゃない。おかげでボーは助かったんだし、その辺で許してやったら?」
「だが、重傷だ」
「もうけもんやで、生きてるだけ。危うく姐さんが未亡人になってまうとこやったわ」
「……なんであたしが未亡人に?」
「だって新しいオトンやろ?」
まずお前のオカンじゃねえわと思ったものの、面倒くさそうなので話題を変える。
「リアは……無事だと思うかい?」
「少なくとも、召喚の儀式が終わるまでは」
「? 終わったらヤバいみたいな言い方するやん」
身軽に宙返りして、フェオと同じ胸壁凸部にスタッと着地したセシルが言う。それでも幼女より高い目線から。
しかし目深に被るフードごと、視線を逸らして。
「終われば、殺される」
「な、なんやてぇ!?」
と猫耳族が訛るも、魔女は冷静さを保った。
「異世界召喚は精霊降ろしとは違う、受肉までさせる完全召喚ってこと? それなら結ぶ縁も自身を依り代としたものでなく、通常の精霊との契約関係に近い。契約者を殺しても新たに誰かが契約すればいいって寸法か」
「その認識で合っている」
「けど、誰が契約できるってんだい? はっきり言ってリア並の魔力と、そのうえ再契約できるほど魔法使いとしての知識に長けたやつなんて、現世に、は……」
消える言葉尻。
そう、現世にはいない。つまり現在の世界には。
過去にはいた。
「まさか……」
そして今は、世界の外に。
「……女神が、受肉を?」
「そういうことだ」
さも当然の如く言ってのけるフェオの言葉を呑み込めず、ドナは勢いよく立ち上がった。「ブギャ!?」と肉塊を踏んでしまったらしいのは事故。
「そんなに簡単じゃないはずだよ。下手したら、異世界召喚とやらより難しい」
「呼ぶより戻すことのほうが難しいのは事実だ。しかし、先ほどお前が言った依り代はすでに用意されている。この世界の最初から」
「? つまり、精霊降ろし……いや神霊降ろしになるのか。とんだ代物だけど、用意されてるって?」
「耳長族だ」
ドナは言葉を続けられなかった。
驚いたのもあるが、何より声をかけられなかった。
「……あいつらは、人形なんだ」
我が事のように俯く青年の背中が、星空よりも遠く、色あせて見えて。
(同情? いや、違う……共感?)
正確なところはわからない。
しかし今、把握しなければならないのはそこではない。
「じゃあ耳長族は、自身の器として女神に創られたわけか」
見なかったことにして、フェオが立つ壁の隣へと寄りかかる。上下はあれど背中合わせ。
「でもそれ、一人じゃダメだったのかい?」
「トールの好みの問題だ」
「は? 好み?」
「彼が好むエルフとして創ったつもりが、人類以外の知的生命体という存在を無意識に受け入れられなかったのだろう。エルフという種族でなく、あくまで人間という種の一部になってしまった」
「エルフ……そういえば最初のころ、耳長族をあんたそんなふうに呼んでたね。髭長族はドワーフだっけ」
「え、じゃあ猫耳族もなんかあんの? そのー、元になった存在っちゅーの?」
黙って聞いていたセシルが、ややワクワクしながら割り込むも。
「猫耳メイドだ」
「いっぺんシバいたろかおい」
「事実だ。猫耳族もトールが……いや、ひとつあった」
「お、なんやなんや?」
「ア〇ルーだ」
「……アマルルー?」
「伏字だそうだ」
「ほんまにいっぺんシバいてもええか? ええよな?」
イカ耳をピンと広げ、指をポキポキ。
そんなセシルを落ち着かせる。
「内輪揉めやめろっつったのあんただろ、とりあえず最後まで聞こうじゃないのさ。んで、そのエルフのなり損ないを大量生産した理由は?」
「美人で優しい女性治癒術師さん」
「いきなり何を言うとんねんお前は」
まったくもってそのとおりなツッコミだったが、フェオは少し疲れたかのように胸壁の上で座り込んだ。
「それに青や緑の髪、フリストという司祭は桃色だったか。瞳も全個体が左右色違いで、色はバラバラ。すべてトールが口にしたものだ」
「……ん? つまり惚れた男の理想の女性像、中途半端なエルフに全部ぶち込んで、どれか当たったやつに乗り移ろうって?」
「言ってしまえばそうなる。顔の輪郭や造形、特に眼球の肥大化と胸部の発達具合はどの個体も一様だが」
「なんやその数撃ちゃ当たるみたいなん。にしても、理想の基礎があの爆乳なんか。神の子て案外ライアンみたいな変態スケベ――」
「トールは望んでないよ」
はた、と止まるおしゃべりな口。真ん丸な猫目と視線を合わせ、いっしょにキョロキョロ。
今の、しょんぼりした声。
「トールの一番は、いつだって……スルーズなのに」
やっぱりフェオか。
しかも無自覚らしく、こぼれた独り言を慌てて取り繕う様子もなし。セシルも指差しながら「誰?」とこちらへ口をパクパク。ドナは震えるように首を横へ振った。
(案外わかりやすいやつと思っちゃいたけど、これじゃまるっきり……)
世話焼き魔女の性分か。
その悪癖を差し引いても、片膝を抱えて座り込む青年の姿はまるで、帰る家のない子どものように見えた。
ただ、それはそれとして。
「……いずれにせよ、トールの召喚は叶わないから受肉しないだろう」
普段の調子を取り戻したフェオの言葉にまた驚く。
しかし、今度は一瞬。
(そうだ、そもそもリアは番の巫女じゃないってボーが言ってたっけ)
ならば何者なのか、という答えはまだ出ていない。「呪いではなく補正」の意味も中途半端なまま。
さらには、フェオが勘違いしているという点。
「は? 神の子召喚されへんの?」
「おそらく別の者が『勇者』として召喚される」
その点も未だ不明瞭なので、ドナは口を閉ざした。
「なんやそれ、意味が……ん? ほなリアが殺される理由ないやん。要は、女神の男がほかの女と契約しとるのが気に入らへんだけやろ?」
「耳長族はトールの帰還を一切疑っていない。それが裏切られた時、怒りの矛先は真っ先にリアへと向けられるだろう」
「ただの八つ当たりやんけおい」
「じゃあ、召喚に失敗しても?」
しかしこれぐらいなら良いはず。そう判断し、呆れかえるセシルから言葉を継ぐ。
「誰も召喚できなかったら? それならまだ、リアを生かしとくんじゃない? 人質としての使い道はある」
たとえばそれは怒れる父親。天下に比類なき剣聖への、確実な対抗策として。
だがフェオは、視線を地上に向けながら否定した。
「もう手遅れだ」
「手遅れ? そりゃどういう……まさか、すでに召喚の儀式が――」
「違う。もう人質など意味がないと言っている」
そしてスクッとその場に立つ。
夜風にはためく黒ローブ。目深に被るフード。
「やつらは竜の巣穴から宝を盗んだ。待ち受ける運命は、破滅しかない」
苦々しくこぼすは決意か。
「最優先はリアだ。けど、俺は……破滅も避けたい」
はたまた、ただのワガママか。
――バサッ!
「あっ! 待てっての、この――」
「姐さん姐さん、あそこ! 帰ってきたで!」
突然飛び降りたフェオの後を追おうとしたところで、セシルに止められる。主語がなくてもすぐに察した。急いで壁に取りつき地上を見下ろすと、門からまっすぐ伸びる石畳の上を巨馬がカッポカッポ。
騎乗するは、左右に並ぶ篝火に肌を焼かれながら。
――バチッ……!
通るたびに火の爆ぜる道を征く、短い金髪の偉丈夫。
「……グラン」
トール教によるクルス家への異端認定。
その一報に揺れる双炎王国の王城へ、娘の所在を一向に掴めぬまま呼び出されていた剣聖グランが、青き竜眼を燃え上がらせて帰還した。




